お前を利用する
デビューして5か月、ようやくバンドのランキングも安定してきた。
色々と小さな事件はあったが、メンバーやスタッフに助けられて、どうにか乗り越えてこれた。
仕事自体は何もなく平和な時が続いていたのに、あの女はなぜか知らないが、俺につきまとうようになった。
『ねえ!今日もうスタジオリハ終わったし、ご飯行かない?』
必ずあいつは俺の顔を上目遣いで見て、会うたび何かと誘ってくる。
「今度さ…一緒に映画行かない?実はチケット2枚あってさ…」
「そんな暇はない。お前、そんなことしてる暇あったら、練習しろよ」
そういって、いつも俺はプライベートでは関わらないようにしていた。
それでも、あいつは神経が図太い。仕事でもニヤニヤした顔を向けられ、非常に不愉快だった。
「いつもいつも断って、そんなに仕事が好きなら、仕事と結婚すればいいよ!もう!」
あいつの赤い頬がふくれっ面になり、ギャーギャーとよく反論してくる。
「ユリは、お前のこと好きなんだよ!!美春に頼まれたんだよ。今度ユリの誕生日あるからお前を連れてこいっていっててさー」
登也にそういわれて、初めてあいつの行動していることがよくわかった。
俺はたまらなく憎くて嫌いなのに、なんて皮肉なんだろうって思った。
でも、冷静に考えた時、あいつがそういう思いで俺を見てるなら…
俺にもし何かあったときは、あいつの気持ちを都合よく利用すればいい、そう思った。
だから、あのクリスマスの日。
「…うぅっ…っ…」
「アサト…?どうしたの…大丈夫!?」
屋内の小さいライブハウスでライブを終えた後、発作を起こして人の来ない非常口で薬を飲んでいたのを、運が悪いことにあいつに見られてしまった。
こいつにばれないためにどうしたらいいか、咄嗟に出した答えはこれしかなかった。
「どこか……?」
あいつの細い腰をつかみ、体を抱き寄せた。
「ふっ…ん!?…」
そして、あいつの頭を片手で抱え唇にキスをした。
こいつは、きっと俺からキスされたうれしさとショックで、混乱し、俺がこの場で何をしているかは気づかないだろう。
「ひどいよ…いきなり…」
階段の上の非常口の扉が閉まる音が聞こえた。
俺の計算通り、うれしそうな叫び声をあげながら、あいつは出て行ったことが分かった。
痛みが薬で緩和して、力が抜けて、そのまま冷たい床に体を倒した。
気持ちなんて関係ない。
好きな女でなくても、目的のためなら俺は人に体を売れる。
この手を汚すことも厭わない。
この世で最も憎い女でも、きっと…愛したふりをすることができるだろう。