第30話 逃げ場は最初からなかった
すごく短いです。
まさかあの相川が俺に対して怒号を飛ばすとは夢にも思わなかった。俺は動揺を隠せず、後ずさる。そんな俺に、相川はさらに詰め寄ってくる。もはや何を言っているかさえわからない。相川が激昂していて、俺が動揺しているため理解が追い付かない。多分、今相川が本題と全く関係のないことをまくし立てていてもわからないだろう。相川がここまですると言うことは、余程何かあるのだろう。その何かが一体どんなものなのかは想像もつかないが、きっと大事なことなのだろう。少し不安になってくるが、俺も引くわけにはいかない。もう金輪際首を突っ込まないと決めたのだ。それに、反応からしても以前より面倒なことになるのは目に見えている。それならなおさら、ここで相川に負けるわけにはいかない。とはいえ、一回押し負けてしまっているのだ。このまま行くと本当に行く羽目になりかねない。ここは一旦何か反論を、と考えたところで、相川がこちらに手を伸ばしてきた。
相川は、素早い動きで俺の手首を掴んだ。それに驚いて、俺は少し固まってしまった。その隙を突いて、相川はもう片方の手を俺に向かって放ってきた。さすがに暴力はあんまりだと思ったが、相川の目的はそうではなかった。相川は俺のもう片方の手首を掴むと、思い切り玄関のほうに引っ張った。俺はよろけて玄関に引きずりこまれる。
「靴を履け」
それはこれまでに聞いたことがないほど威圧感たっぷりの声で、もはや怒声の域を越えていた。俺はもちろん逆らえるわけもなく、大人しく靴を履いた。だがすぐに引き下がる俺ではない。
「わかった。抵抗しないから手を離してくれ。強く握られてるせいで手首が痛い」
「やだね。その隙に逃げるつもりでしょ?絶対に逃がさないから」
なんということだ、手の内を読まれていた。いや、相川なら容易くできるだろうが、冷静さを欠いている今の相川にできるとは思わなかった。いや、実はこの激昂は演技で実は冷静なのか?だとしたら見上げたものである。きっと俳優として生きていけるだろう。しかし今は相川の将来を慮っている場合ではない。唯一の俺の逃走手段が読まれていたとわかった今、俺にできるのはもがくことだけだ。なんとか相川をふりほどき、どこかへ逃げなければ。でもどこへ?
もし上手くいって逃走に成功したとしても、そのうち俺は家に戻ってこなければならない。家事はまだ終わっていないし、働いてくれている両親のために夕飯の用意もしなければならないからだ。しかし相川はどうだろう?昼飯時になっても帰る気配を微塵も見せないこいつは、夕方になって大人しく帰ってくれるだろうか?否、なんとかして説得してくるだろう。よしんば帰ったとしても、相川は明日も来るだろう。そしてそのうち、相川の手からは逃れられなくなる。ならば俺が取るべき行動は一つ、大人しく相川に従うことである。
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