10 運命の交わり
亮夜たちトウキョウ魔法学校1年生がチバのあるホテルで一夜を終えようとした頃、とある施設にて、報告が入っていた。
「も、申し訳ありません総帥。例の人物の誘拐に失敗し、捕らえられてしまいました」
報告をしていたのは、下っ端と呼ぶのにふさわしい服装をした男。
一方、報告を受け取った人物は、仮面をつけてよく見えない。だが、かなり偉い人物であることは想像に容易い。
「で、失敗の原因は?」
総帥と呼ばれた人物は、失敗したからといって怒鳴り散らすような癇癪は持っていない。総帥が気にしたのは、なぜ失敗したかだ。
「「冷宮」と、もう一人の人物が介入したことで、失敗しました」
「名は?」
「申し訳ありませんが、データの確保に失敗してしまいました」
「冷宮」が介入したから苦戦したことは納得いく。しかし、もう一人の人物とは何者か、総帥はそちらに意識を持っていった。
だが、今優先するのは、今後の作戦だ。たかがイレギュラー一人に対応を優先するのは、指導者として愚かなことだと、総帥は理解していた。
「そうか。例の人物の捕獲は後回しだ。四天王を除いて、引き続き任務を続行せよ。加えてトウキョウ魔法学校への監視を強化しろ。以上だ」
総帥が命じると、部下は下がった。
再び一人になった総帥は例の人物について再び思案を巡らせていた。
その人物は、かつてあの忌まわしき事件のただ一人の生き残りであったからだ。
亮夜たちが一夜を明かした次の日の朝。
余りにボロボロになっている同室の人物を見て、陸斗は絶句していた。
「りょ、亮夜!?一体夜に何があったんだ!?」
ベッドの上に座っていた亮夜は、服がボロボロな上、非常に息が荒くなっていた。よく見ると、汗もひどく、全身が焦げたような感じになっていた。
「大丈夫。動くには問題ないよ」
誰がどう見ても大丈夫そうには見えないが、陸斗はひとまず納得させることにした。
「そ、そうか。不安なら、俺が手伝ってやるから心配すんなよ」
「あ、ありがとう」
少なくとも、最低限動く分の体力はあるようだ。その様子をみて、少しだけだが、安心した陸斗だった。
亮夜が皆の前に現れた時、案の定、全員に酷く驚かれた。中には、病院を勧める人物が現れる始末だったが、最終的に気にする人物はいなくなった。
昨夜の事件は、亮夜と恭人が警察に事情説明することで事なきことを得た。
傷だらけの亮夜は、侵入者に襲われたとしてごまかした。
不自然な魔法の感知は、恭人が全力で叩くために使ったとしてごまかした。
亮夜は当初、口約束であって、本心から信用しているわけではなかった。
しかし、目の前で、自分の使った魔法の責任を全て恭人が請け負ったのを見て、本心から驚いた。
このこともあって、亮夜はいち早く解放されたが、「知り合いの責務を見届けないといけない」として、恭人が解放されるまで待っていた。
恭人は、魔法の不適切使用として、注意される程度で済んだ。
亮夜は、2重の意味で胸をなでおろした。
自分の手柄を持っていかれた形になったが、亮夜は全く気にしていなかった。むしろ、恭人が持っていってくれてほっとしていた。
その結果、どこのチームでも、話題は恭人の活躍であった。
一方で、亮夜をかませ犬にした上で、恭人が活躍したと邪推する上位陣も少なくなく、1組などの人物から亮夜が笑われるということもあった。
部分的にはあっているが、手柄に関しては、亮夜と恭人が共同で手に入れ、全てを恭人に譲ったことにしている。真実を知っているのは、その二人だけだが、どちらもそのことを言及することはなかった。
だから、今、恭人が目立ちまくっているのは特におかしなことではないのだが、あそこまで完璧に演じていると、亮夜でさえため息をつきたくなるほどだった。
「10組とはいえ、同じ学友を傷つけられて、高貴たる私は彼の仇をとることにした!彼が苦戦した相手など、この冷宮恭人様の華麗なる魔法の一撃で、あっけなくやられてくれた!所詮、ただの侵入者など、強い私にとって、準備運動程度の手ごたえしかなかったのだ!完璧な私のおかげで、舞式亮夜は救われたのだ!!」
多少ねつ造が入っているとはいえ、ここまで自分を持ち上げているのをみると、ちょっとだけからかいたくなると普通なら考えるが、自分のことを悪く言っているわけではないし、盛り上げるという点においてはかなりうまくいっていることもあって、亮夜は苦笑いするくらいに留めた。
