3 集い来た者たち1
10月。
この月に、魔法学会公表が行われる。
舞台は魔法学会トウキョウ本部。
大都市、トウキョウの中心部に周りの建物なく、一つだけあるそれは強く注目させる。
地上5階、地下2階もある巨大な建物は、見る者を圧倒させる。
塀と森で囲まれた建物の壁は白色。魔法を志す者に、神聖さと、威圧感を与える。
それは、トウキョウ魔法学校1年10組の舞式亮夜、その妹でまだ魔法界には正式にデビューしていない舞式夜美も例外でなかった。
それは夏休みの終わり頃__。
その日はたまたま家で休んでいた亮夜は、夜美にある話題を出した。
「夜美、10月の魔法学会公表に一緒に行こう」
夜美にとって、亮夜はその手のことは避けるものだと思っていた。
今まで、ネットでしか見たことがないそれをどうして現場で見ようと言い出したのか、夜美には気になった。
「お兄ちゃんがそんなこと言うなんて珍しいね。何かあったの?」
「今回の公表には、凄いものが出てくるみたいだからな」
「え、知っているの!?まだ発表されていないのに!?」
「生徒会の先輩が教えてくれた。言うのは大分遅れてしまったけどね」
どうやら夏休み前からその情報を掴んだようだ。もっと早く教えてくれればいいのにと心の中で不満に思いながら、いかにも早く聞きたがっている様子を隠さずに亮夜の続きの言葉を待った。
しかし、その言葉はなかった。
「・・・内容を期待しているみたいだけど、それだけだ」
「なんだぁ。てっきり新たな属性でも発見されたのかと思ったよ」
「それはともかく、そういうのを目の前で見るのは悪くないだろ?」
「あたしもそう思うけど・・・大丈夫なの?」
ここで抱えている夜美の不安とは、あの一族に見つかるかもしれないということだ。
過去、魔法学会公表にあの一族が現れたことは一度もないが、ネット配信などで見ている可能性は十分にありえる。
わざわざリスクを冒して実行することは、亮夜には余りないスタイルであった。
「少し顔を隠せば大丈夫だろう。第一、一般席の多数から見つかると考える方が、無理がある。始めからいるとわかっているならともかく、わざわざ一人一人調べると思うかい?」
「それは・・・そうかもしれないけど・・・」
「万が一、見つかったら見つかったで、別の策もある。それに、その場には六公爵を始め、沢山の超エリート魔法師もいる。何より、奴らがわざわざそこまで細かく見るとは考えにくい。そのように考えれば、目立たなければリスクはあってないようなものだよ。それに、目の前で見られるということは、多大な可能性を生む可能性があるしね。そもそも、リスクがゼロなんてありえない。6年間、ずっとそんな運に恵まれていただけだ」
「・・・うん、きっとお兄ちゃんの言う通りだね。いつまでも逃げていちゃダメなんだから、今は大きなチャンスだと思う」
夜美はそう納得して、兄に付随した。
「決まりだね。じゃあ8月31日。その日はすごく早く寝る」
「え!?」
しかし、その言葉に夜美は動揺する。
「チケットは非常に入手難易度が高い。僕の分は確保してあるけど、夜美の分をどうにか手に入れなくてはならない。だからできる限り早く行って、狙う。そのために、夜の8時から半日張り込みだ」
事情は理解したが、夜美にとってはかなりの無茶と言えることだ。
しかし、これは亮夜と、ついでに自分のためだ。対策も示している以上、簡単に断わることは出来なかった。
「うう・・・分かったよ。お兄ちゃんのためだもの」
「ありがとう。その日は頼む。もし手に入らなかったら、このチケットは誰かに譲るよ。君と行けないなんて、中身のないプレゼントのようなものだから」
その日は予定通り先に寝て、深夜に起きて、交代して朝まで耐えた。
その努力の甲斐あって、何とかチケットを手に入れることができた。
そしてその当日、夜美は亮夜と共に、魔法学会公表に現場で参加していた。
その日の兄妹の服装は、ステラに会いにいった時のものを軽量化したものだ。
魔法感知機能付きのサングラス、ロングコートの中には魔法チップをいくつか、そして薄い魔導書2冊と、亮夜は魔法銃も所持していた。
本当は催眠弾や爆竹もどき(実際に爆発せず、音だけが発生するもの)なども持っていきたかったが、魔法協会に持ち込むのは不可能だったので、仕方なく最低限の武装と変装で臨んだ。
