6 衝撃の再会
久々にまともな特訓をしたその後。
それからはしばらく、出稼ぎ、修行、開発、デートなどの兄妹にとってはあまり変わらない日々が繰り返されていた。
亮夜は高美からの一応の約束が残っていたのだが、使う気にはならなかった。
別に(友達として)付き合うのが嫌なわけではないし、夜美といた方が充実するからといった理由でもない。
単に、日常的な作業が相当に、果てもなく多いので、機会がないなら後回しにしてしまっているだけだ。それは友達としてどうかとも考えられるが、亮夜は別にその程度気にしない程度には、ずれていた。いや、常識がおかしかったと言うべきかもしれない。
一方の夜美は受験勉強があるのだが、彼女にとっては何の恐れる必要もなかったので、こうして兄のお手伝いやデートをするのに、遠慮なく時間を回すことができた。
実際にそのような規則も、実際に起きたわけでもないのだが、夜美の腕ならば、魔法学校どころか、魔法大学にすら逆に頼み込まれかねない程の実力を持っているからである。
その点で言えば、雷侍宮正や冷宮恭人も同じくらい頼み込まれそうなものではあるが、彼らが超優秀なのは常識であるので、仮にそういう規則があっても、そこまで激しい勧誘とはならないだろう。
当たり前のことかもしれないが、夜美にも友達はいる。しかし彼女の場合、亮夜といた方が楽しいという理由で、自分から連絡をとろうとはしなかった。最も、亮夜は機会がないなら連絡をとらないという、突き放したかのような態度をとっていることを考えると、あくまで兄優先である夜美の方が、まともなのかもしれない。
__どちらもずれているという意見は横に置かせてもらうことにする。
それはともかく、ある日、亮夜と夜美は、町中でデートをしていた。
特に意味はない、ただ二人で散歩するだけのまったりデートである。
そして、とある道に差し掛かった時、大量の人だかりを見た。
「人が多いね・・・どうする、何か見てみる?」
「いや、いいよ。せっかくのんびりしたいのに、うるさいのはねー」
人だかりをスルーして、曲がろうとした時。
すごい歓声が響いた。
思わず耳を塞いだ亮夜と夜美。
「な、何なの?」
「そうだ、確か今日は、愛姫ステラの路上コンサートがあるとニュースでやっていたな」
「ふーん、で、どうして知っているの?」
事情を説明する亮夜だったが、それを夜美は浮気(?)と解釈したようだった。
急に妹の機嫌が悪くなったのを見て、亮夜は言い訳をするかの如く説明を続けた。
「いや、そういう意味じゃなくて!トップニュースにも出ていたんだ!」
「そんなに有名な人なんだー」
「ていうか、夜美は僕のことよく知っているだろう!僕が本当の意味で好きだと言えるのは夜美しかいないということを!」
夜美の追及は止んだ。
その代わり、顔を真っ赤にして、誰かに見られないようにして隠していた。
周りからざわめきがあがる。
その時、ようやく亮夜は己の失態を悟った。
今の発言は、仮に恋人に向けるにしても、熱すぎるセリフだ。
それを目の前で堂々と言ってしまえば、告白と捉えられても仕方がない。
しかも、周りには観衆がたくさんいた。
周りから完全に誤解されている眼差しを向けられて、兄妹は色々な意味で居心地の悪い思いをしていた。
さらに予想外だったのは、誰もが反応しないと思った、その人物が反応したことだった。
「あーーーっ!!!」
女の声。それも、かなり大きな声を出して、思わず亮夜と夜美を含めた全員がその方向に振り替える。
その方向には、ここ数年、一気に有名になったアイドル、愛姫ステラが立っていた。
一体、その叫び、あるいは悲鳴が何の意味であったのか。
ステラの側に黒服の男が近寄る。どうやら何か話しているようだ。
話し終えると、その男は、亮夜と夜美の方向に向かってきた。
どうやら、自分たちに用事があるらしいと思った亮夜と夜美は、その場で姿勢を正して待ち構えていた。
なぜ、アイドルが自分たちに興味を持ったのか、考えなくはなかったが、それはこの男から話を聞けば理由が分かるだろうと思ったので、必要以上に思考に沈むことはなかった。
「失礼ながら、亮夜様、夜美様、後程、ステラ様がお会いしたいとのことです。どうか、ショーが終わった後に顔を出していただけませんか」
しかし、その発言を聞いて、二人は思わず思考に沈むことになった。
慌てて亮夜が回答の時間が欲しいと言って、幸運なことに少しだけもらえたので、二人は少し離れて密談を始めた。
(ステラが僕たちに会いたいだと?一体何の用で?)
