第五話 『犬猿の無力な飼い主』
「俺?」
俺が?イジメられてるの?
なんで?勇者なんじゃないの?
……いや待てよ。
「あの、俺って魔法使えます?」
そう、勇者の血を引くくせに何も出来なかったら、そりゃあ叩かれるだろう。
理由としてはありそうだ。
と考えたのだが。
「使えますよ」
メイルの答えは予想とは異なった。
「あれ?じゃあ体術とか剣術とかは?」
「一応出来るね」
レイアの答えも俺の想像とは……一応?
すごく嫌な予感がする単語が最後についていたぞ。
「強くはないってことですか?」
「……剣を握ったことのない人には勝てるかな」
「才能ゼロですね、それ」
そりゃ勝てるだろうよ。
そんな相手に負けたら才能マイナスだ。
「ちなみに、魔法はもうちょいマシですよ。初級魔法は一通り使えますから。教師である私の教え方が良かったんですかね!」
「メイルちゃんが一人で教えてた頃は何も出来なかったじゃん。初級魔法が使えるようになったのもアイリーンさんが来てからでしょ?」
「私は下地を作ってたんですぅ!」
「どうだか」
「ふん、お兄ちゃんに唯一何も教えてない人が何か言ってますね」
「なっ、召喚魔法は教わるものじゃないんだから仕方ないでしょ!」
「ふふふのふん、あなただけがお兄ちゃんに何の貢献もしていない。この事実だけが全てです」
「……調子乗っとんちゃうぞこの邪魔術師」
「……おっと本性が出てきましたね腹黒ビッチ」
「……」
「……」
「フィー!」
「『氷結盾』!」
……相変わらず何が起こってるのかよく分からないが、多分レイアが攻撃してそれをメイルが防いだのだろう。
メイルが出している氷の盾はまだ見えるのだが、レイアが何をしているのか全く見えない。
「……すいませんが一旦両者矛を収めてもらってもいいですか?」
「ウィル君がそう言うなら仕方ないね」
「そうですね。お兄ちゃんが言うなら」
素直だ。俺はどうやら信頼されていたらしいな。
「整理すると、俺が魔法もそこそこ、剣もそこそこという駄目勇者なせいで、この村では嫌われているってことですか?」
「うーん、詳しく言うともうちょっと色々あるんだけど、大まかにはそうかな」
「後、駄目勇者というか、落第勇者って呼ばれてることが多いですね。私はどうかと思いますけど」
「落第勇者、か……」
なるほど。落ちこぼれているわけだ。
都合よく最強で異世界に転生したりはしなかったのか。
まぁそんなもんだよな。
第一、これは転生というより入れ替わりって感じだし、その内戻ってしまうということも考え得る。
俺はどうしたらいいんだろう。
……と言っても、選択肢なんてないか。
この体で、この状況で、生きていく他にない。
「ショック、だった?」
レイアが下から俺の顔を覗き込んで訊いてきた。
「いえ。大丈夫です。あ、そうだ。レイアはさっき何をしてたんですか?」
「え?あぁ、私は召喚士で、精霊を使えるんだけど、精霊っていうのは一般人には見えないの。だから何をやってるか分からなかったんだと思う」
「精霊……がいるんですか?」
「うん、ここに」
そう言ってレイアは宙空を指差す。
何もいない。どう見ても何もいない。
しかし、ファンタジー世界だ、そういうこともあるのかもしれない。
「言葉は通じるんですか?」
「え?」
俺の質問に、何故かレイアは大袈裟に驚いた。
「いえ。さっき話しかけていたような気がしたので。『フィー』って」
「あ、うん。名前がね、フィーって言うの。私とは意思疎通が出来るんだ」
「そうですか。では……」
俺はレイアが人差し指で指していた、何もない空間に向かって。
「ウィルハート・A・アレクサンダーです。記憶喪失になってしまって貴方のことも覚えていないのですが、先程は守って頂きありがとうございました。それと、これからよろしくお願いします」
頭を下げることにした。
まぁさっきの攻撃は妹からで、この妹は兄を傷付けるタイプでもないから、危険はなかったのかもしれないが。
助けてくれたことには変わりない。
「あ……」
しかし、レイアは俺の行為を見て固まってしまった。
あ、もしかして常識外れだったのだろうか。
精霊は奴隷みたいな扱いで、頭を下げるとかあり得なかったのだろうか。
いやそれなら別にいい。
精霊が人間よりも偉くて、頭を下げなかったことを後で問題にされるよりは幾分かマシだ。
この世界のことが分からないからこそ、そういう打算もあっての行動だったのだが……どうもこの反応を見る限り失敗だったかもしれない。
「えぇと、すみません。何か粗相がありましたか?」
「う、ううん!何でもない、何でも……ちょっと、あの、あれだっただけだから!」
どれだったのだろう。
あれ、何この空気。ちょっとなんとかしれくれないか?
