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バンドの物語  作者: cotton
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第2話  ふたつの恋

あの『海辺之学園軽音楽部クリスマスコンサートat黄昏市市民会館大ホール』の日から、あっという間に時は流れ3月1日3年生の卒業式が終わった。


3年生たちは進路も決まり、長い春休みが始まる。残す行事は3月27日の卒業記念コンサートを待つだけとなっていた。軽音の(元)部長小川は沖縄の国立大学に合格。いつもの口癖「ヒッピー!ハッピー!大ホッピー!」が「ヒッピー!ハッピー!泡盛薄くして!」に変わっていた。


そして、何かと柚のことを気に掛けてくれた演劇部の、やはり(元)部長になった仁科は、名優と言われた役者たちを数多く輩出したことで有名な明路大学の文学部演劇学科に合格した。


或る日のこと、柚はその仁科からデートに誘われた。柚は、過去にも何度か仁科に誘われて東京の明大前や下北沢の小劇場に行ったことがあったのだが、それをデートだとは思っていなかった。だから、今回、桜桃島の水族館に誘われたのも、お芝居を見に行った時と同じような感覚で受け止めていた。


桜桃島は、迷子町の彷徨海岸のはずれから橋を渡った所にあるサクランボのように並んだ二つの丸い島のことで、地元の若者達からは『チェリー島』と呼ばれていた。


ビーチから見て、右の島には展望台、左の島には水族館が在って、永遠に夏の終わりの黄昏時のままのこの町故に、三月でもその気になれば海水浴ができることから、夏よりも、寧ろ冬のリゾート地として知る人ぞ知る場所であった。但し、クルマやスマートフォンのナビでは見つけることはできない。それが迷子町なのだ。


とにかく柚は、そのチェリー島に「俺の愛車で行かない?」と仁科から誘われた。 仁科の愛車というのは、古ぼけてくすんだ色の白いベスパだ。学校にもそれで通ってきていた。柚は『ローマの休日』に出てくるのと同じ形のそのスクーターが気に入っていた。


お芝居を見に行った時は電車だったので、それなりに流行りの服を着ていたのだが、その日は地元なのでどんな服装でもかまわない。しかも折角のベスパなので、ふざけ半分に映画のオードリー・ヘップバーンを真似て白いオープンカラーのブラウスに、腰の辺りを締めつけたミモレ丈のサーキュラースカートという出で立ちで、家の近くの公園のベンチに腰掛けて待っていた。


仁科は、9時ピッタリに現れた。スクーターを公園の入口に停めて歩いてきた彼は、白い開襟シャツとベージュの麻のスラックスというどこかレトロな雰囲気の姿で「お待たせ」と、ニコリと笑った。そして、柚をしげしげと見つめると拳を口元にあてて「ハハハハハ『ローマの休日』だなっ?」と笑った。


「デヘヘヘ」と照れくさそうに柚が笑うと「その笑い方はやめろ」と仁科も笑った。彼は笑ったまま「ほら、宮原にやるよ」と帽子を柚に差し出した。それは一見するとカンカン帽にそっくりな、実はヘルメットだった。あごひもさへ無ければ普通のカンカン帽だ。「かぶってみなよ」と言われてかぶってみみると、仁科は本気で笑った。「いいぞぉ!宮原ぁ!おまえ帽子似合うなぁっ!」と益々笑いが止まらないようで、柚は大至急鏡を見たいと思った。


スマートフォンのカメラで確かめようとしたが、そんな暇も与えてくれず、 「さっ、行こうか」と仁科にうながされてベスパの所まで行くと、ハンドルに風変わりなヘルメットがぶら下がっていた。「変なヘルメットぉ?」柚が言うと「えーっ!?レア物なんだぞっ?知ってる?知るわけないか?『初代ウルトラマン』の科学特捜隊のヘルメットなんだぞっ」自慢げに語られても、柚にはその価値がわからなかった。「中野のブロードウェイで買ったの?」と尋ねると「おまえよく知ってんなぁー」とまた笑った


