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魔法解放少年  作者: 雅弥 華蓮
extra 1
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エピソード1 ~起~ 第一の事件

 __あの時、全てが変わった。


 後の論者はそう語る。


 あの修学旅行は、闇に塗りつぶされた、最悪の事件でもあった。


 その結果は__、いや、今は語るまい。


 代わりに、あの修学旅行に関わった、それぞれの立場の人物から見るエピソードを、少しだけ紹介しよう。


 あの戦いと悲劇の裏に、何があったのかということを__。

 説明するまでもないかもしれないが、修学旅行とは、学生たちが多くの日数をかけて、遠征した地で特別なことを学ぶイベントである。その一方で、めったにない経験と、ホテルを含めた、豪華な道中もあって、純粋な楽しみというのも極めて多い。

 そのはずだったのに__。




「...というわけでして、我々の行く先に想定外の事態が発生するかもしれません」

 周囲から「えー!?」といった声が聞こえてくるのだが、2年10組の一人、高本陸斗は仕方ないと思いながらも、騒ぐほどではなかった。

 修学旅行の一日目、新幹線で移動し終えた後、後続の1組たちの新幹線に起きた事件のあらましを、彼らは聞いていた。

 被害こそなかったが、与えた動揺は小さくなく、こうして先生たちが伝えているという形でも、それが証明されている。

 しかし、陸斗は驚きこそすれ、他の生徒のように無様に取り乱すことはなかった。

 なぜなら、彼の側にいる舞式亮夜は驚くどころか、目がわずかに動くほどにしか動揺していなかったからだった。

 陸斗本人にそう聞くと意外と思われるかもしれないが、陸斗は亮夜のことをかなり信頼している。

 10組のクラス委員長にして、魔法実技以外はほとんどの分野でトップレベルを叩き出す、場所を間違えたかのような秀才。苦手な魔法実技も、魔法を交えた実戦では4組などの上位に食らいつけるほどの実力を持つ。

 人格に関しても、自分では真似できないような、クールでありながら心優しい一面も多々あるという、間違いなく優等生の部類に入ると、陸斗は思っていた。

 その彼が、このような報告を聞いても大して取り乱さない。

 きっと、恐れることはないだろうと陸斗は思っていた。

「亮夜、お前は落ち着いているな。大したことないと見込んでいるのか?」

 だからといって、彼が何を考えて、恐れるほどではないと評価しているのか、陸斗には想像できない。彼にできることは、こうして馬鹿正直に聞くことだった。

「いや、この程度のことは想定できていただけだよ。むしろ、大事故が発生しないことの方が不自然だ」

「それは...」

 彼の危機管理能力に感心する陸斗だったが、聞き逃せないフレーズが入っていた。

「...いやちょっと待て、今、大事故が発生しない方が不自然と言わなかったか?」

「本来、新幹線のハッキングは、一乗り物を破壊するのに十分すぎる。それが、大した被害がないと終わった。恭人さんたちが対処したという可能性もあるが、そうだとしても、奴の考えが読めない」

「奴?」

「...とにかく、これはほんのジャブにすぎないと思う。そのうち、また何か事件が起こる」

 亮夜が口を滑らせた「奴」のことが気になるが、それを聞き出しても、意味がないのに加えて、亮夜の気分を害する可能性が高い。

 少々ガサツな所がある陸斗だが、意外とそういった気遣いは出来ている。

 詳細を話すつもりはないと察した陸斗は、この話を終わらせることにした。

 実のところ、亮夜の想定していた「奴」は、何もかも亮夜の考えていたことと一致するのだが、それを知ることになるのは、一連の事件が全て終わってからの話である。




 その日の夜、結果的に大した問題もなく、一行は旅館にたどり着いた。

 この日だけは、クラスが一部屋を借りて、一同で就寝することになっている。

 もちろん、男女別で。

 下世話な話についていけなくなった亮夜が部屋を出た後、10組の男子の部屋は少々気まずい雰囲気が流れていた。

「...アイツも照れるところあるんだな」

「その辺にしとけよ、お前ら。亮夜にだっていやなことがあるに決まってるだろ」

 一人が流そうとしたのを、陸斗は素直に流されなかった。

「でもよ、修学旅行といったら、こういう話だろ」

「だからといって、嫌がっているのを分かっていて続けるのはどうかと思うぜ」

 悪乗りすることも多い陸斗だが、根は誠実だ。悪事やいたずらを黙って見過ごせるほど、彼は身勝手ではなかった。お人よしとも言うが、本人にそう告げても、あまり不快な思いはされないだろう。