実際には、魔導書を始めとする道具も持ち込み禁止なのだが、無理やり持ち込んだ。
言うまでもなく犯罪スレスレ(というか犯罪そのもの)なのだが、亮夜の開発した魔法道具は、この手の感知に引っかからない工夫を徹底的に施しているので、見つかる恐れはない。もちろん、使用しなければという前提があるのだが。
後ろめたい事情が多くある兄妹にとって、限られた条件下でも動けるようにするのは重要であった。今のように、簡易の魔法道具を持ち込めるように改造しておく、身体能力を鍛えておくなど、準備に抜かりはなかった。
ちなみに、亮夜たちの服装はそれほど目立っていない。サングラスをかけているのは、六公爵の護衛役などならおかしくないし、既に秋であるので、ロングコートも普通だ。中に色々物騒なものを隠しているが、こちらも入れる前と変わらない程度の薄さでどうにか収めたので、服が不自然ということもなかった。
チケットを見せて内部に潜入した亮夜たちは、ひとまず会場に入ってみることにした。
会場は1階から5階を使った超巨大ホール。1階と2階の一部が特別枠で、3階と4階がメインの客椅子が大量に並べられている。5階には椅子がまばらに用意されていた。
4階の方にやってきた亮夜たちはまず、どこに座るかを考えることにした。
自由席であるので、特別枠と一般枠さえ越えなければどこに座ってもいい。椅子自体は仮に全てのチケット購入者が来ても、ピッタリ収まる。
とはいえ、少なくない場所が埋まっていて、早く選ばないと一帯が埋まってしまうということも十分にありえる。
単純に見つかりにくい場所ならば5階がいいのだが、裏を返せば、人が少ない分、そちらに目を向けられれば、注目されてバレる恐れがある。
その点、この4階や3階の席ならば、普通に座っている人ばかりなので、目立つ可能性は低いだろう。
「ここから見るか」
「そうだね」
客の中央よりすこし右奥にずれて__脱出しやすいが、明らかな端でもない__場所を選ぼうとした時、聞き覚えのあった女性の声が、亮夜たちの耳に届いた。
「亮夜!!」
そう、ステラが近い場所に座っていた。
ステラこと藤井舞香は、亮夜の小学生時代の知り合いだ。かつての舞香はモテモテだったが、亮夜だけは魅了できずに、仲間を失った過去がある。そのことを逆恨みしていた時に、ある人物のおかげでアイドルになったという、変わった経歴を持つ女の子だった。
今年の夏休み、偶々亮夜たちと再会して決闘を申し込んだが敗北した。その後、亮夜から諭されて一応の和解をしていた。
魔法師であるとはいえ、こんなところで会うとは、亮夜も夜美も思いもよらなかった。特別枠で来ている方が余程自然だと、二人にはそう思えた。
「久しぶりだね。舞香さんと呼んだ方がいいかな」
「そうして。ボクは今、身分を隠してここにいるんだから」
どうやら、愛姫ステラではなく、藤井舞香として、ここに来ているようだった。
「亮夜、ボクに会えて嬉しい?」
「嫌ではないけど・・・」
「相変わらずつれないなあ。仮にもすごい人が目の前にいるのに。せっかくだから、キスしてあげてもいいんだよ?」
「それはいい」
亮夜にとっては必要のないことだと思っているし、夜美の怒りをわざわざ買う必要もないので、即答で断った。
それにしても、魔法師として初めて会った時から、変に馴れ馴れしく接しているのが、亮夜に複雑な感情を抱かせた。
一方の夜美は、妹としての本能なのか、舞香__ここでは舞香と呼ぶこととする__の目線や気迫が亮夜に行かないようにブロックしていた。
夜美から言わせれば、舞香は亮夜に好意を抱いている。
初めて会った時から、舞香の態度はおかしかった。
亮夜を糾弾するような発言があった一方で、亮夜を自分のものにしたいという欲望駄々洩れである発言が目立った。
覚えていてほしかった、そんな発言もあったが、目の前で堂々と亮夜が欲しいと言うような発言は、正に自分の欲望が目立っていた。
亮夜を目指して、逆恨みしている間にいつの間にか恋愛感情にすり替わっていたかもしれないと夜美には思えた。
だから、亮夜への復讐のつもりで、亮夜を自分のものにして好きにさせたいとそう考えられた。