兎にも角にも、科学特捜隊とカンカン帽は桜桃島に向かって走り出した。「仁科元部長ーっ!『ローマの休日』だったらヘルメットかぶらないですよねっ!?」柚が仁科の耳元に口を近づけて言うと「王女が頭打ったら大変だろっ !」と返ってきた。(おぉぉ、王女だってぇ。なんだか嬉しいなぁ)柚の中で気持ちが少し気持ちが高揚した。


桜桃島には30分程で着いた。二人は水族館をたっぷり堪能して、右の島のレストランで食事をして、エレベーターで展望台に上った。エレベーターの扉が開くと濃厚な潮の香りを孕んだ海風が心地よかった。 「わぁ」思わず柚が声を上げた。 二人で展望台をくるりと一周してみると珍しいことに誰も人がいなかった。


「俺、何度も来てるけれど、こんなの初めてだよ」仁科の言葉に、一体彼が誰と来たのか気になった柚だが、何も言わずにいた。「宮原もだろ?」「うーん、わたしも誰もいないの初めて」その答えを聞いて、仁科も柚が誰と来たのか気になったので「柚はここ誰と来たことある?米倉や藤井や米倉や藤井?」と、さぐりを入れてみた。すると柚は「二人しか友達いないみたいじゃないですかっ!」と抗議した後「ナイショ」と答えた。


仁科は「あ。けっこう予想外の答えだったなぁ」 と呆然とした顔をしたが、逆に柚から「先輩は?」と尋ねられると「ナイショ」と言い返して笑った。


「ややや!怪しっ!」と柚が言うと、冷静に仁科は 「本当は嘘だよ。悩み事があると、よく1人で来てたんだ。」と呟いた。二人は展望台のフェンスに肘をついて頬づえをついたまましばらく黙った。


実は、柚も悩み事があると、独りでここを訪れていた。

濃淡や密度に差こそあれ、悩みは心の体積いっぱいに広がるものだ。

「悩みがあるなら、聞きますからね?」と言うと「めちゃめちゃ心強いなぁ」と笑った。


仁科は、海を見つめながら、急に思い出したように柚の方を向いて「あ。忘れてた!そうだよ!先週小川と来たよ。小川のカブと二人でツーリングしたんだよ」と言った。

仁科は、まだ高校生なのに笑うと目尻に少し皺が入る。

立て皺は良くないが、横皺が入るのは良いと祖母から聞かされたのを思い出しながら仁科の横顔をぼんやりと見つめていた。


「小川さん?それって、うちの部長?そう言えば、よく一緒にいますよね?」

「そうなんだよ。なんだかあいつとはウマが合うんだよな。

そうだっ!あいつ、この前さ、『柚はおまえに譲ろう』とか言ってたぞ」仁科は可笑しくて仕方ないような顔をした。柚はそれを聞いて「ホッピー部長とつきあった記憶はないよっ!」と顔をしかめた。


仁科は柚の怒り顔を見て「小川は面白いよな。『柚は俺のカラダとルックスが目当てに違いない!』ってさ、『ルックスは俺の勝ちだけれど家柄はおまえの勝ちだから譲る』って言うんだよっ、お互いにろくな家じゃないのにな!?ハハハ…」 実に爽やかな笑い声だ。

「も〜、知らない所で勝手なストーリーを作るんだもんなぁ~」

柚は、フェンスの外側に腕と頭を垂らして、うんざり顔をした。


仁科が、かなりの数の女子の憧れの的なのは柚も知っていた。彼は、背が高くてクールで、なのに優しくて、不思議なオーラがあった。二人で会っている時に(なるほどなー、こりゃモテるよね)と内心思うことも多かった。やはり演劇部の3年女子の麻生千紗という聡明で明るい美人とつきあっているらしいという噂もあった。確かに二人並ぶとオーラが2倍だ。


