2 入学式
時計が8時を指そうとする時、亮夜と夜美はトウキョウ魔法学校に到達した。
「なんとか着いたね」
「うん、一応夜美のおかげだ」
「一応ってなに!?」
「あの時、鏡月さんを警察署に行かせたのは夜美のせいだからな」
「むー!!」
ちょっとした兄妹げんかが始まろうとしていたが、現在の状況を思い出して亮夜は強引に話題を変える。
「ほら、急いで戻れよ」
「ちょっと、にげるの!?」
「今8時になろうとしている所だ。これ以上いたら遅刻しない保証はないぞ。一応言っておくが、あの場所は通るなよ」
「分かってるよ!!」
微妙に空気が悪くなりながらも、兄の言いつけには基本従うのが夜美である。彼女は不満な態度をしながらも亮夜に別れを告げた。
「じゃあね、お兄ちゃん。入学式、がんばってね」
「夜美も早く行くんだぞ」
「うん!」
そして夜美は通った道を走って引き返したのだった。
さて、これからどうするか。
夜美が去った後に最初に浮かんだ思考がこれだった。
入学式が始まるまでおよそ1時間ある。校内での手続きを考慮すると、40分はあるのだった。
ひとまず亮夜は大きな玄関の前まで来て、様子をみてみることにした。
(まだ人は少ないな…)
見た所、人はまばらで特に問題なく通ることができる。会場や受付の場所も紹介されており、今は移動するのに困ることはなさそうだ。
亮夜は会場に向かうことに決めて、受付に向かった。
この入学式のメインとなる入学生は受付で確認をとってから参加することになっている。もちろん亮夜もその一人で例外ということはない。
入学生用の窓口で合格書にして入学証明書である紙切れを見せて、入学生の一人だと認めてもらった亮夜はICカードとパンフレットを渡された。
このICカードはこの学校において生徒手帳のようなものであり、学校の関係者であると証明するものだ。これにより学校に入ることはもちろん、特別な機能を利用できるようになるのだ。また、ICカードにもランクのような物もあり、ある程度上位のICカードでなければ使用することのできない機能__特別な部屋に入れるようになる、より複雑な装置を使えるようになるなどだ__もある。
もう一つ渡されたパンフレットにはこの学校の紹介が延々と書かれていた。学校内の地図を始め、授業に部活動の紹介、その他細かい事が多量に書いてあった。最も亮夜は既にこの学校のことをある程度知っているので、隅々まで読むようなことはしなかった。その代わり、生徒会や教員などの紹介を見た。そこで彼の意識は一つの名前に止まった。
(金一 吟道・・・)
しかし、亮夜は強引に意識を切り替えるのだった。
その名は彼が過去に聞いたことのある名前だ。人となりこそ知らないが、あの一族の深い関係者であったことを亮夜は知っていた。しかしそれは、彼のトラウマを刺激しかねない物であるので、亮夜は発作を起こす前に無理やり意識を変えたのだった。
呼吸と意識を整えて改めて眺める。一度気にすると、どうしても気になるのは人間の宿命なのかもしれない。亮夜も例外なく意識に引っかかるものの、その先を考えないようにひたすら読むことに集中するのだった。
始業式が始まるまで残り15分。少し離れた場所で休んでいた亮夜は入学生が向かうべく場所である地下室へ向かった。
さすがにこの時間になると、多数の学生が目に入る。先ほどまでとは異なり、移動するのも一苦労だ。
それでも地下室に到着して、亮夜は部屋に入るのだった。
その部屋は一言でいえば、だだっ広い部屋だ。非常に広く、多数の人がいる__この時点では160人くらいだ__こと以外、特に特徴のない部屋だ。
亮夜はあまり人の集まっていない隅っこに腰を下ろして、時を待った。
そして残り5分。この地下室にアナウンスが入った。
「新入生の諸君、間もなく部屋の中心から椅子が出現する。端で待機しなさい」
その言葉に慌てて端へ寄る新入生達。そしてアナウンスが終わって少し経つと、真ん中の床が大きく開いて、大量の椅子が現れた。
魔法学校でありながら、ハイテク__あるいは技術の無駄遣い__すぎるこの有様を見て驚いた人物もいたが、亮夜は驚くことはなかった。
そもそも魔法学校では、一般で教えられているほぼ全ての魔法の教育を受けることのできる場所だ。その中には魔法と科学を融合させた技術「魔法科学」(「科学魔法」と呼ばれることもある)がある。この技術も魔法科学の一つだ。
アナウンスで椅子に座るよう指示され、亮夜は現れた椅子に座り__座った場所は入り口から見て左奥だ__再び時を待った。
そして時刻が9時を指した。
