11 来たるべき終焉を
その時、世界中で異常事態が次々と発生した。
謎の怪波動により、世界中のほとんどのものに影響を与えた。
通信など、電波や振動を使ったものはもちろん、世界の自然そのものにも、強い影響を及ぼした。
生物は、倒れるか、突然変異を起こすものが続出。
あるところでは、津波が起き、地震が発生し、火山が噴火。
またあるところでは、猛烈な吹雪が起き、雷が落ち、台風が発生。
まるで、世界の終わりが来たかのような天変地異に、どこもかしこも、大パニックに襲われていた。
それが、キョウトにおいて、正体不明の魔獣が誕生した影響だった。
その産声は、とても誕生した__現れたともいう__直後とは思えないほど、おぞましく大きな声だった。
司闇の連中でさえ、恐怖を見せ、夜美に至っては、威圧感だけで、尻餅をついてしまった。
「な・・・なんだ、アレは!?」
「おい、誰でもいいから応答しろ!・・・応答してください、華宵様、深夜様、逆妬様!・・・だめだ、通信が使えない!」
「まじでやべーぞ、こいつ!」
全員が目に見えて動揺する中、夜美は感情の限界を超えすぎた結果、ロクに反応することが出来なかった。
もし、普通に機能していたら、この男たちと同じく、恐怖に震えただろう。
少しおかしかったら、この男たちに八つ当たりしていたかもしれない。
もっとおかしかったら、魔獣と化した亮夜に、歩んでいたかもしれない。
まるで、映画を見ているような、あるいは、幽霊として、ただ眺めているだけの感覚だった。
「・・・誰か、援軍を呼べ!」
「俺が行く!」
「いや、だめだ、一人はここに残らないと、コイツらの対処どうすんだよ!」
「じゃあ、お前残れよ!」
「嫌だ、お前が残れ!」
保身故に、非常に醜い争いをしている中、魔獣が男たちに襲い掛かった。
大きさは、成人男性より一回り大きいくらいだが、黒紫に染められた色は、見ただけで恐怖心を煽る。赤色に光る目、髪の代わりに生えている角、手や足から生えている爪、口から生えている牙、背中から生えている翼。どれをとっても、この世の生物とは思えない、異常さが引き立っている。
その魔獣が、男たちに一瞬で詰め寄り、爪を振り下ろした。
脳天を貫かれた、あるいは、腕で吹き飛ばされるか、押しつぶされた男たちは、一瞬で絶命した。
返り血を浴びた魔獣は、それに応じて、再び咆哮する。
同じく返り血を浴びた夜美は、ようやく意識が戻り始めた。
といっても、根性で動いているという状況は変わらず、現状、立ち上がることもままならないが。
(お兄ちゃん・・・)
声にも出せない中、さらに予想外の出来事が発生した。
司闇一族のメンバーが次々と現れた。
しかし、彼らでさえ、その強さをあざ笑うかの如く、次々と死体に変えられた。
その死体が50人を超えようとする中、司闇の血族の一人、華宵が現れた。
「これは・・・一体・・・?」
その華宵でさえ、この状況には、絶句する他なかった。
まるで、伝承に出てくるような化け物が、この場に現れているのだ。
しかも、自分たちの部下が死体の山となっている。
華宵がどうすべきかと悩んでいると、魔獣が華宵たちに襲い掛かった。
さすがに、華宵直属の部下だからなのか、既に死んだ男たちのような失態は犯さず、辛うじて回避に成功する。
とはいっても、衝撃で怯んだメンバーもいる上、魔獣が腕を振り下ろした後には、それなりの穴が出来ていた。
(これは想定外すぎるな・・・!)
華宵は、この状況をイレギュラーと判断した。さすがに目に見えて動揺していないものの、胸中には明らかに焦りが目立つ。普段の冷静な態度を崩しているほどに。
「今すぐに撤収準備!深夜に命じて、逆妬を連れて帰還せよ!」
「華宵様は!?」
「私は奴を足止めする!」
「危険すぎます!」
華宵直属の部下は、華宵の本質をよく知っている。一見、クールに見えて、その実、かなりの仲間想いであるという本質を。
想像にも及ばないほどの相手に、上司一人をみすみす行かせるわけにはいかないと、部下たちは本気で思っていた。
だが、
「いいから行け!」
華宵の命令を優先して聞くほどには、部下の聞く耳はよかった。
我先にと撤退を始めた部下に背を向けて__死体回収は最初から諦めていた__、華宵は魔獣に単身、立ち向かった。
まず、魔獣が目の前に一気に接近して、華宵に襲い掛かる。
華宵は、バックステップで、難なく躱した。
直後、魔獣から、触手みたいな何かが生えてきた。
(魔法による攻撃か?)
