7 プライド
それは、5年前、私が小学5年生になった頃。
当時の私は、異常なほど男の子たちに人気があった。
舞香チームから始まり、舞香ファンクラブ、舞香親衛隊、舞香ゾーン、舞香学園と、私を慕う男の子たち。
女の子たちからも少なくないファンが出来て、私はすごく嬉しかった。
でも、それを、一人の男の子が私の夢を全て壊した。
その人の名は、舞式亮夜。
妹の舞式夜美とともに転校したという彼だけは、一目みて、私にいつもの眼差しを向けなかった。
そればかりか、私を嫌うような瞳。
プライドを傷つけられた私は、その人を何としてでも好きにさせようとした。
だけど、どんな方法でも、彼は私を好きになることはなかった。
そして、彼に入れ込んだばかりに、気づいた時には、独りぼっちになっていた。
ストーカー、馬鹿、ビッチとロクでもない名をつけて。
あの男は、私の仲間をも奪った。
お母様やお父様も、この頃に、病気で亡くなってしまった。
私は絶望した。
あの男のせいで、全てを失った。
なんとしてでも、あの男に仕返しをしてやりたいと、そう思っていた。
そんな私に一つの光が差し込んだ。
私をアイドルとして、世界一のスターとしてくれようとしたあの人が現れた。
ボクはその人についていくことを決めた。
世界中の人を、ボクにひれ伏しさせる。
そして、亮夜を、必ずボクのものにする__。
「・・・要するに、お兄ちゃんへの逆恨み?」
「そうだ、お前のせいで!ボクの全てを失った!5年間、ずっと待っていたぞ!!」
「・・・それが、ずっと待っていた人に対する言葉かい?」
ステラの回想が終わったのに対して、夜美が向けたのは、辛辣な言葉だった。ステラは完全に開き直っている一方で、亮夜は冷徹に疑問を向けた。
「ボクのことを好きになれ!!それで・・・それで・・・!!」
「君が満足するとでも思っているのか?」
「・・・・・・私のことを何もしらない貴様が、何を言うのですの?そういえば、あなたは魔法師でしたね。私と真剣勝負で決着をつけましょうか」
亮夜の質問に対して、ほとんど無視して、ステラは魔法師として勝負を持ちかけた。
「・・・それで、満足するのなら」
「待って、お兄ちゃん!」
「夜美?」
亮夜が後々引きずることを考えて、仕方なく了承しようとした時、夜美が止めた。
「お兄ちゃん、ステラとの勝負、あたしにやらせてくれない?」
「キミに用は」
「大ありよ!あたしのお兄ちゃんを侮辱して、その上、あたしからお兄ちゃんを奪おうとするなんて、絶対に許せない!」
完全に夜美は本気になっていた。ステラが思わず言葉を引っ込め、亮夜ですら口を挟めない程に。
「心配しないで、お兄ちゃん。あたしは絶対に負けない。こんなバカアイドルなんかに、あたしたちの夢を、止められるわけにはいかないの!」
「バ、バカとは何ですの!私を本気で怒らせたこと、後悔させてあげますわよ!地下1階の魔法演習室、そこに1時間後に来なさい!」
ステラはそう言い残すと、足早に部屋を去った。
部屋に残った二人は、武装とコンディションの調整を行っていた。
「ごめん、お兄ちゃん。つい、ムキになっちゃって」
「いや、仕方ないよ。それにしても舞香のあの態度・・・」
勢いにのって、勝負をしかけた夜美は兄に謝罪した。それに対して、亮夜はステラの不自然な態度について考えていた。
「あんな奴のこと、考えなくていいよ。あたしが完璧に叩きのめすから」
「そういうことじゃない。舞香の言うアイドルにしたというあの人のことだ」
ステラの正体が、亮夜の通っていた小学校の同級生の藤井舞香だったとは、想像にも思わなかった。
ステラの発言は完全な言いがかりではない。
当時の亮夜は、ステラのことを綺麗な女の子とは評価していた。
初めて会った時に、冷たい眼差しを向けたことはなかった。
だが、男の子から向けられる好意ある眼差しに慣れきったステラには、普通の眼差しが冷たく感じたのだった。
それからのステラは、普通の男の子が喜びそうなことをどんどん亮夜に行い始めた。
