5 修行
突然のデートがあった翌日、今度は町のお手伝いだった。
もちろん、収入源を得るためである。
「いつもありがとね、また頼むわ」
亮夜と夜美はとある老人の家でお掃除のお手伝いをし終えた。
いくら文明が発達しているといっても、その文明をどれだけ受け入れられるかは差がある。例えばこの老人の家には、掃除道具は旧式のものであった。さらに、体に少し問題があるので、掃除にはどうしても手間と苦労がかかってしまう。
そこで亮夜と夜美が、お手伝いとして、代わりに掃除してあげている。それもかなりの速さで。
無論、手を抜いているわけでなく、かなりの速さで終わっているだけだ。
魔法は様々なことに応用が利く。
ごみを魔法で感知して、それらを魔法でまとめて動かしてゴミ箱に入れる他、非常に弱い水魔法を使用して、床や棚を拭くといったことも可能だ。
それを夜美の魔力で行えば、あっという間にかつ確実に終わる。
亮夜は夜美の魔法では対応が難しい、繊細さが要求される作業を担うことが多い。
その結果、わずか10分で部屋の全掃除と、昼食を代わりに作る作業を終えた。
「いえいえ、また機会がありましたらお呼びください。それではこれで失礼します」
「またねー」
お駄賃として1000円程もらって、兄妹は駆け出した。
その後も、会社の掃除(働くことに関する法律はかなりいい加減である)や、家庭教師など、4件の用事を終わらせて、数万円の収入を得ることに成功した。
「人助けはいいけど、なんかこう、がっぽり稼ぎたいよねー」
「そういうな。収入があるだけありがたいと思わなければ」
家に帰って亮夜は宿題、夜美は亮夜の代わりに家事をしていた。
「実際、一つ凄い商品を出すことができれば、この悩みもましになるけど」
「そうはいっても、まだ数千万は残っているけどね」
「少なくとも大学を出るまでには安定した収入先がないと色々困る。個人的なお手伝いでは限界があるからね」
「ホントあの人たち潰れてくれないかな?」
「あいつらが壊滅する時には、ニッポンごと潰れていると思うよ?」
そんな夢が大きい、あるいは無茶がすぎる願いを口にしながら、その夜も更けていった。
次の日も、あまり変わらず二人は過ごした。
そして、その次の日には。
「よし、ようやく終わった」
「お疲れ様、お兄ちゃん!」
亮夜の宿題に全て片がついた。
「これでようやく、こっちの方に手を出せるわけだ。さあ、修行だ。久々に夜美の力、見せてもらうよ」
「任せといて!」
兄妹が向かったのは、魔法教習所(魔法訓練所とも呼ばれる)だ。
無人型と有人型があるのだが、基本的に無人型を使用している。
こちらの方は、人力に関わらない、機械的、実践的な特訓が多くできる。
また、人がいない関係上、貸し切りにすることも可能だ。
魔法教育の多くは、適切な指導によって行われる。
教師が手取り足取り詳細に教えることで、魔法を扱う技術は鍛え上げられる。
それは、相当な上級者でもない限り、魔法師ならば誰でも同じことだ。
つまり、有人型の方が、圧倒的に需要が高い。
無人型にも同等の施設がそろっているのだが、指導教師がいないというのは、大きな差があった。
最も、亮夜も夜美も魔法知識は相当に優れている上、二人には魔法をある程度認識できる異能もある。
別に教師がいなくても、亮夜一人、もしくは単独で、二人分の指導は事足りる。
また、冷宮や雷侍を始めとするエレメンタルズや六公爵では、個人運営の指導所を持っていることが大半で、わざわざここを使う理由がない。
そういうことで、無人の方を、最大限かつ効率的に運用できるのは亮夜と夜美以外にはほとんどいない。
一応、使用者もいるのだが、気まぐれや一人で行いたい、そういった事情のある人しかこないので、本当の意味で無人となっていることも少なくなかった。
さすがに、運営費の都合なのか、装置などは多くが旧式、もしくはボロボロになっているのが多い。
しかしそれも、持ち込みによる最新アレンジ式の魔法道具に加えて、簡易修復のできる二人には、それほど問題もなかった。
無人の魔法施設を貸し切りにして、早速修行に励むことにした。
二人がこの施設を使う場合、夜美が使用して、亮夜が指導者、チェックする担当であることが多い。
今回も、そのようなスタイルであった。
まずは、四方から現れる的を感知して魔法をぶつける修行だ。
実戦では、敵の奇襲に対応することに置き換えられる。
夜美が使用する道具は、ブレスレット。
魔力のチャージを重視した一品で、その点においては魔導書に近い。
