7 絶望へのカウントダウン
二つの騒動が発生して、ほとんどの人物が精神的にくたくただった。
亮夜も、どちらの騒動についても致命的な被害には遭わなかったが、相当に疲労することは避けられなかった。さらに言えば、昨日からほぼ徹夜だったので、正気を保つので精一杯だった。
とはいえ、他の人物もこれだけ疲労しているのは亮夜にとって都合がいい。
午後11時の就寝の時間に合わせて、亮夜たち4人は布団に潜り込んだ。
亮夜はうつ伏せになって、寝ているふりをした。
しばらくして、全員から寝息が聞こえ始めたのを確認して、亮夜は布団から出た。
ガスマスクを外して(これを隠すために、わざわざうつ伏せになっていた)亮夜人形をベッドに入れて、枕の下に隠したカプセル型の容器を、厳重に閉めた鍵の中に入れた。
この一連の事態は、全て亮夜の計画だった。
まず、カプセル型の容器に仕込んだ毒ガスを、タイマーによって就寝と同時に充満させる。
それによって自分以外を眠らせた後、亮夜は外へ脱出するというものだった。
毒ガスの効果も、効力も、全て魔法師向けホテルで通用できるように改造は万全にしてある。
そして、バルコニーに出た後、亮夜は個人用の携帯端末を開いて、信号を送る。
すると、亮夜の身体は魔力に包まれた。
ゆっくりと外に移動して、空に放り出される。
そのまま上にゆっくり移動して、屋上まで移動した。
屋上には、亮夜の妹、夜美がいた。
ゆっくりと、屋上の上に着地する。
「完璧」
亮夜の称賛に、夜美は声を出さずに笑顔で応えた。
二人には、話したいことが山ほどあった。
だが、今は時間が少しでも惜しい。
魔法科生徒の貸し切りエリアよりも上のフロアに泊まっていた夜美の部屋に二人は入り込んだ。
夜美がパジャマに着替えた後、亮夜と共に布団に入り、そのまま眠りについた。
皆が寝静まる深夜、司闇一族は、ホテルのデータを調査していた。
リーダー格である、華宵、深夜、逆妬は、現在、本家で待機している闇理とともに、データのまとめと今後の計画について話し合っていた。
「・・・舞式亮夜という人物が、この修学旅行に参加しているのは間違いない」
闇理がそう締めくくると、3人は三者三様の表情を見せた。華宵は興味深そうな笑みを、逆妬は不満な顔を、深夜は少し引いている顔だった。
彼らは、学校に登録されたデータをハッキングすることで、亮夜の介入を最初から知っていた。その上で、確実に手中に収められるように計画を練ったのだ。
「だというのに、奴め、ロクに手応えがない!」
深夜たちが何をしたのか、闇理は知っている。その上で、自分たちの計画の上を行く亮夜に、苛立ちを覚えていた。__ちなみに、深夜は誰にも分からないくらいに、ほっとした様子を見せていた。
「明日なら、いくらでもチャンスは作れます」
「でも、アイツに怪しまれないようにするって難しくない?」
「亮夜兄さんは諦めて、使えそうな奴を10人くらい誘拐した方がいいんじゃない?」
「馬鹿を言うな、逆妬」
華宵は現実的な要点を、深夜は問題点を、逆妬は根本的な問題点を指摘した。逆妬の発言に対し、闇理は不満な顔を浮かべた。
「亮夜は我々にとって、最大の失敗作だ。奴が生きていれば、不都合な事態が起きる。手遅れになる前に、我々の手で殺さねばならぬ」
そんな中、部下から興味深いデータが発見という報告が届いた。
ホテル内に潜入中の部下たちは、現場、華宵たち、そして闇理たちの3チームで分担して、ホテルに工作を進めていた。今は深夜なので、非合法工作のリスクも難易度も格段に低い。
たとえば、監視データを華宵たちのいるアジトに流すなど、造作もないことだ。
