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魔法解放少年  作者: 雅弥 華蓮
第10章 nightmare
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4 兄とは

 白とも黒ともつかぬ不思議な空間。

 足場はその空間よりも濃いが、透明に近い。

 まるで、夢の中にある世界が生まれたばかりかのように。

 その世界を一人、浮遊しているかの如く、足を動かさずに進む少女がいた。

(ねえ、聞いてもいい?)

 心の中で、彼女はある人物に訊く。

(あなたはどうして、この世界にいたの?)

 その人物からは返事がない。

(他のお兄ちゃんはみんな、この下の世界にいる。でも、あなただけはこの世界にいた。どうしてなの?)

(僕は僕でないから)

 彼女がそう詳しく訊くと、そう告げられた。彼女の心の中にいる人から。

(...どういうこと?お兄ちゃんに似ているけどお兄ちゃんじゃないから、ここにいたということ?)

 「彼」は、自分で考える能力を失っている。できるのは、訊かれたことに対して、事実を返すだけ。

 もし、分かりにくいところがあったら、彼女が自分から推測しなくてはならない。

(...)

(...あなたに感情や考える力がないから、ここにいたの?)

 しかし、その人物から答えは返ってこない。

 どうやら、「彼」がこの世界にいたことは、偶然だったようだ。

 あるいは、本物の「彼」ならば、知っていることなのか。

 少なくとも、これ以上訊いても無駄だと判断できる。

 彼女が歩みを進めていると、この世界に新たなものが現れた。

 彼女の力で、この世界に影響を及ぼすことを除いて、この世界の変化は、何かを感知することで、影響を及ぼすらしい。

 まるで生き物の体の中に入っているような感覚を味わいつつ、彼女は足元に現れた管を見詰めていた。

(...この先が、お兄ちゃんの世界...)

 本来の主から、返事はない。

(...行くよ...!)

 意を決して、彼女はその管の中に入り込んだ。




 入って進んでいる間、水の中に入っていくような感覚を、夜美は味わっていた。

 おそらく、亮夜の深層心理に近づいていっているのだろう。

 管を抜けた夜美が見たのは、オレンジの背景の中、半透明のボールがうようよと浮かんでいる空間だった。

「何これ...」

 あまりの異様な空間に、夜美は吐きそうになるが、そんなことをしている余裕はない。

「...ここはどこ?お兄ちゃんの何?」

(僕の心の世界。あのボールが僕の記憶)

 ここに来るまでに、テレパシー__心の中で考えたことを、相手に伝える__で、自分の身体(を構成する精神)に入り込んだ亮夜と会話することが可能なのはわかっている。

 しかし、今は口で喋らないと、この不快な気分が紛れてくれない。

「何かオレンジがリアルすぎて気持ち悪い...」

(...)

「...吐かない方がいいよね?」

 正直、確認をとっておかないと、本当に吐いてしまいそうなくらい、気分が悪い。

「...もし、吐いたら、あたしも困ることになるよね?」

(君の生命力を捨てていることと同じだ)

 念を押して聞いてみれば、案の定、致命的な問題があった。

 ここにいる夜美はあくまで、夜美の精神を具現化しただけのものだ。

 それをイメージで吐くというわけではなく、本当に吐くとなると、精神を直接放出することと同じであった。

「...気を付けておかなくちゃ」

 厄介な問題点が一つ分かったところで、夜美はいい加減に話題を変えた。

「それで、本当のお兄ちゃんはどこにいるの?」

 しかし、亮夜から返事はなかった。

「...それもそうか。本物のお兄ちゃんは...」

 予想できた答え__何も返事をしない__に、夜美は見切りをつけて、さっそく捜索することにした。

 最初に目についた、透明のシャボン玉みたいなボールに接近する。

(これが、お兄ちゃんの記憶?)

(そうだ)

(でも、あたしからは見えないよ?)

(中に入ると見える)

 そこまで言われて、夜美はこのボールの中に入り込むことを決意した。




 そのボールの中は、自分の部屋だった。

 いつもの、亮夜と夜美が自室として使う、あの部屋だった。

 暗い部屋の真ん中、大きなベッドに座っているのは__。

「お兄...いえ、昔の...」

 夜美が我を忘れて駆け寄ろうとした時、その主が違っていたことに気づいた。

 あそこにいたのは、11歳くらいの亮夜。

 そして、彼がすぐそばでやさしく抱いているのは、10歳くらいの夜美__。

「ねえ、学校って、どんなところかな?」

 10歳の夜美が無邪気に、11歳の亮夜に話をする。

「学問を学べる、政府の息がかかった施設と聞いたけど、あのおじさんからはそんな危ないような場所な感じではなかった」

 この話は、今の夜美にも覚えがある。

 学校という存在を聞かされてすぐの夜の話だったはずだ。

 小学生相当であった自分たちが、小学校にいないことで余計な注目を浴びた結果、学校について教えてもらった。

 とはいえ、当時の亮夜はまだ、今の聡明さ__本人がそう思っているかはともかくとして__とは無縁と言えるほど、知識量が足りず、学校の存在についてはまだ偏見を持っていた。

(仮に危険なことがあっても、夜美なら大丈夫)

 少し離れて聞いていた夜美に、このような声が聞こえてきた。

(君もいるから、僕に恐れる理由はない)

(恐れてはならない...)

