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バンドの物語  作者: cotton
3/4

第3話   それぞれの時間

主な登場人物


宮原 柚 高2 海辺之美少女倶楽部作詞作曲ギター担当

好奇心旺盛で休み時間は元気なのに、授業中は大人しくて照れ屋な突拍子のないおかしな子。


米倉夢路 高2 海辺之美少女倶楽部作詞作曲ピアノ担当

スレンダーでおっとりしたメガネっ子。メガネを外すと美人という設定だがなかなか外さない。


藤井彩音 高2 海辺之美少女倶楽部作詞作曲ベース担当

ぽっちゃりとデブチンの境界線にいるさっぱりした老舗旅館の女将みたいな子。

たぶん痩せたら可愛いかも。


細田玲奈 高2 ガールズバンドBITTERPEACHのリードギター担当(元海辺之美少女倶楽部)

垂れ目で優しそうなのに、チクチクと時々皮肉っぽいことを言うけど根はいい子。


仁科禎介 明路大学文学部演劇学科1年

背が高くて賢くて、クールに見えるのに優しいというまるでアニメに出てくるような柚の先輩。


井上信如(66) 元SECONDHANDSエレクトリックギター担当 嘗て海辺之学園にタイムワープ通学

していたが、嘗ては長髪だったが、今はロマンスグレーな寡黙で怪しげな顔の紳士。


佐久間冬樹(66) 元SECONDHANDSドラムス担当 井上のバンド仲間

嘗ては、超ロングなカーリーヘアーだったが現在はかなり頭髪が薄い。


琴音さん(31歳) カフェCOTTONのママ 

常に左右のコメカミにトクホンを貼っている女給さんのコスチュームが好きな義理と人情に厚い絶世の美女。皆から「やりてババア」とか「イカズゴケ」と呼ばれている。


セルマーさん(70代)COTTONの謎めいた常連

今は警備のアルバイト 嘗てはプロのサキスフォン奏者でオーケストラの中にいらっしゃったお方。


向谷 尚(37歳)音楽教室のギター講師 スパニッシュギターの名手

温厚で穏やかなCOTTONの常連さん いつも謙虚で前向きなお方






春休みが終わり、柚たちは高校2年生になった。

軽音部の部長は、ホッピー小川からネモ艦長こと根本ニャン吉に代替わりした。

もっとも部長はお飾りのようなもので、実務をこなすのは2年の副部長だ。

例えれば部長は象徴天皇、副部長が総理大臣と言うところだろうか。新入部員を前にして新部長の挨拶はエキセントリックだった。

「おまえらー!小川さんと違って、わたしは甘くないわよっ!でも、一部の男子には甘いわよっ!キャハッ」

天皇根本、相変わらずオカマキャラ全開であった。 ・


副部長は学生なのにOLに見える、あの大野絵梨が務めることとなった。

これには誰にも異論がなかった。

そして、新しく入部してきた1年生たちは、ほとんどがコピーバンドで、6グループ23人、その中にタイムワープ入学が7人いた。

軽音部では、大きなコンサートは年に4回しかない。春の野外コンサート、秋の文化祭、冬はXmasコンサート、そしてラストが卒業生のサヨナラコンサート。 あとは、その合間合間に視聴覚室で土曜日の度に有志3バンドくらいでミニライブをするのと夏合宿が行事だ。


5月の或る日のカフェCOTTONの店内、相変わらず小さく切ったトクホンを左右のこめかみに貼り付けたママが、白い絣の着物に鶯みたいな色のエプロン姿でカウンターの中にいた。


柚も、春休みなのに学校の制服に、やっぱり鶯色のエプロン姿でカウンターに腰掛けていた。

「暇ですよねぇ」頬杖ついて柚がぼやくと、ママは背筋を真っ直ぐに伸ばして、入り口を見つめたまま「バイト料同じなんだから暇な方が楽じゃな〜い?」と言った。


柚が顔を上げて 「えー!忙しくたって色々な人の顔を見たりお話し聞いてる方が楽しいですよぉ」と言うと、「柚!偉い!もー決めた!あんたに60年後この店譲る!」とママがやっぱり真っ直ぐ入り口を見たまま嬉しそうに笑った。


しばらく頭の中で計算して「そしたら、わたし76じゃん!」

柚の言葉にママは失笑しながら「どうでもいいけど、あんた計算遅い!あのね、金曜日っていうのはね、お勤めしてる人たちは居酒屋さんとかに同僚と行くの。それから来るのかもね」と言った。


