転入式前夜③
目を開けて最初に僕の目に飛び込んできた光景は寮のエントランスでロザンナがカーヴィン先生をひどく叱っているところだった。 何が起きているのかわからない僕は、 アラマンドを目で探した。 アラマンドはカーヴィン先生の隣にいて2人のやりとりを眺めている。 僕が帰ってきたことに気付くとこちらへと走り寄ってきた。
「遅かったじゃねーか、 ケリー」
「スカーヴァと話をしてたんだ。 それよりカーヴィン先生とロザンナはなにを話してるの?」
「あぁ、 俺たちが行ってた部屋、 本当は入っちゃいけない部屋だったらしい」
「黄昏部屋のこと?」
「そう、 ロザンナが知ってかんかんになってカーヴィン先生を怒ってる」
「カーヴィン先生聞き流してるね」
僕が帰ってきたことに気付いたカーヴィン先生はロザンナがまだ怒ってるのにこちらへと歩いてくる。
「やぁ、 ケリー。 無事にアラマンドを連れ戻してくれたね。 ありがとう」
ニコニコしながら僕に手を差し出す。 握手を求められてることに気付くと慌てて手を握り返す。
「カーヴィン先生、ホッポケ湖のガラス蛍がすごく綺麗でした」
「そうだろう、 そうだろう。 語り合いにはもってこいのシチュエーションだっただろう?」
カーヴィン先生はどうやら僕とアラマンドが話し合いをするのにぴったりな場所として黄昏部屋を選んだらしい。 たしかに綺麗だったし幻想的だった。 でもそのためだけに危険な部屋に入れるなんてますます不思議な先生だと思った。
「でもよ、 あのドラゴンはやばかったよな?」
「あぁ、 いばら龍ね」
「いばら龍?」
「そうだぜ、 俺たちが餌をやり終わると空に突然現れたんだ」
「突然? いばら龍が?」
いばら龍の話をしだすとカーヴィン先生の顔が真剣になる。 ロザンナは熱くなりすぎてカーヴィン先生がいないことに今気づいたらしい。 急いでこちらへとやってくる。
「カーヴィン! あぁ、 ケリーにアラマンド。 無事で何よりだわ。 黄昏部屋に行くなんて。 カーヴィンはなにを考えているの? あそこには悪魔の卵だって眠っているというのに! だいたい、 カーヴィンは……!!」
しゃべっているロザンナの口を手で塞いで目を見開いて僕たちを見下ろすカーヴィン先生。 その雰囲気がいつもの先生じゃなくて背筋がぞっとする。
「いばら龍はいつもいばらの森で眠ってる。 ホッポケ湖から遥か遠くの森だ。 まずいばら龍がホッポケ湖に来ること自体ありえない。 何故だ?」
カーヴィン先生は僕たちに問いかけているのではなく独り言を喋っているように呟いた。 僕はカーヴィン先生を見ながらポケットの中のいばら龍の棘を握りしめた。
「ケリー、 何か黄昏部屋で出会わなかったかい? 喋る鳥とか」
「いいえ、 僕があったのは喋る蝶々だけです」
「蝶々か、 案内人だね?」
「あ、はい。 そう言ってました」
「私の考えすぎか……念のため調べておくかな」
僕の頭を撫でるといつものカーヴィン先生へと戻る。 やっとロザンナの口を離してあげる。
「よく頑張ったね、 2人とも。 ハオユーの事はこちらで厳重注意をしておいたから部屋に戻ってくれて構わないよ。 あ、 アラマンドはあんまり家具を蹴らないでね」
「もう蹴らねーよ、 悪かった」
「ならよろしい。 解散」
「解散じゃないわよ! ちょっとカーヴィン! 話はまだ終わってないわ!」
ロザンナの怒りは収まらない。 僕とアラマンドは顔を見合わせてロザンナの元へといく。
「ロザンナ」
「俺たち黄昏部屋にいって腹がまた減ったんだ」
「何か作ってもらえないかな?」
僕達を見たロザンナは目をパチパチさせて固まった。 カーヴィン先生は僕と目が合うとグッジョブと口パクをしながら親指を立てた。
「あらあら、 それなら仕方ないわ。 カーヴィンまた今度お話しましょう。 さ、 リビングへいらっしゃい。 運び柳に運んでもらいましょう」
ロザンナは僕とアラマンドの背中をリビングへと押して歩いていく。
純粋に僕はこの瞬間が楽しくて仕方がなかった。 初めて分かり合えた友達ができたこと、その友達と笑いあえたこと。 怖い思いもしたけれど、 すごくすごく楽しかったのだ。
僕とアラマンドはロザンナの手料理を食べ終えた後また部屋へと戻ってきた。 扉が開くと部屋を片付けているハオユーの姿が。 一瞬だけ部屋の中に緊張感が走る。
ハオユーもらこちらに気付くと気まずそうに下を向く。 片付けの手は止めなかった。
僕はアラマンドを見るとアラマンドはハオユーの元へいき、片付けを手伝い始めた。
「さっきは悪かった」
「……」
ハオユーは喋らない。
アラマンドの手元から部屋に散らかっていた書類を奪うとそのままベッドへと潜り込んだ。
「アラマンド」
「いいんだ。 俺さっきお前と喋って思ったんだ。 もしかしたらこの夏期講習は俺たちみたいになにか問題があるやつが集められたのかなって。 だからきっとあいつにもなんかあるんだよ。 それに俺は変わるって決めたしな」
そう言うアラマンドの顔は清々しいものだった。 そう、 僕達は友達だ。 大人にも言えないこの言い表せない気持ちを共有できるただ1人の友達なんだ。 そう思うと心強かった。
僕は明日の転入式のことで思い出した事がある。 カーヴィン先生が制服がクローゼットに入ってるって言っていた。左側にあるクローゼットに近づいて中をあけるとそこには何も入っていない。 おかしい。
「アラマンド、 制服ここに入ってるって先生言ってたよね?」
「ないのか?」
「どこにも」
アラマンドも僕の隣に来てクローゼットの中を覗き込む。
「これじゃないか?」
そこにあったのは扉に付けてある青い記憶石と同じ形のペンダントだった。
「これが制服? 服じゃないじゃないか」
「たしかに。 でも楽でいいな」
アラマンドは3つあるうちのペンダントを1つとってつける。 僕も1つを手に取る。 石の周りに施された彫刻がとても綺麗だ。 ハオユーの分を手に取ると枕のそばへとアラマンドは置いてあげた。 優しいやつ。
明日からいよいよ夏期講習がはじまる。 どんな人がいてどんな勉強をするのか。 僕の胸はワクワクしてたまらなかった。
高鳴る胸を押さえながら僕はベッドへと寝転んだ。