5 全ての始まり
照明が落ちたホールに、大きな変化があったのは、ステージからだった。
そのステージは、四角の部屋に建てられた円形の台の上。歌や舞台劇に使っても違和感のない、その上に、案内役の老人が現れた。
その老人は、今回の発表の内容を説明した。
発表内容は、神祖魔法の現代への利用。
発表者は、10年前に、ユニゾン魔法が実在して、現代でも使用できる可能性を証明した季利充也博士。
充也博士がステージに立つと、ざわめきは静まり、一体的な緊張をもたらした。
年齢は50を超え、六公爵の当主たちのほとんどよりも年上だ。同じく博士の印象を与えるのに、佐光秀兎がいるのだが、彼は見た目と風格と中身が一致していないのに対して、充也はどの点をとっても博士の印象を与える、生粋の博士系人間だった。
そして、遂に世紀の大発表となる公表が始まった。
それが、後の大事件に繋がることを、誰一人、知る由もなかった。
「皆様、本日は私のために、お集りいただき、誠にありがとうございます。それでは、早速、私の発表を、始めさせていただきたいと思います」
充也がそう前置きして、発表を始めた。
「今回、私が発表するのは、神祖魔法の現代への利用です」
「神祖魔法とは、古の時代、魔法神様のみに許された魔法です。魔法神様は、愚かなる我らに、救いをもたらしました。やがて、その力を、我ら人間が扱えるように、汎用化したものが、今、私たちが魔法と呼んでいるものです。それと同時に、我らは一つ、目を背けていました。魔法神様自らが扱いなさった魔法を」
話が一旦途切れる。
「今まで、我らは、その力に近づくことを畏れ多いと思っていました。魔法神様が扱った同じ魔法を、我らが再現しようとするなど、おこがましいものでしたから。ですが、今回、この神祖魔法の可能性について、解明することに成功したのです」
再び話が途切れる。実際に聞こえてはいないが、ざわめきを誰もが感じていた。
「こちらをご覧ください」
充也がそう言うと、ステージ奥のスクリーンに映像が映し出された。
その映像には、神様を模したような老人が映し出されている。
「我らは、魔法神様が扱った神祖魔法を、汎用化して魔法を扱っています。言い換えれば、神祖魔法の力一部を、魔法として扱っているのです」
魔法を纏っているかのような老人の側に現れた矢印は、外へ伸びていった。
その矢印は6つに分かれて、それぞれが、違う紋章を指していた。
「そして、魔法は大きく分けて6つの力に分けられています。炎、水、風、土、光、闇。それは、精霊の力と、同じ力です。現に、魔法六公爵という、魔法界の6つの頂点があるということからも、この6つの力が、今の魔法の基本と言えるでしょう」
なお、魔法六公爵が6つの頂点、つまり、同格に最高であるというのは、厳密には誤りである。
誰もが口にしない上、当事者も認めようとはしないのだが、闇を得意とする「司闇」だけは、別格の実力を持っていた。__ちなみに、他の5つの序列は、ないに等しかった。
「そこで、今回、6つの力を複合する技術を開発しました」
充也がそう説明すると、ステージの奥に巨大な装置が現れた。
中央の巨大な塔のようなマシンに加えて、6つに枝分かれした、それぞれのマシンがあった。
そして、それぞれのマシンに対して一人ずつ魔法師が、つまり、7人の魔法師が、装置の前についた。
6つの小型のマシンに立つそれぞれの魔法師が、それぞれ魔法を放つ。
それぞれの属性で分かれた力は、どれもかなり小さいが、全く同じ魔力だった。
「全く同じ魔力というのは、どれだけ熟練した魔法師であっても、相当に難しいこと」
充也の言うとおり、全く同じ魔力で魔法を発動させるのは非常に難しい。
魔法式の定義には、必要な魔力が記されていることも多いが、多少なら、魔力が過剰であっても、問題なく発動できる。
だが、その多少というのが、今回のケースでは曲者だった。
「そこで今回、魔力のリミッターをセットしました。これにより、魔法の心得さえあれば、同じ比率にすることができます」
