8 魔法と愛と宿命と
6つの鎖が、ステラを縛っている。
燃える痛み、凍結の痛み、斬られる痛み、堅い痛み、焦がす痛み、吸い寄せられる痛みが、ステラの動きを封じていた。
「降参して。もう、あなたに勝ち目はない」
鎖の痛みと、夜美に追い詰められた心の痛み。ステラは意思が歪んでいくことに気づいた。
「そんなことはありえない・・・。ボクがこんなことあっていいはずがない・・・。あの人のため・・・キミなんかに負けていられないんだ!!」
自身の内側に眠っている意識が大暴れしているのを、ステラは感じた。
そして、その意識が一気に解放された。
6つの鎖をまとめて壊された夜美は、慌てて距離をとった。
ステラから感じる魔力は、常識を遥かに超えていた。
明らかに暴走していると、夜美は悟った。
ロクに使っていなかったサングラスを装備して__夜美が感知した方がよほど手っ取り早いからだ__、感知させると、案の定、とんでもなく強い反応があった。
魔法を認識できる人間は、極限まで追い詰められると、内なる力が暴走して制御不能になってしまうと亮夜から聞いたことがある。
亮夜は便宜上、魔力暴走現象と呼んでいたが、今のステラを見ると、本当にその通りだと夜美には思えた。
普通の人間が、「ぶちぎれた」という扱いのように、魔法師も同じような暴走状態であった。
ちなみに、普通の人間が魔力暴走現象を引き起こさないのは、自分の魔力を扱う術を知らないからということらしい。
いずれにしても、今のステラを止めなければ、どれほどの被害を及ぼすか分からない。
既に、あふれ出している魔力は、地面を溶かし始めている。
未知の分野ではあるが、どうにかして止めるしかないと夜美は思った。
そこに__。
「夜美!夜美!!無事か!!?」
扉を開けて、亮夜が慌てて駆け付けた。
「お兄ちゃん!大丈夫だけど・・・」
「これが魔力暴走現象か・・・どうしたものか・・・」
「止めるしかないでしょ?」
夜美がそう返すと、亮夜は頷いた。それと同時に、亮夜は夜美が脱いでいたコートを着せて、自分も魔法銃を取り出した。
「まずは、ステラの意思を取り戻さなくては。僕がひきつけるから、夜美は援護を頼む」
亮夜が接近すると、それに気づいたステラは、魔法の弾丸と化して、亮夜に飛び掛かった。
亮夜はそれをステップでかわす。
ステラがいた場所には、残っている魔力が、地面を溶かし続けていた。
「あの魔力・・・やはりステラからあふれ出しているな・・・」
亮夜がそうつぶやくと、再びステラが飛び込んでくる。
近い距離から飛ばれた亮夜は、回避しようとしても間に合わなかったが、夜美の移動魔法のおかげで、かする程度で済んだ。
しかし、そのかすった場所が、亮夜を侵食して溶かそうとしている。
亮夜を魔法で、自分の側に動かした夜美が、自分の魔力を当てて、どうにか打ち消した。
「厄介だな・・・あれは消すことができるが触れたくないな」
「次はあたしがステラに魔法を当ててみる」
そういう夜美にも、疲労の顔が見えてきた。無と化した強力な魔力を打ち消すには、夜美でも多少の苦労は避けられなかった。
しかし、それを感じさせない様子で、「ウォーター・フォール」によりステラの真上から大量の水を落とした。
それに合わせて、亮夜が「マギ・ボム」を放ち、ステラに命中させた。
魔力の鎧がはがれたステラに衝撃が加わり、吹き飛ぶ。
少しの間、魔力が漏れるのが止まったが、またすぐに魔力があふれ出した。
「どうやら、魔力の液体のようなものか。そして、本体にダメージを与えれば、暴走はわずかに収まるみたいだな」
「だったら、あたしが暴走を止めるから、お兄ちゃんはその間にステラを!」
夜美が魔法で拘束して、その隙に亮夜が再び「マギ・ボム」を当てる。