こちらでは、保存した魔法の使用ができず、あくまで魔力を引き出すことを重視した道具である。
しかし、大半の魔法をそつなく扱える夜美にとっては問題とならない。
魔力のチャージという点においても、魔導書に劣るという問題点があるが、腕にはめ込むだけで使える関係で、両腕ともに自由に扱えることができる。
試合や最初から戦闘に入るつもりならば、魔導書の方が選択肢に入りやすいのだが、こちらのブレスレットは、普段からも携行できる点から、突然襲われた時にも難なく使える。
普段は、元々の魔力の高さから、魔法道具を外していることも多い夜美であるが、実際に荒事に臨むケースも考えられるので、ある程度の装備を持っていくのはおかしいことではなかった。
今、夜美が使用している部屋には多数の物が置かれている。その影からターゲットが出てくるので、ターゲットが隠れるまでに魔法で撃って壊すのが修行だ。
そして、亮夜の合図で修行が始まった。
魔法意識を無理のない範囲で全体に広げて__それでも施設を埋め尽くすほどには広い__、現れたターゲットを感知して次々と魔法で破壊する。
ターゲットの出現パターンは自動であるが、亮夜の仕組んだ設定には、そのパターンとは別の出現パターンも用意されていた。
20個のターゲットを次々と破壊した頃、突如自分の周囲に大量のターゲットが現れた。
意識に現れた情報量の多さに驚きつつも、閃光のごとく魔法の力を操り、薙ぎ払う。
だが、計測に表示されたデータは、最初に壊したものを筆頭に、ターゲットの破壊タイムラグが大きかった。
続けて、夜美の魔法発動速度寸前に迫る程の速さで次々とターゲットが展開される。
それでも、感知されたエリアに、次々と魔法を打ち込みぎりぎり追いついていく。
それが50個を越えようとした時、今度はまっすぐに20個のターゲットが並べられた。
そのまま一つの魔法で一つずつ打ち壊していく。
しかし__。
15個を壊した所で、16個目以降のターゲットが閉じた。
「そこまで!」
亮夜の合図により、ひとまず終了だ。
いくら並外れた魔力を持っている夜美でも、激しい魔法の行使に疲労は避けられなかった。終わった時に、思わずへたり込んでしまったことからも伺える。
そんな夜美に亮夜は歩いて行き、成果を伝えた。
「後少しで100個だった。最遅破壊速度は0.2秒。ただ、イレギュラーパターンの出現には弱かった。周囲に現れた時には0.5秒。一直線では、一つあたりほぼ0.1秒ずつだった」
「最後のは、いじわるすぎるよ・・・」
夜美の言うとおり、最後のパターンは一気に20個も現れたのだ。
感知を切り替えず、一つずつ破壊する効率の悪い魔法は、速度こそ優れるが、集団戦では分が悪い。
しかし、現れた配置は一直線だった。もし、魔法を切り替えて、一直線に貫く魔法を撃てば、時間内に突破出来ていたはずだった。
「早撃ちは文句なしだけど、急な変化には弱いままだった。少し休憩したら、次の修行だ」
「ねえ、もう少し褒めてよ」
数日前の惨事を覚えている亮夜は、あえて妹のリクエストを無視して、次の作業に取り掛かった。
「次はターゲットが様々な配置で現れる。配置を見て、効率のいい魔法を選んでくれ」
「よし、いくよ!」
溜息を抑えて、次の修行に向けて、夜美は気合を入れた。
欠点を克服すべく、様々なパターンで魔法を撃ち続ける修行は、休憩を挟みつつかなりの時間繰り返された。
貸し切りの時間もあと一時間。
次は亮夜の修行だ。
亮夜の修行は、魔法をなるべく使わずに突破していく、そんな修行だ。
地下室の修行場は、様々な仕掛けを配置して、それを突破するという、機動力や対応力を要する修行場になっていた。
夜美がコンピュータを使用して配置した場所に、亮夜が挑む。
妹の作業が終わったのを確認して、亮夜はトレーニングルーム__俗にいう筋トレを行う場所だ__からこの修行場にやってきた。
この修行場は、部屋と通路が入り混じったダンジョンのような空間で行われる。もし、仕掛けに引っかかってしまえば、サイレンが鳴ってアウトという仕組みになっている。
そして、地下突破戦が始まった。
まずはペイント弾__実弾を使えないことによる代用品である__の発射装置を軽々越えて、次に水の噴射装置を右へ左へと移動して避ける。
次に待ち構えていたのはサーチライトの部屋であった。しかも、カギを見つけないと、次の扉が開かない仕組みになっていた。
入口の右隅以外の三隅に仕掛けられているサーチライトを見て、安全に動けるルートを探る。
しかし、一つのライトがこちらに向かってきているのを見て、慌てて部屋に入り込んだ。
