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バンドの物語  作者: cotton
4/4

第4話 アイドルを耕せ

カフェCOTTONから柚たちが帰った後、

井上と佐久間はまだ酒を飲んでいた。

そこに、ギター教室でスパニッシュギターを教えている向谷と、今は施設の警備員だが、遠い昔、歌謡曲全盛期、まだ歌手の後ろでフルオーケストラが演奏していた時代、サックス奏者だった、みんなからセルマーさんと呼ばれている謎の老人が訪れた。


向谷とセルマーは、井上と佐久間が、ほんの数ヶ月前までいつまでもCOTTONの窓辺の席で柚たちと音楽の話しをしていた高校生だと聞いて咳き込むほど驚いたが、そこはミュージシャン同士。一般の人々には理解し難い魂のレベルの繋がりがあるようで、たちまち何十年来の親友のように語り合いはじめた。


井上たちと向谷の歳の差は実に30年、

なのに2人が敬語で話しかけてくるので、

向谷は恐縮しきりだった。そんなやり取りを見つめながら、COTTONのママは、やっぱり迷子町でお店を始めてよかったと一人しみじみと実感していた。


向谷は仕事でギターを弾き、セルマーは既に趣味になっていたが、未だに毎日サックスを吹いていた。

セルマーがまるで当然かのように井上と佐久間に「勿論、君らもまだやっているんだろ?」と尋ねると、2人は互いの顔を見合わせてバツが悪そうに頭を掻いた。


「僕は…私はもう全然叩いていません。静かな住宅街に住んでますからねぇ、サイレントドラムもあれはあれでけっこう響くんですよ。でもね、井上は自分の店が暇な時に弾いているみたいですよ」

佐久間が言うと井上は照れくさそうに「よせよぉっ!」と親友の軽口を制して、

「お2人とは比べようもないです。お遊び程度ですよ。ただ、私も向谷さんの影響ですかねぇ、歳をとってからパコ・デ・ルシアを聴いて愕然としましてね、エレキからアコースティックに切り替えまして、

勿論、今でもベックのコピーとかもしますけどね、いや、全然大したことないんですけどね、弾いてます」と言った。青年のようにはにかむ井上を見て、セルマーが嬉しそうに微笑んだ。


「佐久間さんも、今でもやればすぐ勘を取り戻しますよ」向谷がやっぱり真顔で言うと佐久間は目を見開いて「とんでもございませんよー!」と顔の前で掌を左右に振った。そして「仲間を見ていてもコピーの連中は趣味にとどめて、みんなやめてますね」と困ったような笑顔を見せた。


「そこにいくと、なんだろうなぁ、柚たちは楽しみだなぁ」セルマーはどうやら本音で呟いているようだ。「紛いなりにもオリジナル沢山持ってますからねぇ」と向谷が言うと、ママが「え!まがいっ!?」と目を剥いた。その顔を見てみんな吹き出してしまった。


「でもね・・・」

ママが神妙な顔をして「でもね、あの3人はなんだか好きなの。凄い感性だとわたしは思うの。それはわたしがバイトで雇っていて親しくなってるから?身内びいき?」と4人に訊ねた。


すると、向谷は急に真面目な顔をして 「ううん。さっきのは冗談っ、あの子達はいいと思ってますよっ」と言った。それを継いで、セルマーも「俺もあの子たちは確かに磨けば光ると思うんだ」と言い、佐久間が「彩音ちゃんは痩せたらかなり可愛いいと思うんですよ?どうでしょう?え?ハズした?」と閉じたところで、また笑いに転じた。


井上が「夢ちゃんは優等生タイプでしょ?真面目なところがね、一生懸命なところが可愛くてねぇ。あーどうしよう。やっぱり俺あの子好きだわ」と言うと、ママが「自分が偏ってるじゃないのねっ!」とツッコミを入れるて、又みんな笑った。みんな実によく笑う飲み方をする。


向谷は仕事が仕事なだけに真面目に「彩音ちゃんはセンスがいいというか、他人の音をよく聴いて包み込むタイプですよね」と論じた。佐久間もそれを受けて 「あー、わかるなぁ、俺もバンドのセンスはベースで決まると思ってるんだけどね、あの子はまるで女細野晴臣だよね」と頷いた。