わずかに怯んだ所を、夜美は小型の「ブラック・ホール」で魔力を消し飛ばす。
それと同時に、「ダーク・スピアランス」を両手両足に当てて、重力の塊をぶつけることで、動きとともに暴走を封じる。
その間に、亮夜はステラの目の前につき、必死に呼びかける。
「ステラ、目を覚ますんだ、ステラ!」
しかし、目覚める気配はない。
その間にも夜美が次々と魔法を切り替えて、吹き飛ばしたり、洗い飛ばしたり、押しつぶしたり、爆発を起こしたりもしたが、やはり目覚める気配はない。
すると、亮夜はステラの額に手を当てた。
「お兄ちゃん、何してるの!?」
「少し集中させてくれ。引き続き暴走の阻止を頼む」
亮夜が行っているのは、ステラの意思に干渉して、魔力を直接流し込むことだった。
先ほどまでは、全て肉体的な衝撃だった。
ならば、精神的、魔法的に内部から衝撃を加えれば、変化が起きるかもしれない。
そう思った亮夜の予想は当たった。
ステラの暴走した魔力を感知できた上、入り込むことができた。
しかし、相手は暴走した魔の力そのものだ。
ステラの意思にどうにか魔法的に入りこめたが、押し返す力があまりに強すぎる。
「だめか・・・」
こうなったら、もはや賭けに出るしかない。
「夜美、ステラに持続性の高い攻撃魔法で、魔力の暴走を止めてくれ!僕と同じように、魔力を直接ステラに流し込むんだ!」
亮夜のやりたいことを理解した夜美は、ステラに大量の「ダーク・スピアランス」を当てた。その上に、闇の鎖を当てて、ついでに全身を水で洗い落とした。__これを普通の人間にやったら、確実に重症、もしくは死亡がありえる程のコンビネーションである。
魔力の暴走が大分止まったのを感知した二人は、ステラに再び魔力を流し始めた。
二人の合わせた力は、魔の力をも超えていた。
魔の力の上から、二人の魔力で包んでいく。そのまま、魔の力の奥まで、魔力を流し込んだ。内部に入ったまま、全身を支配する魔力に、二人の魔力が流れ込む。
やがて、全身に行きついた時、ステラの魔力の暴走は収まった。
二人の魔力を、注意して、ステラから引き離す。
それが終わった時に、ようやくステラが呼吸を取り戻していることに気づいた。
夜美の仕掛けた魔法を全て外して、一件落着__ではなかった。
「眠っている・・・」
どうやら、魔力が流れ出しすぎて、生命的に、半強制的に睡眠に入ってしまったようだ。
さらに、暴走した魔力によって、服の一部が溶けている。さすがに危ない所は見えていないが、普通の人ならじっと見るのには、色々な意味で勇気が必要だろう。__亮夜はそれを恥じない程にはずれていたので、特に気にしなかったが。なお、じっと見ていたわけでもないということも加えておく。
さすがにこのまま放っておくのは、人でなしがすぎるし、ステラにまた呼ばれるのが、容易に想像できる。
幸い、カギはステラが落としたのを、夜美が回収していた。
演習室を二つ使って、亮夜と夜美、そしてステラは、ビルの地下で一夜を明かした。
翌日。
演習室で、眠っていた亮夜は、自分に抱き着いていた夜美を起こした。
色々忙しかった昨日は、お風呂に入る余裕もなかったので、少々匂っていたし、夕食をとる時間もなかったので、かなりの空腹と不快感を、二人とも感じていた。
お金は持ってきているので、帰りにどこかの温泉によって行くこともできるが、まずはステラとの決着をつけるのが先だ。
ステラはとなりの演習室で寝かせておいた。自分たちの身だしなみを最低限整えた後、チャイムを鳴らしに目の前にやってきた時__。
「おはよう。上、上がって」
既に起きていたようであるステラが、扉を開けて、上の部屋に来てほしいと案内した。
3人がやってきたのは、昨日、ステラと話していた部屋。
ただし、今回のステラは社長系の机には座っていない。
