エピソード3 ~転~ 可能性
魔獣襲撃事件が発生して5日後。
キョウトは戦場の火に包まれた。
後の歴史には、「天下分け目の戦い」などとも呼ばれるこの戦い。
それは、襲撃事件の結末から、既に始まっていた__。
__ここは、どこだ。
冷宮恭人が目を覚ますと、見知らぬ建物の中のベッドの上だった。
自分の記憶の限りでは、亮夜たちを最低限守れるように、魔法六公爵に便宜を図ろうとするも、司闇の連中に邪魔されて倒れたはず__。
そこで、自分の記憶は止まっている。
そもそも、今、こうして寝込んでいるわけには__。
「...ぐっ!」
起き上がろうとすると、強烈な激痛が走った。
よく見ると、白を基調にした、治療に適した服で、その上、包帯がたっぷりと巻かれているではないか。
つまり、誰かがここに運び込んで治療したことになる。
「...全く、私としたことが、不覚をとったものだな」
正直な所、この状況はかなり幸運だと言わざるを得ない。
倒された時点で、身動きすら困難な程の重症を負ったはずだ。下手をすれば、死んでいてもおかしくなかった。亮夜たちがどうなったのかは気になるが、今、この状況から言えば、自分が生きているだけまだマシと言える方だった。
問題は、ここからどうするかだ。
治療はともかくとして、自分が持ってきた情報は、一刻も早く政府や父に献上しなくてはならない。
言うまでもないが、身体はロクに動かず、よくて1日はこのまま寝込まないといけない。
周囲を見渡して、恭人はこう結論づけた。
ここは、病院だと。
呼び出しボタンを押した恭人は、数秒の後に、医者たちを迎えることになった。
普段の恭人からすると、こんなだらしない態度で人と接するのは屈辱に等しいが、今はそんなことを言っている余裕はないということくらい、彼は理解していた。
「無事でしたか、冷宮恭人君!」
「...そのようですね」
まだ頭の中の整頓が済んでおらず、何から話すべきかまとまっていない。それでも恭人は、目の前にいる医者たちと丁重にコミュニケーションをとることを優先した。
「君が山の中で倒れていたのを発見したのが10時間前。あまりに重症だったが、意識を取り戻せたのは何よりでしたね」
「...ちょっと待ってください、10時間前ですか...?」
恭人の記憶が正しければ、あの戦いに決着がついたのが正午より少し前のはずだ。それから少なくとも10時間経過していれば、亮夜たちにせよ、同級生にせよ、一つの決着がついているはずだ。
「舞式亮夜は?トウキョウ魔法学校の生徒たちは!?」
「...彼らの殆どは、修学旅行を中止にして、トウキョウに帰還済みです」
恭人の発言した疑問が返ってくるのに小さくないタイムラグ。
つまり、曖昧なことか、話したくないことがあるということで__。
「司闇による、被害は小さくない、と」
教えてくれたことにお礼を言う事も忘れて、恭人は推測したことを口にした。
「一体、どのくらい犠牲になったのですか?その中に、舞式亮夜とその妹は含まれているのですか!?」
亮夜の安否に必死になっているのは、単なる友情なだけではない。
恭人が調べた情報に限って言うならば、亮夜は「司闇」に立ち向かう重要なキーなのだ。
同じく、妹の舞式夜美は、亮夜にとって「半身」と言えるほどの重要人物。
彼らのどちらかが堕ちることになれば、「司闇」への対策という意味で、致命的なことになる。
「...」
しかし、亮夜たちの情報については、中々口を割ってくれない。
「...最悪の状況にはなっていない、ということですね?」
「...辛うじて」
紡ぎ出せる推測から、返されたのはコレだった。
「最悪の状況」というのが一致していない可能性は低くないが、それに踏みとどまっているということは__。
「誘拐されたか、私以上に酷い状態で治療を受けているか...。せめて、奴の手に渡っていなければいいのだが」
倫理的なことを抜きにすると、亮夜のポテンシャルは相当なものだ。
もし、亮夜たちの身柄を確保できているならば、僅かな可能性は残されるということになる。
そう思って、恭人は祈りに近い言葉を口にしていた。
「これ以上は、話をしても無駄なようですね。次にエレメンタルズとして一つ依頼をしたい」
「依頼?」
「魔法六公爵に直接出向いてもらえないだろうか。一刻も早く話したいことがある」
途中から、恭人の口調から丁寧さが消えている。
これは治療者としてではなく、エレメンタルズの「冷宮」の跡取りとしての態度だ。医者たちも恭人の立場は知っているので、不遜などと不平に思うことはなかった。