しばらくの沈黙の後「で、柚だな」とセルマーが呟くと、みんなが頷いた。


それからはみんなの柚の褒め言葉だか貶し言葉かわからない寸評が交わされた。


「うん。柚ちゃんはさっぱりわからないね」と向谷がクスクス笑うと、佐久間も井上に向かって「あの子の曲の時だけはみんな悩んでたよねっ?」と同意を求めた。


「そうだったなぁ。なんだかね、変な癖があるんだよ。作る度にバンドのカラー無視してるしなぁ」井上は大いに頷いた。

「このメロディとこのリズムに、この詞乗せるか!?と思ったりしたけど、意外と聴けたりするところが又不思議なんですよ」

向谷が以前、柚に「何を聴いてきたの?」と尋ねた真意が明かされた。


「こういうのは普通こう仕上げるだろ?ってある程度出来る人間は、なんて言うのかな、悪く言うと型に嵌るんだな。その方が楽だからね」セルマーが言うと、井上が憎々しげに 「で、こうしようよ?って言うと、こっれがヘラヘラしてるわりにきかん坊でさ、きかないんだよ!これが!」と記憶が甦ったのか本気で怒っているらしく、みんな大爆笑した。


笑いが途切れたところで向谷が「僭越だけれど、僕達であの子たちのこと、なんとか出来ないでしょうかねぇ?セルマーさん?井上さん?佐久間さん?」と、それぞれの顔を見た。


腕組見しながらセルマーが天井を見上げて「実はね、ぼんやりとなんだけれど、俺もそれは考えていたんだよ。昔のツテなら、まだ無いこともないんだ」と、枯れた声で言うと「僕も仕事柄それなりにコネはあります」と向谷が言い「俺も知り合いにPOWERRECORDSのお偉いさんがいるけど何か役に立つのかなぁ?」と腕組みして首をひねった。


ママはその光景を見ているうちに自分でもわからない感動で涙が溢れ出てきて慌てて振り向いてハンカチを目にした。


その時に黙ってブランデーを飲んでいた井上が、あ、と小さく声を上げて、みんなが井上の方を向いた。


「いやぁ、あのですね、うちの店に老舗のライブのマスターが来るんですよ。」と言うと、向谷が困り顔をして「残念ですけれど、今のライブハウスはダメでしょう?ほとんどの店がチケットノルマで食いつないでいるのが現状ですから。有名所は既成の有名アーティストしか呼びませんし」申し訳なさそうに囁いた。


「いや、それが、あの新藤浩市さんなんですよ」井上の言葉を聞いても、実際にはまだ三十路に入ったばかりママにはなんのことかさっぱりわからなかったが、全員が「え!?」と同時に声を上げた。


ママが「その新藤さんは有名人なの?」と井上に尋ねると、セルマーが代わりに答えてくれた。


「新藤浩市さんは歳は俺くらいかなぁ?元SBCソディのヒットメーカーでね、新藤さんが発掘したアーティストは必ず売れたんだな。ところがだよ、何せ昔気質で短気な奴だから会社の上層部と一悶着あってね、75年たったかな、会社を飛び出して、ライブハウスを開いたんだよ」


向谷がセルマーの後を継いで喋りはじめた。「直接は僕も知りませんけれど、先輩たちから武勇伝って言うんですかね、伝説を沢山聞きましたよー。新藤さんはソディを辞めても自分のライブから有名アーティストを何人も排出してきたんですよね?たぶんママも名前を聞いたらわかると思うけれど、The Alfaとか、隅山清春とオメガドライブとか、女の子3人のCubicSugar、タラ、河上栄吾、パンクのANARCHYHEAD、わ、キリがないや」


ママは俯きながら、スマートフォンで画像検索しながら「あーあーあー!はいはいはい。わかったぁ!」と首を何度も上下に振った。


「まだ渋谷FLIGHTやってるの?」恐る恐る佐久間が井上に聞くと、井上が少し困り顔で「やっているんだけどね、ほら、ご存知の通りの人だからね、短気でしょ?人が良いでしょ?そこ持ってきて十把一絡げみたいなアーティストしか来ないでしょ?家賃高いでしょ?渋谷から移転したんだよ」と言うと、3人ともに「あーあーあー」と溜息をついた。


「今は、ライブじゃなくても発信する場所は沢山あるものねぇ」佐久間が困ったような笑い顔をすると、みんなも頷いた。


「でもですよ?でもねっ、新藤さんはまだ新しい何かに飢えてるみたいですよ?」井上が言うと、向谷が「昔のままなんですね?柚ちゃんたちと会わせたいですねぇ?なんだが化学反応起こしそう。アハハハ」と笑った。


「あの人は未だにどんなに客を呼べない奴でも、見どころがあればチケットノルマを課さないんだそうです」井上が言うと、セルマーが「いや、あの子たちは友達多いからそれは心配ないだろう。俺なんか、最初は誰も聴いちゃいないキャバレーのハコバンからだったからな」と苦笑いを浮かべた。


「また会う時があったら、あの子たちにこのことを伝えてみましょうか?」向谷が言うと、シニア3人はグラスを高々と上げた。それを見てママもグラスを上げ、5つのグラスが小さく音を立てた。




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(C)2009-2017 チャット ルブル <info@luvul.net>


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