柚は、懸命に屈託ないふうを装って「麻生先輩ともここに来たことありますか?」と聞いてみた。

すると、仁科は極々自然に「麻生?麻生とはないよ?何度かお茶したくらいかなぁ。

3年間同じクラス同じ部活だったから、よく話したなぁ。でも、麻生は中身が男みたいだからなぁ」

と答えた。


(むむむ、意外じゃまいか!) 柚の頭の中が高速で回転しはじめた。

普通の人ならば、その回転を止めてから発言するものなのに、いつも結論が出る前に喋ってしまう。

たとえばこんなふうに、あまりにも唐突な発言をしてしまう。

「え!?先輩ってカノジョいないんですか?」


仁科は困り果てたような顔で意を決して答えた。「え?いるよ、いる……つもり?俺はカノジョと思っているけど、向こうには全然伝わってないのかも」 柚は正直がっかりした。がっかりしたが更に平静を装って、

「それでは、わたくしめが伝書鳩になろうではありませんか?」 「伝書鳩〜!?何時代だよ!?ったく、鳩みたいな顔して」と失望をあらわにしていつものように手の甲を口元に当てて苦笑した。

「じゃぁ、弓矢に付け文を」と恐る恐る伝えると「ますます時代遡ったな?」と吹き出した。

「だぁーかぁーらぁー、その秘めたる思いを回りくどく伝えてきますってば。だいたいいつも毅然としてる先輩らしくないですよぉー。」

柚の言葉にほとほと窮したのか仁科の眉根が上がった。

「まじで伝えてくれるの?でも、回りくどいのね?」仁科はまた苦笑いを浮かべた。


「まじ。まじ。はい、はい、お名前は?」柚は仁科の反応などおかまいなしに小さな鞄からペンとメモ帳を取り出して「全て吐いて、楽にならないか?」と詰め寄った。仁科はこらえきれず「刑事かよ!?」と吹き出した。

「白状するよ。白状します。俺が、ずうっと真意を伝えられなかった……勝手にカノジョと思いこんでいたのは、……実は……宮原柚だよ」柚は心の底から驚いて絶句した。

「え!まさかの同姓同名?」

「おい、おまえ、もしかして今、俺を猛烈に弄んでるだろっ?観客もいないのにふたりぼっちで漫才してどうすんねん!?」

「ほぉっ?」


実は、本当に仁科は柚に恋していた。

「宮原さ、ピンとこないかもしれないし、俺に対してなんの感情もないかもしれないけれど、

これからも………。俺が大学通うようになっても、こうして会ってくれるよな?

ま、できることならカノジョになってほしいところだけれど、無理そうだものなぁ」そう言い終えると、仁科は展望台のフェンスを両手で掴んだまま上体を大きく後ろに反らして安堵の溜め息をついた。

柚は面食らってフリーズしてしまった。

仁科は「はぁ〜、でも、気持ちがさっぱりしたよ」と言って、今度は先程の柚と同じように、

がっくりと頭を落として展望台のフェンスに額を押し当てた。


「え〜と…」柚の声に仁科がフェンスに頭を乗せたまま左に顔を向けた。

「なになに?」「え〜と…光栄ですよぉ」「え!?」 仁科の瞳に光が射してきた。

柚もおでこをフェンスに付けたまま、

「じゃぁ、他の人たちに、わたし、なぁんと、仁科先輩のカノジョなんだぜベイビー!とか言っちゃってもいいわけ?」と聴いてみた。ぷっと小さく吹き出した後、仁科が「う〜ん、言い方が変だけど公言してもいいよっ?」と答えると 「鼻~た~か~だ~か~♪」と出鱈目な歌を唄いながら踊るようにカラダをクルクルと回しはじめた。柚には嬉しいことがあるとクルクル回るという奇妙な癖があるのだ。


