4 夜美と甘いデート
夏休み。それは、ほとんどの人が喜ぶ、夏の長期休暇である。
そして学生の多くは、一つの大きな試練が課せられる。
それは、夏季課題。
休暇に合わせて、大量の課題が出されるのである。
真面目な人は、これを終わらせるために、頑張って取り組む姿が見られるのである。
兄は魔法学校、妹は普通の学校に通う舞式家でも、そんな光景が見られた。
「よし、魔法知識はこれで終わりだ!」
「さすがだね、お兄ちゃん!まだ1日目なのに!」
「早く終わらせて、君との時間をとらないといけないからね。夜美は順調かい?」
「今、国語があと少しで終わるの。でも、お兄ちゃんよりは時間かかりそう」
「そうだ、僕より早く終わったら、夜美の好きな所に沢山連れて行ってあげるというのはどうかな?」
「分かった!絶対お兄ちゃんより早く終わらせる~!」
今、亮夜と夜美がいるのは、地下の研究室。
舞式家には、地下に様々な部屋がある。
この研究室は、世間に見られると面倒なことになる(捕まるという意味ではない)ものを扱う実験室も兼ねている。同時に片隅に大きな机も置いてある。
このため、兄妹は椅子を用意して、二人で雑談もしつつ宿題を終わらせているという所だった。
最も、ずっと宿題をやり続けるということはできない。ちょっとした都合で部屋を出ないといけないというのもあるが、食事を作る、掃除をするといった用事もあるので、度々作業を中断しなくてはならないのだった。
さらに言うと、この兄妹はアルバイトのようなことまでしている。
亮夜と夜美には親がいない。6年前からずっと二人暮らしだ。
政府は、孤立した子供のためにサポートをしているのだが、この二人はある事情から拒否、いや、拒絶している。
無論、収入源は自分たちで稼がなくてはならない。
こうなる前に、大量の資金を手に入れたのだが、それでもいつかなくなるのは容易に想像ができたので、どうにかしてお金を稼がなくてはならなかった。
そのため、各地でお手伝いをしてお駄賃をもらったりしている他、亮夜の開発した様々な道具を、有名企業の名前を貸してもらって販売して儲けるなど、様々な方法でお金を稼いでいた。
今年に入る頃には、収入が安定して、どうにか過度な倹約を行わずに済むようになった。
それでもやはり、そういったことに頑張らなくてはいけないのは変わらない。
こういった事情もあるので、二人は大急ぎで宿題を終わらせようとしていた。
しかし、二日目。
亮夜は残り3種類。
一方、夜美は__。
「全く、無茶しすぎだ。いくら全部終わったとはいえ、これはさすがに・・・」
「だって、お兄ちゃんとのデート・・・」
本当に必要な時以外全く離れずに、延々と課題に取り組んでいた夜美だったが、半日ずっと取り組んでいたため、何かが壊れてしまったような状態になっていた。
可愛らしい姿はどこへいったのか、ただでさえ細めの体がさらに痩せて、少し不愉快な香りまでしている。笑っている表情も、どこか歪な風になってしまっていた。
「あのなあ、いくら欲しいからって、普段の生活を疎かにするんじゃない。今回はまだよかったけど、もし夜美が病気になったらどうするつもりだ」
「ごめんなさい・・・本当にごめんなさい・・・」
兄の言っていることは正論なので、ただ謝ることしかできない。それ以上に、亮夜を本気で心配させたことを夜美は恥じていた。
「デート・・・返上するからそれで許して・・・」
そんなことを言い出すほど、夜美は本気で罪悪感を覚えていた。
「それはいい。頑張ったこと自体は評価しないとな。それより、早くお風呂に入りなさい。明日は少し遅く起きていいから、もう休むんだ」
肝心の亮夜は、明らかに悪い行動をとったから、良いことを帳消しにするほど、厳しい兄ではなかった。今も妹を気遣って、休ませようとしている。
それが夜美には何より嬉しかった。
なのだが。
今、体を動かすのがとてつもなく怖い。
それも__。
亮夜は、動きたくても動けないように見える妹を見て、声をかけようとした。
その前に夜美が顔をあげた。暗い顔と赤い顔を混ぜて、目も潤んでいる夜美から弱々しく返ってきた返事は__。
「お兄ちゃん、お願い、トイレまで連れてって・・・。後、お風呂もお願い・・・」
「・・・」