実際に属性を組み合わせる技術や、属性の性質を変化__冷宮の得意とする「氷」や、雷侍の得意とする「雷」のことである__させる技術は、既にある程度の調査が進んでいる。
だが、それを6つの属性全てで行うには、針に糸を通す以上の緻密な魔力バランスが要求されるのだった。
「さらに、装置の魔力バランスを徹底的に調整したことで、魔力の暴走を起こさずに、形を保つことに成功しました」
今までも、神祖魔法を再現するために、この技術を使った科学者は少なくなかった。
だが、ごく僅かなズレで失敗した、属性を組み合わせるポイントを誤ったなどの失敗が続いて、この時までに再現できたことはなかった。
それが今、6つのそれぞれの現象を起こそうとしている魔力は、装置に吸われていき、中央の大型マシンに集中している。6つの魔力は小さなガラスの球体に送り込まれ、強烈な魔法反応を起こそうとしていた。
「そして、これが、合成魔法で作り上げた、神祖魔法の源です」
中央に立った7人目の魔法師が、一切の属性を省いて、作り出された小さな魔力の源を制御した。
その源こそが、神祖魔法であった。
全ての色が複合的に混ざった、白を超越した何かと言うべき物質が光っている。
今まで声を抑えていた観客が、小さな歓喜をあげた。
「さて、ここからが本番です」
それに合わせて、さらなる緊張が、観客を襲った。
充也が手に持っていたスイッチを押すと、ガラスの球体のごく一部が開いた。
魔力制御された神祖魔法が、ゆっくりと外へ出ていく。
「この力を、私達はまだ、ごく一部しか扱うことができません。ですが、そのごく一部ですら、今までの常識を凌ぐ現象を引き起こせたのです」
そう説明すると同時に、枯れた植木鉢がステージの上に用意されていた。
植木鉢に、ゆっくりと、神祖魔法の源が近づいていく。
その源が、植木鉢に触れた時。
植木鉢は、緑を取り戻して、目に見えて大きく成長した。
「御覧になりましたか?」
充也が結論を纏めようとする。
「今のが、神祖魔法の力です。続いて、こちらの映像をご覧ください」
スクリーンに映し出されたのは、汚れた水。
「こちらに、神祖魔法を施した所、何と、あっという間に綺麗な水へと変化したのです」
言っている通り、汚れた水は、神祖魔法が入り込むことで、汚れが欠片も見当たらなくなった。
「さらに、枯れた森に、緑を取り戻すことにも成功しました」
その映像が映し出されて、再び歓喜が目立った。
「現状は仮定ですが、全てに強力な生命力を与える力を持ちます。今はこれだけのことしかできませんが、いずれ、魔法神様が起こした奇跡を、我らの手で出来ると確信しています」
そう締めくくって、一つの発表が終わった。
それと同時に、多大な拍手が送られた。
その様子は、ネットでも中継されていた。
それは、とある屋敷でも、映し出されていた。
それを、スクリーンで見ていた男は、端末を取り出した。
その見た目は、横に広がった髭を持ち、長い髪にパーマがかかっており、服はマント着用に最高級のスーツを連想させるものと、貴族の貫録をたっぷりと持った男だった。
普段、俗世には滅多に、直接的に、関わろうとしない男だが、今回のそれは格が違った。
直接、奪い取りに行く程の価値があると、その男の直感がそう告げていた。
自分たちで、これを実現させれば、さらに強大な力を得られる。
そのような妄執に取り憑かれた男は、仲間と息子に連絡を送った。
そのデータを奪い取れ、と。
同時刻、トウキョウの某所でも、似たようなやりとりが繰り広げられていた。
総帥もまた、それを見ていた一人だった。
念のため、部下に直接見させて、データの回収を依頼しておいたが、どうやら、その判断は当たったようだ。
自分の計画がまた一歩進んだと、それをニヤリと笑うことで表現した。
一方、魔法協会トウキョウ本部では、充也博士の発表が終わって、多大な拍手とざわめきが起きていた。
その最中、会場にある異変が起きた。
次々と、見ていた客と、警備員が、倒れ始めたのだ。




