1 入学前談
魔法。
その現象が2000年前に発見され、今や人間と共存して、魔法文明が発達した世界。
魔法を扱う人間「魔法師」を生み出すべく、教育を施されていた。
だが、特別な魔法師たちによる絶対的な実力差、権力差も容認される実力重視の世界でもあった。
そして、物語は、ある一人の魔法師の少年から始まる。
どこかの暗い空間。その空間の中に一人の少年がうずくまっている。彼は耳を押さえ、体を縮めて何かに耐えているようだった。
「この役立たずが!!」
「恩知らずの愚か者が!」
「恥さらしだ!」
「ああ嘆かわしい、この出来損ないが」
「お前は弱い。心など捨ててしまえ。早く目覚めろ」
次々と飛んでくる暴言、罵りが彼の耳に届く。その度に彼は体を震わせていた。
違う、僕は、僕は___。
その言葉を口にすることもできなかった。それほどまでに今、彼は苦しんでいたのだった。
しかし、この空間の中に大きな変化が起きる。
大きな光をまとった少女がゆっくりと彼に近寄る。彼女が少年に近づくにつれ、徐々に暗い空間は明るくなっていく。それと共に少年の顔に笑顔が__よく見るとわからないくらいだったが__見え始めた。
「だいじょうぶ?」
「うん、ありがとう」
まるで見知っていたかのように二人は問答をかわした。
しかし、ふとこの空間は消滅した。その後には何1つ残らなかった。少年も、少女も。
彼は突如、眠りから覚め、目を開けた。今は夜中の2時だ。どうやらいつものように悪夢を見て、現実に戻ったのだろう。
ふと、彼が隣を見ると、少女が同じベッドで寝息を立てていた。見る限り10歳ほど年が離れているように見えるだろう。一般的な状況では、極めて危険なシチュエーションだが、この二人に関しては__表向きに限っていえば__そうではなかった。
彼の名は舞式亮夜。そして隣で寝ている少女は彼の妹の舞式夜美。つまり兄妹だから一緒のベッドで寝ていてもおかしくないのだが、この二人は少し前にそれぞれ15歳と14歳になっていた。亮夜は年齢に対して少し大人ぽく見えて、夜美は子供ぽく見えたが、年齢に照らし合わせれば、おかしいと言わざるを得ないだろう。
しかし、二人が同じベッドで寝ているのはある事情があってのものだった。亮夜が目を覚まして少し考え事をしていると、夜美も目を覚まして、兄と目を合わせた。
その顔立ちは見た目通り、かなり幼い印象を与える。女性の魅力として照らし合わせれば、スタイル的には年齢とは明らかにかけ離れている低さだった。しかし、それが逆に、幼い子供のような親しみやすさが目立っていた。髪に限って言えば、セミロングで大人(というよりお姉さん?)のようにしている背伸びしている点も、ますます子供の独特の可愛さを引き立てていた。
一方の兄の亮夜は、妹と同じく肩にかかる程度のロングで、顔のパーツのバランスもいい「美形」といっても文句が少ない程には整っていた。だが、目にうっすらとある隈と目に輝く光が薄い点が、どことなく変わった不思議な印象を与える。
「お兄ちゃん、また悪夢を見ていたの?」
「うん・・・起こしてごめん」
「あたしのほうこそ、ちゃんと抱きしめていなくてごめん」
亮夜はあることが原因で、悪夢を毎晩のように見るようになってしまい、一時期ろくに動けなくなるほど衰弱してしまったこともあった。
それを救ったのが、妹の夜美である。
どうにかして、兄を助けたい。その一心で様々な手を尽くしたが、何一つ成果を得られることはなかった。
そんな中、夜美は亮夜に添い寝をした。一緒にそばにいてあげれば、少しは安心するかもしれない。わずかな希望にかけて、添い寝をすることにしたのだった。