本当に無理をしすぎていたため、かなり恥ずかしい思いを、兄妹そろって味わうことになった。
翌日。
亮夜は夜美を連れて、町へ出かけていた。
昨日の夜、大変なことになり、朝まで寝ても疲労が取れていなかった二人だったが、結局こうして出かけることになった。
「ところでどこ行きたい?」
「しばらくぶらぶら歩いていかない?」
具体的な行先を決めていないまま出かけた夜美であった(そもそも考える余裕がなかった)が、本当にただ二人で散歩することにした。
しかし、側には亮夜がいる。それが夜美には凄く嬉しかった。
彼女がただ一つ本心から大切に想っているもの。それが、兄にして、ただ一人の理解者であった亮夜だ。
あの時、全てを捨てて兄を選んだことは、本当に良かったと思っている。
そして、亮夜を救えたことは、心から良かったと思っている。
彼だけは別だった。
亮夜といることが、彼女にとって何よりの喜びであった。
一方の亮夜も、夜美といることは、とても幸福だと思っていた。
本当は、ここにいることは許されていなかった。
それを、夜美が全てを捨てて自分を選んだことで、亮夜に新たな人生の道が拓かれた。
その前から、亮夜は夜美に特別な想いを抱いていた。
妹が兄をただ一人の理解者であったと思っていたと同時に、兄も妹を同じように思っていた。
そして今も、ただ一人、全てを許せる相手であった。
二人の絆は、ありえなかった表の道を作り出し、太陽の如く強く輝いていた。
だから、ただのんびりと歩くだけでも、二人は幸せであった。
昨日のトラブルが、ウソであったかのように。
二人が食堂を通ろうとした時、店員から声を掛けられた。
「そこのお似合いのお二人さん!今ならここ、格別なお値段ですよ!」
どうやら亮夜と夜美をカップルと誤解したらしい。
見た目で言えば、顔は整っていながらも、言い難い怖い印象を与える、大人びて見える亮夜と、同じように美形で、小学生に間違えられそうな子供の雰囲気がある一方で、少し背伸びした中学生のようにも感じる夜美であったが、二人の雰囲気は、知らない人から見れば、まごうことなき恋人の雰囲気であった。
夜美が少し恥ずかしそうな態度をしているのをスルーしつつ、亮夜は店員のメニューを確認する。
この店員の言ったとおり、値段は少し安い。
さらに、内容もきっといいものだ。
そう判断した亮夜は、夜美を連れて店に入った。
その中身は、いかにもカップルに向いているようなピンク色満載__装飾的な意味ではなく、雰囲気的な意味でだ__であった。
場違い感を覚えつつも、亮夜は夜美を丁寧にエスコートして、椅子に座らせる。
周りから見れば、恋人とほぼ全員が思うだろうが、兄妹で入っているのは自分たちだけだろう。
それが、場違いな感覚を生んでいた。
椅子に座った亮夜に、早速夜美が身を乗り出して囁く。
「お兄ちゃん、このお店に合わせて、本当に恋人ぽくしてみない?」
場違い感は夜美も感じているようだ。
せめてそう演技すれば、その感覚も紛れるかもしれない。
そう思った亮夜は、夜美の発言に頷いて、了承代わりに一言加えた。
「もちろんだよ、僕のプリンセス」
途中からわざと声を少し大きくして、自分の彼女をアピールするようにふるまう亮夜。
席に戻った夜美の顔がたちまち赤く染まる。
「本当に君は恥ずかしがり屋さんだなぁ。そこがすごくかわいいけど」
さらに追撃をくらい、夜美はますます赤くなった。
「もう、ずるいよ、おにい・・・じゃなかった、亮夜さん。家だけにしてよね」
「だめだよ、家だけじゃ満足しきれない。それより注文しよう」
完全にのりのりの亮夜に、夜美も合わせようとするのだが、完全にバカップルの域に入りつつある亮夜の演技についていけなかった。
注文したのは、きれいに纏まっている食事であった。精進をミックスさせ、見ているだけでも美味しそうな一品であった。
「おいしいね。こうして君と食べると、もっとおいしく感じるね」
「うん。あなたとここに来られて良かった。亮夜さん、大好き」
「僕も君を愛しているよ、夜美」
仲良くしているように見せようと、一つアピールをした夜美だったが、亮夜にさらにすごいアピールをされて、顔を真っ赤にしてうつむくことになった。