「では、これより入学式を始める。最初に新入生の入場」
そのアナウンスが終わると、皆の座っていた椅子がせり上がり、同時に天井が開く。
あまりに異様な光景に多くの入学生が驚きながらも落ち着いているように見えつつも__声を上げた人物が少なかった(さらに言えば小声)のは、この儀式の意味合い、あるいは新入生としての意識を持っていたからだろう__天井に意識をとられている。
しかし、亮夜は天井ではなく周りを見ていた。まだ座っていない椅子が床に格納されたのを彼はしっかりと確認していた。同時にまだ来ていないであろう女子学生を頭に浮かべながら。随分なシステムだと思いながら、亮夜は式に集中し始めるのだった。
やがて、椅子に座った生徒たちの前に徐々にステージが現れる。上から見れば大きく開いた穴に新入生が多数いる台が現れたという形だ。現れた未来のスターたちに上級生や保護者たちは三者三様の反応を見せる。拍手するもの、微笑ましく見るもの、不敵に笑うもの等々。一方、そのスター達は多くが緊張した意識で固まっていた。
やがて椅子が固定されると、いよいよ入学式が始まった。
まず、最初に校長先生からの挨拶だった。
入学生への労いの言葉、学校の話、輝かしい未来など、入学生はもちろん、上級生や保護者も真剣に聞いていた。
次に現生徒会の挨拶。
校長先生が去ったのち、ステージに現れたのは二人の女子生徒だった。
一人は身長が高く、派手なのを好みそうなオーラをまとい、もう一人はとりたてて特徴もない地味な印象を与えていた。よく見ると、ステージの脇には何人かの生徒が見えたのだが、4人いる以外はシルエットしかわからなかった。
派手そうな女子生徒が台の前に立ち、礼をして演説を行った。
「皆様、はじめまして。私がこのトウキョウ魔法学校生徒会長の雷侍宮正だ。諸君はこの厳しい魔法の道を選び、今ここで新入生としてここにいる。だが、それはあくまで始まりだ。その始まりを、私が盛大に歓迎しよう」
雷侍宮正が礼をすると、拍手が起きる。
亮夜は拍手しつつも、生徒会長について考えていた。
生徒会長の名字「雷侍」はエレメンタルズの一つだ。彼らは特別に魔法に秀でた才能を持っており、それらを一括りにした物だ。
無論、宮正も魔法の実力は高く、持ち前の雷魔法を中心に、1か月前の魔法大会の花形である魔法大戦でも大活躍していた。
そして、宮正ともう一人の女子生徒が下がり、新入生総代からの一言。
その人物はステージの横から出てきた。どうやら先ほどの四人のうちの一人のようだった。制服からして男。髪はロングで肩と腰の間くらいまで伸びている。髪だけを見ると女に間違えられるかもしれないが、身長は高く、目つきも鋭い。彼が台の前に立つと、演説を始めた。
彼の名は冷宮恭人。その名前にふさわしく落ち着いた問題のない演説だった。だが、その声に恐ろしく冷たい一面があるのを名前と態度から亮夜は見抜いていた。
「冷宮」も、宮正と同じくエレメンタルズの一族である。もちろん、傾向は大きく異なり、「冷宮」は、よく言えば一匹狼、悪く言えば独りよがりが目立つ一族であった。
彼が演説している間、多くの人物が緊張に縛られていた。だからこそ、恭人の演説が終わった時に多大な拍手が起きたのだろう。__彼自身の演説の良さもあったと思われるが。
それ以外にも、魔法演舞を始めとする式が終わり、入学式が終わったのは、始まってからおよそ1時間後だった。
例によって椅子は下へ動き、元いた場所__つまり地下室に戻った。
今日は学校にいる必要はもうない。だが、入学生の顔合わせその他諸々の為に、入学生用の教室は開いている。亮夜は学校内の調査も兼ねて教室へ向かうことにしたのだった。
5階建ての非常に大きな建物のうち、新入生は2階と3階と5階に分けられていた。そのうちの2階が亮夜の教室だ。
その教室のうち、1年10組に入る。
魔法学校では1年につき、10組まで用意されており、基本的には成績順で番号の若い組に振り分けられる。また、教室においても、より階層の高い所となるのだ。
つまり、亮夜は新入生のうち、かなり成績が悪かったということになるのだが、亮夜自身は今の自分の魔法力をよく理解していたので、大して気にしてはいなかった。
10組には10人ちょっとの人が既に入っていた。
見ると、既に3つ程のグループが出来ている。男子3人の組が1つ、女子3人の組が2つ。残りの数人は三者三様だ。
亮夜は友達という概念への興味は薄い。彼にとっては接するのに困らなければそれでいい程度にしか考えておらず、自分から仲良くする必要はないとも思っていた。