亮夜たちと同じ、ソファの上だ。
「そういえば、昨日の決着をつけていなかった・・・とはいえアレじゃあ、ボクの負けは決まったようなものだったね。夜美、ボクの負けだ」
「やった、勝ったよ!お兄ちゃん!」
本当は、暴走するステラを止めた時点で、もう夜美の勝ちは決まったようなものだが、それを口にするほど、兄妹は愚かではなかったし、ステラも、形式的に負けを認める必要があると理解していた。
「よく頑張ったな、夜美。ところでステラ、いや、舞香さん。一つ話を聞いてくれ」
夜美を労いつつ、亮夜はステラに向けて話を始めた。
「あの時の僕は、まだ、人間不信が治りきっていなかった。夜美を除いた、誰かの好意をどうしても信じることが出来なかった。でも、少なくとも、あの時の舞香さんは嫌いじゃなかった。少し変わった人だとは思ったけどね」
「では・・・私と初めて会った時の、あの冷たい瞳は・・・」
「君の誤解だと思う。あの時の君は確か、学校のほぼ全員が君のことが好きだと思っていたはずだ。つまり、その好きな態度に慣れすぎていたのだと思う。だから僕が普通の目を向けた時に、舞香さんは冷たい目を向けられたように感じたんだと思う」
ステラは何も答えなかった。
「それに、僕の思い込みかもしれないけど、あの時の君は、おごり高ぶっていたはずだ。誰もが自分の魅力にひれ伏す。そんな驕りが。僕のせいで、君の人生が変わったというなら、とれるだけの責任はとる。だけど、自分の愚かなプライドのせいで、全てを失ったとするなら、それは本当の意味で、愚か者だ。僕にとれる責任はない」
自分の心を見透かされているような言葉を繰り返され、ステラは完全に言葉に詰まった。さらに、突然突き放したかのような発言に、ますます話すべき言葉を失った。
「僕はその愚か者だった。ずっと昔、初めてできた友達がとても嬉しかった。まだ暗かったあの時に、ただ一つの光となっていた。だけど、僕がそれを求めすぎたために、その光を失ってしまった。あの人たちに謝罪をしても、許されないということは分かっている。でも、後になって分かった。あの時の僕は、人の心なんて知らなかった。全てを知らなかった僕に、正しい人の心を与えてくれた。その後、もう一度心を取り戻した時に、人間が何だというのか、自分の歩むべき道を悟ることができた。舞香さん、君は本当に全てを失ったのか?僕と離れる前、本当に何も得ていたことはないのか?」
だが、亮夜もその愚か者であったということには、ステラは動揺を隠せていなかった。
亮夜の言うことの通り、本当に得たものは何なのか考える。
そして浮かび上がったのは、これだった。
「私が・・・あなたといて得たものは・・・自分を知ること・・・でしょうか・・・」
ゆっくりと、ステラが呟く。
「私はあの時、ただもてはやされる自分が大好きでした。ですが、今、考えてみれば、相手は誰一人、私の本当の姿を見ようとせず、私も、何が喜びだったのか分かりませんでした。ですが、あなただけは違いました。そんなあなたを振り向かせられれば、何かがある。そう思ってずっと頑張っていました。ですが、あなたは、自分というのをはっきりと知っていました。自分が分かる人に、自分も知らない私の見せかけの魅力なんて、通じるはずがなかったと今、ようやく分かったのです・・・」
そう言葉を続けて、ステラは一旦区切った。
「それが、得たものだ。5年遅れてようやく得ることが出来たね」
亮夜はそう返した。最後の言葉を出した時には、諭すような厳しめの顔から、いつもの、妹に向ける、優しさを感じる顔に戻っていた。
「どうやら、人間としても、魔法師としても、女としても、全てにおいて、あなたたちには敵いそうにありませんね。私の完敗です・・・」