「いないならいいじゃないか。舞式抜きでこういう話なんて、滅多にできないしよ」

 普通の学校と比較すると、魔法学校はグループの井戸端会議が少ない傾向にある。ほとんどの場合、亮夜は単独行動しているとはいえ、みんなでワイワイ話すのは珍しいことと言えた。

 陸斗はこれ以上の説得は諦めることにした。陰口などに発展したら、別の方法で止めるつもりではいるが、あくまでも、彼は高校生だ。ふざけた話自体は、陸斗にとっても程よく付き合えるものだった。

「まず、高本からな。お前、花下さんのことが好きだろ?」

「うお、いきなり言ってくるな、お前!?」

 とはいえ、こんな話をいきなり振られると、それが事実であれ、誤りであれ、動揺は避けられない。もし、飲み物を飲んでいたら、危うく噴き出していただろう。

 亮夜はこんなにつらい思いをしていたのか、と密かに思いながら、答えを探すことにした。

 結論から言えば、クラスメイトである花下高美は、友達以上の感情は抱いていなかった。

 女子生徒の中で最も距離が近いのは事実だが、恋愛感情とイコールとなるわけではない。

 むしろ、高美が亮夜のことを好きではないかと、陸斗は思っていた。

 とはいえ、亮夜にはあの妹もいることだし__亮夜に同情したことと、亮夜への評価は別である__、自分はどっちつかずがいいと思っているのだが。

 だからといって、略奪愛を抱くほど、ひねくれているわけでもなく、亮夜の友達の友達という関係が、陸斗にとって心地よかった。

 __しかし、そんな回答をしたところで、周りの同級生たちが納得するとは思えない。

「あー、まあ、気にしてるのは事実だ。...笑うなら笑え」

 なんとなくそんな素振りを見せながら、あえて自虐の方向に走ることにした。亮夜ならば、絶対に自虐はしないのだが__間違いなく、過去の経験によるトラウマによる影響だ__、陸斗は普通の高校生だ。そういった機転の良さは、亮夜よりも上だ。

 結果として、笑うような人はいなかったが、追及が難しい雰囲気になったのも事実だ。

 陸斗はこうして、心ない(?)男子生徒たちの追及を逃れることは出来た。

「__そういえばさ、舞式のやつ、どう思うんだ?」

 そんな話が続いて30分ほど。唐突にある男子生徒がそう口にした。

「どうって...シスコンだろ」

 直球すぎる返しに、陸斗を含めた全員が笑いに包まれた。

「いや、あんまりすぎるだろ。確かにシスコンの印象が強すぎるが...」

「忘れがちだけど、スッゲー頭いいよな。あれで魔法使えていたら、1組に入っていそうだぜ」

「しかも、むっちゃ強いからな。余裕で入れるんじゃね?」

 亮夜のシスコンに対しての評価は全員が一致するところだが、彼の有能さもまた、ほぼ全員が一致していた。

「改めて考えたら、冷宮に善戦できたって、すごすぎないか?」

「妹もめちゃ強いみたいだしな。名門の落ちこぼれとか言われても納得できるぜ?」

「え、そうなの?」

「いや、ただの勘だよ。でも、偶然にしてはおかしすぎるだろ?」

「あー、それもそうか」

 亮夜をさぐるような話題が進む中、陸斗は話を止めて寝る準備に入ることにした。

 最も、実際に寝るのは、この話が終わってからになりそうだが。

 なぜなら、彼も同じく亮夜の秘密が気になっていたからだった。

 単純な実力で言えば、魔法力を除けば、「1」でもおかしくないレベル。

 その一方で、彼の妹は「1」のトップに相応しい実力。それどころか、事実上の学校トップである冷宮恭人と肩を並べられるほどらしい。実際に二人で手合わせした話は聞かない__そもそも、二人は対立すらしていない__が、兄にして、問題を抱えている亮夜であっても、善戦はしていたので、説得力は十分だ。