机の数や教室の風景を確認して、亮夜は出ることにした。
しかし、数歩歩いた所で、彼は歩みを乱されることになってしまう。
すぐ前を歩いていた女子生徒にぶつかりそうになったので、慌ててよけたのだった。
「「すみませ__」」
二人は謝罪の言葉を口にしようとしたが、同時に途切れた。
なぜなら、その相手は朝会ったあの人物だったからだ。
そう、亮夜の前には鏡月哀叉がいたのだった。
「舞式亮夜さん。お会いできました」
「鏡月さん!?どうしてここに!?」
唐突なことに亮夜は動揺を隠せない。それに対して哀叉は落ち着いていた。
「少し前に事情聴取が終わったのです。ですが、入学式には間に合いませんでした」
哀叉は事情の説明をし終えた後、すぐに立ち去った。亮夜の謝罪も許さずに。
亮夜にとって色々気になる点はあったのだが、今から彼女を追う気にはならなかった。この時、亮夜は何の根拠もなく、また会うことになる、と亮夜の直感は鋭敏に反応していた。
こんどこそ目的のなくなった亮夜は家に帰ることにした。
入学式が終わり家に帰ったのは、時計が正午を回る少し前だった。
まだ昼食をとる気にならなかった亮夜は、研究室に閉じこもり、大掛かりな作業を始めた。
彼が作っているのは、睡眠薬。
眠ることに極めて不自由である亮夜が、一人で安心して眠るための薬を開発しようとしていた。
現時点での調整段階では、魔法が半日使えないのを引き換えに普通に眠ることができるのだが、それでもいざという時には不都合が生じる。
眠っている時に解放される記憶制御を封じることを中心に作っているのだが、中々完成せずに煮詰まっていた。
ところで、なぜ亮夜は自宅で薬の開発をしているのか。それは、一般で入手することが困難だからだ。一般的な睡眠薬では、亮夜の悪夢を封じることはできない。記憶制御の成分を含めたものと併用しないと、亮夜にとっては意味がないのだ。一応、その薬はないわけではないが、亮夜たち兄妹にとってはかなりの高額だ。自分で開発しなくては安定して得ることができないのだった。
開発をしている途中で、昼食を食べて、さらに開発を続けて、合計で6時間ほど経過した。
結局、まともな成果は得られなかったが、開発途中で興味深い発見を見つけることはできた。そのデータをまとめて、亮夜は部屋から出ることにした。
程なくして、夜美が学校から帰ってきた。亮夜は玄関に向かって笑顔で迎える。
「おかえり、夜美」
「ただいま、お兄ちゃん」
そこからは兄妹のいつものパターンだ。手を洗い、夕食を支度して__今回はほとんど亮夜が担当した__二人で食べた。それからお風呂に入り__今回は別々だった__一通り終えた時には8時を回ろうとしていた。
ようやく一息をつける時間となった。リビングのソファに二人並んで座り、ティータイム。二人とも今回は普通のお茶だ。
「お兄ちゃん、入学式はどうだった?」
夜美は入学式のことを尋ねた。
「ああ、無事に終えることができたよ。それで、生徒会長は雷侍宮正。新入生総代は冷宮恭人だった」
二人の名を聞いたとき、夜美は身を引き締めた。
「雷侍・・・冷宮・・・」
「君の考えている通りだろう。とはいえ、一日目からあれこれ考えてもしょうがないさ」
「・・・そうだね」
疑問を残しながらも、この話はここで終わりだ。続けて、朝会った鏡月哀叉が遅刻しながらも(というかほぼ欠席)学校に来ていた話になった。
「お兄ちゃん・・・」
言葉をほぼ口にできずに立ち去られた話を聞いて、夜美は兄の微妙に情けない有様にため息をついた。
「いや、そういうことじゃなくて!あの人、妙に忙しそうにしていたんだよ!」
それを見て、亮夜は慌てて言い訳をする。余り効果はなかったようだが。
「それよりも、今日の学校はどうだったんだ?」
「うん、今日はいつものように過ごしたよ!」
話を変えて、矛先をそらす。夜美は笑顔たっぷりで素直に応じた。その笑顔を見て亮夜は心から癒しを感じた。
「それを聞いて安心したよ。つらい時は遠慮なく言ってくれ」
「うん!」
話をきれいにまとめて、ティータイムは終わった。
その後は、双方共に明日の準備をする。そして寝る準備をした時には、9時になろうとしていた。
夜美は心身ともに幼い傾向にあり、未だに9時寝だった。亮夜の都合もあって兄妹の就寝時間は平均からしてかなり早い方だった。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
電気を消して、同じ布団に入り込み、夜美は亮夜に抱き着いた。そのまま二人は夢の世界へ旅立ったのだった。