※読者諸兄はそんな人間がいるものかとお思いになられることだろう。

だが、筆者の知人にも一人だけ同じ癖を持つ者が確かにいる。


柚がふざけてカラダを回すとサーキュラースカートが綺麗に広がった。

そのスカートは裾が綺麗に広がるように出来ているのだ。

その時、エレベーターのドアが開いて茨城から来た観光客たちが現れた。

「あんれよぉ!いぎなお出迎えだなぁっ!」「たまげだなぁ!」

柚はピタリと動きを止めると、慌てて仁科に駆け寄り、手首を掴んでエレベーターに駆け込んだ。

扉が閉まる間際までパラパラと拍手が聞こえた。


「あー!恥ずかしかったぁ!目眩がしてきた」

「ばかだなぁ〜、宮原、おまえすぐ目が回るんじゃなかったっけ?」

その時であった。不意に、仁科が、まだ真っ赤な顔をして呼吸が乱れていた柚を抱き寄せると唇に唇を重ねてきた。


柚はあまりに唐突な仁科の行動に驚いて一瞬目を見開いたが、やがてうっとりと目を閉じてカラダの力が抜けてしまい、たちまち仁科にもたれかかるような形になってしまった。そんなところでエレベーターのドアが開き、またしても、先程の茨城から観光に訪れた人たちの仲間が現れた。中年男女が抱擁しあう若い二人を見て「おおおお!」と歓声を上げた。今度は仁科が慌ててまだぼんやりしている柚の手を取りエレベーターから飛び出して行った。


帰り道、ベスパに乗った二人は来た時とは全く違う空気をまとっていた。柚は、どうせ犯罪の少ない黄昏市の警察のことだ。パトロールなどしていないだろうとタカをくくって、来た時と同じように横座りして、カンカン帽みたいなヘルメットをおでこが見えるくらい後ろにずらして、蕩けるような眼差しのまま仁科の腰に手を回してピッタリと身を寄せていた。


仁科は、ハンドルを握りながら自宅で飼っている犬との出会いを思い出していた。 犬の名はひょん。

ひょんなことで出会ったからひょんという名前にした。ひょんは公園に捨てられていた雑種の仔犬で、警戒心が強く、近づくと鼻に皺を寄せて、生意気にも仔犬のくせに牙を剥いた。

ところが抱き上げると、一声だけキャン!と吠えたが、次の春化には腕の中で胸にすがりつくように甘えてきた。


牙を剥いたりはしないが、どこか、ひょんと柚は似ている気がした。柚は、とぼけたり、おちゃらけたりして、なかなか心開かず、長い間、先輩後輩の垣根を超えず、喋ると敬語のままだった。そんな柚が展望台から砂浜の方に向かって散歩した時は押し黙ったまま身をすり寄せてきた。


砂浜に腰を下ろして海を見つめていた時も、仁科の胸のあたりに頭をもたれさせて黙っていた。

仁科が我慢出来ずにキスをする度に、されるがままにまぶたを閉じて受け容れ、

唇が離れると何度も溜め息を漏らして、また胸のところにもたれた。


仁科は柚が愛おしくてならず、髪にも幾度もくちづけをした。

柚は髪の先にまで神経が通っているかのように唇が髪に触れる度にまた溜め息をついた。

ほんの六、七時間前まではいつもと変わらぬ柚だったのに、たった一度唇を重ねただけで彼女は著しい変化を遂げた。仁科はそんな柚が愛おしくてならなかった。


柚には、来た時と帰り道の景色がまったく別世界に見えた。海も夕陽もまるで甘い甘いメイプルシロップを掛けられたみたいに見えていた。実はシロップをたっぷりとかけられてしまったのは柚自身で、彼女は自分をまったく客観視できなくなっていた。


