第一話 『引きこもりニートは異世界転生の夢を見るか』
「人生をやり直したい」。そう考えるようになったのはいつからだったのだろう。
大学を卒業してから?それとも大学在学中?いやもっと前、高校や中学時代から思っていたかもしれない。
きっと、初めからそんなこと思っていた訳ではないはずだ。
小学生の頃なんかは何も考えず楽しく生きていたような気がするし、そもそもやり直したいと思いながら生まれてくる人間なんていないだろう。
どこで躓いたのかもよく分からないが、でも確実にどこかで失敗して、今まで歩いていた幸せというレールの上を外れてから。それからだ。
それから俺は毎日のように、やり直したいとばかり考えていた。
でも、そのために何か頑張ろうという気はまるで起きなかった。
ダラダラと引きこもり生活を続けていた。
考えてみれば当然の話だ。
俺は今からやり直したかったのではない。昔からやり直したかったのだ。
『今更』……その言葉が俺を万年床に縫い付けていた。
人生はまだ長くて、今だっていつかは昔になっていくというのに。
遠い未来のために頑張ろうというリアリティなんて湧いてこなかった。
そもそも、未来の自分が大成しているところをまるでイメージ出来ない。
努力が成功を生むと言うけれど、成功したことのない人間が努力などするだろうか。
エサが欲しければ走れと言われたって、エサの味を知らないと犬も走らないだろう。
いわんや面倒くさがりの人間をや、だ。
きっと、俺が欲しかったのはきっかけなのだ。
もしかしたら「やり直し」じゃなくても良かったのかもしれない。
運命の人に出会うとか、そんなのでも俺は変わろうと頑張ったのかもしれない。想像もつかないけど。
そう、想像だ。
そりゃOL女性の皆さんとかなら、合コンで素敵な男性と恋に落ちることの方が転生なんかより現実的なんだろう。
でもあいにく俺はニートである。
自分が女の子を好きになったとして、結ばれるなんて現実味ゼロ。エサになってない。そもそもあんまり家から出ないせいで女の子と出会わないし。
俺に一番理解出来る想像は異世界転生だった。
異世界に行けたなら、頑張れるかもしれない。変われるかもしれない。
顔も別人がいい。能力も高い方がいい。周りにヒロインがいて欲しい。
それだったら。
そうなったら、俺は頑張る。
頑張って世界を救ったっていい。魔王を倒したっていい。何だってやってやるって。
そう考えていた。
だから、俺があの時。
轢かれそうになっていた小さな女の子を助けようとトラックの前に飛び込んだのは、善行と呼べるようなものじゃない。
本気でラノベと現実を混同していた……というレベルで痛い人間だった訳じゃないと思いたいが、まぁ死んでもいいかなくらいのことは考えていた。
どうせロクでもない人生だったし。
あーあ、『やり直せたらな』。出来ることなら異世界とかで。
弾き飛ばされて宙を舞っている間、痛いという感覚が追いつかず、そんなバカなことを考えていたら。
「それがお前の『願い』か?」
頭の中に声が響いた気がした。
うわぁ、遂に俺の妄想もこんなところまで来ちゃったか。
「『回帰』。それがお前の真に欲するものか?」
あぁそうですよ。やり直してぇですよ。でも、いきなりそんなこと言われても困るけど。
「ま、混乱するかもな。と言っても悪いけど説明する気はないが」
何だよそれ、メチャクチャな。
「いいだろ、願いを叶えてやるって言ってんだから。有難く受け入れとけよ」
は?叶えて、くれるのか?
「おう。良かったな。お前はラッキーだ」
本当かよ。俺は異世界に転生出来るのか?
「あぁ。お前の『願い』は……いや、夢はきっと叶う」
そ、そうか。イマイチ信じられないんだけど。
ていうか、まず……アンタ誰だよ?神様?
「神様?……はっ、まぁそう呼ぶ奴もいるけどな。でも、ここは本名を名乗っておくか。俺は……■■」
そこで、俺の意識は反転した。