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プロローグ 『旅立ちの日』

 拝啓、日本の皆さん。

 お元気ですか?俺は元気です。

 ある日急に異世界に転生していた時にはどうなることかと思いましたが、今は何とかやれております。

 突然ですが、今日はある言葉について考えたいと思います。

 その言葉とは、『修羅場』です。


 修羅場。一般的によく使われる言葉ですが、その語源は仏教にあるそうです。

 言わずと知れた有名な三面六臂の悪神である阿修羅が、仏教を守る善神である帝釈天と戦った場所、『修羅場しゅらじょう』。

 そこから転じて、激しい血みどろの争いのことを指すようになった、と言われています。

 更に現代日本においては、男女間のもつれ、三角関係の争いに最もよく用いられます。この用法が恐らく我々に最も親しみのある使われ方でしょう。

 しかし考えてみて欲しいのです。

 元ネタは神々の争いなのですよ?

 そんな簡単に男女関係のトラブルなんかに使うべき言葉でしょうか。

 俺は思います。

 心底こう思います。


「それで、ウィル君の隣は私ってことで大丈夫かな?」


「何も大丈夫じゃありませんよ。兄の隣は妹、妹の隣は兄と古来より決まっているんです」


「ちょっと待ってくれ。よく分からないがこういうのはアレだよ、戦って決めるべきだろう?」


「そんなの勝てるワケないじゃないですか!大体、皆さん遠慮してくださいって!良いですか、私はもう後がないんです!ウィルハート君のお嫁さんにしてもらう以外ないんです!若いんだから皆さんは新しい出会いもありますって!ね?」


 ……。

 …………。


「……駄妹」

 ↓  ↑

「……天然風ビッチ」


「……年増」

 ↓  ↑

「……脳筋」


 ……修羅場だ、これ。正しく修羅の戦いだ。


「あー、あの。みんな落ち着いて……」


 ここで耐え切れず口を出してしまったのは、俺の愚かさの露呈だったと思う。


「そうだ。ウィル君に決めてもらおうか」


「ですね。まぁお兄ちゃんは私を選ぶに決まってるので、実質私が選ぶのと変わりませんが」


「ま、それが一番公平なんじゃねぇの?……私を選んでくれたら、ずぅっと膝枕してあげますからね、ウィル?」


「あっ、そういうアピールをしていいんですか!?私は……私のアピールポイントは……えっ、どこ?この若い娘達に勝てる私の魅力どこ?……えっ、もしかして、えっ?ない……?」


 あぁ……そりゃ、こうなるわな。仕方ない、ここは上手く誤魔化して……。


「あ、あのですね。どうせ長い旅になりますし、隣の席なんてすぐに変えればいいだけですよ」


「うんうん、そうだね。で、最初の一人は?」


 逃げ切れなかった。


 馬車なんかじゃなくて、直接馬に乗ることにすればこんな問題は起きなかったのだろうか。

 でも、俺にそんな乗馬のスキルはないし……。


「……よし、決めました」


「ごくり」


 誰かが息を飲む音がやけにハッキリと聞こえた。

 極度の緊張感の中で、俺は……。


「この剣が、北に倒れたらレイア。南に倒れたらメイル。西に倒れたらディアン。東に倒れたらアイリーンで行きましょう」


 そう言って、剣を地面に刺さらない程度の力で突き立てた。

 ふっと凍っていた空気が緩む。


「……ウィル君の意気地なし。ま、いいけど」


「公平といえば公平ですね」


「しゃあないな」


「えぇ……?私は運も悪いんですけど……あ、そうだ思い出したわ。あれはまだ私が華の10代だった頃、当時初恋だった男の子を親友に奪われてその親友とは絶交し……」


 概ね納得してもらえたようだ。約一名のことは知らない。というか、どうしようもない。


「じゃあ行きますよ……はっ!」


 俺は柄から手を離す。

 ……。

 …………。

 …………ぱたり。


「これは南ですね!」


「違う!西だ!」


「待って!南西としか言えないでしょこれは!てことは無効!もっかいやり直し!」


「あぁ?せめて私とメイルで一騎打ちだろう!」


「そうですよ!横暴です!」


「……私は絶交したつもりだったのに、その元親友のヤローときたら私に結婚報告の手紙とか送ってきて、しかも白々しく『仲直りしない?』とか言い腐って、あの時の私の怒りときたら手紙を何度ビリビリに破いても収まらな……」


 ……しゅ、収集がつかない。

 俺は大丈夫なんだろうか。

 このパーティーの、主人公としてやっていけるのだろうか。

 決意が揺らぐんですが、マジで。

 出発の日からこんな騒ぎじゃさぁ……。


「……お客さん、早く馬車、出したいんだけど」


 そんな俺たちに痺れを切らした運転手が、馬車の向こうから苛立ちを露わにして顔を出す。


「本当に申し訳ありません」


 俺はただただ平身低頭謝った。


「チッ」


 運転手は舌打ちをして俺から視線を切る。

 理由は分かっている。申し訳ないことなんだが。

 俺の顔がにやけていたからだろう。


 あぁ、だって。だってこれが。

 俺の求めていた、幸せな日常ってやつなんだから。


 空を見る。それはどこまでも高く、どこまでも青く。

 そしてどこまでも、広く見えた。

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