「そうか、これで5年前の因縁に決着がついたと解釈していいかな?」
「・・・いや、ボクはまだ諦めていない」
この話を終わりにしようかと思った亮夜だったが、ステラはいつもの調子で、再び闘争心を出し始めていた。
「亮夜。いつか必ずボクのものにしてやる。今度は実力じゃない。女として、魔法師として、いつかキミの方からボクのことを好きにしてやる!」
「やれやれ・・・」
「はあ・・・」
その態度に、亮夜は苦笑する程度で済ませたが、夜美は完全に呆れていた。
「一応、楽しみにしているよ。最後にいくつか質問してもらっていいかな?」
「いいよ、3サイズとかは恥ずかしいけど」
「それは聞かないから、安心してくれ」
ステラのからかいをスルーして、亮夜は質問に入った。
「まず、ここに来る前に、RMGの奴とあった。奴らは魔法関連の悪さしかしないはずだ。何か知っているのか?」
少し悩んだ素振りを見せて、ステラは答えた。
「ボクが魔法師だということは、裏の世界の一部で知られているからね。ボクはたまにRMGと取引して、ギブアンドテイクの関係を、狭い所とはいえ、築いているのさ」
「そうか。じゃあ昨日、僕の同級生の鏡月哀叉がここに尋ねてきたのは何の理由だ?」
そう発言すると、ステラは嫉妬の目を亮夜に向けて、そっぽをむいたかのように感じた。
「キミには関係ない。さっき話した理由と大体同じだ」
そんな態度をとっていながらも、少しぼかした程度に教えるとは、先ほどの負けず嫌いといい、ステラは意外とツンデレの素質があるかもしれない。
__亮夜は、哀叉とステラとRMG、どのようなつながりがあるかで頭を占めていたが。
「次に、君をアイドルにさせたあの人とは、誰のことだ?」
「・・・それは悪いけど言えない。言えるとするなら、ボクに夢を与えてくれた人」
「分かった。最後に、魔法師として何を目指すんだ?」
「どういうこと?」
「魔法師としての夢ということだ。僕は魔法という理不尽な枠組みからの解放が望みだ。魔法を生活のため、安全のために使用して、魔法開発で、人の命が使われない、そんな平和以外の方向がない、正しい魔法世界を創るということが僕の夢だ」
ステラが質問を質問で返すと、亮夜は自分の答えを返した。
その答えを熱心に聞いていたステラは、聞き終えて感慨深そうな態度を示した後、自分の答えを出した。
「素敵な夢だね。ボクの目標もキミと大体同じかな。魔法の裏の世界である理不尽なことで頭を悩まされない。そんな世界を、ボクはアイドルとして創りたい」
その発言を聞いて、夜美は共感したかのように、頷いている。
亮夜は、真っ当に笑顔を見せている中、何かが引っかかっているような感覚を覚えていた。
しかし、それを口に出さずに、感謝の言葉を返した。
「質問に答えてくれてありがとう。じゃあ、僕たちはそろそろ帰るよ」
「あ、待って!」
「まだ用事があるのかい?」
帰ろうとした亮夜たちに、ステラが慌てて引き留める。
「えっと、これ、メルアド!直接会えない時は、これでよろしくね!」
「なぜか忘れていたけど、舞香さんはアイドルだったよね?そもそもこんなことして大丈夫なのかい?」
「大丈夫だよ、マネージャーも放任主義だし!」
「いや、そっちじゃなくて、メールアドレスの方。そっちの方で誤解されたら大変なんじゃないか?」
亮夜は、アイドルの熱愛疑惑といった、下世話な方で心配していた。我ながら、余計なお世話とも思ったが。
「大丈夫、それを利用すればいいもん!亮夜がボクの彼氏だと認めさせる絶好の」
「やっぱり返すよ」
「お願いだから受け取ってよ!ボクの第一の友達の亮夜さま~!!」
「一回、本気で反省してくれ!!」
亮夜の気遣いは、余計なお世話と確信した。
結局、メールアドレスは受け取らずに、亮夜たちはビルを後にした。




