6 狙われたホテル
夜美を無事に潜入させた亮夜は、アミューズメントパークに向かわず、部屋に戻った。
このホテルでは、3、4人程度に別れて、それぞれ部屋が与えられている。
亮夜は、一人きりの部屋で静養した。後に、陸斗たちも戻ってきて、会話をBGMにして、ゆったりすごした。
午後7時、夕食のため、ホテルのコース料理を食べることになった。
いかにも、極上、と呼ぶのに相応しい飾りつけと質感。香ばしい香りが辺りに充満し、見ているだけでよだれが出てしまいそうだ。言うまでもなく、亮夜はそんなみっともない真似はしないが。
皆が箸をつけたのに合わせて、亮夜も箸をとる。
まずは、サラダ料理を手にとり、次にシチューをとった。
しかし、シチューの味に違和感を覚えた。
亮夜の食生活は並だが、過去には色々強烈なものを食べたこともある。
それとは全く違うどころか、むしろ真逆なのだが、何かがおかしい。
この料理たちは、かなりおいしいのだが、一部の味が、隠し味というべきなのか、少し刺激的な感じがする。
それだけでなく、腹部にも僅かな違和感を覚えた上、味をよく考えると、明らかに異常なほどおいしいもので__。
「!!」
亮夜は大慌てで席を立った。
急な行動に、陸斗や高美を始めとする周囲の人物も驚くが、万が一のことを考えれば、一刻を争う。
亮夜はそのまま部屋を急いで抜け出した。
しばらくして__。
結果として、かなりの人数が被害に遭った。
回避できたのは、最初から察知できていた恭人、いち早く動けた亮夜など、一部に限られており、残りの半分以上の人は、一生物のトラウマを植え付けられることとなった。
また、見張り役である先生の大半も巻き添えになった結果、お目付け役として機能しなかったので、色々な意味で大惨事となった。
最も、そのおかげで、普通に抜け出しても咎められることはなかったが。
恭人が、ホテルの外で連絡をとっているように。
「まさか、こんなやり方をとるなんてな」
「偶然にしては出来すぎています」
現在、恭人は一時的に対等な立場での協力者である「帥炎」の専用車両に乗り込んで、当主の豪太良と通信を介して話をしている。
「現在の様子はどうだ?」
「私がここに来られている時点でもうわかると思いますが、同級生と先生を含め、ほとんどが機能不全に陥っています」
「そうなると、仕掛けてくるのは・・・むっ、通信が入った」
この車両に乗っていたのは、伝令役以外にも、実働で動けるメンバーもいる。豪太良が、恭人のメッセージに従って、協力者を何人か送りこんだという形だ。
「どうだ、何かわかったか?」
「残念ながら、テンプレ的な謝罪しか返ってきませんでした」
「誠意は見せなかったのか?」
「いえ、土下座もしていました」
部下からの思いがけない報告に、恭人も豪太良も戸惑ってしまう。
もし、白を切り通すつもりならば、強引に追及しようと考えたのだが、形式的には謝罪された以上、下手に追及することは出来ない。魔法六公爵の権限ならば、強引に立ち入り検査をすることも不可能ではないが、バックが予想通り__確証はとれていないが、ほぼ確信と言える__の相手ならば、更なるトラブルを招きかねない。
「まさかとは思うが、ホテルの連中もグルなのか?」
「しかし、今、「司闇」が動かないのが不自然としか言いようがありません。私だったら、このタイミングを狙います」
「お前もそう思うか」
恭人と豪太良が考えるに、色々な意味でボロボロになっているこの状況で攻め込めば、容易く制圧できるに違いない。そして、効率が最もいいということでもある。それをしないというのは、まだ準備をしている途中である以外に考えられなかった。
「非常事態第一警報まで発令されている以上、ただで済むとは思えない。恭人、お前は我らの先行者として、内部調査に当たれ」
「了解しました」
「お前の端末に、使い捨ての政府直通のナンバーを使えるようにしておく。何かあったら、そちらにな」
この伝言を最後に、通信は切れた。
(どうやったら、奴らを確実に捕まえられる・・・?)