(あたしたちの名前もう知られちゃっているよ!?どこかで会ったっけ!?)
(思い当たることはない。偶然、一方的に知っていたのか?)
(ステラっていう魔法師も聞いたことがないし・・・。本当に何なのだろう?)
(もしかすると、ステラの関係者が何かあるのか?)
(分からないけど・・・どうするの?すごく断りにくいよ?)
(仕方がない。後で行くことにしよう)
そうやって話が終わって、二人は改めて黒服の男に向かった。
ちなみにその間、野次馬(主に女性)たちは亮夜たちがひそひそ話をしているのを見て、多大な桃色の妄想を膨らませていた。
亮夜はそう事情を説明して、黒服の男を下がらせた。
亮夜と夜美は、そのまま家に帰った。
「みんなー!ごめんねー!ボクの目の前で、あんな素敵な純愛を見たから、ドキドキしちゃったー!さあ、愛姫ステラのミュージカル、スタート!!」
ステラにとって、ちょっとしたトラブルがあったのだが、特に影響もなくショーがスタートした。
当初はあの男と何か関係があると疑った野次馬(主に男性)たちも、ステラの歌が始まると、すっかり魅了されていた。
家に帰った亮夜と夜美が行ったことは、ネットによるステラの情報集めだった。
愛姫ステラは、3年前、亮夜が小学校を卒業する少し前にデビューしたアイドルだ。
キュートでありながらボーイッシュな印象は、たちまち多くの男たちを虜にした。
それだけでなく、様々なテレビにも出演しており、現在、最も有名なジュニアアイドルの一人として数えられる程だった。
一方で、プライベートには謎が多い。
小学校を卒業した後のデータはほとんどなく、住所はトウキョウのどこか、本名や趣味などもほとんどが不明となっている。せいぜい、もう少しで16歳になるという程度である。
残念ながら、これだけの情報では、理由が全くつかめない。
もしかしたら、不明となっているデータに関係があるかもしれないという程度だった。
約束の時間の少し前、亮夜は夜美を連れて、道具保管室に向かった。
「お兄ちゃん、まさかステラさんのこと・・・」
「ないとは言えないだろう?念の為に、隠し持っていける程度の装備は持って行った方がいい」
この部屋は、戦闘用に開発した魔法道具などを保管している部屋である。魔法銃、タクト、魔導書、ブレスレット以外にも、スタンガンや小型爆弾、睡眠ガスやら何やら、明らかにおおやけに出来ない道具もちらほらある。
ここに兄が連れてきたということは、戦闘があると予想したと夜美は思った。
夜美の予想は合っていたが、さすがにステラと最初からやりあうとは亮夜は考えていなかった。
あくまで、相手はアイドルだ。しかし、関係者と何かあると思っているので、万が一のために装備を用意することにしたのである。
まず、二人が着たのは、夏には不似合いのロングコート。夏でなければおしゃれと言える程度にはよくできている代物であった。
もちろん、これを選んだのは、相当な理由がある。
隠し持てるというのが大きな理由で、実際に目くらまし用の閃光弾や煙幕弾、試験段階であるが魔法展開用の使い捨て小型チップもいくつか入っている。
その下には、動きやすさ重視の服装。
さらに魔法を感知できる機能__ただし調整中で、普段の亮夜以下の魔力に対しては感知できない程度には精度が悪い__つきのサングラス。
そして、亮夜は魔法銃を一丁、夜美はブレスレットと小型の杖だ。
「サングラスは持ったかい?」
「大丈夫、問題ないよ」
「久々の実戦になるかもしれない。気を抜くなよ」
「お兄ちゃんこそ」
いつもとかなり違う服装をした二人は、万全の状態で家を出た。
二人が向かうべき場所は、トウキョウのとある外れにあるビル。
ちょっとしたこともあったが、二人はそのビルに到着した。
しかし、そのビルから出てきた人物は、思わず亮夜が声をかけてしまう程、驚くべき相手だった。
「鏡月さん!?」
亮夜の通う魔法学校、1年3組のクラス委員長の鏡月哀叉がビルから出てきたのだ。