 そして、何か「裏」を知っているような発言。

 絶対に何かあると陸斗は考えていた。

 友達としてなのか、彼自身の性格からなのか、無理に聞き出すつもりはないが、彼も健全な(?)男子高校生。興味を抑えるのは無理があったのだった。

 たとえそれが、到底答えを見出せない子供同士の予想だとしても。




 その一方、女子生徒たちの方でも似たような会話が繰り広げられていた。

 結論から言えば、皆が納得するような意見の交換とはならなかった。

 なぜなら__は、言うまでもないだろう。




 次の日は、誰もが思い出したくもない事件が発生した。

 詳細は伏せるが、特に女子生徒の一部は、お嫁にいけないと発言しても仕方のないと言えるほどの事態まで重なってしまった。

 そして、その次の日。

 精神的にボロボロとなり、限りなくテンションがガタ落ちしていた。とはいえ、悲劇から逃れた亮夜や恭人といった例外もいるのだが。

 いくら昨日のことがあるとはいえ、そのまま放置できるほど無力、もしくは豪胆なものはいなかった。今の環境が特別であるという事情は間違いなく大きいだろう。

 どうにか折り合いをつけた彼らは、死にかけの目をしていたとはいえ、食堂に顔を合わせていた。


 運命の時は近づく。


 グループに分かれて散策を行うイベントの前に、注意事項などを説明しようとする教師たち。

 そんな中、10組の舞式亮夜がホテルの事業員に呼び出されて、彼は退席した。

 この時、2組の鏡月哀叉は言葉にできない不安を抱えていた。

 ここ数日の不穏な事件から、彼女は「司闇」が関わっていると予想していた。

 そして、彼女は「司闇」に殺された一族の生き残り。

 「司闇」には極めて複雑な感情を抱いており、今もなおその悪夢から抜け出すことは出来ていない。

 亮夜の真実は言わずもがな、亮夜と「司闇」の表面的な因縁は少ししか知らない__裏の世界からの情報で少しは知っていた__が、その「少し」でも彼女の心構えを変化させるのには十分だった。