それ以降も度々口説いたり、口説かれたりして、その度に恥ずかしがりつつも全身でうれしさを表現している夜美。その様子は、周囲のカップルにまで影響を与えていた。
ここはほぼ全員がカップルの組み合わせだ。だから恋人の二人が仲良くしていても何のおかしいことはない。
だが、この亮夜と夜美の仲良し具合は、並のカップルよりも遥かに凄まじかった。
男たちは、亮夜が彼女を褒めたたえるのを見て、自分の彼女との愛の差に悩む。さらに夜美がすごくうれしそうな様子を見て、彼女の魅力の引き出せなさに悔しさを覚える。
一方の女性は、亮夜がひたすらに愛を語ってくれることに羨ましがっていた。そして、夜美が彼氏に、見ているこちらが甘くなる程甘えているのを見て、自分との差に情けなさを覚えた。
それがどうなったというのか。
多くのカップルは一念発起のごとく、より愛のこもった言葉をパートナーに捧げた。
だが、まだ照れが残ったようで、あの二人のように、激しく濃く、激しく深い、愛を捧げきるカップルはいなかった。
もはや理想のカップルを越え、畏怖の念を向けられる程の究極のカップルとなっていた亮夜と夜美が続いて注文したのは、パフェ。
ただし、普通のパフェではない。
パフェは大きいサイズの一つに対して、スプーンは長いのが二つ。
つまり、食べさせ合うのに向いている、俗にいうラブラブパフェというものだ。
それを、亮夜と夜美は難なく、完璧に頂いた。
この間、何があったのかはここでは省くこととする。
言えることがあるとするならば、周囲のカップルは大変だったということであった。
一方で、この過去一番のカップルの活躍(?)により、多くのカップルがここを利用するようになったのはまた別の話である。
大惨事を起こしていたことも知らず__もしくは分かっていて放置していたかもしれない__会計を済ませて店から出た亮夜と夜美は家に帰る__ということにはならなかった。
なぜなら、店を出た直後、夜美が物凄く恥ずかしそうにしたからである。
今にも泣きだすか、怒り出しそうな程、顔を真っ赤にして、両手で顔を隠している。さらにその顔を、亮夜に見せないように俯いている。
そんな様子を、最初は声をかけた亮夜だったが、返事はなかった。しばらく待つしかないと思って、少しの時間が経過したのだが、状況は変わっていない。
「夜美・・・。そろそろ終わりにしよう。これじゃ、動けないじゃないか」
「だって、だって、お兄ちゃんが・・・」
大体の原因は亮夜にもわかっている。
店の中で恋人らしく振舞おうとした二人だったが、亮夜が余りに過激にやりすぎたため、女の子の夜美にとっては、思い出しただけで、余りに恥ずかしいものであったからだ。
ただし、そこに不愉快な感情はない。
嬉しいことには嬉しいが、14歳の女の子として、全く対応できない程、自分の気持ちが暴れている。
兄が自分のことをすごく大事にしてくれた喜び。彼氏のふりをした亮夜が、愛しているといってくれた喜び。パフェを優しく、素敵に食べさせてくれた喜び。
沢山の喜びの感情が、夜美を激しく興奮させていた。
その一方で、亮夜が何の臆面もなく、自分を女の子として扱ってくれて、見せかけではない、本物の愛を見せつけられたことによる恥ずかしさも、夜美の心を揺らしていた。
今、亮夜を見てしまうと、また恥ずかしいことをしてしまうのではないかと、夜美は焦っていた。
昨日の夜の失態に続いて、ここでとんでもないことをしてしまったら、亮夜の機嫌や自分の意思に関係なく、思わず土下座をしたくなる程、追い詰められていると自覚していた。
だが、亮夜はそんな自分の気持ちに気づいているのか気づいていないのか、いつもの様子で心配している。
これ以上、どうしたらいいか分からない。
完全にパニックに陥っていた夜美は、思わず亮夜の左手にしがみついていた。
やってしまった、と思ったが、体が言う事を聞いてくれない。
このまましばらくしがみついて、気を紛らわすしかないと、夜美はわずかな理性でそう判断した。
一方の亮夜は、唐突にしがみついてきた夜美に少し驚いた。
そのまま腕を貸したが、離れる気配はない。
一行に収まりそうにない妹の暴走(?)に、亮夜は一言口にした。
「このまま帰ろうか」
「帰る」
それに対して、夜美は端的に一言だけ送った。