華宵はそのまま宙返りで強引に回避し、ナイフを腕につけた。
ここに来るまでで、魔法の行使が不安定であるということは、部下ともども、既に知っていた。
おそらく、魔獣の存在による影響だと、華宵は分析していた。
しかし、魔法以外の武器は、大した物を持ってきていない。
(これで時間を稼ぐ)
ナイフを構えた華宵は、魔獣に突っ込んだ。
勝てる可能性が低すぎるということを、自覚していながら。
華宵に指示され、先に撤退した部下たちは、便宜上の拠点にしてあった、キョウト・サウス・ウィズザード・ホテルに足を運んだ。
「お前達、無事だったか!」
「華宵様からの命令だ!今すぐに、我々は撤退せよと!」
「なっ!?華宵様は、そこまでこの状況を危険視しておられるのか!?」
「ああ、現在、一人で足止めをなさっている!今すぐに、逆妬様と深夜様にこのことをお伝え」
「聞こえているわよ」
部下たちがホテルのロビーに待機していたメンバーと大慌てで話していた中、深夜が姿を現した。
「深夜様、いつからそちらに」
「どうでもいいわ。華宵姉さんがそう指示した以上、我々に残っている理由はない」
「ですが・・・」
「この状況で、アイツの捕獲を優先するつもり?私たち「司闇」は無敵であっても、不死でないことを忘れているの?」
「それは・・・」
冷静な深夜の発言に、部下たちは深夜と華宵の判断が正しいと絶対的に認めた。
「私は逆妬を連れてくる。アンタたちは、捕まえた奴らを輸送する準備を大急ぎでしなさい」
「はっ!」
逆妬は、華宵直属の部下たちがやってくる直前に、重症であるにも関わらず、単身でこのホテルにたどり着いた。
その頃、部屋に閉じこもっていた深夜は、異常事態に応じるかの如く(対応すべきと言うべきかもしれない)、メンタルが十分に回復して、そのまま部屋で休んでいた。
部下からの呼びかけにあっさりと応じて、逆妬を個室まで連れて、回復させていたのだった。
だから、逆妬を探す必要はなく、すぐに連れていく準備をすることが出来る。
深夜の指示により、ホテルに集まった司闇一族が動き出した。
その頃、司闇一族に脅されていたトウキョウ魔法学校の修学旅行生たちは、異様すぎるこの状況に、戸惑いを隠せずにいられなかった。
突如、正体不明の悪寒を感じた直後、司闇の連中の大半がこの場を去った。
睨みを利かせている以上、便乗して逃げるわけにはいかなかった生徒たちだったが、戻ってきた司闇の男が何かを話すと、全員が離脱を始めた。
「皆、無事か!?」
「いえ、冷宮君と次元君とその他数人と、あと・・・」
先生が確認をとると、1組の実質的なサブリーダー的な立場となっている遠藤珂美が、メンバーの欠損について報告した。なお、実質的というのは、生徒会に所属という意味で、単純な実力ならば、次元楼次の方が上である。
亮夜は言うまでもないが、恭人はいち早く飛び出した後、そのまま行方をくらました。また、亮夜捜索のために、楼次を含めた何人かが駆り出され、そのまま連絡はつかない。ここに残っているのは、運よく人質にされていた人物たちだった。
「舞式亮夜君か」
「・・・あの人たちの話、本当でしょうか?」
生徒の中には、亮夜の起こした悪事__と捏造されている__について、半信半疑だった者も少なくない。単に、力で脅されたというべきだろう。
「分からん。だが、何より、この状況ははっきり言って異常だ」
その状況は、生徒たちどころか、一般人でさえわかるほどのものだ。