恭人は、この件について、新幹線ハッキングを起こした犯人と同一派閥だと睨んでいた。
しかし、足の差が大きすぎる上、手口を先読みすることも出来ない。
受け身にまわるしかないこの状況に、恭人は珍しく苛立ちを募らせていた。
同時刻、キョウトに隠されている司闇のアジトで、洗脳部隊の一人がほっと息を吐いた。
「これで、バレずに済んだ」
既に合流していた司闇華宵が、この成果について、満足気な笑みを浮かべた。
亮夜たち魔法科生徒がホテルに入った後、洗脳魔法を発動させた。
厨房に仕込んだ下剤を混入させ、大パニックに陥れることに成功した。
「でも、政府は思ったより無能じゃなかったみたいね」
華宵の妹、深夜の言う通り、今回は政府も負けていなかった。
「帥炎」の連中がホテルに押しかけてきて、謝罪を求めてきたのだ。
偶発的な事故だと済まされるように、色々手を打っておいたのだが、どうやら政府は思った以上に警戒しているようだ。
最も、土下座という、形式的な謝罪を前に、これ以上の強引な攻めは出来なかったため、結局はこちらが一枚上手だった。
「いくら何でもやりすぎなんだよ。深夜姉さん」
逆妬の言う通り、この計画を進めたのは深夜だった。
断続的に妨害を仕掛ければ、ターゲットは疲弊を重ねていく。そして、注意力が散漫になったところで、一気に制圧にかかるというのが、今回の司闇一族が企むものだった。
その計画の一つを急造で用意したのが、今回の作戦というわけだったが、過激すぎたため、政府に直接嗅ぎつけられそうになったというわけだ。
「強制混浴だけで、十分だったじゃないか?あれだったら、まだ自然だと思うけど」
「いいえ、これもやって、一気に畳みかけるわよ」
逆妬は、当初の作戦だけで十分だと思ったが、深夜はさらにもう一つの作戦を実行しようというのだ。
「華宵姉さんたちには悪いけど、明日始めるわ」
しかも、本来の計画を明日に繰り上げて。
自分たちが失敗するとは考えられないが、さすがに急ごしらえがすぎる。そう思い、逆妬は華宵に反対を進言しようとしたが__。
「そうね。これだけやれば十分」
「姉さん!?」
「逆妬、先手必勝。奴らがここから動くのもありえない以上、削げる戦力は削ぐべき」
逆に、華宵から意見の賛成を後押しされてしまった。
最も、華宵と深夜の考えが理に適っていることは、逆妬も認めざるを得なかった。
騒動が起きた後、どう動こうとしたかは様々だ。
問題は、個室のシャワールームは一人ずつしか使えないということ。
だからといって、大体の人が同じ目に遭ったとはいえ、下手に悟られたくないのも事実だ。
どうにかして、証拠隠滅を行った後、室内にいることに耐えられなくなって、大浴場、もしくは共同の個室浴場に行く人物も少なくなかった。
しかし、個室浴場も相当な行列となり、諦めて大浴場に行く人物が多数であった。
妙にぎこちない、リラックスできるはずなのに、真逆の相当に緊張した空気の中、更なる事件が発生した。
何と、男女を区切る浴場の壁が崩壊したのだ。
当然、そちらにいる立派な「モノ」が晒されることになり__。
浴場に、凄まじい悲鳴が響き渡った。
さすがにこの状況では、完璧を自称する恭人でさえ、弱音を吐きたくなった。
ほとんどの部屋で混沌とした空気に包まれ、リラックスできる環境はないに等しい。
風呂上りの後、すぐに外に出た恭人は、まだ出発していなかった「帥炎」の車両に乗り込んだ。
「来ました、恭人さんです!」
「おお、恭人よ!先ほどの事件は知っておるか!?」
恭人がやってきた途端、部下と会話していた豪太良は、すぐに恭人に話題を振った。
「浴場の崩壊の件ですか?」
「ああ!・・・むっ、お前、妙に顔が赤いが」
「誤解です」
不穏な方向に話が行きそうになったので、恭人はすぐに話を打ち切り、事情を話した。
事件の起きる直前まで、普通に入浴していたが、壁に異常を感じた直後、急いで脱衣所まで逃げたのだった。しかし、こんなことになるとは、さすがの恭人でも予想外だった。
「つまり、直前まで堪能していたわけか」
「それはともかく、ほぼ全員のメンタルが極めて不安定なことになっています」
「だろうな。特に女は」