「それでお兄ちゃん、他に何か訊きたいことはありますか?」
メイルは空気を読まずにぶち込んできた。やるなぁ、コイツ。いや、もしかしたら俺の空気を読んでくれたのかもしれないが。
「うーん……つまり、俺はこの村ではメイルとレイア以外にはあまり好かれてはいないってことかな?」
「そうですねぇ。まぁ、後二人お兄ちゃんの仲間がいますよ。仲間というか、パーティーのメンバーですけど」
「パーティー?」
「はい。冒険者ギルドに登録されているれっきとしたパーティーです」
「ギルド、か……」
やっぱりそういうのが存在する世界なのか。
でもちょっとワクワクするな。
冒険か。やってみたいと思ってしまう。
クエストを受けたりするのも面白そうだ。
パーティーを組んでいるというのなら、落ち着いたら是非やってみたいな。
「パーティー名は『お兄ちゃんと愉快な仲間たち』です」
「うん。ワクワク感が霧散したね」
ダサすぎるよ。その名前をギルドで口にするのも憚られるぞ。
「大丈夫。そこの駄妹の嘘だから。本当はパーティー名はまだ決まってないの」
いつの間にか冷静さを取り戻していたレイアから救いの一言。良かった。
「決まってないで登録できるんですか?」
「初めての依頼までに決めれば大丈夫」
「なるほど」
ということは、初陣もまだの新パーティーなんだな。
「アイリーンさんとディアンさんは後で紹介するね。二人共ポンコツ魔術師と違って良い人だから安心して」
「そうですね。幼馴染と違って腹黒じゃありませんしね」
「……」
「……」
あ、ヤバい。
俺は何かしでかそうとしていた二人の機先を制して腕を掴んだ。
「やめてくださいね」
一触即発すぎるな、この二人。
相性が途轍もなく悪い。犬猿の仲……という、竜虎相搏つくらいの勢いがある。
「えぇと、そうだ。ではその二人に会う前にとりあえず一度家に帰ってもいいですか?レイア、案内お願いします」
「はーい!」
俺の言葉に元気よく返事するレイア。
しかし、メイルはその光景を見て不満そうに口を尖らせていた。
「どうして妹じゃなくてレイアに頼むんですか?」
「だって、一緒に住んでいると聞いたので」
…………。
その時、妹の表情が凍った。
「そうそう。じゃあ帰りましょうねー。私たち恋人のおうちにー!」
「え、うおっ!」
早口でまくし立てるように言うと、レイアは俺の腕に抱きつく。
ちょ、俺本当に免疫ないんですからそういう直接的アピールはやめてくれ!キャラが崩れそうになるよ!
ほら、胸の感触がね?当たってるわけですけどもね?あててんのかな?うん、じゃあ堪能させていただこうかな……デュフ。
「は・な・れ・ろ!」
幸いというべきか、メイルが腕と胸の間に割り込んできて連結は解除された。
はっ、俺は今何を?ヤバい、せっかく転生してどうやら女の子に好かれてるみたいなんだから、キモオタ成分は抑えめにしないと。
「最悪な嘘をつくな雌狐!それは流石に見過ごせませんよ!お兄ちゃん騙されてます!そこの詐欺師は恋人でも何でもない赤の他人ですから!」
「赤の他人って言い方はどうだろうな。少なくとも幼馴染なんでしょう?」
まぁ、恋人じゃなさそうだなとはさっきから思ってたけど。でも全くの他人ってこともないはずだ。特に、俺からすればこの世界でのたった二人の知り合いの内の一人だからな。これからどうなるか分からないが、仲良くしていきたい。
その貴重な知り合いは焦ったように俺の肩を揺さぶりながら。
「い、いや!ウィル君こそ騙されてるよ!メイルちゃんはこの機会に私とウィル君を引き離そうとしてるんだね。ねぇウィル君、信じてくれるよね?私を信じてくれるよね?私たちは付き合ってるんだよ。ラブラブカップルなの。ね?そうだよね?そうだって言おう?」
怖いくらいに迫ってきた。
言質を取りに来てませんか、その言い方。
「お兄ちゃん、この悪魔に騙されたらダメです。お兄ちゃんは私と二人暮らし。そして、兄妹で淫猥な情事に耽っていたんです。思い出せますよね?」
淫猥な情事て。そのフレーズで俺が思い出すのは官能小説か電車の中吊り広告だよ。
「ちょっと、嘘はやめて」
「そっちこそやめてください」
「……」
「……」
三度……いや四回目?五回目か?の大荒れの気配。
俺はもう止めることを諦めた。
この二人はきっと永遠にこうなのだろう。俺は飼い主になれそうにない。
実際、俺がレイルと付き合ってたのか、あるいはメイルと禁断の関係だったのかどうかは、後で残りのパーティーの仲間に訊くことにしよう。
……その二人までこんなだったら、俺はどうしたらいいんだろう?
「『氷剣』!」
「フィー!ソイツ殺して!」
……俺はどうしたらいいんだろう?