その時である、扉が開いて初老と言ってもいい年代の紳士が2人お店に入ってきた。

「やぁ、懐かしいなぁ」「探すの大変だったぁ」「やっぱ、迷子町だわ」

2人はハンカチで額の汗を拭いながら口々にぼやいて、カウンターに腰掛けるとモスコミュールとジンバックをオーダーした。


柚がお通しのカシュナッツを出すと、2人はしげしげと柚の顔を見つめた。

一人は役者で言うと本田博太郎みたいな怪しげな紳士で、渋いと言えば渋めの紳士で、

もう一人は優しげな、そう芸能人で言えばモト冬樹のような雰囲気の髪が薄い紳士だった。


ママは飲み物を2人の前に置くと「井上くん、佐久間くん、お久しぶりっ」とニッコリ笑った

「ママのお知り合いですか?」柚がママの耳元で囁くと「柚のお知り合いでもあるわよ」とクスクス笑った。


「ギターは上手になったかい?」髪の薄い紳士に人懐っこい笑顔で話しかけられると、柚は大いに混乱した。本田博太郎の方は、クックックッと俯いて笑った。

「THE SECONDHAND'S のドラムだよぉ!俺、佐久間だよっ!こいつが井上っ」

モト冬樹が苦笑いしながら薄い髪をかきあげた。


「井上君と佐久間君って……え!えーっ!!?井上先輩と佐久間先輩!!あの髪が腰まで長かった井上先輩とカーリーの!?」

1969年から海辺之学園にタイムワープ通学していた時は高校3年生だった2人は卒業と同時に48年も年齢を駆け上がっていたのだった。

「俺はサラリーマンだったけれど、去年めでたく 退職したよ。井上は品川の旗の台って所でバーをやってるんだよ」佐久間は、まるで学生のような話し方で柚に近況を教えてくれた。

井上はモスコミュールから口を離して深い眼差しで柚を見つめながら「大人になったらおいでね」と微笑んだ。 柚は(あぁ、この深い眼差しに夢路はとうとう口にしなかったけれど、内心まいっていたんだ。眼差しだけは歳をとっても変わらないんだなぁ)と思った。


柚には人の目をじっと見つめて話す井上より、いつも困ったような苦笑いを浮かべている佐久間の方が気楽だった。 柚の心は、数ヶ月前まで2年先輩だった2人が初老の紳士になって親しげに話しかけてくるというこの状況をいきなりは飲み込めなかった。


不思議に思ってママに「どうしてすぐに井上先輩と佐久間先輩ってわかったの?」と尋ねると「何年COTTONやってると思ってんのよ!」と大いなる自信があるようで自分の左胸のあたりをトンと叩いた。 「何年だっけ?」と聞くと、ママは「4年。テヘ」と答えて顔を両手で覆って、はにかむふりをした。 柚が「短いよね?短くないですか?短いですよね?」と元先輩に同意を求めると、ママは「おだまりっ」と柚を一喝した。


それから、井上と佐久間は、ぽつりぽつりと卒業以降の人生を語ってくれた。バンドメンバーは別々の大学に入ったと同時に学生運動の波に飲み込まれ、たちまち空中分解。柚にはさっぱりわからないが、それぞれが思想の相違なるものに翻弄されたのだそうだ。


「面白いんだぜ。意外とね、俺みたいに貧乏な家の人間は貧しい故に親の期待に応えようと一流企業を目指してさ、それなりの家柄の人間が学生運動に目覚めちゃったりね」そこまで話すと佐久間はハッとして言葉を止めた。 すると、井上「うぶだったんだね。そういう奴は、こうしてうらぶれるわけさ。クックックッ」と笑った。


一瞬の気まずいムードが柚の「井上先輩って歳をとっても怪しさ全開ですね!」の一言で笑いに転じた。 「星野さんと大島さんは?今でも4人で 会ったりするんですか?」大人の感傷はおかまいなしに柚が尋ねると、2人は互いの顔を見合わせて「2人ともね、もういないんだ。もう会えないな」と佐久間が答えた。


もう1人のギターとボーカル担当だった星野は親の跡を継いだのだが、その会社が倒産して56歳の時に自殺し、ベースの大島は47で自宅の玄関を出たところで心不全で亡くなったとのことであった。有名な広告代理店に勤務していたのだが所謂過労死だろうということであった。


「今日はその大島の命日だったんだよ。2人で墓参りにね、うん、墓参りしてきた帰りなんだ。」柚は、井上の言葉を聞いて、人生はなんて儚いんだろうと思った。 Xmasコンサートと卒業コンサートでの若さの真っ只中にいた2人にそんな未来が待ち受けていたことを知って、泣きたいのをぐっと堪えた。


その時、黙って3人の話しに耳を傾けていたママがカウンターにお猪口を六つ並べた。綺麗な模様の江戸切子のお猪口には揺らせば零れるほどの冷えた日本酒が注がれた。ママは「柚、あなたも飲みなさい」と言った。