「分かりました。駐留部隊もいらっしゃるので、1時間後には到着するとのことです」
「礼を言う。それで、駐留部隊とは、どういうことです?」
恭人の口調に、再び丁寧さが戻る。これは、一個人としての純粋な興味ということを表していた。
「先ほども説明した通り、司闇がこの地で大暴れしていました。現状、復興作業として、魔法六公爵のうち、帥炎と尉土が中心となって取り組んでおられます」
「帥炎」は地元だから理解できるとして(恭人はこの地をキョウトだと既に確信していた)、「尉土」がこの地に出向いているのは珍しい。
それどころか、発言の限りでは、全員が__言うまでもなく「司闇」は除外している__集結しているなど、珍しい以外に言いようがない。
一体、現実がどうなっているのか、さっさと回復して外を見たいと、恭人は思うのだった。
医者たちが去ってから約40分後、魔法六公爵の当主たちのうち、帥炎豪太良、等水蕭白、将風夫迅の3人が病室にやってきた。
「意識を取り戻したようでなによりだ」
「この度は、ご足労をおかけして、誠に申し訳ございません」
最初に、恭人は頭を下げた。
ナルシストでプライドの高い一面もある恭人だが、礼儀や教養も十分に学んでいる。
自分よりも偉い相手をわざわざ呼び出したのだ。しかも、この忙しいはずのタイミングで。
恭人にとって、頭を下げることは当然のことだった。
「さっそくだが、お前が掴んだ情報について聞かせてもらいたい」
本題を促したのは、魔女のような帽子を被り、黒と青の服でコーディネートを固めた等水蕭白。
恭人としても、伝えておく必要性は高いので、その誘いに乗ることにした。
「事件が始まった10月1日、私はすぐに事件の真相を見抜きました」
「舞式亮夜は一連の事件の首謀者とされている、と」
いきなり核心に切り込んできた恭人の発言に、3人が身動ぎを見せた。
「奴らはどういうわけか、舞式亮夜を手中に収めたがっていた」
「間違いを正すため、私はあなたたちへこの身で報告に参ろうとした」
「しかし、その場に現れたのは、司闇の手の者」
「見た目からは中学生相当。だが、私に匹敵するほどの強者だった」
「辺りを顧みない猛烈な攻撃、変幻自在に組み合わせる攻撃パターン、何より、圧倒的な魔力...」
「...その後のことは、皆さんのご存知の通りです」
恭人が少しぼかしたように締めたのは、敗北を苦々しく思っているからだ。彼の人格をよく知っている3人は、恭人の屈辱を我が事のように感じていた。
「...聞きたいことがある」
「私がなぜ、真相にすぐに気づいたかということですか?」
蕭白の質問に対し、恭人は先読みする形で内容を当てた。
この状況で質問として考えられるケースは、亮夜との関係か、司闇の手の者のカードくらいだ。そして、話をわざわざ切り替える形で聞きたいとなると、亮夜との関係以外にあり得ないと、恭人は考えていた。
「私は事件を目の前で見続けました。不自然なことと、舞式亮夜を中心に起こっていることもあったので、推測としては十分でしょう」
亮夜と「司闇」に因縁があることを知らなければ、納得はともかく、推測することは不可能に等しい。
しかし、恭人はこの考えを押し付けた。
亮夜は「司闇」に対抗できる「切り札」ということになっている。
今回の事件から考えても、その可能性は高い。
仮に恭人の読みが外れたとしても、「司闇」に関連するキーパーソンであることは間違いない。
だが、それは「切り札」であると同時に「爆弾」だ。
もしも、亮夜の真実を政府が知るとなると、彼を保護という形で拘束となるか、まともな「司闇」の人間として、政府の実験台にされるだろう。最悪の場合、「司闇」との全面戦争になってしまう。
たとえ事態が好転する可能性があったとしても、「友」と認識している彼をみすみす政府に売り渡したくなかったという気持ちも、恭人にはあった。
「...まてよ、そういえば医師の一人の言伝にも引っかかる点があったな」
蕭白と夫迅が納得するには疑問を感じている中、豪太良が自分の記憶から気になる点を引っ張り出した。
「何ですか?」
「「司闇」に警戒するべきという意見を、患者の一人から頂いたということだ。その人物は、舞式亮夜と共に重症となっていた女性らしいが...」
「まさか!?」
恭人が治療中の身であるということを忘れて、思わず立ち上がりそうになる。
「おい!」
無論、身体のダメージがそれを許さず、彼を再びベッドの中に押し戻した。
(間違いないな...亮夜と夜美は生きている...!)