「下手をすれば、というより、修学旅行を続けるのは不可能に近いでしょう」
食堂での騒動といい、浴場での騒動といい、一生レベルのトラウマを負いかねない。なんとか回避した恭人でさえ、かなり不愉快な思いをしているので、自分の分析には自信をもっていた。
「まるで、さっさと終わらせようかと・・・」
「豪太良さん」
「何だ?」
「このホテルの件、全て「奴ら」の計画通りとしか思えません」
「・・・だろうな」
「近日中に、「奴ら」は確実に動きます」
確かに、ほぼ確定レベルで、「司闇」が動くのが、恭人にも豪太良にも想像できる。
「非常事態宣言をするべきです。全面戦争の覚悟はすべきです」
豪太良は、重々しい表情を見せた。
「確かにお前の言う通り、「奴ら」はまず動くだろうが・・・」
「今、我々魔法科生徒たちは、「司闇」の毒牙に晒されようとしているのです。この状況を打開できるのは、あなたたち「魔法六公爵」しかいないのです!」
実際問題、恭人の懸念も、この危機的状況もよく理解できる。
だが、最大レベルに警戒を引き上げて、ここに一極集中すると、その隙にトウキョウを制圧されるという危険も万が一にはある。それに世界にこの状況を知れ渡れば、それこそ本末転倒だ。
「・・・分かった。非正式として、我々も総力をあげて戦力を組もう」
「ありがとうございます」
「恭人よ、お前はお前のやりたいようにやれ」
豪太良から、魔法六公爵としての協力をとりつけたのはいいが、その後の命令に、恭人は驚きを見せた。
「お前は先行者だ。その意味が分かるな?」
__つまり、独自に行動して、虚を突くというわけだ。
「分かりました」
恭人は頭を下げ、通信は切れた。
その頃、亮夜は大浴場にいたわけではなかった。
最初から、個室である浴室を狙って、根気よく並んでいた。
ものすごい行列だったので、さすがに時間がかかったが、大浴場の騒動の影響が出る前に、個室に入ることは出来た。
あんまり待たせるのも気が引けるとはいえ、身を清めることは重要なことなので、亮夜は落ち着いて堪能していた。
とはいえ、寝不足は相変わらずで、ちょっと気を抜けば溺れてしまいかねないので、リラックスしながら気を張るという、矛盾した精神状態になっているが。
(やはり、司闇が動いているだろう)
一人だからこそ、亮夜の思考は、冷静に状況を分析することができる。同室の人がいない状況ならまだしも、誰かがいる場合だと、どうしても思考に集中する__100%という意味ではなく、メインのリソースを思考に振り分けられるという意味だ__ことが出来ないので、この状況を活かして、じっくり状況を分析していた。
最初のハッキングの時点で、「司闇」が動いている可能性があると、亮夜は考えていた。
(今回のは、あくまで、こちらを苦しめて利用するためのもの)
本気で殺すならば、下剤などという生温いものではなく、毒薬を混ぜた方が手っ取り早い。つまり、生かして利用する方法を企てているというわけだ。かつての研究から考えても、実にありそうだと、亮夜は思っていた。
「誰が」やったのかを、誰かに擦り付けてターゲットとすれば、社会的に殺すことも可能だ。それを利用して、マッチポンプで誘拐することは、犯罪者の手口としては実にありそうな手段だ。
だが、政府の力を悪用するというのは、司闇のスタイルに反する。どちらかと言えば、むしろ政府も苦しめるか、政府には関与せず動くタイプだと、亮夜は思っている。
(・・・どうする?)
問題は、奴らが動いた時、以下に他の生徒たちを巻き添えにしないかだ。他の生徒も同時に狙うならまだしも、おまけで狙われることになると、最悪、自分たちの立場が暴かれる危険がある。
湯船に浸かっていた亮夜は、手をゆっくりと持ち上げて、水を救い上げる。
(夜美に見張ってもらうのは当然だ。後は、僕が自由研修の時・・・)
一人ならば、巻き添えにする可能性はかなり低くなる。
皆で動けば、「目」として、襲撃させる難易度が上がる。
どちらも、無視できないメリットとデメリットが混在する。
結局、満足のいく答えは出なかった。
根本的に問題のある事実に目を背けて、亮夜は浴室から出ることにした。