亮夜としては、一部の過激すぎる行為はともかく__夜美を放置させて最高級のデートに無理やり連れていかれて、夜美を激怒させたことは今でもトラウマになっている__、無難と言える行為__お弁当を作ってくれたことや、誰もしない掃除を手伝ってくれたことなど__は、感謝していた。
しかし、そんな背景があるとは亮夜には思いもよらなかった。
まだ、夜美しか本心から信じることができなかった頃、恋愛のことなど、亮夜には荷が重すぎた。
今も、もう少しましになっているとはいえ、やはり本心から受け入れることはできない。
だが、ステラが思い込みで復讐に囚われているのなら、できる範囲で正してやりたいと思っていた。
「・・・その人は、まるでステラに居場所を与えたみたいだった。いくらアイドルとして人気の出ると考えても、根拠としては弱いしな・・・」
「そんなこと、考える必要はないよ」
コートを脱いで、動きやすさと機能性を重視した服装になっていた夜美がそう口にした。
「ステラに勝って、聞き出せばいいんだよ。それに、今、お兄ちゃんのすることは違うでしょ?」
「そうだね、夜美の勝利のためのサポートをする。ステラを全力で叩きのめすんだ」
期待通りの言葉を向けられて、夜美は、静かに、かつ、確実に頷いた。
約束の1時間後。
亮夜と夜美は、魔法演習室に来ていた。
この演習室は、ステージを変えられる仕掛けがついてあり、今はセントラルステージと言うべき構成となっている。中央に人工的な大きな塔、そして木と川が点在している以外は原っぱとなっていた。
その中央の塔の前には、ステラが立っていた。
「ボクに怖気つかずに来るとはね」
「そっちこそ、尻尾を巻いて帰っていないとは意外だったよ」
お互いに一言ずつ挑発し合った後、ステラは解説を始めた。
「この部屋で、ボクと夜美が魔法勝負をする。どちらかが倒れて降参を示した時点で終了だ。殺しはなし。お互いに面倒なことになるだろうからね。後、この部屋は好きにして構わない。勝負の合図は亮夜に決めてもらう。そのために、キミはとなりの見学室から立ち会ってもらうよ」
「分かった。頑張れよ、夜美」
夜美が頷いたのを確認して亮夜は部屋を出た。
少し時間が経った後、夜美はサングラスを掛けて、ステラは腕につけていた通信機を起動した。__その間、ステラは夜美の掛けたサングラスに、理解不能な顔を見せていた。
「どう、亮夜?ボクのこと、分かる?」
「うん、君たちのこと、ちゃんと見えているよ」
「ボクが左手を挙げたら、そちらの黄色い大きなボタンを押して。ゴングが鳴るから、それがボクと夜美の戦いの合図だ」
「分かった」
そう伝えると、ステラは通信機を切った。
それと同時に二人はそれぞれ道具を懐から出した。
ステラが取り出したのは、魔法銃。さすがにアイドルということもあってか、装飾も目立つ超高級品のようだ。全身が金色に輝き、銃口は白金。よく見ると、素材に至ってはダイヤモンドでできていた。正直、これで直接殴れそうなほどである。
それに対して、夜美が出したのは小型の杖。こちらはステラのものと比較して、目立った装飾などはない。しかし、これだけではない。まだ隠しているが、左手にはブレスレットが巻いてある。こちらも派手さはないが、シンプルなデザインが分かりやすいオシャレとなっていた。
ステラは右手の銃を夜美に向ける。
夜美も、右手の杖をステラに向けた。
「さて、ボクはキミに勝ち、亮夜をボクの物とする。言い残すことはあるか?」
「あなたなんかに、お兄ちゃんは渡さない。絶対に負けない」
ステラと夜美が最後に一言かけあうと、ステラは左手を静かに挙げた。
それと同時にゴングが鳴った。
まずは、夜美が後退と同時に、大きな風を起こした。
ステラはその風を利用して、お互いの狙い通り夜美と大きく距離をとった。
木の陰に隠れたステラは、夜美に銃を向けて、炎を放った。
精神的に感知した夜美は、一旦止めた風を再び引き起こした。
「トルネード」を中央で起こして炎を止める。さらにその「トルネード」の発動範囲をステラに向けて、炎の竜巻となって襲い掛かる。
(手強い・・・!)