このケース下で亮夜と共にいた女性となると、彼の妹の舞式夜美しかいない。
そして、重症となっていたということは...!
「大丈夫か!」
「問題ないです。ですが、その発言はきっと現実となります...!」
「何?」
他のメンバーが呆気にとられていることにも気づかず、恭人は自分の推論を次々と口にした。
「舞式亮夜とその女性は、「司闇」のターゲット」
「今はまだ準備しているはずだから分からないが、ここを突き止めること自体はできない話ではない」
「だが、今度はどんな大義名分を振りかざすつもりだ?既に病院に収納された今、ただの襲撃では真っ当な犯罪行為だ...」
「いや、今度は手段を選ばないつもりか?しかし、単純に狙うだけならチャンスはいくらでもあったはずだ」
「...分からん。奴らが来る可能性は、あの女性の直感以外にない...」
夜美の発言を否定するつもりはないが、理論的に考えて、今、襲撃を狙うメリットはかなり少ない。
普通に亮夜たちを仕留めるだけなら、いくらでもチャンスはあったはずだし、わざわざ分かりやすい場面で襲撃をする必要はない。さらに言えば、大義名分は明らかにこちら側にある。魔法六公爵の壊滅を狙うにしても、わざわざ揃うところを狙う必要もない。
「冷宮恭人。お前は一体、何を言っているんだ?」
「だが、「司闇」は来る」
「!?」
恭人の出した結論に、止めようとした夫迅はもちろん、他の二人も仰け反った。
「奴らが殺し損ねたのか、誘拐し損ねたのかは分かりません。ですが、この状況を黙って見過ごすとは思えません」
「...そうだな」
不明瞭な点は多いが、恭人という人物は嘘をつかない。
そして、司闇がこの程度で自重するような相手でもない。
その2点から、最も冷静である蕭白は真っ先に頷いた。
「今すぐに周囲に集められるだけの戦力を集めよう。帥炎殿、お前は一度、本拠に戻ってくれ」
「む?」
開戦の準備を宣言する中、豪太良には避難を命じた。
この指示には、豪太良も首を傾げた。
「お前の腕を信用していないわけではない。一極に集中させても、奴らならば、それを上回る力で打ち破る可能性がある。ならば、ある程度分散させた中で、戦力の安定を図った方がいい」
「...分かった」
気質的には納得していないが、言い分は真っ当だ。
そう理解した豪太良は、蕭白の指示に頷いた。
「俺は先に戻らせてもらう。恭人、為になる話、礼を言うぞ」
最後に、恭人に礼を言ってから、豪太良は去った。
「...話が大分それたが、その中学生相当の司闇の手先、随分と厄介な相手であるな」
豪太良が去った後、夫迅は話を戻した。
決して、豪太良を除け者にしたわけではない。恭人も、蕭白も同じ考えだ。
「例の人物も考慮しますと、やはり質で大きく我らを上回っているのは否定できないでしょう」
「そんな奴らとまともに相手して、勝てるというのか?」
「「勝つ」しかないでしょう、蕭白さん」
弱気な発言を、恭人が断ち切らせた。
「私が戦いに間に合うかどうかはわかりません。ですが、必ずこの地を守り抜きましょう」
恭人の瞳には、つけこむ隙が一切ない。
それだけ、彼の意思は強靭ということだ。
ならば、上の人物である自分たちが応えないわけにはいかない。
蕭白も、夫迅も頷き返した。
彼らの瞳にもまた、屈しない強き魂が宿っていた。
魔獣襲撃事件による影響はあまりに大きかった。
その被害の規模は言うまでもない。
無論、キョウト大病院も例外なく、大損害に遭った。
一時的な停電の他、衝撃による建物の損傷、流行り病の如く倒れた病人たちなど、金額にすれば数億単位の被害だろう。
病院としての機能回復に東奔西走していた中、突然機能していないはずの固定電話から着信が発生した。
その内容は、救援を知らせる内容だった。
なぜ外部からの連絡がとれない状況で着信が発生したのか、疑問に思う人物もいたが、彼らの直感に従い、強引に救助隊の出撃を行った。