だが、目の前の仕掛けに気づいて右へ急に飛んだ。
さらにその先にも仕掛けがあったが、残念ながら亮夜の対応力は限界で、遂に踏み込んでしまった。
その結果__。
「お兄ちゃん、やり直し」
「不覚・・・」
再びサーチライトの部屋に突入した亮夜。
今度はライトとの距離を大きめに保ち、周囲の仕掛けに気を配る余裕を残していた。
それでも、安定して動ける場所はかなり限られていた。
その道中で、カギを見つけられなかった亮夜は魔法で感知を狙う。
今回は仕掛けを回避しながら行っているので、ただでさえかかる時間がさらにかかっている。
すると、サーチライトの裏に、カギがあるのを感知した。
仕掛けの隙間をぬって、サーチライトの裏に回り込んでカギを手に入れて突破した。
次の通路はど真ん中に監視カメラが仕掛けられていた。
魔法で破壊したくなるのだが、仮に仕掛けたのが自分であるのなら、魔法センサーを同時に仕掛けるに決まっている。
ルールと現状に理不尽さを覚えていた亮夜であったが、この装備で突破できなければ、所詮はそれだけの男だ。
そう思い直しつつ、魔法センサーに引っかからない魔法を探ると、一つ可能性のある策を思いついた。
魔法センサーに直接魔法を当てて、誤認させている間にカメラを壊してしまえばいいのだ。
正直、不安しか残っていないのだが、現実的に突破する策はそれしかない。
通路に感知を広げると、予想通りセンサーが仕掛けられていた。
感知だけではセンサーに引っかかることはない。
意識を集中させて、超短時間で魔法を放つ。
しかし、センサーの方が早かったので、あっさりアウトとなった。
再度やり直して、今度は銃で破壊する__その間に、後で夜美に文句言ってやろうと考えていた__ことで突破した。
今度は、アスレチックのごとく散乱した部屋に、いくつかのカメラがある。
どうやらアスレチックの頂上、妙に多いカメラの所に、次のカギがあるようだ。
まずはロープを渡って、内部に潜り込む。次に外のカメラに注意して、内部を駆け上がる。
そして足場の狭い場所を渡っていった。
頂上の直前までやってきた亮夜だったが、問題はこの次だ。
4方向に仕掛けられているカメラの警戒性は万全だ。
まともにとるのは、不可能と言っていいだろう。
しかし、カギのある台座以外は、しゃがめばあっさり抜けられる。
今度は、台座の足場を魔法でえぐり取る作戦に出た。
幸い、密度は薄いので、少し下から魔法を撃って壊せば、あっさり崩れた。
さらにそこから、支えが悪くなった台を、移動魔法でずらすことで完全にバランスを崩させた。
予め足場を確認していたこともあって、下に落ちたカギの回収は苦労しなかった。
アスレチック部屋も突破して、最後はハードルやら跳び箱やら糸の束やら純粋な身体能力が試された。
飛び越えて、隙間を通り、仕掛けを躱して、這いずって進んで、どんどん仕掛けを越えて、ようやくゴールにたどり着いた。
最後にボタンを押して、亮夜の修行は終了だった。
「お疲れ様、お兄ちゃん!さすがだったよ!」
「中々苦労させてくれたよ」
リトライ回数は2回。かかった時間はおよそ30分だった。
「あたしには、あんなの真似できないよ」
「じゃあ、あれはどう突破させるつもりだったんだ?」
亮夜としてはイマイチな出来だと思っている。なぜなら、実際には一度の失敗が命取りだ。
その点、中盤のカメラの仕掛けは、並の魔法師ではまず突破不可能な仕掛けだった。
そのことを根に持っている(?)亮夜は、夜美にそう尋ねた。
「え、ええと、それは・・・」
「仕掛けた自分でやってみせてくれ。言っておくけど、魔法以外使わせないからな」
「お兄ちゃんだからできると思ってたの!!」
「無茶苦茶言わないでくれ!魔法の使えない僕はともかく、夜美でさえ突破できないのはやりすぎだろ!」
「ごめん、ホントごめん!謝るから許して!!」
どうやら、夜美は兄にそこまでの期待をしていたようだ。
亮夜は兄として期待に応えられなかったことを情けなく思っていた一方で、夜美は亮夜が怒っているような態度を見て、大慌てで謝り始めた。
「全く、あそこまでやられたら、僕たち一人では荷が重い。マルチタスクな道具を本格的に視野に入れておくか」
「本当に悪かったから!ねえ、一人でできるように頑張るから!」
亮夜の呟きをどう解釈したのか、まだ夜美は謝っていた。
「もういい。とりあえず帰ろう。今度、魔法センサーを魔法で無効化する方法考えてもらうからな」
「わかったよ。頑張るよ・・・」
すっかり意気消沈している夜美を連れて、亮夜は魔法訓練所を去った。




