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第六話 『落第勇者とその仲間たち』

「どっちとも付き合ってなどいなかった。記憶喪失の人間に自分の都合の良い記憶を教え込むなど、お前たちは外道か」


 ディアンは話の通じる女性だった。

 歳は二十歳手前くらいだろうか、褐色の肌が眩しい健康的な肉体美。

 正直、一目で分かった。

 あぁ、この人、剣士だと。


「外道って。酷い言い方しますね。恋する乙女に対して」


 自称恋する乙女、レイアはごくごくと喉を鳴らしてビールを飲みながら言う。

 ……乙女とは?と疑問を呈したくなる光景だ。


「それは私だって同じだ。だが、恋は戦闘というだろう。そして戦闘は正々堂々と、だ」


 それを言うなら恋は戦争じゃないのか。

 戦闘て。言葉的な物騒さが増している気がする。


「私、戦いに手段は選びませんから」


「同じくですね。大体、魔術師というのはそういう生き物です」


「確かにそうだね」


 メイルの言葉にレイアも追従する。

 しかし、メイルにはそれがお気に召さなかったようだった。


「ちょっと、魔法士の分際で魔術師を気取らないでくださいよ」


「……召喚は実質魔術レベルだもん」


「ぷっ、体系化されてしまったら魔術とは呼びません。固有能力でないと、ねぇ?」


「召喚士は世界に数人だし!」


 また諍いがスタートしている。店内でくらい我慢できないのだろうか。

 ここはエルス村唯一の酒場、その名を『フルーツポンチ』と言う。

 どんなネーミングセンスの人間がこの店名を考えたのか小一時間ほど問い詰めたい。アイドルグループじゃないんだぞ。

 まぁそれは置いといて、俺たちは夕方帰ってきた他のパーティーメンバー二人を加えてここで夕飯を取ることにした。


「まったく、飯を食っている最中くらい静かにしてくれないか。飯の味が……ん?味は変わらなくないか?ならいいか、うん」


 残りの二人は、前二人よりもかなり冷静なタイプだった。

 一人はディアン・ギルバート。褐色の剣士だ。

 知的……かどうかは危ぶまれるが、マトモな人でとにかく助かった。

 姉代わり的な存在とし子供の頃からウィルハート君の面倒を見てきてくれたらしい。

 ちょっと俺に対する甘やかし癖があり過ぎるかもしれないが、それでもこのパーティーにおいては良心的存在だと言える。

 しかも、大きい。

 何がって?いやぁ、言わなくても分かってるくせに。

 褐色の年上のお姉さんですよ?

 はい、乳です。

 乳が大きいです。俺の見立てだとF。

 背も大きいですけどね。15歳だという今の身体はともかく、日本の俺よりもデカい。

 恐らく170の後半だろう。

 見るからに強そう……なのだが、俺には凄く甘い。

 いきなり抱きかかえられた時は何事かと思った。

 下手に俺の体が中学生だから、突然のおねショタである。

 まさか実年齢30近い俺がおねショタ出来るとは思わんかった。


「そうね。私は大人だから、ディナーは落ち着いて頂きたいわね……大人?私、大人?もう子供から大人になってしまったの?ということは次は何?老人?いやぁぁぁぁ!!」


 もう一人はアイリーン・クレイフラウ。年上の女性だ。

 ディアンも年上だが、この人はウィルハートと比べて10歳も年上である。

 年齢をだいぶ気にしてるみたいだ。と言っても、俺の精神年齢からすると年下なんだよなぁ……。

 自虐で自爆して自暴自棄になることが多々あるが、それ以外はかなり人格者。

 どうやら昔は冒険者として鳴らした有名人らしいが、今は故郷のこの村に帰ってきて俺の先生をしてくれているという。

 様々なスキル等を教えるための役どころだ。

 なぜ落第勇者にこんな優秀な先生が付いてくれているのか疑問だったが、どうやらまだ期待されていた幼いころに契約で決めていたようである。

 もうそんなもの履行なんてしなくていいと村の人達は言ったのだが、例によってウィルハートを気に入って先生をやることにしたそうだ。


 何というか、ハーレム主人公だよな、ウィルハート君。

 そして俺はそんなハーレムを催眠術で寝取ったみたいな感じすらする。いいのだろうか。

 ……いやだってぇ?戻る方法もよく分からないし、しょうがねぇじゃん?本当のウィルハートの魂がどこにあるのかも謎だしさ。

 こういう入れ替わりモノじゃ、もう一方の精神は俺の身体に入っているものだ。そして近くに住んでいる、かは微妙かもしれないが、少なくとも同じ世界で生きているのだから、生存確認が出来るのが普通なのだ。が、いかんせん俺の身体は別の世界にある。

