第19話 感謝の理由
短いです
数分ほど笑われて、俺はようやくどうして感謝されたのかを聞くことができた。なお、その時相川はまだ笑い止んではおらず、俺は横目で恨めしそうに少し睨んでいた。
「実は、わたしは事故に遭ったから嫌なことをせずに済んだんだよ」
「それは大怪我するより嫌だったのですか?事故に遭って病室で退屈に過ごすよりも嫌なことなんてそうそうないと思うんですが」
「そう、嫌なの。わたしは走りたくなかったんだ。あと、敬語はやめてほしいかな、気持ち悪いし」
陸上部で見た目も活発なのに走りたくないとは、何かあったんだろうか。いや、あったんだろう。それより、敬語が気持ち悪いってどういうことだろう。きっと自分は普通に話しているのに年上の相手から敬語を使われたら違和感があるということだろうか。だが、俺はお世辞にも美形とは言えない顔をしている。さらには、先ほど年齢にそぐわない噛み方をした。もしかして気持ち悪いというのは俺自身のことなのでは、という不安が込み上げてくる。まあ、そんなことはないだろう。いくらなんでも、そこまで酷くはないだろう。ともあれ、敬語でなくていいのならこちらとしても気が楽だ。
俺が気持ち悪いかどうかはさておき、何故走りたくないのだろうか。本来なら俺にそこまで詮索する権利はないだろうし、なんならここでもう少し軽く雑談して帰ってもいいだろう。しかし、俺には事故に遭ってでも走りたくない理由が気になった。ここまで来て気になったことをスルーして帰るというのももやもやするし、今日は特に用事もないはずだ。たっぷりと話をしてから帰っても遅くはないだろう。懸念するべきは少女の親がここを訪れることだが、相川がそれはないと否定した。勝手に人の思考を読むのはやめてほしいものだ。とにかく、俺は安心して葉山彩がいかにして事故に遭ってでも走りたくないという感情を抱くに至ったかを聞くことができるということだ。話題が話題なだけに話すのを嫌がられるかもと思ったがそんなことはなく、むしろ嬉々として話してくれた。
「最初はすごく楽しかったんだよ。速く走れれば褒められるし、ねだればご褒美だって貰えた。でも、途中で気づいたんだ。わたしには走ることしかできないって。勉強ができない訳じゃなかったけど、成績はクラスの真ん中くらいだったし。だからわたしは頑張って他のことにも挑戦しようとしたんだよ。でも…」
「でも?親が反対したとかか?」
「反対どころじゃない!すごく怒られたもん!お前に走ること以外の何もいらないとかさ、お前が勉強なんかできるわけないとかさ…」
「全否定されたってことか」
「そう。しかも、次そういうこと言ったら絶縁とかまで言っちゃってさ。意味わかんないよ」
「待て、なんでお前の親はそこまでお前が走ることにこだわったんだよ?他のことに熱中したらダメな理由でもあるのか?」
そこまで言うと、相川がこっちをわからず屋、とでもいうかのような目で見てきた。何か言いたいことがあるんなら目ではなく言葉で伝えていただきたい。
お読みいただきありがとうございました。