実際に、亮夜の実力不足を笑うような人物はおらず、恭人の輝かしい功績を、ただひたすらにほめたたえ、大盛り上がりしていた。
昨夜、いや、夜、会話したことで、亮夜はある程度冷宮恭人の性格を掴み取っている。
一見すると、厳しくてストイックな一面が目立つが、義理に厚く、いざという時には協力もする好少年だと亮夜は認識していた。
一方で、自分の実力などには自信を持っているかなりのナルシストでもあった。現に、演説しているところを見ても、ちょくちょく自分をほめたたえるような単語が混じっている。自信家でもあるが、どこか不安定さも感じさせた。
それと同時に、なぜこの冷宮恭人という人物は、亮夜に興味を持ったのか。亮夜はその点がそれなりに気になって、尋ねてみた。
お前は確かに10組程度の評価しかされない人物だった。だが、賢い私が感じた雰囲気は、私と同類の者であると予感した。実際に戦った時は、お前は一部の技能に優れている程度の奴だったが、今見せた力は、エレメンタルズでもそうそう扱えない程の物だった。しかし、この私が本当に興味を持ったのはそんな表面的なことではない。本質的には私に似ていると思ったからだ。私は誰よりも、強く賢く正しく美しく生きるのが目標だ。そのためにも、悪を許すわけにはいかない。お前もここに来たのは、あのような悪を止めるためだっただろう。自分の手で、救えるものは救う。それは確かに立派で高潔なものだ。だが、それを誰がやるのかは誰が決める?誰かがやると期待して、その時間のせいで救えなかったら、誰の責任になる?だから、私は自分ができることならなんでもやる。それはきっと、お前も同じだろう。リーダーを担う者として、凄い私は、お前の生き様に共感しているのだ・・・。
この話を聞いて、亮夜は納得と意外感を覚えた。
納得は、自分の目的の一つに気づいていることに。
意外感は、「冷宮」としての思考に。
元々、亮夜はエレメンタルズにあまりいい意識を持っていない。恭人に接触したのも、都合よく利用することを狙っていたものだった。
だが、この話を聞いて彼は誤解していることに気づいた。
考えれば、あいつらのせいで悪く見えてしまうのも当然だ。
しかし、恭人の語った目標は、その考えを否定することとなった。
仲間を、皆を助けようとする意識は、あいつらと違っていたのだ。
「冷宮」にして「1」と接触する機会も手に入れた。
もう少しエレメンタルズを理解してみるのも悪くない。
亮夜はあの夜、新たな見解を手に入れたのだった。
そんなことを思い出していると、新たな報告が入った。
昨夜の不法侵入により、安全確保のため、魔法師友好会は打ち切りにするというものだった。
唐突な打ち切りに不満をあげる生徒もいたが、常識的に考えれば、危険がはっきりと表れているのに続ける方がおかしいと判断できる常識的な人物の方が多かったため、多少暴動が起きる程度でこの件は解決した。
一行はバスに乗り、トウキョウ魔法学校へ帰還した。
朝、出発して、それから家に戻ったので、亮夜が家についたのは昼になる少し前のことだった。
本当ならば、帰るのは夜になってからだ。帰る途中で、夜美にメールをして、亮夜は帰りを急いでいた。
そして家につくと、愛すべき妹の夜美がいた。
「おかえりなさい、ってお兄ちゃんどうしたのそれ!?」
「後で説明するよ」
ケガをしている亮夜を見て、心配した夜美だったが、亮夜は話を一旦強引に区切り、支度することにした。
リビングにやってきた後、亮夜は、魔法師友好会で起きた出来事の話を夜美に聞かせた。
「やっぱり、あたしもこっそりついていった方がよかったかな・・・?」
「結果的には問題なかったから心配するなよ。それに、冷宮さんに友好的に接触することもできた」
「そっかぁ。一応無事でよかったよ。今日は早く寝ないとね!」
「そうするけど、今はご飯を食べたいな」
「そうだった!今から用意するね!」
時間は12時を回ろうとしている。本来ならば昼食の時間だと思い出した夜美は、早速支度にとりかかった。
少し違った環境で新たな成果を手に入れた亮夜に、再び普通の暮らしが戻ろうとしていた。
[続く]