 そう呟く声には、亮夜が少し追い詰められているように、夜美には感じた。

「...そうだよね。亮夜お兄ちゃんはあたしの兄なんだから...」

 兄として、妹に不安を伝えてはならない。

 だが、今はともかく、この時の亮夜は魔法を失ったばかりで、まだメンタルに難があった。

(もしかして、お兄ちゃんはずっと、不安を隠して...)

 そう思ったことは何度かある。

 だが、夜美はいつしか当然として、亮夜のことを自分の支えとした。

(...随分、身勝手だよね...)

 小さく笑った表情に浮かんでいたのは、自嘲だった。




 ボールから出てきた夜美は、自分の存在に悩み始めていた。

(...あたしは本当に、お兄ちゃんのことを理解していたのかな?)

 実質的に一人であるからなのか、夜美の思考はどんどん悪い方向に向かっている。

 本当の亮夜がいてくれれば、もっと気の利いた慰めが入るに違いない。

 だが、今、夜美の側にいるのは、亮夜の持つ知識だけを持っている、思考や感情がない亮夜だった。

「見つけたぞ!」

 勇ましさの感じる声。

 だが、聞き間違えるはずがない。

 その声に従って夜美が振り向くと、そこに立っていたのは、亮夜だった。

「夜美、俺のモノにしてやる!!」

「えええ!!?」

 唐突な発言に、夜美は顔を真っ赤にしてしまう。

 しかし、この亮夜は思いもよらぬ行動に出た。

 夜美に近づいた途端、腕を触手と化して、夜美を捕まえようとした。

 夜美は一気に上に飛ぶものの、天井に頭をぶつけてしまう。

 それでも墜落するような無様な真似をせず、受け身をとって着地した。

「あなたはだれなの!お兄ちゃんに似ているけど...」

「俺は舞式亮夜!お前の兄だ!」

 本人は亮夜と名乗ったが、彼もまた、夜美の知る亮夜とは違っていた。

 心に熱い一面はあるものの、ここまで強く熱血ではない。それに、「俺」などは、夜美の知る限り、数えるほどしか使っていない。

「夜美!お前がいれば、俺は無敵だ!お前は俺のモノだ!誰にも渡さん!」

 どうやら、この亮夜は、自分にとって、害を為す存在のようだ。

「待て!夜美を傷つけるのは、この私が許さんぞ!」

 さらに予想外の展開となったのは、冷徹な亮夜の声が響き渡った時だった。

「夜美は私のモノだ!貴様に渡す道理などない!」

 今度は、冷たい印象を与える亮夜が現れた。

「なんだと!?夜美は俺のモノだ!」

「ふざけるな、貴様ごときに夜美の相手は務まらん!」

「上等だ、だったら、どちらが強いか試してみるか?」

「いいだろう、貴様を殺して、夜美を私のものとしよう!」

 二人の亮夜が、自分を賭けて争い始めた。

 しかし、二人とも、夜美の知る亮夜の戦闘スタイルではない。

 熱血の亮夜は、炎魔法を使い、冷徹な亮夜は氷魔法を主に使う。

 まるで、亮夜の全盛期を見ているかのように...。

(ねえ、あの二人はお兄ちゃんの何なの?)

(二人とも、僕の分離体だ)

(つまり、お兄ちゃんの分裂した姿、ううん、精神ということ?)

(そうだ)

