8 最後の戦い
激しい光が途切れ、亮夜たちが目を開けようとした瞬間、再び猛烈な光が差し込んだ。
光が終わり、もう一度目を開けると、そこには、偽物の亮夜だけが立っていた。
直後、亮夜に向けて攻撃するところを、辛うじて魔法を発動させて受け止める。
その隙に亮夜は夜美を連れて飛び上がって、距離をとった。
「そうだ...この力だ!久方ぶりだな、この感覚は...!」
一方、偽物の亮夜はその力に満足したのか、高笑いを始めた。
それと同時に、亮夜と夜美の胸中に強い不快感が宿る。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「あの人のこと、許すわけにはいかない」
「...」
亮夜は何も答えられなかった。
自分が完璧に程遠い人間だということは、自分もよく分かっているつもりだ。
だから、あの亮夜がイレギュラーで誕生したとはいえ、自分の心の闇を見透かされているような気がする。
ここで夜美に同調すれば、ある意味で自分を否定するようなことだ。
一方、否定しても、事態が好転するはずがない。
相反するこの状況に、亮夜は固まってしまった。
「いつもあたしたちは、傷つける戦いをしていたわけじゃない。誰かを救うための戦いをしていた」
「でも、今回だけは違う。どんな理由をつけても、あの人を倒す」
しかし、亮夜は決断した。
自分を否定することを。
「__ああ。今回だけは訳が違う。この道を正しいものとするため、僕は戦う」
今、ここで否定して、「亮夜」のまま、夜美と共に生きる__。
「決着をつける時が来た!夜美!」
「うん!」
二人の心は二つで一つ。
そして、その絆は、一つの光で示された。
夜美の身体が、亮夜と重なっていく。
決してありえない、交わりが、新たな姿を生む__。
自分の力が溢れ出てくるように感じる。
(...)
夜美の考えていることが面白いくらいはっきりと伝わってくる。
(...ええ!!?あたしがお兄ちゃんになっている!?)
今、亮夜の視界には、夜美が映っていない。
しかし、気配や意識は自分の心の中にはっきりと映し出されている。
(...そうか。今、僕と夜美は...)
亮夜はこの力を、自分たちの絆の証と考えているが、夜美は全く追いついていないようだった。
(...仕方ない)
亮夜は感覚的に、夜美と力を合わせようとしている。
しかし、夜美は今、ものすごい動揺に見舞われている。
この状況下で息が合わなければ、むしろ戦闘能力が低下することにつながりかねない。
それを回避するだけのコストを、亮夜は支払うことにした。
(...細かい話は後でいいだろう?今、僕たちは二人で一人。僕は君のもので、君は僕のものだ。二人でなら、怖いものなどない!)
(...分かった!)
完全ではないが、亮夜の意思は伝わったようだ。
幸い、夜美とは心理的に会話することが可能になっていたので、真面目に話し込むための時間はほぼ取られない。亮夜たちが話を終えても、自分の分身として作り出した、夜美を取り込んだ偽物の亮夜が、まだ安定していない状況であった。
(行くぞ!)
亮夜は偽物の亮夜と一気に距離を詰めて、蹴り飛ばした。亮夜としては駆け出したつもりだったが、強化された能力では、本当に可能とはいえ、瞬間移動と見間違うほどの速さであった。
偽物の方も受け止めるつもりであったが、亮夜の方が早く、十分にダメージを軽減することが出来ていない。
それでも、宙を舞いながら、大量の魔法弾を発射する。
(僕は右を!夜美は左を頼む!)
亮夜は完璧に魔法を受け止め、夜美も攻撃を受け止め、かす当たりにもならない弾は無視していた。
(すごい...まだまだ余裕がある)
夜美は今、自分の能力に震えていた。
単純に防御に回したキャパシティが半分程度ということを抜きにしても、魔法を使うことによる精神負荷がほとんど感じない。
始めは亮夜と合体した時、言いようのない動揺を覚えていたが、それもすぐに慣れた。
亮夜のもう一つの人格として動いているような、影としての力に、夜美は妙な快感を覚えていた。
(はっ!)