突如、暗雲が立ち込めるようになったと思えば、地震が異常な頻度で発生しているわ、間欠泉が噴き出すわ、豪雨が発生するわ、雷が落ちるわと、どう考えても異常としか思えない。
生徒たちがパニックに襲われていないのは、ここまでのトラブル地獄で、疲れ切っているという事情が間違いなく大きい。
「とにかく、俺が言えることはただ一つだ」
「生きろ!」
その言葉を最後に、生徒たちにまともな会話がなかった。
世界の終わりを目の当たりにしているようなこの状況下で、夜美は姉である華宵と、魔獣との対決を見詰めていた。
さすがの華宵も、攻撃を受け止めることなど出来ずに、辛うじて回避するのがやっとだった。
数回だけ、ナイフで攻撃することに成功するも、まるで手応えがない。
切り口から、即座に紫色の液体が噴き出して、再生される。
華宵の足は、明らかに鈍っている。
だが、1分は持たせられたおかげで、生き残っていた部下たちは全員、離脱に成功していた。
華宵は既に、離脱する隙を伺う段階に入っているが、とても逃げられる雰囲気ではない。
魔獣の気迫は言うまでもないが、魔獣から発生していると思われる波動が、魔力のオリジナルともいえる精霊に、かなり強い影響を与えているのだ。
つまり、魔法の支配を実質的に行えるということであり、この力から逃れられない限り、魔法を発動させることは出来ない。
それが原因で、華宵は上手く離脱することができないのだ。
そんな中、魔獣が華宵に詰め寄り、腕を振り下ろす。
華宵は、魔獣の攻撃に直撃した。
何と、200メートル近く吹き飛ばされたにも関わらず、腕を使って、宙がえりして受け身をとった。
そして、華宵は姿を消した。
この一連の動きは全て、華宵が狙ったものだった。
イチかバチか、魔獣の攻撃を利用して、大幅に距離をとることを狙い、そのために、腕のベクトルが下向きになる前に、わざと攻撃を受けたのだ。
どれほどのダメージかは想像を絶する__少なくとも、大出血といくつかの骨が折れていることは容易に想像できる__が、それにも関わらず、受け身をとって、敵の支配下から逃れた。
華宵が戦線を離脱したことにより、残るは夜美のみ。
夜美の意識には、辛うじて、戦闘意識が蘇っていた。
だが、使える魔力の余裕はほぼなく、疲労も尋常ではない。
この状態では、狙われた直後に、倒されてもおかしくない。
「お兄ちゃん・・・」
夜美は、あの魔獣が、亮夜の成れの果ての姿だと思っている。
魔力が暴走を起こして、彼を構成する要素のほとんどが崩壊したと思っている。
それでも、夜美はまだ、あの魔獣が、亮夜だと信じていた。
しかし、今の亮夜に、言葉は届かなかった。
代わりに返ってきたのは、魔法による波動。
なすすべもなく仰向けに倒れ、更なるダメージを負った。
しかし、ここで夜美にとって、予想外のチャンスが訪れた。
周囲に散らばっていた魔力が、自然に吸収することが出来ていた。
兄妹だからなのか、単なる偶然なのかは分からないが、思いがけない転機とは言えた。
(この力・・・!)
後は、立ち上がる気力さえあれば__。
幸い、すぐに立ち上がることはできた。
(お兄ちゃんのため・・・!)
今、亮夜は苦しんでいると夜美は直感していた。
悪意に敏感である夜美は、亮夜が悪意に支配されていることを見切っていた。
おそらく、自分が酷い目に遭わされそうになった時、封印していた人格と力が目覚めてしまったのだろう。
姿が変わるほどの魔力と悪意であったのは想定外だが、そのことは、夜美を止める理由とはならなかった。
亮夜を救うため__。
その意識が、今の夜美を立たせていた。
(行くよ・・・!)