そう考えつつ、炎攻撃を中断したステラは木から木へと逃げて、竜巻をかわす。
しかし、一向に竜巻が弱まる気配はない。
通常、魔法を連続で使うには、それに応じた大量の魔力と、精霊の力が必要だ。
だが、夜美の扱っている「トルネード」は普通のものとは違う。
魔法制御に一切無駄がなく、魔力さえ持続できれば、属性の力が枯渇することはない。
つまり、夜美の起こした風の力は、時間経過で減少することなく、維持されていた。
そこにブレスレットと杖の魔力補強もある。この二つを巧みに操れる夜美ならば、魔力枯渇の心配もなかった。
また、魔法制御を完璧に出来るということは、魔法師としてのレベルが高いことを裏付けている。
少なくとも、ステラにはあそこまで丁寧に制御することはできない。
(夜美・・・想像以上にやる相手だね・・・)
不安をどうにか誤魔化しつつ、ステラは闘志を燃やしていった。
大きく移動して、夜美に接近していくステラは、まだ出していないもう一つの銃を出した。こちらも、最初に使っていた銃と同じく、派手すぎる装飾を加えた魔法銃だ。
斬る風でダメージを狙う「ウインド・ソード」、岩の弾丸を放つ「サンド・ガン」を連射して、夜美を攻撃しようとする。
だが、夜美は「アース・ウォール」と「ウインド・ウォール」を次々に発動させて、どちらも無効化した。
その間もどんどん距離を詰めて魔法を連射し合う二人。
ここで、夜美は大きく左に飛んだ。
それと同時に、真下に大きな風を送る「アンダー・ウインド」を飛ばして、さらに「ライトニング・スピア」を待機させて動きを止めたステラに対して猛攻を仕掛けようとした。
夜美が逃げたことで、策が失敗したステラは同じく離脱しようとしたが、その前に「アンダー・ウインド」が直撃。さらに、制御を捨てた「トルネード」、光の槍で貫く「ライトニング・スピア」がステラに直撃した。
風の圧迫と、熱気を含んだ強風、そして光の槍が、次々とステラを襲う。
全てが収まった時には、全身にかなりのダメージを負っていた。
風による、身体の圧迫、熱を含んだ暴風による全身の火傷、背中をこがした猛烈な光は、魔法師でなければどれも重症、あるいは致命傷の大怪我であった。
ステラは治癒魔法を使って、どうにか立ち上がった後、隠していた奥の手を披露することを決意した。
焦げた服からこぼれ落ちた、大量のチップ。それは、亮夜がここに来る前に夜美に見せた、試作用のチップとよく似ていた。
そのチップを、自身の腕力と魔法で滅茶苦茶に飛ばす。
事前に試作チップを見ていた夜美は、次にステラが何をするかを悟り、同じく魔法でチップをお返ししようとした。
だが、自身の周囲にあったチップをどかした直後に、新たな魔法が放たれた。
猛烈な爆発が、部屋を埋め尽くした。
このチップには、魔法が埋め込まれていなかった。
代わりに、魔力を直接投入することで、魔力に反応して大爆発を起こすチップだったのだ。
事前に爆風対策のバリア__熱と風を遮断する魔法だ__を張って、爆撃を凌いだステラは、無傷であった。
対して、不意打ちの如く、爆発に巻き込まれた夜美は__。
こちらも無事であった。
「そんな!?ボクの大爆発が!?」
「その程度で、あたしに届くと思った?」
結局、切り札一つ切って、お互いに隙を晒した程度の効果しか得られなかった。
むしろ、意味がなかったと言っていいかもしれない。
さらにステラの周囲には、たくさんの夜美がいた。
投影魔法、「イリュージョン」。
魔力によって、特定の映像を見せる、幻惑魔法。
事前に用意したチップに、夜美は自身の分身を映した。
本来の夜美の技術ならば、少数を、同じアクションしかとらせられない程、難易度の高い魔法だが、亮夜が調整したチップに魔法式のセッティングが済まされており、夜美の魔力に呼応して、同じ映像を映す機能を持つ。
大爆発が起きた直後、夜美はバリアを張ると同時に、チップを展開する準備をしていた。終わった直後に、チップをばらまき、さらにステラを感知することで、方向もステラに全て向けられている。
ステラからは、爆発と同時に分身した夜美に囲まれて、一斉にさらなる魔法を発動させているように見えていた。
「どうなっているんだ!?このボクがここまで追い詰められるなんて!!」
「動かないで。あたしたちで、一斉に拘束する」
「ボクは、キミなんかに負けている暇はないんだ!5年前の借りを返す絶好のチャンスだと言うのに!こんなことがあってたまるか!ボクの人生を狂わせた元凶、亮夜が目の前にいるというのに!」
「もういい」
慈悲すら感じる、冷たい声で、夜美は拘束型魔法「シックス・キャッチ」を放つ。
炎の、氷の、風の、岩の、光の、闇の、鎖が次々とステラに飛ばされた。