ベスパは来た時と同じ公園に辿り着いた。

柚はカンカン帽を胸に携えてと子供じみた喋り方で「今日、柚にしてくれたようなこと、他の人にしちゃやだ」と言った。「

誰かれかまわずするかっ!」と仁科が笑った。

柚が甘ったれた声で「じゃ、も一度誓いのキスして」と俯いて言うと、

仁科はベスパから降りて柚を強く抱きしめると、うんと大人のキスをした。


その時であった。又しても、塾の帰り道の夢路と彩音が公園の前の道を通りかかった。

二人はとんでもなく刺激的な光景に出くわして呆然とした。 ・


「ねーねー、収まるところに収まるってさ、こういうことを言うのっ?なんか微笑ましいなぁ」

彩音が仁科と柚を見ながらぼんやりと呟いた。

どうやら彩音と違って夢路は偶然に出くわしたこの光景に予想外にショックを受けたようだった。


実は、意外なことにぽっちゃり体型の彩音には恋人がいるが、

スレンダーでメガネを外すと男子から「おお!」と言われる彩音には特定のカレはいなかった。

夢路は恋愛に対してはまったく奥手だったのだ。


おそらく第三者が見たら、凡その人は夢路のほうが男子からウケるように見えるだろう。

だが、現実には彩音に告白してきた男子の方が多かった。

彩音にとっては失礼な言いようだが、彩音と比べて、夢路はおそらく特別な人がいそうに見えたというのが理由なのかもしれない。


彩音は何も答えない夢路に顔を向けて驚いた。

夢路が放心状態から醒めぬまま頬に大粒の涙を流していたからだ。

その涙の理由は彩音はもとより、実は夢路本人にもわからなかった。

冒頭で書いた通り、柚は中1の時から夢路に恋にも似た憧れの気持ちを抱いていた。

そして、実は夢路も柚に対して恋愛に似た感情を持っていた。

では、それが同性愛なのかというと、それとも違う。

疑似恋愛というものなのかもしれない。

男女間にありがちな打算も駆け引きもない、なのに恋愛感情にとてもよく似た思い。

それを無色透明な恋とでも言えばいいのだろうか。

夢路は、いつまでも、柚と子供の時間を共有して、じゃれあっていたかった。

だけれど、今、それを仁科によって奪われてしまったような気がした。

夢路は深呼吸するとメガネを外してハンカチで涙を拭いた。

「あれ?どうしたんだろ?わたし?感動の涙かな?」

夢路は笑って自分の気持ちをごまかすと、彩音に向かって「おじゃま虫撤収!」と言った。


彩音はなんとなく夢路の気持ちがわかるような気がした。彩音の中にも、柚にはいつまでも変わらないでいて欲しいという気持ちがあった。それが偶然にして、変わってしまう瞬間に立ち会ってしまったような喪失感があった。 ただ、夢路と違って、彩音にとっての柚の位置づけは最高の親友であって、恋愛感情はない。二人の奇妙な喪失感には少しばかりズレがあったが、兎にも角にも二人はとぼとぼと道を変えてそれぞれの自宅に向かった。



時は流れて3月26日。とうとう卒業生主役のさよならコンサートが行われる日になった。この日、柚たち在校生はスタッフに徹して、卒業生を輝かせてあげるわけだ。 海辺之学園では、軽音部だけでなく、全ての部活に於いて、在校生の春休みの前日は、卒業生が主役で、在校生がそのお手伝いして様々な催しをするという慣わしがあった。

仁科のいた演劇部では卒業生だけの芝居をすることになっていた。勿論在校生は黒子に徹することになる。

体育会系では卒業生たちと在校生たちのの対抗試合が恒例だ。

野球グランドではあのOLこと大野惠梨がやけに短いスカートの制服で始球式のピッチャーを務めて場内を湧かせていた。「大野はなんだか艶かしいなぁ~。制服がコスプレにしか見えんもんなぁ」とコーチが呟くと、マネージャーが思い切り顔をしかめた。


ブラスバンド部やチアリーディング部やダンス部は体育会系の連中と絡みがあるので体育館を使用しない。問題は卓球部やバドミントン部だが、お先にやらせてもらいますからと譲歩してくれて、運動部の後で、演劇部、軽音部の順で演目が進み、軽音は大トリで使わせてもらうことになった。

そして、放送部からも6人の卒業生がMCで呼ばれた。


演劇部の卒業生は9人、仁科の脚本はシュールだった。そして、優しいキャスティングだった。

今までは脇役に徹してきた仲間を主役に据えて、比較的に主役を務めていたことが多かった者を脇に据えた、まさに花道を作ったとも言える演出だった。


そして、軽音楽部のコンサートだが、前述の通りコミカルなバンドが多いのが特徴の卒業生たちは、クリスマスコンサー出演順となった。 ただし、今回は演出は以前より華やかに見せるために様々な工夫をしたようだ。