だからといって、兄を渡す理由にはならない。
夜美にとって、亮夜はただ一人、本当の意味で信頼できる相手だった。
そういう意味では、亮夜の方が極端なのだが、それに夜美は気づいていない。
何も見えていなかった夜美に、光を与えてくれた。
亮夜への印象は余りに多く、兄、弟、子供、男__夜美に尋ねたら否定するに違いないが__とにかく一言で言い表せない程、亮夜には様々な印象を持っていた。
さすがに今は、ほとんどが兄としての印象だが、とにかく夜美の記憶の大半が亮夜との記憶であった。
夜美にとって亮夜は、半身、いや、自分の分身と言える程、絶対的に深く強い結びつきがあった。
「舞香さん、お兄ちゃんにあまり寄らないでくれる?」
しつこく感じてきたので、つい挑発的な言葉を口にした。
「夜美、キミも相変わらずだね。ボクは亮夜を好きにさせたいの。妹であるキミに言われる筋合いはないと思うけど?」
「二人ともその辺にしてくれ」
夜美が反論する前に、亮夜が二人を制止した。
「ごめんごめん。所で、亮夜のサングラスかっこいいねー。どこで売ってるの?」
その代わりに、舞香が亮夜を誉め始めた。
__亮夜も夜美もお世辞だと決めてかかって全く相手にしなかったが。
その状況は、新たに現れた二人組によって変わった。
「・・・亮夜。その二人は・・・?」
「モテモテ何だね、亮夜君」
二人から見れば、亮夜は二人の女の子に挟まれていた。
一方はかなりの小柄。コートといい、サングラスといい、無理やり背伸びしているように見える。亮夜と服のセンスがよく似ており、仲が特別に良さそうだと思えた。
もう一方は高身長な痩せ型。二人組の女性の方より大きい。オシャレな帽子に、高価そうなドレスと、お嬢様を連想させる姿だった。
「陸斗、高美さん。二人も来ていたんだ」
「「もしかして、お兄ちゃん(亮夜)の(お)友達?」」
亮夜がそう返した先には、高本陸斗と花下高美がいた。
それに対して、夜美と舞香が同時に返した。それと同時に、再び挑発する目線をお互いに向けた。
「そういえば、こっちはともかく、夜美はまだ紹介していなかったね。ほら二人とも」
夜美と舞香の(目だけの)喧嘩を止めて、二人を陸斗たちに向けさせた。
「まず、この子は舞式夜美。僕の妹だ」
「よろしくね、陸斗さん、高美さん」
「あ、ああ」
「よろしくね、夜美ちゃん」
「で、こっちが藤井舞香。僕が小学生の時の知り合いだ」
「舞香だよ、よろしく!」
「よろしくな、藤井」
「仲良くしようね」
「もちろん!ボクと仲良くしてね、高美!」
そう挨拶して、早速意気投合し始めていた。ちなみに、陸斗が夜美に少し戸惑った返事を返したのは、兄の亮夜と異なり、親しみやすい返事であったからだ。
「藤井さんって、自分のことボクって言うんだ」
「し・・・いや、ボクの周り男ばかりでさ。でも、ボクっていう女の子っていいでしょ、亮夜?」
「いちいち僕にふらなくていい。余程変でなければ気にしなくていいだろ」
「ホント亮夜はつれないなあ。そこがかっこいいけど!」
「いい加減にして、もう!」
「キミも亮夜が絡むとホント短気だね。絶対ブラコンと呼ばれたことあるでしょ?」
「あるけど何か?」
「開き直ってるねぇ・・・。前から思ってたけど、亮夜もシスコンだよね?」
「何が悪い」
「駄目だこの二人・・・」
「亮夜にまさか、こんな性癖があったとはな・・・」
「仲良しすぎじゃない・・・?」
亮夜と夜美が兄妹への愛を堂々と肯定するのを見て、3人は三者三様__舞香はあきれた態度を、陸斗はドン引きするような態度を、高美は何かわけの分からないようなものを見ている表情をそれぞれ向けた。
そんな様子を完全に無視して__小学校・中学校の時に散々に言われて慣れていたからだった__、亮夜は自分の話題を出した。
「悪いけど、僕と夜美は少し歩いてくる」
本当はもう少し見て回ってから席につくつもりだったが、知り合いたちになし崩し的に席を決められたので、今から見まわることにした。
夜美もその意図が分かっていたので、兄とともに立ち上がった。
「その間、場所取り、頼んでもいいかな?」
「分かったよ」
「いいよ」
「任しといて」
それぞれの違う返事を聞いて、亮夜たちはホールを一旦後にした。