 しかも下手したらトラックに轢かれて死んでいる。

 つまり、彼の精神が俺の死体に入ったとして、精神まで死んだということも十二分にあり得る。

 そうであれば、俺がこの体で生きていくしかない。

 というか、生きさせて欲しい。

 自殺しろと言われても困る。

 俺がこの身体から日本に帰ったところで、ウィルハートが既に死んでいたら生き返らないわけだし、リスクがね?ほら?

 俺が日本になんて帰りたくないとか、そういうことじゃなくてね?


「……はいお待ち。鶏肉の香草焼き」


 ゴトン、と少し乱雑に皿がテーブルに置かれた。

 一応金を払っている限り客扱いはしてくれるようだが、それでも俺たちが嫌われているのは明らかだ。

 マスターの対応だけでなく、他の客達からも鋭い視線を感じる。

 正直ちょっと居辛い。慣れるしかないのだろうか。


 と思っていたら、その中でも特に剣呑な目で俺を見ていた一人の老爺がこちらのテーブルまで寄ってきて、俺に話しかけてきた。


「落第勇者」


「あ、はい」


 本当にその名前で呼ばれているのか、俺は。

 メンタルの強さが要求されるなぁ。


「貴様、記憶を失くしたというのは本当か」


「はい。事実です。先程まで名前も覚えていませんでした」


「……その口調、確かに別人じゃな。しかし、となれば『儀式』のことも覚えておるまい」


「儀式、ですか?」


 何だろう?

 これまでのレイア達の説明にはなかったように思う。


「その調子では話にならんな。貴様が本物の勇者になり得る最後のチャンスすら逃したというわけか。どこまで行っても落第勇者じゃ。もういい」


「い、いえ。そう言われましても俺にはサッパリ……」


「……ふん。話は終わりじゃ」


 老爺は踵を返したと思えばカウンターに向かい、会計を済ませてそのまま店を出て行った。

 なんだ、あの態度?

 まぁ分かった。いかに俺がこの村で悪い立場にいるかってことが。

 だって、あの爺さんを見ても誰一人怒りを抱いている人がいるようには見えない。

 むしろ俺を見る目が余計にキツくなってしまった。

 しかし……。


「儀式って、なんですか?」


「15歳の誕生日、勇者の一族には固有の力が与えられるの。聖剣の前で誓いを立てることでね」


 答えてくれたのは先生、アイリーンだ。


「それが……儀式?」


「そうだね。あ、私はその儀式の付き添いでウィル君と一緒に聖剣の近くまで行ってたんだよ。でも儀式は一人じゃないといけないから少し手前で待ってて……」


「陽射しが気持ち良くていつの間にか寝ていた、と」


「ご、ごめんね?」


 ぺろっと舌を出すレイア。

 美少女でなかったら絶対に許されない仕草だ。美少女なので許した。


 しかしそうか、俺はどうやらその儀式とやらの最中に入れ替わったのか。

 固有能力なんて得ている気がしないのだが……。


 ……待てよ?