全員ロボットのような衣装で ゴスペル調の下ネタ満載の歌を唄うアカペラグループ、シーモネーター5人には3人の黒人の女性コーラスグループが応援に来ていた。一体何処から呼んできたのか謎過ぎて、場内がざわめいた。 どうやら 、黒人女性たちは日本語がわからないらしく、下ネタ満載の詞を笑顔で声も高らかに歌い上げスィングしていた。


やたらに艶っぽい女子3人のボーカルが、 夜の匂いが立ち込めるような音を出すギター・サックス・ベース・キーボード・ドラムスのと5人の男子を後ろに従えたP!nk salon special総勢8人だが、シーモネーターたちに負けじと80年代ブラックコンテンポラリーと呼ばれた音楽を演奏した。男子学生の大半の生唾を飲む音が聞こえるほどセクシーなステージだった。


そして、軽音部というより、ただのマイケルジャクソンのモノマネ芸人としか 言いようがない舞蹴瑠寂聴改め、マイケル寂聴だが、やはりダンス部全員を後ろに従えて、最後は競泳パンツ1枚になりカラダ中に貼り付けた電子治療器を使ってまるで感電しているかのように踊るという、何度見てもバカげた、抱腹絶倒のステージを繰り広げた。ちなみにマイケルは本当にお寺の住職の息子で仏教大学に行くことが決まっていた。 マイケルを見つつ暗い客席で、元担任教師が「寂聴………ちきしょー、いい芸を見せやがるなぁ。木魚叩いてるからリズムキープもばっちりだな」と、何処か見当違いな寸評を呟いた。


次が、ボーカルは1年の幼げで可憐な女子で、演奏するのは バイトに明け暮れ疲れきった、

やけにおじさんくさい3年男子4人のCuty Gold+アルファだが、

彼らは観客に向かって「春休みになったお陰でバイトに専念できてありがたいです」と言って笑いを誘った後、『疲れていないあなたって素敵』というとてもいかがわしい新曲を1年の女子に唄わせて、いつもより演奏が活き活きとしていた。


中学生の頃から、恋人が出来るのは夢の夢と諦観していた電子音を多用する不思議サウンドのイカズゴケミドロだが、3人全員が、晴れてボーイフレンドができたことを発表して、みんなから祝福を受けた。

いつもダークな曲を流していたはずが、この日は弾けるように明るい音楽に様変わりしていた。 ・


柚たちのバックでドラムとギターを担当してくれた2人がいる1969年からタイムワープ通学していた正統派ハードロックバンド、SECOND HAND'Sの4人は元の時代の大学に入学するわけなのだが、すぐに安保闘争の波に呑み込まれていくだろうことを悟っていた。


そして、ラストステージ、元部長ホッピー小川率いる,Earth Wind&Fireのコピーバンド,

Mars Wing&Fihterだ!

在校生たちが体育館の天井に巨大なミラーボールを取り付けてくれたおかげで完全なる70年代ディスコを再現できるとメンバーは大喜びしていた。

そしてそれぞれの競技や試合が終わった体育会系の部員も、文化系の部員も、帰宅部の学生達も集まって、ますます観客が増えた。みんながリズムに身を委ね、海辺之学園らしい別れのフェスティバルとなった。これこそがホッピー小川の求心力の成せる技であった。


みんなが踊り疲れた頃合を見計らって、小川が片手を挙げてステージの袖を見て合図を送ると、

放送部の6人が順にステージに現れてナレーションを始めた。


「さぁ、楽しい時間はあっと言う間です。皆さんともお別れの時間が近づいてまいりました。」

「ラストはMARS WING&FIGHTERと卒業生オールスターズの皆さんが、粋な計らいをして下さいますよぉ。」

「1970年代半ばから日本全国のディスコに集まる人々が異様に盛り上がる時間帯がありました。それがチークタイムです。」

「チークって言うのはほっぺたのことだから、頬が付くほど身を寄せるんだね?」

「そのとおり、チークタイムにかかる曲は要するにラブバラード。1990年代にマハラジャ全盛期到来時にはほぼ消えてしまっていたチークタイム。そんな当時の曲を演奏してくださいます。」