 しばらくすると、亮夜が早足で外へ逃げ出した。

 続いて、恭人も亮夜を追って外へ出た。

 亮夜の行動の時点で嫌な予感がしたが、恭人の行動も見て、自分の不安は確信に等しかった。

 だが、彼女も後を追うより、亮夜を追う政府直属の魔法師を名乗る人物たちの警告の方が早かった。

 犯罪者である舞式亮夜の捕獲に協力しろ。断れば皆殺しだ、と。

 哀叉は思わず声を荒げそうになった。

 しかし、そんな真似をすれば、被害は自分どころではすまないとすぐに思い立った。

 それ以上に驚いたのは、自分がなぜ、そんなことをしようとしたかということだった。

 あの日から、自分は笑わなくなった。

 哀叉はそう思っている。

 多少は感情があると、自分は思っている。

 しかし、本当の意味での感情は、あの日、全てを無くしたと思っていた。

 だが、彼女は知らない。

 亮夜との出会いが、彼女に僅かなりとも感情に変化を与えたということを。

 その彼が、犯罪者__。

 もし、昔だったら、その事実__少なくとも、彼女が判断できる上で__を受け入れるだろう。なんの抵抗もなく。

 しかし、今は違った。

 哀叉にとって、亮夜は特別な人と言えるほど、感情が際立っていた。

 なのに、この現実が、それを許してくれなかった。

 結局、この気持ちは、何なのだろう。

 今、哀叉が亮夜に抱く気持ちは摩訶不思議だった。

 亮夜を捕らえるという命令を、心の奥底で聞きながら__。




 亮夜捕縛の強制をされた生徒や先生たちはやむを得ず政府直属の魔法師を名乗る「司闇」の手先に降った。

「...分かった。我々は従う。だから殺すのはやめてくれ」

「いい答えだ」

 その答えにに対し連中が笑みを浮かべると、連中は一人を残して移動した。

 その一人は、筋肉質のいかにも戦闘員ともいえるような、外見に限って言うならばミスマッチと思わせる風貌であった。

 彼は残った人たちを利用するため、次々と配置部隊を決める。

 しかし、失敗は外見に留まらなかった。

 これだけの人数に対して一人で管理するだけでも相当に無茶と言えるのに、丁寧に一人ずつ振り直している。

 つまり、死角となるチャンスが少なくないということだ。

 実際に隙をついて脱出した生徒も何人かいた。

 もちろん、律儀に従ってしまった人の方が多いが、じっくり見たら人数が減っていることに気づくほどには脱走者が発生していた。

「大変だ!人質が逃げた!」

 その様をすぐさま上司らしき人物に報告する男。さすがに会話に夢中になって隙を晒すほどではないが、声の主__女性の声だ__はしっかり漏れている。

「そいつらは全員捕縛しなさい。残りの人質も忘れないように」

「りょ、了解しました」

 萎縮しているあたり、その人物は相当に恐ろしい人物のようだ。残念ながらそんなことが分かったところで、何の気休めにもならないのだが。

「では、改めて捕まってもらおうか。言っておくが、あいつらのように逃げだしたら、ただで済むと思うなよ?」

 ひとまずこれ以上の惨事は発生せず、一同はこの男に従うがままに外に移動した。




 その頃、先んじて逃亡した生徒は多少の違いはあれど、全力で逃亡していた。

「なあ、俺たち勝手に逃げてよかったのか?」

「馬鹿野郎!人殺しが許可されている政府なんておかしいだろ!」

「そうだ!あんなところにいたらいつ殺されるかわかんねえぞ!」

 この3人は、6組の仲良しグループ。

「...佐川のやつ、大丈夫かな?」

「気にしてる場合か!明日は我が身だ!」

「...ああ、そうだな、無事でいてくれよ...!」

 彼らの発言から分かる通り、彼らは級友を見捨てて逃げ出したのだ。

 ここまで逃げるのはそれほど苦労することではなかった。

 だが、相手は政府だ。

 それを、彼らは逃亡(実態は敵前逃亡と言えるのだが)という一種の犯罪行為を犯して市街地を駆ける。

「...それにしても、やけに人が少ないな」

「俺もそう思ったところだ。修学旅行の自粛を考慮してもおかしい」

「...本当に、逃げてよかったのか?」

 慎重派である重本が重々しく呟く。

「仮に舞式が犯罪者だとしても、ここまでの抑制ができるとは考えにくい。時間、規模、どちらをとっても異常だ」

「言われてみればそうだな」

「...本当にあいつらは、超法規的な力を持っているようだな」

 推測がどんどん恐ろしい方向に飛躍していき、足を動かすのも忘れて思考に耽ってしまう。

 実際、政府直属の魔法師と名乗る彼らの正体は、政府をも恐れぬ正真正銘のバケモノ軍団である「司闇」の魔法師たちであるため、彼らの想像は間違っていないどころか、正体以外のほぼ全てを的中させていた。

 しかし、どんなに頭脳が優れていたとしてもそれを実現できる力がなければ、ないに等しい。

 重本たち三人に、黒いナイフが突き刺さった。

「ガフッ!!」

 急所こそ外していたが、その痛みは普通の学生にとって痛すぎるものだった。

 血を吐きだした三人の内、二人はそのまま倒れ込んでしまう。

 重本だけは倒れながらも、意識を辛うじて保たせた。

「実験台になってもらうぞ」

 ぼんやりとした視界には、二人の男がロープを持って縛り上げようとしていた__。




 警備の目を盗んで逃亡した先では、時間の違いはあれど大体似たような事態が発生していた。

 「司闇」にとっての数少ない誤算は、単独で逃亡した冷宮恭人の対策に血族の一人、司闇逆妬を使わなくてはならなかったことであった。

 しかし、それ以外の別の目的については殆ど成功したようなものであった。

 大量の人質をホテルより少し離れた場所に誘導。

 その間に、先に捕縛した生徒たちをホテル内に幽閉。

 この時点では、「司闇」の作戦はほぼ成功したようなものだった。

 しかし、魔獣の出現は「司闇」にとっても想定外のものだった。

 先んじて重症を負った逆妬、足止めのために無視できない大ダメージを負った華宵を始め、「司闇」の人間の犠牲者は70人を超え、実際の死者も50人近く発生していた。しかし、政府には認知されず、実際に暴れた現場においても、大量の血痕こそ確認できたが、肉体は確認できなかったという。

 一方、ほとんどの生徒や引率の先生たちは、「司闇」が丁重な人質として確保されたものの、直接的に傷つけられることはなかった。環境を必要以上に壊すことを好まなかったからなのか、人材を確保するのは十分だったからなのか__実際には、この事件でかつてないほどの人材不足に陥っていたが、それを身内以外で知る人物はほぼいない__、あくまで人質にしたかっただけなのか、彼らに推測することすらできなかった。

 結果として「司闇」による集団虐殺がなかったことに呆気をとられながらも、魔獣の影響による恐怖は無視できなかった。

 「司闇」に連れていかれた20人近い生徒たち、消息不明となった冷宮恭人、そして事件の表向き首謀者とされた舞式亮夜を除いて、彼らはその当日のうちにトウキョウに引き上げた。


 これが、一般参加者から見た、魔獣襲撃事件とも称される、悲しき悲劇である。

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