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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

三題噺 ~老将の最期~

作者: 如月 恭二

味、白、火の単語を元にした三題噺です。


 白い雲が、男の目に映る。(かぶと)が外れているせいか、それは恨めしいほど綺麗に見えた。

 しわと白髯(はくぜん)をたくわえ、日に焼けた肌は野外の風雨に鍛えられた者のそれだ。

 耳に届くは、潰走した仲間達の怒号と断末魔。

 同じ経験には事欠かない。それが自嘲気味に漏れた感想であった。


 最前列に配置された彼の部隊は、敵の誘導に乗った部隊の救出が目的だった。戦闘状況に移行したのは、つい先程である。

 だが、ただでさえ苦戦を強いられるのが防衛戦の常だ。加えて、奇襲にあって浮き足立っている味方の士気など、最早問うべくもなかった。戦列を整えるにも難儀し、陣を固める指示を飛ばした矢先のことだ。またしても事態は悪化することになった。

 敵の増援である。

 敗走した幾らかの兵が、恐慌に陥り、連中と鉢合わせになったらしい。結局、追撃に乗り出したであろう敵勢力に、あえなく蹂躙(じゅうりん)された訳である。

 思い返すもおぞましいものだ。将も、兵もない、戦いとは名ばかりの一方的な殺戮だった。

 

 視線だけ横にやれば、殆どが味方の屍であることに胸を痛める。顔が分かる者が居た。彼は、もうじき娘が産まれることを喜んでいた。その隣にいる男は、二日ほど前に恋人が出来たことで惚気話をしていたことを覚えている。

 男はまだ小さな孫がいた。新たな命の誕生、恋の芽生えは彼の風化していく記憶に活力をもたらしたものだ。我が身のように喜ばしく思い、酒の席で笑い合った日が懐かしい。

 だがそれが今では、無惨に踏みにじられてしまっている。


 これで悲憤慷慨(ひふんこうがい)の念に囚われずして、何が人か。彼はもはや憤死寸前となっていた。


 ──皆、皆……死んだ。まったく、情けないわい!


 手にしていた得物の感触も無かった。もう長くはないだろう。矢を複数本受けて落馬、混乱した味方に腹を踏み抜かれた。気が狂いそうな痛みに苛まれる。

 気が付けば、遠い日の記憶が胸に去来していた。


 彼は今まで数々の武勲をあげてきた。

 その中には、少なくはない敗北もある。苦々しく、心に突き刺さる敗北の味は忘れようもない。その上に成り立つのが、今の地位だ。

 “老将”と呼ばれ、知恵袋として、或いは嫌われものとして通ってきたことは記憶に新しい。

 孫の産声が天使の歌に聞こえたものだ。


 ──涙が、零れる。


 その一滴に込められた感慨は、えもいわれぬ悲哀と後悔に他ならない。


 敵方の男が、頭上から現れる。

 彼の装備から指揮官に相当すると汲み取ったのだろう。長剣が、構えられる。何事か異教の祝詞(のりと)とおぼしい言葉を紡ぎながら。

 とんだ皮肉である。

 真の意味での闘争こそが無法であり、無慈悲なのだと知っている彼だからこそ、そう感じたのだ。


 ──奪い、犯し、殺す。そうやって、略奪も働いたものよ。……神よ、これが因果と言うものか?


 やがて来る戦火に呑まれるだろう家族を憂い、彼は瞳を閉じる。その感慨は、諦めに近いものだった。


 ──綺麗な空じゃったな。


 蒼穹と白亜の雲を瞼の裏に浮かべたのを最期に、彼の意識は途絶えるのだった。

お爺ちゃん……(´;ω;`)

悲しいのでアメリカンスナイパー観てきます(逆効果)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 諦観は戦場の常。多くの死を見送ってきた老将の苦笑が沁みました。仰ぐ蒼天の美しさに思い至ったのが末期の救いだったのでありましょうな。 ふと思い付いたのは、長篠合戦の折りの馬場美濃守春房であり…
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