 なんか、使える気がする。

 理由は思い出せないが、俺はそれを手に入れているのだろうか。

 なんだろう、この感じは。

 目に見えないものを握っているような、不思議な感覚。

 そうだ、俺の能力は……。


「何か思い出したんですか?」


 メイルが黙ってしまった俺の方を見て尋ねてくる。


「あぁ、えっと、記憶が戻ったわけじゃないんだけど……」


 俺は今の状態を説明した。

 すると、メイルは。


「私とは結構違いますけど、それは恐らく固有能力の発現だと思いますよ。未知の能力は、最初自分ですら理解出来ないものです」


「あれ?メイルは俺の妹ですよね?俺が今日で15歳ということは、メイルはまだ14歳以下なのでは?双子なのですか?」


「違いますよ。私はちゃんと14歳です。でも、資格とかそういう理由と関係なく、自力で固有能力に至る人間も稀にいるんです。そういう人たちのことを『魔術師』と言って、その能力を『魔術』と言うんです。『魔法』は誰にでも努力と多少の才能があれば使える能力ですが、『魔術』というのはその人にしか使えない能力を指すんです」


「つまり、俺も今日から魔術師?」


「はい。もし使えるのなら名乗ることは出来ます。『特級』を名乗りたければ魔術協会に許可を貰う必要がありますけど」


「魔術協会というのは魔術師をまとめる機関のようなものかな?」


「いえ、元々はそうだったんですけど、今は魔術協会というのは魔術師よりも魔法師の統率を主としていますね。魔術師が魔術協会に携わっても双方不幸になるだけですから。もっとも、魔術というものは魔術協会にとってそのルーツ上敵対することは許されないものですし、魔術師を生み出しているのは魔術協会なんですけど」


 なんとなく理解出来てきた……この妹が、人にモノを説明するという行為において、ドン引くほど才能が足りていないということが。

 マジで何を言っているのかさっぱり分からない。ここまで訳わからなく物を語れるものなのか。


「あー、私が解説しますね?一応、ウィルハート君の先生ですから」


 見かねたアイリーンが助け舟を出してくれる。心底ありがたい。



 彼女の説明はとても明快だった。

 しかし、それでも理解に苦しむくらいに魔術の話は分かりにくかった。

 彼女によれば、こういうことらしい。


 まず前提。メイルは魔法と魔術を完全に分けていたが、それは間違い。

 魔法も魔術も本来的にはなんら変わりない力である。

 大気中のマナを体内で魔力に変換、その魔力によって引き起こす現象。

 大雑把に言えばそういうカラクリだ。

 属性としては『土』『水』『火』『風』がある。図らずとも、地球で言う所謂『四元素』に依拠しているようだ。

 それ以外にもう一つ『無』という属性もあるらしい。これは正直『四属性以外』の現象って意味だ。例えば物を硬くしたりだとか。


そして、属性とは別に『系列』もある。これは主に『攻撃系』『防御系』『治癒系』などの能力の方向性のことだ。

 通常、属性の後につけて『水属性防御魔法』とか呼んだりする。尤も、長すぎてこんな呼び方をする人間はあまりいないし、意味がない括りと言われればそうなのだが、例えば属性ごとに系列の得手不得手があったりする。

 火は攻撃が得意で、土は防御が得意……といった具合だ。

 魔法を覚える時に属性のバランスをある程度取ったほうがいいと言われるのは、このことに由来している。


 魔法の使い方としては、各属性ごとに異なる詠唱を唱えながら引き起こしたい現象をイメージし、最後に技名を唱える。これだけ。

 詠唱というのが正に魔力を『練る』行為に当たるのだという。

 元地球人としてはあり得ないと思ったが、実際にやってみたら手の平から風を起こせてしまった。

 恐らくだが、大気中のマナとやらがこの世界にはあって地球にはないのだろう。そう考えるのが妥当だ。


 話が逸れたが、では何を以て魔術と魔法が分かれているのか。

 それは非常に単純な区別であり、魔術師が使う力を魔術と呼ぶ。

 ここで魔術師とは何なのかという新たな疑問が湧いてくるが、これこそ単純に魔術協会から魔術師と認められた人間を魔術師と呼ぶ……そうだ。

 ランクとしては世界に8人しかいない『特級』から、100人ほどいる『初級』まで様々。

 まぁ100人という数もこの世界の人口からすると相当少ないのだが……とにかくだ。

 要するに、以上のことから分かるのは、魔術師というのは全部タダの肩書であるってこと。


 そして、その肩書の選考基準……これは、魔術協会にとって『関わり合いになりたくない厄介な化物』であることだ。

 なんということでしょう、つまりは『邪魔者認定』でしかないということになる。

 ここでさっきのメイルの話に繋がるのだが、体系化された一般魔法を使っているような人間は基本的にこんな不名誉な認定を受けない。

 どうにも協会では御しきれないような、強いオリジナルの能力を開発している可能性が高い……というか、100%そうらしい。

 という訳で、固有能力があれば魔術師を名乗ってもいいとメイルが俺に言ったのはそういう意味だそうだ。

 しかし……。


「もしウィルハート君の能力がマナや魔力を使わないのであれば、魔術でも魔法でもないということになります。そうなれば、流石に適当な魔術協会も魔術師認定はしてくれないでしょうね」 