しかし、夜美の決意は、あっという間に崩された。
亮夜がいきなり夜美に突撃し、爪で抑え込もうとしたのだ。
掴まれる直前に抜け出したが、僅かに当たった頭から、血が流れた。
「ゲホッ!」
大きく隙を晒すことになったが、亮夜からの追撃はない。
その間に、どうにか態勢を立て直し、再び魔法を放つ準備をする。
その直後、再び亮夜が襲い掛かった。
今度は、かす当たりもなく、回避に成功した。
(あんな攻撃、一度でも受けたら終わる・・・)
改めて感じた事実に、夜美は全てを諦めた意思を含んだ溜息を吐きそうになったが、そんなことをしている余裕もない。
(でも、どうにかして止めないと、お兄ちゃんも、あたしも・・・)
(・・・もし、あの時のステラと同じなら・・・)
一切、気を抜かないでいる中、夜美は一つの可能性を見出した。
(・・・でも、失敗したら・・・)
しかし、ここにいるのは、夜美一人。
そして、相手は、未知の力を手に暴れている亮夜。
仮にここで失敗してしまえば、今度こそ、未来は消える。
(・・・いや、やるしかない)
(逃げても負けなら、どんな手を使ってでも、止める)
夜美はこの相手に立ち向かう覚悟を決めた。
そして、再び亮夜が襲い掛かった。
今度は、爪と身体の間に潜り込んで、内側に向かって回避した。
それと同時に、夜美は亮夜の身体に手を伸ばした。
触れた手は、業火に焼かれるような痛みを味わったが、離すわけにはいかない。
そのまま、亮夜の正面に回り込み、腕を抑えようとした。
しかし、亮夜の方が力は上だ。
なすすべもなく、腕を振り下ろされ、爪が夜美の身体に食い込む。
今すぐにでも気を失うような凄まじい痛みを感じたが、気絶することは許さなかった。
むしろ、亮夜と完全に密着できた状態となり、夜美の狙いからすれば、好機と言えた。
夜美は、ありったけの魔力を、亮夜に直接注ぎ込んだ。
今の亮夜を、構成する要素を破壊するかの如く。
しかし、亮夜も次々と魔法による刃を仕掛けた。
無論、尋常でないダメージではあるが、魔法を少しでも崩すことは許されない。
気力を振り絞り、引き続き亮夜に魔力を注入する。
あまりに深く、巨大な力であったが、夜美は止まらなかった。
さらに、亮夜本人の攻撃が、夜美にとっては、反撃の足掛かりにするには絶好のチャンスと繋がっていた。
うまく内側に潜り込むことに成功した夜美は、そのまま自身の魔力を拡散させた。
「ウウ・・・」
亮夜から、うめき声が聞こえ始める。
それと同時に、亮夜の力がさらに増し、翼によるものなのか、魔法によるものなのか、少しずつ宙に浮き始めた。
夜美の意識は今にも消えそうであったが、まだ魔法を行使することができた。
(もう少し・・・!)
亮夜を支配する魔力が弱まり、少しずつ、彼を化け物とした魔力が解放されてきた。
物理的な力も弱まりはじめたが、それと同時に、亮夜から放出される魔力が、夜美を蝕む。
内臓から、内側から、焼き尽くされる感覚を受けたが、もはや止まることは出来ない。
(はああああああ!!)
目すらまともに見えない今、もはや自棄になったのか分からないレベルの気合で、夜美は魔力を亮夜に注入しきった。
そして、亮夜を構成する肉体が弾け飛んだ。
いや、亮夜を支配した魔力が弾け飛んだ。
亮夜は本来の姿に戻った。
辛うじて映った姿は、亮夜がいつものように、自分に手を差し伸べる姿が視えた__。
(よか・・・った・・・)
それと同時に、役目を終えたかの如く、夜美の意識はこと切れた__。
何かに支配されたかのような感覚から、ようやく解放された。
しかし、すぐさま落下した。
そして、吐血。
もはや、命は長くないと錯覚するほどだった。
意識が戻りつつある中、夜美が目の前で、いや、自身の上で倒れていた。
頭や身体の大部分から血が出ており、肌には大量の傷と火傷の跡があり、あきらかに致命傷と言えるものだった。
だが、自身も異常レベルの致命傷だと感じていた。
どうにかすべきと判断しても、使えそうな道具はまったくない。
手はほとんど動かせず、そもそも、道具はほとんどが散乱していた。
ふと、直接病院に連絡するという手段が思いついた。
魔法がまともに使えないという普段のハンデも意識せず、亮夜は魔法による再現を始めた。
しかし、不自然なほど、ショックは発生せず、すんなりと再現が終わった。
魔法による信号を、キョウトにある病院に送りこんだ。
それと同時に、再び吐血。
夜美を抱き寄せようとするが、壊れた身体では、それすら許さなかった。
持ち上がることも出来ない手は地に堕ち、意識は地獄へと沈んだ。
何一つない、形用も出来ない、謎の世界へと、迷い込んだ。
10月1日、この日、現実世界から、亮夜と夜美の魂は消えた。
[続く]