すると、亮夜の眠っている時の意識が以前より安定していることに夜美は気づいた。それからは、兄の為にできる限り一緒に寝るようにしたのだった。一方の亮夜は、最初は恥ずかしがっていたのだが、妹の根気と現状に負けて、結局こうしてほぼ毎晩一緒に寝ることになった。
さて、少しの問答を重ねていた兄妹は、雑談に移り始めていた。
「明日から魔法学校に通うんだよね?」
「うん、ようやく僕たちの目的の第一歩を踏み出せる」
「あたしはほとんど目的達成しているけど」
夜美の冗談じみたセリフに、亮夜は笑みを浮かべた。
「君のそういう所は本当にうらやましいな・・・」
「そういうお兄ちゃんも、あたしは落ち着いているところが好きだよ?」
それぞれが褒めあってひとしきり落ち着いた所、ふと亮夜は少し困った顔を見せた。
「しかし、これからは僕も君も大変だ。何せ一年は当分離れて過ごさなくてはならないからな、一人で大丈夫なのか?」
その言葉に夜美は少し動揺するも、すぐに言葉を返した。
「お、お兄ちゃんったら、あたしを誰だと思っているの?」
「1週間前に学内で魔法騒動起こしたこと忘れたのか?」
「あ、あれは仕方なく!頭に来ただけだから!!」
しかし兄に即座に反論されて、あっさり否定する形になってしまった。
頭痛をこらえているようなポーズを見せつつ、亮夜は注意を続けようとする。
「・・・とにかくもう少し女の子として慎みをもってくれ。こんなことをしているのはともかく、普段の態度からして兄としてすごく心配なんだぞ。これでは__」
「でもね、そんなに変わった妹を見たらお兄ちゃんはどう思うかな~?」
「・・・とりあえず元気にすごしてくれ」
兄妹だからなのか、兄をよく知っているからなのか、夜美は亮夜の説教をすぐに打ち切らせた。ふと時計を見ると、既に話しこんで1時間近く経過していた。二人はこれ以上の話をやめて寝ることにしたのだった。
それからおよそ3時間後。亮夜は目を覚まして、となりにいる夜美を起こした。亮夜は左側から、夜美は右側から、それぞれベッドから降りて支度をする。
この部屋は大きなベッドを挟んで2つの部屋となっていた。真ん中にあるベッドは二人並んで寝られる程のサイズがあり、薄いカーテンでおおわれている。ベッドから見て、左側が亮夜の部屋、右側が夜美の部屋だ。
亮夜の部屋は、質素でありながらも整理整頓はされていた。机、本棚、クローゼットなど、部屋として十分なものを取り揃えていた。一方、夜美の部屋も、構成としては亮夜の部屋とほぼ同じだ。
最も色合いはやや異なり、亮夜の部屋はやや暗い印象、夜美の部屋はやや明るい印象であった。部屋の主の性格の差なのかもしれない。
それぞれパジャマから、それぞれの学校の制服に着替えた二人は、リビングに行って食事の用意をする。
亮夜は食器を並べて、夜美は料理を作る。兄妹がそろって作る場合は大体このパターンだ。
今日の朝食はシンプルな和食。きれいにまとまっていることからも夜美のセンスがよいことを裏付けていた。
それが終わり、細かい支度を済ませたが、亮夜はあることを忘れたことに気づいて、地下のコンピュータールームに入る。
いつもよりも寝不足だったのか、今日の情報を調べるのをうっかり忘れていたのだ。亮夜は少々だるそうにキーボードを叩き情報を調べる。
ふと、彼の目に気になる情報が入り、夜美を呼ぶことにした。
呼ばれた夜美はすぐに入り込み__人形を左手に抱えながら__亮夜の指す画面を見る。
「RMGによる魔法学生襲撃事件・・・」
RMG(Real Magic Gang)は、6年くらい前から活動を始めている不良組織だ。主に魔法に関係する悪さをしているのだが、その悪さの規模が一気に跳ね上がったのだ。