「ママ、ありがとう」井上が感謝して頭を下げると、佐久間が「帰る時までこのままにしとこう。で、帰る時さ、おまえが星野のを飲めよ。俺が大島の代わりに飲むから」と佐久間が寂しげに笑った。


「献杯!」


三人がお猪口を上げた時に、危うく柚は『乾杯』と言いそうになった。

そうか命日なんだ。心の中で頷いて、お酒をなるべく味わわないように一気に飲み干すと、

柚が大真面目に「苦いなぁ……人生のように」と呟いた。


それを聞いて3人が同時に笑った。

「ナマ言ってんじゃないよっ」ママが窘めると、井上はニヒルな笑いを浮かべて

「そのうち、その苦さの中に美味しさが見つかるかもね」と言った。

「そうだねぇ。苦々しいことが沢山あったけれど、捨てたもんじゃないってことも、

甘味や旨みもあったかなぁ」 佐久間も自分に言い聞かせるように呟いた。


そこに、扉が開いて私服の夢路と彩音がやって来た。

「おーい!柚ー!ママー!」2人は胸のところで手を振りながら入ってきて、

カウンターに腰掛けるとソーダ水を注文した。

佐久間と井上は自分の娘でも見るような慈愛に満ちた眼差しで微笑みながら2人を見つめた。

視線に気づいた夢路と彩音は屈託なく紳士2人に「こんばんは」と挨拶した。

そして、すぐに柚の方を向いて「なんで制服なの?」「そうだよ!春休みじゃん」といつものお喋りが始まった。 「なんかね、ある種の人たちには制服の方がウケがいいんだって」 「そーなんだぁ!?」


柚と彩音の会話中、夢路の頭の中に何か引っ掛かるものがあった。

隣の二人の紳士だ。

目の前のボトルが並んでいる棚の中は鏡になっていて、

そこに佐久間と井上の顔がボトルの隙間にチラチラと見えるのだが、どこかで会った気がする。

夢路は膝のところに両手を付いて丸い椅子をくるりと回転させて、井上の方を向いて尋ねてみた。

「あの違っていたらごめんなさい!もしかしたら…………井上先輩と佐久間先輩ですか?」


シニアになってしまった2人はニッコリと微笑んで立ち上がると、

佐久間が 「夢ちゃん。彩音ちゃん。」と声をかけ 「48年待ち遠しかったぜっ」と井上が頭を掻いた。

夢路の背中越しに彩音も二人を見てびっくりして口がポカンと開いたままになってしまった。

しかし、柚も感じたとおり、歳をとっても眼差しは変わらないということを夢路と彩音も感じた。

二人も立ち上がり交互に入れ替わりハグを交わした。「この歳で十代とハグしちゃったよ!」佐久間が明るく声を上げるとみんな笑った。


夢路と彩音にとってはほんの数ヶ月だが、佐久間と井上にとっては1969年から2017年まで、48年もの月日が流れていたのだ。 夢路と彩音の気持ちを描くことはとても難しい。時空を飛び越えた邂逅の驚き、そして懐かしさ、人が歳をとり変わってしまうことの寂しさ、変わっていない心に対する喜び、そういったあらゆる感情をかき混ぜられたような気持ちとでも言えばいいのだろうか。いくら時空を飛び越えた海辺之学園とは言え、その学生たちの中に於いても、みんなが皆再会するわけでは無い。これは稀有な再会だったのだ。


六人ともいつまでも話しが尽きなかった。それもそのはず、48年の月日を往復するわけだし、

そこに未来の話しまで入って来るのだから尽きるわけもない。

しかし、柚たち三人には門限がある。

ママが柱時計を見て、大貫妙子の『Shall we dance』を流すと、佐久間と井上が「おっ『王様と私』だね」「デボラ・カーだな」とうっとりと目を細めた。

「先輩!次に会う時までは社交ダンス憶えておこうか?」柚がそう言うと、

「今門限何時?え?10時?早いなぁ。せめて門限がシンデレラの時間まで延長される頃になったら踊ろっ」と井上が笑った。


別れを惜しみながら柚たちと井上たちは互いの連絡先の交換をした。

そして柚と彩音は先にお店を出た。夢路は扉の前で井上と佐久間を見つめて

「先輩!あの日のダンス、とても素敵な時間でした!」そう告げるとお辞儀をしてから出て行った。

二人がにんまりとして余韻に浸っていると、もう一度扉が開いて、

メガネを外した夢路の上半身だけが現れて二つ投げキッスが飛んだ。

そしてまたすぐに扉が閉まった。


「チキショー!」「まいったなぁぁ!」井上と佐久間はまた恋に陥りそうになった。

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