結果として、重症であった舞式亮夜とその妹、舞式夜美の救援に成功したのである。
それから数日後、少しずつ周囲の環境を取り戻しつつあった中で、次々と衝撃的なニュースが飛び込んできた。
救助隊も規模を増やし、その中で発見したのが冷宮恭人である。
そして今、冷宮恭人が復活し、彼らの思考は舞式亮夜たちに移っていた__。
このキョウト大病院は、医療施設は最高峰であると同時に、医療関連の研究施設も充実している。未知の可能性を探るべく、複数の研究員もまたキョウト大病院に所属していた。
彼らにとって、魔獣襲撃事件の主犯とされている亮夜の来防は、格好の実験材料であった。
司闇の一計により、恭人が無実を証明するのに遅れてしまっているため、現状では犯罪者扱いされている。
しかし、亮夜を逮捕及び裁判所送りにするには、当人の意識を回復させる必要がある。
その為には、彼のパーソナルデータを調べて最適化させた治療を行わなくてはならない。
ネットワークで調査した結果、プロフィールで判明したのは住所や所属くらい。家族構成は妹以外は確認できておらず、それ以外は仕事による副収入を得ていることを除けば、当たり障りがないといったところである。
それだけならまだいいのだが、実際にスキャンをかけた__より詳細に調べるために行うものだ__ところ、あまりに不自然かつ食い違うデータが多く観測された。
まず、精神的には不自然な黒い部分が多数確認されており、身体には所々不自然な跡が確認されている。また、医療用の検査服に着替えさせた時点で判明したことだが、全身に所々火傷を始めとする様々な傷の跡も確認されている。
一般的な環境ならこのようなダメージはまずありえない。たとえ魔法六公爵や政府直属の魔法軍などの修行でも、これほどの致命傷はなく、仮にあったとしても、医療技術で治せるはずだ。
さらにおかしいのは、たとえ昏睡状態に陥ったとしても、僅かな生命の流れは発生するはずであった。それが、どんなに小さいものであっても。
なのに亮夜をスキャンした時点で、生命反応は機能していた。ただし、常識的にありえないタイプという条件つきで。
本来なら、完全に死んでいない限り、生命の流れは規則的である。しかし、亮夜のそれは、不自然に停止しているわ、波の上下が滅茶苦茶になっているわ、普通ならばあり得ないというものだった。
何から何までイレギュラーすぎる亮夜の計測結果は、研究員及び医者が蓄えてきた知恵を全て無に帰す、全く新しい挑戦の始まりであった。
手探りで彼の延命を続ける中、プロフィールとの不自然さと合わせて、亮夜の素性をさぐろうとする会議が延々と繰り返されていた。
その中には、「司闇」の人間であるという推測もあったが、やはりと言うべきか、確固たる証拠を見つけることは出来なかった。
一方、同じタイミングで治療を始めていた夜美については、亮夜と比べればまだ素直な結果であった。彼女については、一般的に言えばまだ常識的と言えた。最も、運び込まれてすぐに、わずかに意識を取り戻して、「司闇」の警告をしたことは、明らかに非常識であったが。
よって、夜美の回復を優先的に取り組み、目覚めさせた後に亮夜のことを吐かせることで、彼らの大元な考えは一致していた。
そんな中、冷宮恭人が持ってきた情報は、彼らを驚かせるのに十分だった。
舞式の兄妹は、司闇に狙われた被害者であると。
恭人の情報に疑問視するものもいたが、魔法六公爵の後押しもあって、信じざるを得なかった。__彼らは、恭人が持ってきた情報と、夜美が呟いた情報が全く同じであることに気づいていない。
司闇に狙われ、あまりにイレギュラーな身体をもつ亮夜。
果たして、彼らの正体は何者なのか。
その一端に触れられるのは、10月6日、夜美が目覚めることから始まるのであった。