そのデータに示されたのは、ある部屋に、異常事態が発生していたというものだった。
そして、一人の人物が姿を消した__。
しかも、解析の結果、毒ガスが発生して、亮夜だけが逃げたという__。
「これだ!!」
闇理は一気に食らいついた。あまりの反応のよさに、妹たち3人は、のけぞるほどだった。
「こいつを奴に突きつける。捕縛するには納得の理由となるだろう?」
「お任せください」
兄が何を考えたかは、すぐに分かった。代表して華宵が、頭を下げた。
「楽しみだなあ。明日、奴の命日としよう。7年遅くなったが、死を与えてやろう!」
「これ以上、生き恥を晒すこともない。ようやく目障りなゴミが消えてくれる」
「あの時から、兄さんは・・・。残念なことね」
「ようやく死ぬんだ?兄さんなんて、生きていて何の価値もなかったしね」
きょうだいは、それぞれが亮夜に歪んだ感情をもつ。彼がようやく死を迎えようとするのに、気が高ぶるのもおかしな話ではなかった。
深夜だけは、内心、残念に思っていたが、その真意をはかれる人物はだれもいなかった。
闇理は通信を切った後、自室に戻ろうとした。
その途中、父にして、現当主である呂絶と遭遇した。
「先ほどの通信、聞かせてもらったぞ。おぬし、やはりワシの言いつけを破りおったな」
その様子には、不愉快な態度が明らかに見えている。
一方の闇理も、実の父である相手に、呆れを隠そうともしていなかった。
「目の前に極上の肉をぶら下げられて、とびつかない生き物なんていませんよ、父上」
「おぬしが撒いた種ではないか。なぜそうまでして、亮夜に拘る?」
「拘る?父上はどこまで腑抜けになったのか・・・」
闇理の口調には、父への尊敬が微塵もない。その態度からも、呂絶を見下しているのが明らかだ。
「我々が失敗したからこそ、奴が生きているのは事実。ならば、あるべき死を与えるのが、我らの定め・・・」
「・・・運命ならば、死を与えるというのか?」
「当然です。そもそも、亮夜も夜美も生きてはならぬ存在。人間なんて、所詮は下等生物ですよ。我ら司闇に連ならぬ者に、生きる価値などない。あっていいのは、使えるか否か。それだけですよ」
「・・・どうして、お前は・・・」
「父上のせいではありませんよ。ですが、あなたが当主である理由もない」
闇理の手には、いつの間にか手にした魔法銃が握られていた。そして、闇理の目には、光が失われていた。
「闇理、まさか、貴様・・・!」
その後、何が起きたかというのは、もう少し後に明かされるのだった。
次の日、あちこちで不穏な動きが起きているのも知らずに、亮夜は目を覚ました。
一日徹夜をしていたこともあって、恐ろしく熟睡していた気がする。
いや、眠りの質はよくなかった。
一応、夜美が一緒にいてくれたので、少しよくない夢程度で済んだのだが。
しかし、その夢は極めて奇妙な気がした。
まるで、恐るべき事態を警告してくれるかのように__。
彼のすぐ隣では、亮夜の妹、夜美も目を覚ましていた。
二人はすぐに着替えた後__亮夜は、学校の制服、夜美は、動きやすさを重視した私服だ__、昨日までの話をしつつ、ベッドで向かい合っていた。
「・・・それは、大変だったね」
「これが偶然ならまだいい。どうも、きな臭い予感がしてならないんだ」
「奇遇だね。あたしもそう感じたよ」
亮夜からのこれまでの話だけで、夜美も同様の結論に達した。
実際、夜美も亮夜と同じく、妙な夢を見ていた。それだけでも嫌な予感がするのに、亮夜の話してくれた情報が当たっていると仮定すると、この上なく危険な気がした。