「亮夜!?それに、夜美さんまで」
「哀叉さん!?どうしてここにいるの!?」
「それは、こちらが言いたいことなのですが・・・」
どちらにとっても想定外のことであった。
「僕たちは、愛姫ステラというアイドルが、僕たちに会いたがっているみたいで、このビルで会うことになっているんだ」
「そう、ステラさんが・・・」
「え、ステラさんと会ったの!?」
口にこそ出していないが、亮夜も妹と似た反応をしている。
「はい。私に秘密の話をしていました」
しかし、秘密の話ということで、亮夜たちは追及が出来なくなった。
話が終わったということで、哀叉は去った。
亮夜としても、夜美としても、とても気になる内容であるが、今はそれよりステラに会う方が先だ。
ビルに入って、ステラに招かれた客だと説明すると、ビルの6階の奥の部屋に案内された。
ちなみにこのビル、中の詳細は1階の魔法関連会社を除いてほとんどが不明となっている。漠然とした不安を抱いた亮夜であったが、やはり先に進むのを優先した。
そして、その部屋にたどり着くと、案内人は下がった。
すると、ドアが上にいきなり開いた。
その奥には、愛姫ステラが偉そうな机で待っていた。
アイドルの時のステラとは違い、きらびやかな服装ではなく、制服とも違うような、社長が着ていても違和感のない服装だ。その点では、表向きはコートを着ている亮夜たち兄妹と表面的には大人びている点で似ていた。
最も、机が立派すぎるので、亮夜たちからは服が見えることはなかったのだが。
そのまま無言の時が流れて、先に口を開いたのは、ステラだった。
「何してるの?早く入りなよ」
亮夜と夜美はその言葉に合わせて部屋に入った。
部屋のドアが自動的に閉まったのを見て、ステラは目の前にあるソファに席を勧める。
亮夜たちは少しソファを見た後__ステラは品定めをしていると解釈した__、ソファに腰を下ろした。
「さて・・・ボクがここに呼んだから想像がつくと思うけど」
その言葉を聞いて、亮夜たちは油断なく身構える。
ちなみにコートは着けたままだ。二人とも、コートの中に片腕を入れて、万が一の時に対処しようとしているのだろう。
傍から見れば、明らかに不自然かつ無礼な行動であるが、ステラはそのことを気にせずに対応していた。
「ボク、いや、私を覚えています?」
余りに想定外な言葉に、亮夜と夜美は思わず膝が砕けそうになった。もし、立っていたら、少し隙が出来ていたくらいには意外な発言であった。
「え、あなたと?・・・残念ですが、記憶にございません」
最もそれは、ステラも同じだったようで、彼女の場合は、雰囲気だけはそうなっていた夜美とは異なり、思わず頭を倒してしまったくらい驚いていた。
「どうしてよ!?どうして私のことを忘れているのですの!?」
「いや、本当に会った記憶が・・・」
逆切れしているようにも見えるステラの態度に、亮夜はすっかり困惑している。ちなみに、夜美も兄と同じように困惑している。普通にコートから手を戻しているくらいには。
「全く、あなたは相変わらず冷たい人ですから・・・」
それでも、亮夜の人となりをよく知っているかのような発言は、まるで亮夜の昔を知っているような様子だった。
「あの時も、私を意にも留めなかったように、今も私に対する興味がまるでない!どこまで私を見下せば気が済みますの!?」
本当に何を言っているのか。亮夜は完全に理解不能な状態であった。
一方の夜美は、兄に対していわれのない中傷を繰り返しているステラに徐々に苛立ちを募らせていた。
「本当に私のこと、忘れたと言うのですの!?」
「本当に知らないんだ。君のこと・・・」
ステラの想像を超えて、ひどい言葉(とステラは思っている)を亮夜からかけられたステラは、一旦言葉を区切って、落ち着きを取り戻そうとした。
「・・・藤井舞香。本当に覚えていないのですの?」
そう呟いて、ステラ、いや、舞香の回想が始まった。