亮夜の意思に先んじて、夜美は偽物の亮夜相手に魔法を仕掛けた。
さらに、亮夜が間髪いれず、別の魔法を放つ。
「亮夜」としてのキャパシティが増加しているのもあるが、亮夜と夜美とで分割して使えるため、このように全く隙を与えずに連続攻撃を仕掛けることも出来る。
一応、司闇クラスの最上位の腕前ならば、時間差によって、絶え間ない連続攻撃を繰り出すことは可能だ。
だが、今の亮夜たちならば、無条件で連続攻撃とすることが可能だ。この方法ならば、時間差攻撃と違って、魔法式を先読みされる恐れもない。そんなことができる超人は、それほどいないが。
風、闇、光、炎、土、水、さらには物理的な攻撃が絶え間なく不規則に飛んでくる。
さすがの偽物の亮夜もさばききれず、次々と魔法が直撃した。
(はぁ!)
夜美が攻撃を続ける中、亮夜は偽物を縛る魔法を発動させた。
さすがに本能的な危機を察したのか、偽物の亮夜が反撃に出て、亮夜に一発の魔法を飛ばした。
しかし、亮夜は身動き一つせず、その魔法を受け止めた。
「何だと!?」
この世界においても、魔法の防ぎ方は変わらない。障壁などで受け止めるか、同じタイプの魔法で相殺するのが基本だ。
だが、全ての能力が飛躍的に上昇した亮夜ならば、わざわざ障壁魔法どころか、魔法の源である精霊を少し制御するだけで、大体の攻撃は防げてしまう。この世界でも、それは変わらなかった。
「終わりだ!」
いくら亮夜と夜美を単純に足したとしても、もう一人の亮夜相手にここまで差をつけられることはないだろう。
決定的に違うのは、絆の差だった。
亮夜は夜美という最強のパートナーを持ち、夜美は亮夜という最強のパートナーを持っていた。
その信頼と絆があるから、ただ、目の前の敵と戦えた。
心の無い、復讐心だけで満たされたもう一人の亮夜など、今の二人ならば、あまりに小さな存在であった。
魔法で縛り上げ、強烈なショックを、偽物の亮夜に襲い掛かる。
「ぐああああ!!」
邪心によって生まれた力は、既に消えうせようとしていた。
「終わったか...」
亮夜が力を抜いて、息を吐く。
すると、後ろから夜美が現れた。
「あっ、戻れた」
いつものように能天気で明るい声で答えるその姿は、完全にいつもの夜美であった。
とはいっても、亮夜からは夜美が見えることなく、そのまま膝をついてしまっていた。
「お兄ちゃん!?大丈夫!?」
「何とかね...」
このことについて、今すぐまとめたいことは山ほどあるが、今はそんなことをしている場合ではない。何より、夜美を安心させるのが最優先だ。
結論から言えば、亮夜はただ疲労していただけだった。
これは、一人分の肉体に、二人分の精神を乗せることになるため、尋常ではない疲労を起こすのが大きな欠点となる。現実世界ではどうなるか、そもそも使えるのかもわからないが、未知の領域で、新たな可能性を開いたのは間違いない。
「それより、あいつは...」
「あそこで倒れているよ」
夜美が指さす先を何とか見ると、偽物の亮夜は倒れていた。
「これで__」
亮夜が締めようとすると、この世界が大きく揺れた。
その衝撃に、夜美は亮夜にのしかかってしまい、亮夜も夜美に押し倒される形で、倒れ込んだ。
亮夜の身体に直接触れた夜美が感じたのは__。
「、熱っ!」
女の子らしくない悲鳴をあげつつ、夜美は勢いよく亮夜から離れた。
「くっ...身体が...」
現在、亮夜の体温が異常に上昇している。
それに比例するかのように、この世界が灼熱の世界となりつつある。
「お兄ちゃん...」
「見つけたぞ...!」
夜美が灼熱地獄に苦しんでいる中、亮夜はついに、「奴」を特定した。
「今度こそ終わらせる時だ...!夜美、僕に触れて飛ぶよ!」
「えっ...」
「耐えてくれ!時間がもうない!」
いつになく強引に夜美を抱きしめた亮夜は、頭の中に「奴」がいる場所をイメージした。