「だ、そうだけど……?」


「うぅ……だってお兄ちゃんとお揃いになりたかったから……」


 そんな理由で俺は魔術協会とやらの目の敵にされそうになったんかい。

 ん?でもそれって……。


「結局、どうして名前が『魔術協会』なんですか?」


「それはメイルちゃんの言っていた通り、昔は魔法というものは存在しなくて、あらゆる異能を魔術と呼んでいたのよ。でも、ある時伝説の魔術師・ライズが反乱を起こした結果、魔術というものは禁忌とされるようになって、一般的な異能の力を魔法、道を外れた異能の力を魔術と分けるようになったんです。ただ、教会の名前に関しては自戒として魔術協会のまま残したと言われていますね」


 なるほど。面白いっちゃ面白い話だ。

 しかしそうなると。


「なんでメイルは禁忌の呼び名を喜々として語ってるんだ?」


「え?だって禁忌の方がカッコいいじゃないですか?」


 厨二病かい!


「悔しいけど、それは同意する」


 レイア、お前もか!


「あはは、魔法を主に使う人達はみんなこんな感じなのよ……」


 アイリーンはその病には罹っていないようだ。


「全く、理解出来ないセンスだ」


 ディアンも言わずもがな。

 

 どちらかと言うと低年齢層組といい年してる組に分かれてるだけな気がする。

 魔法を使うか否かっていうか、年齢の問題じゃね?

 いや、俺も肉体年齢的には厨二病真っ盛りでおかしくないんだが……。


「ま、まぁそれは置いておいて……とりあえず、俺の能力を試してみてもいいですか。多分、使えるような気がするんです」


 恐らくだが、使える。

 手足を動かすのと同じような感覚で、構造や理論を理解していなくとも、それを使える感覚がある。

 であれば、やってみるべきだ。

 異世界でチートになれるチャンス!

 ……大概俺も厨二病だった。




 ______________________________________


「さて」


 俺たちは外に出てきた。

 店内で何かを破壊したら俺の評判が更に落ちてしまうからな。

 既に地に落ちているが、地下に埋まるくらいの勢いで下降しそうだ。

 別にぶっつけ本番で実演しなくても、もし強力な能力だと分かったら後で皆に披露して名声を回復すればいいだろう。


「うん。何かあったらフィーに回復魔法をかけてもらうから安心して」


 レイアが少し離れたところから声をかけてくれる。万能だな、フィー。


「ああ、大丈夫だ。何かあったら私がたたっ斬ってやる」


 ディアンも言ってくれる。有り難いけど、言ってる内容は物騒な上に無茶苦茶だと思う。

 俺を叩き斬るのはやめてもらいたい。


「それじゃ……行きます」


 俺の手には一本のフォーク。

 実験に使うという理由でさっきの店から貰ってきた。貰ったと言っても金はちゃんと払ったが。


 意識を集中。

 そのフレーズは自然と浮かんできた。

 当たり前のように、俺の中にあった言葉。

 俺が望んでいたもの。


「『回帰』!」


 次の瞬間、それは起こった。

 鉄で出来たフォークが。

 俺の掌の上で。

 溶けた。


 それは俺の常識ではあり得ない奇跡。

 ここが本当に異世界なのだと、嫌でも理解出来る異能の力。

 そう、これは異常だ。

 異常に……。


「熱いいぃぃぃぃ!!」


 鉄が溶けたら、熱い。

 手が焼け爛れていく。


「が、ああああああ!!!!」


「ウィル君!?……フィー!『治癒』!」


 俺の地獄は、レイアの精霊が手を治してくれるまで続いた。

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