いままで、人に直接危害を加えるような悪さはしていなかった。せいぜい工場に入り込んでなにもせずに立ち去る、魔法協会に忍び込むなど、被害的に言えばとるに足らない程度のものだった。
しかしこの記事には亮夜と同じ学校に通う者が襲われるという事件だった。
「ねえ、学校はどうなるの?」
夜美がこのように尋ねるのも当然だろう、次は亮夜が狙われるということもあり得るからだ。
「・・・いや、入学式は続行。各自注意を払って登校せよとのことだ」
丸投げともとらえられる対応に夜美はため息をついた。
そしてすぐに思いもよらない発言が飛び出してきた。
「お兄ちゃん、あたしが送って行ってあげる!」
「その必要はないよ」
しかし、亮夜はあっさりと拒否した。これが暴風といった大損害が予想できるならともかく、不良組織(と亮夜は思っている)に絡まれる危険があるくらいで__何より一つ年下の妹を学校に連れていくこと自体色々な意味で抵抗があった__そのような選択をとる必要はないと判断したのだった。
しかし、夜美はこれを許さず説得を続ける。
「だめだよ、お兄ちゃんが危ない目に遭うかもしれないのに!」
「一緒にいったら夜美が遅刻するじゃないか」
「帰りは全力で行けばいいもん!」
「また不必要な魔法を使ってか?」
「う・・・」
常識的な反論を繰り返され、夜美は言葉に詰まる。夜美は本心から兄を心配し、亮夜は妹に余計なことを煩わせたくないと考えていた。
「じゃあ今日、学校休む」
「何?」
思いもよらない発言に亮夜は戸惑う。好機とばかりに夜美は言葉を続ける。
「連れて行ってくれないなら今日は家に引きこもるから」
「・・・」
これ以上話を続けると、双方ともに遅刻する危険がある。仕方なく亮夜は承諾することにした。
「分かった、今日は頼んでいいか?」
「任せといて!」
一緒に行けるとわかって夜美は一際強い笑顔を見せた。亮夜はそれを少し見る程度に堪能して話題を変えた。
「じゃあ出発しよう。僕はともかく君を遅刻させるわけにはいかないからね」
「あ、まって。まだ細かい支度終わってないよ」
「大急ぎで準備してくれ。2分遅らせたら先に行くからな」
「えー!」
朝からすごく慌ただしくも、兄妹は魔法学校へ出発するのだった。
亮夜と夜美が家を出て亮夜の通う魔法学校へ歩いて5分程経過していた。亮夜の見込みでは40分あれば着くと考えている。一方、夜美の通う学校には家から20分ほどである。方向が大体真逆なので、魔法学校から夜美の通う学校へ向かうには、100分近くかかってしまう。このため、亮夜が多少せかしても仕方のないことだった。
しかし、右へ曲がろうとした時、夜美は兄を止めた。
「お兄ちゃん、この先に何かある」
このセリフのみだと、ただの気まぐれだと捉える人は多いだろう。しかし亮夜は夜美のことをよく理解しているためそのような誤解は起こさなかった。
夜美は人の感情に敏感だった。この先に何やら邪悪な感情を持った人物がいるとして兄に忠告したのだ。さらに哀しい感情を持つ人物も同じ方向にいるということにも気づいて亮夜に小声で教える。
「時間が惜しいが、少し見てみる。いいか?」
夜美はうなずくと、兄の後ろについて物陰から右の道路を見た。
その先には二人の悪そうな男が、一人の亮夜の学校の制服を着た女性が襲われていた。
「夜美、魔法の用意は?」
「任せて、「ロング・ストーム」で吹き飛ばすよ」
「合図したら魔法を撃つんだ。けがをさせる必要はない」
亮夜の指示に従って、夜美は意識を集中させて魔法を放つ準備をする。その間に亮夜は堂々と男たちの背後に立った。
「君たち、何をしているんだ!」