「これだけもってきてくれたのは、間違いではないかもしれないな・・・」
夜美は、亮夜のサポート以外にも、万が一に備えて、大量の戦闘用の道具を持ってきている。
軽量系のアーマーに、魔法銃、タクト、魔法剣、魔導書などの魔法道具、さらにはスタンガンや、ウィングタイプのジェットマシンまで用意されていた。
どこかに喧嘩を売りにいくつもりかと勘違いされそうなほどだが、二人が考えている相手を考慮すれば、むしろ不足している可能性すらある。
「さてと、そろそろ本来の起床時間だ。僕を本来の部屋にまで戻してくれ」
「うん」
午前5時30分となり、亮夜たちは屋上に移動した。
夜美の魔法で、亮夜はゆっくりと降下。
魔法による身体の制御は、簡単そうに見えて、かなり難しい。
分かりやすく言うならば、「全身」を制御しなくてはならないのだ。
普通は、高速で移動すると、慣性がかかる。
それは、魔法で移動する際も、当然、慣性がかかる。
そこで、魔法による移動を行う際は、全身を指定して、移動する必要がある。
もし、魔法範囲で定義し忘れている部分があると、その部分は慣性に引っ張られてしまい、それによる悪影響を及ぼす恐れがある。
そういうわけで、全身をまとめて移動させるわけなのだが、現実にまったく縛られず__慣性や重力の影響を受けずに__、魔法で移動するのは、かなり熟練していなければ、出来ない話だった。
だが、夜美にはその程度など、当然のものであり、ゆっくりと降下させている亮夜には、全く苦にしていなかった。
十分に下ろした後、腕を自由にしてもらった亮夜は、腕でサインを送って、横に移動してもらった。
そして、無事に亮夜がいた本来の部屋のバルコニーに戻った。
部屋の内部に戻った亮夜は__バルコニーには自動開閉機能がなく、ずっとカギが開いたままだった__、寝相の悪さが微塵も見られない布団を越えて、自分が使うはずのベッドに置いた亮夜人形を片付けた。
これで、亮夜の工作は完璧に終わった。
その朝、不自然に眠れた3人が訝しんでいるのを無視して、亮夜は普通に過ごしていた。
事業員からの謝罪の後、普通に朝食を食べて__今回は混入されているものはなかった__、出発するために、ロビーに全員が集まっていた。
3日目の今日は、自由研修の時間だ。いくつかの指定された物を拝見すること以外は、自由だ。
亮夜も、クラスメイトの陸斗や高美などとともに、先生たちの注意事項を聞いていた。
しかし、説明が終わった後、亮夜は先生を介して、従業員たちに呼び出された。
なんでも、内密に話したいとのことだ。
嫌な予感がするのだが、断ることは出来ない。
亮夜は、心配してくれるクラスメイトに謝罪しながら、案内された一室に向かった。
亮夜が入った部屋は、会議室というべき場所だった。
中には、屈強な黒服の男が4人。連れて行った普通の従業員が3人。さらに、ガラの悪そうな男が3人だ。
非常に嫌な予感がしつつも、それを表に出さないようにしながら、亮夜は居心地の悪さを懸命に耐えていた。
「さて、舞式亮夜君。君に尋ねたいことがある」
ガラの悪い男の一人が、そう尋ねる。
「昨晩、君の部屋で毒ガスの使用した痕跡があった」
なぜバレたと、亮夜は内心焦りながらも、表情には出さなかった。
「その後、外に出た人物がいた」
「我々はこう考えた。一連の事件には、裏で手を引く人物がいると」
その点は、亮夜も考えたことだ。というか、ほぼ確信に近い何かまで考えていた。
それを、相手が指摘する。つまり、自分が犯人と言いたいのかと、警戒心を強めた。
「最も確実なのは、トウキョウ魔法学校の参加者に、内通者がいるということだ」