 心の中にいる心無き亮夜と会話していると、自分の左手が引っ張られる感覚を味わった。

 夜美が振り返ると、そこにはタキシードを着た亮夜が立っていた。

「無事でよかったよ、僕のプリンセス。さあ、僕の胸に飛び込んで」

「...」

 この亮夜は、やたらとかっこつけたがりのようだ。

 ここにいる亮夜は全て、一応の敵とみなしている以上、迂闊に飛び込むわけにはいかない。

「君は本当に奥手なんだから。僕がリードしてあげるよ」

「ちょっ...!」

 しかし、迷っていると、キザな亮夜に手を引っ張られ、そのまま連れていかれた。

 二人の亮夜はその様子に気づかず、未だに争っていた。




 タキシードを着けた亮夜に連れていかれたのは、緑色の背景をした、お花畑だった。

「きれい...」

 自分の状況を思わず忘れてしまうほど、この花畑は美しかった。

「君が気に入ってくれて何よりだよ」

 一方、タキシードをつけた亮夜は満足感を覚えて、嬉しそうに頷いている。

「あんな乱暴者に傷つけられていない?僕が膝枕で癒してあげようか?」

「い、いや、大丈夫だよ」

 痛くもないし、優しそうとはいえ、本物ではない亮夜に気を許すわけにもいかないので、夜美は断った。

「それは残念だね。じゃあ代わりに、この花をプレゼントしよう」

 亮夜がどこからともなく取り出したのは、虹色のバラ。

「これは...」

「君には、この花でさえ霞んでしまう。神様が愛した美少女だけど、僕はそれ以上に愛している」

 この亮夜は、キザを通り越して、誑しなのかもしれない。

 おそらく、夜美を思いやる心が過剰に現れているのだろう。

「あたしも...」

「いい子だ。さあ...」

 雰囲気に流されて、夜美はキザな亮夜に身を寄せていく。

 キザ亮夜も、夜美に身を寄せて、屈んでいく__。

 二人の唇が意図してなのか、意図していないのか、少しずつ近づき__。

「待て!僕の姉ちゃんに何をするんだ!」

 子供の声に振り向くと、そこには、子供の姿をした亮夜が立っていた。

「何って、それは」

「僕の姉ちゃんを誑かすナンパ男め!僕が許さない!」

 この亮夜は、弟としての亮夜なのか__。

 キザな亮夜が子供の亮夜に向き合っている中、密かに離れた夜美はそう考えていた。

「全く、ガキに大人の色気というのはわからないものだ。夜美は僕だけのものなんだよ」

「お姉ちゃんは渡すもんか!」

 あっという間に、二人の亮夜の戦いは始まった。

 夜美はこの隙に、お花畑から去った。




 次に、夜美がやってきたのは、薄暗い空間だった。

 その中には、ベッドに包み、ダラダラとコンソールを操作している亮夜がいた。

(うわぁ...)

 正直言って、夜美はこの亮夜に呆れてしまった。

 顔はよく見えないが、覇気は感じず、気力も感じない。

 この亮夜も、間違いなく偽物だ。

 そう判断して、夜美は去ることにした。

 それ以降には、ピンクの空間には、何もなく、赤い空間には、恥ずかしがり屋の亮夜、青い空間では、ネガティブな亮夜がいた。

 ある程度回った夜美には、物凄い疲労が溜まっていた。

「何なの...あのお兄ちゃん達...」

 自分では対処できないような性格や態度ばかりで、一癖も二癖もあるのに加えて、幻滅してしまいそうな姿だったので、夜美の心は今にも折れそうだった。

「これも全て、本物のお兄ちゃんが精神崩壊起こしたからなの?」

(...)

「それじゃあ...お兄ちゃんの中に、少しでもそんな心があるというの?」

(そうだ)

「そんなことはありえない!」

 心なく返す亮夜に、夜美はとうとう激昂した。

「あたしの知るお兄ちゃんは、強くて、かっこよくて、素敵で、頼れる兄だった!」

「決して、あんな臆病で、引っ込み思案で、だらけてるような、脳筋な兄ではなかった!」

「これは全て、ありもしないものよ!」

「歪んでしまったから生まれた!あんなお兄ちゃんは絶対にありえない!」

 必死に叫ぶ夜美の胸中には、幻滅しようとしている自分を否定しようとしているのか。それとも、完璧である兄という支えを無くすことに対する恐怖なのか。

 いずれにせよ、亮夜という人間を完璧に理解していない証拠でもあった。

「見つけたわよ」

「そこだ!」

「逃がさんぞ!」

 夜美が思いの丈をやつあたりの如くぶつけていると、新たに3人の亮夜が現れた。

 妙に女性的な亮夜、スタイリッシュな亮夜、サングラスをつけ、髪型も不良らしさを見せている亮夜だった。

「ワタクシに逆らうなんて、いい度胸をしているわね」

「僕から逃げるなんて、100年早いよ」

「俺の手間をかけさせるな」

 これだけは言える。

 全員、ロクでもない亮夜だと。

「待て!」

 夜美は疲労している身体に鞭を打って、異空間を走った。

 しかし、どこを逃げても、亮夜の偽物はいる。

 20人近い亮夜の偽物に追われ、夜美はさらに下へ続く穴を発見した。

「くっ!」

 逃げている途中でも、容赦なく偽物の亮夜たちが攻撃を仕掛けてくる。

 その攻撃が何度かかす当たりをしたが、想像以上にダメージが大きい。

 精神に直接ダメージを受けるからなのか、亮夜の本来の力を持っているからなのかは分からないが、正面からぶつかり合うのは得策とは言えなかった。

 夜美は意を決して、穴に飛び込んだ。

 身体が壊れそうな強烈な振動を味わいつつ、夜美はさらに下層のエリアへやってきた。

「...まさか、お前がここに来るとは思わなかったな」

 その声は、偽物たちと似ているが、ある程度の感情はあった。

「...なにこれ!?」

 夜美の目に映っていたのは、真っ黒なマントに身を包み、目が赤い亮夜だった。

 そして、巨大な亮夜が石像の如く立ち塞がっていた。

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