「特別な人がいらっしゃる方も、海辺之学園での6年間、ボーイフレンドガールフレンドに恵まれなかった方も、あ、わたしだ」ここであちこちから笑いが起きた。

「さぁ、先生方御公認です!古き良き時代に思いを馳せつつ、公序良俗の反しないかぎり!もう好きにしてください!」


「お~い!男子ー!女子ーッ!たったの2曲だ!ケンカすんなよ!誘われたら断るの禁止な?」

ホッピー小川が叫ぶと男子女子両方から歓声が湧き起こった。

「ステージにいないおまえらが羨ましいぜ!1曲目は『you make me feel brand new』だ!」


オールスターズと言っても、ホッピー小川のバンドメンバー以外は各バンドのボーカリストのみだ。他のバンドの楽器担当者はステージにはいない。 イントロが流れはじめると、驚くべきことが起きた。夢路の周り に卒業生在校生混じえて男子がわらわらと集まって来たのだ。


男子たちは互いの顔を見合わせ、在校生は卒業生に権利を譲り、卒業生同士はタイムワープ入学している実質上の先輩に泣く泣く譲り、気づけば夢路たちの手伝いをしてくれたSECOND HAND'Sギターの井上とドラマーの佐久間2人が夢路の目の前にいた。ぼんやりと惚けたような顔をしている夢路の前で2人はジャンケンを始めて井上はガッツポーズを決め、佐久間は「ノー!」と頭をかかえた。


カーリーヘアの佐久間が「ちぇっ!悔しいけれど俺が先になっちゃったよ。断らないでな?」

と、夢路の手を引いてラブバラードに身をゆだねるように2人のカラダは急接近した。

夢路は自分の心臓の音が相手に伝わるかもしれないと心配になるほど胸を高鳴らせていた。

佐久間は「実は井上も俺も君と会った瞬間同時に惚れちゃったんだ。

でも、俺たちに明日はないからさ。悔しいけどいつか都内の何処かで60代の俺たちと会うかもしれないな。だからさ、お年寄りには優しくしろよ」と言って照れくさそうに笑った。


音楽が途切れると、彼は一瞬強くぎゅっと夢路を抱いた。

そして肩を掴んだまま離れるとにっこりと微笑んで「ありがとっ。次は井上だ」と静かに離れた。


そしてラストに『ENDLESS LOVE』が流れはじめた。

「夢ちゃん」井上は一言だけ呟くと自然に夢路をいざなたった。

夢路は自分の左の肩甲骨の辺りと腰の辺りに井上の手が触れて一瞬ビクッとしたが、

肩甲骨の辺りは指先だけ。腰の辺りは最大限に気を遣っているのか、どうやら掌を手刀のように水平にしているらしい。


「佐久間、全部言いやがったな?」夢路の肩越し、井上の目に手を振って笑っている佐久間が見えた。

「えっと…聞きました。嘘みたいですよぉ、ホントに嘘みたい」

そう言うと、夢路は照れくさそうに井上の背中に細長い指先を置いた。

「俺は、ずっと、言わないでおこうと思っていたけれど、佐久間は言ったんだね?」

佐久間も照れに照れていたが井上はもっと照れていた。

「佐久間に合わせたけれど、俺は夢ちゃんのバンドの手伝いに行って夢ちゃんを知ったわけじゃないんだ。君が中1の時から見ていたんだ。ずーっとね。俺、ロリコンなのかなぁ?って悩んじゃったよ」

お互いに身を寄せて、しかし相手の頭越しに、相手の肩越しに別々の方向に顔を向けていた。

なのに気持ちは通じた。 井上の背中に両手を添えたまま夢路はひとしずく涙を流した。


夢路も5人で練習しているうちに実は井上に心惹かれている自分がいることは自覚していた。

もしもタイムワープ通学している学生ではなかったらと何度も思った。

それが別れ際に告白されるなんて。なんていうことだろう?

夢路が心の中に静かに湛えていたはずの水が揺れて零れてしまいそうだった。



いずれにしても恋は、1曲目のイントロで始まり、2曲目のエンディングで幕を閉じた。




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