「そして、その人物は、確実に自分が被害に遭わないようにする」
常識的に考えれば、そうだろう。
そして、その条件に合致するのは__。
「新幹線ハッキング、下剤混入、浴室破壊、毒ガス投入。この事件全てに都合よく絡むのが君というわけだ、舞式亮夜君」
やはり、そうか__。
いや、毒ガスはともかく、新幹線ハッキングは、このホテルと何の関係もないではないか。
「違うか?」
つまり、このホテルと、司闇は__。
「違うよ」
亮夜は、冷徹に切り返した。
「下剤と浴室と毒ガスはともかく、新幹線は君たちの管轄外だ。つまり、最初から僕たちを追っていたということになる。ここにいる従業員全員、グルというわけだ。この中にこそ、真犯人がいるだろう?僕を不当に追い詰める、真犯人が」
亮夜の口撃に、他の男たちの反応はない。
いくらなんでも不自然すぎると思った亮夜は、逃亡を図る策を浮上させ始めた。
「くだらない猿芝居はここまでにしよう」
だが、亮夜の対応よりも早く、黒服の男たちが新たに入り込んできた。
「分からないのか?お前は、生きる価値などない人間だと」
その言葉を言われた直後、亮夜はすぐ後ろにいる男に正拳突きをした。
不意打ちで打たれて、男はうずくまる。
その隙に、亮夜は部屋から逃げ出した。
「おい、待て!」
「くそっ!」
亮夜を捕まえるのに失敗した男たちは、いきり立ち、亮夜を罵る。
そんな中、彼らが持っている通信機が反応した。
「どうやら、失敗したようね」
「華宵様!?申し訳ございません」
その人物は、彼らが主の一人として崇める、司闇華宵だった。
「亮夜は後回し。お前達は手はず通りに動きなさい」
「はっ!」
華宵の命令に従い、男たちは一斉に動き出した。
亮夜は、ロビーまで駆け足で戻った。
ロビーには、まだ大半の生徒がいた。
亮夜が戻ってきたことに、多くの生徒や先生が、笑顔を見せる。
しかし、亮夜はそれを無視して、正面玄関を出た。
次いで、ロビーにいた恭人が、亮夜を見て何かを察したのか、先生に一言告げてから、亮夜を追いかけた。
この状況に唖然とした生徒たちだったが、大量の黒服の男たち__生徒たちの印象は、ヤクザ、悪の組織、といった印象だった__が、亮夜が逃げていった後から現れた。
「あの、一体、何が」
先生の一人が、怯えを隠せない様子で、黒服の男たちに尋ねる。
「ご心配には及びません。あなた方が罪に問われることはありません」
男たちの顔は、サングラスで分からなかったが、目には笑みが浮かんでいる。
「舞式亮夜、あの犯罪者を、我々に差し出しさえすれば」
「なっ!?」
衝撃的な言葉に、先生どころか、生徒たちも、全員が驚愕に包まれた。その中には、陸斗、高美の他、哀叉でさえも例外ではなかった。
「・・・どういうことです?」
「我らは、政府直属の魔法部隊。司闇の監視の他、政府が命じた任務遂行を委任されている」
言うまでもないが、この名乗りは嘘である。
しかし、ただならぬ威圧感、雰囲気からにじみ出る恐ろしさもあって、異議を唱えられる人物は誰もいなかった。
もし、恭人や魔法六公爵がいれば、嘘だと主張できたかもしれない。その結果、どうなるかは別として。
「貴様らに告ぐ。舞式亮夜を差し出せ。断れば、皆殺しだ」
「なっ!?」
「言っておくが、我々は、非国民の始末を許可されている。依頼を拒否した貴様らを殺そうが、罪に問われることはない」
今度こそ、全員が恐怖と衝撃に包まれた。昨日まで引きずっていた羞恥心、疲労、困惑などの感情は、全て消え去った。
全員が、何一つ答えられないまま、頷いた。
しかし、全員の胸中が一致していたわけではなかった。