その声に気づいた男たちは振り返る。
「この小娘がよう、俺たちにぶつかったんだよ。だから痛い目に遭わせようとしてんだよ!」
「大の大人ふたりが女の子一人を取り囲むなんて、恥ずかしくないのか?」
亮夜のこのセリフはいかにも挑発のセリフであった。実際、男たちは激怒して亮夜に矛先を向けた。
「このガキ、まずはテメーからにしてやる!!」
二人の男が亮夜に襲い掛かろうとするのを見て亮夜は大きく後退する。
「今だ!」
直後、亮夜と女性の間を強力な風が吹いた。男たちはあっけなく吹っ飛ばされ、壁に激突した。
これは夜美の放った魔法だ。
「ロング・ストーム」は強力な風を発生させる魔法。亮夜が二人の男と女性から引き離して、相手のみを狙わせたのだ。
隠れていた夜美は亮夜の元に駆け寄り、女性も状況を把握したようだった。
「あ、ありがとうございます・・・」
ようやく落ち着きを取り戻したのか、女性は亮夜たちにお礼を言う。
その女性は、一見すると見た目は平凡。だが、よく見ると顔立ちもスタイルも整っており、ショートできれいに纏まっている髪は、彼女が丁寧で礼儀正しい印象を与えていた。
「礼を言う必要はありません。それよりもなぜ襲われていたのですか?」
「・・・さっきの男たちの言った通りです」
何やら隠しているような言い方であったが、兄妹は詮索することなく相槌を打った。
「あの、自己紹介が遅れました。私は鏡月哀叉といいます。今日から魔法学校に通う新入生です」
「そうか、僕と同じだね。僕は舞式亮夜。で、こっちが舞式夜美。僕の妹さ」
「よろしくね、哀叉さん!」
自己紹介を終わらせ、少し話をしていると、哀叉は話題を変えた。
「ところで、先ほど吹き飛ばした男たちはどうするのですか?見たところ気絶しているようですが・・・」
「!!」
この発言に兄妹は動揺した。
亮夜はこの二人の確認を忘れていたこと、夜美は魔法の制御をミスしたことに動揺していた。
魔法の力は強大であるがゆえに、魔法協会からさまざまな規則を課せられている。それを破ると、大半は罰則を受けなければならない。特に人に魔法を撃つのはかなり厳しくされており、最悪処刑までありえる。今回は自衛かつ救助もあったとはいえ、気絶させて、壁がへこむ程の魔法であり、過剰防衛と言われても仕方のない部分もあった。
さらに言うと、今、魔法部門の警察に見つかれば間違いなく遅刻は避けられない。亮夜と哀叉はこれから入学式があり、夜美に至っては既に間に合う保証もないのだ。
「どうする?おとなしく三人そろって出頭するか?」
亮夜がこんなことを言い出したのは後々を考えてのことだ。もしこの件の真相がある人物にばれれば、極めて都合が悪くなる可能性がある。万が一とはいえ絶対に避けなければならないものだった。
「いいえ、私一人だけ行きます。あなたたちは先に行ってください」
しかし哀叉は自分一人で出頭に行くと発言した。
「え!そうしたらあなたが遅刻するよ!」
「いいえ、あくまで被害者は私です。少なくとも私は出なくてはなりません。ですが、夜美ちゃんの件に関してはいくらでもごまかしがききます。何より襲われて、事件になったのは私のせいなのです」
夜美の反対に捉えられる発言を哀叉は具体的な理由をもって切り捨てた。
「すまない、任せることになるけどいいかい?」
「はい」
亮夜が再確認をとると、哀叉は承諾した。
「急ごう、夜美。このままじゃ遅刻だ」
「え、ちょっと!」
亮夜にひっぱられ、夜美はそのまま細かい話もできずに去ることになった。
哀叉はポケットから取り出した携帯端末を入力して警察に報告した。兄妹の微妙におかしい会話には全く気づいていなかった。