学校への道は①
次に目を開けた時に飛び込んできたのは水辺に浮かぶバスと遠くに見える古い石のうちだった。 壁には苔や蔦が生え絡まっていてそのうちがいかに古いものかを感じさせる佇まいだった。 その神秘的な場所に僕は目を奪われた。
僕たちのいるバスからその石のうちまでは少し距離がある。 色とりどりの植物が天井に敷き詰められていて、 上からの光に照らされてステンドグラスのように輝いている。
「綺麗だ」
素直にそう思った。 その光景に目を奪われているとエミーの声で現実へと戻る。
「ちょっと、なによこれ! びしょびしょじゃない!」
驚いてエミーを見ると水でも頭からかぶったのかと言いたいくらいに濡れていた。僕やナタリア達は濡れていない。
「だからいったでしょ? ちゃんとした席に座らないと困るのは君だよって」
カーヴィン先生は悪びれもせずにエミーに微笑む。 その微笑みにまたエミーは怒り出す。
「貴方先生なんでしょ? ならきちんと説明しなさいよ!」
「説明したところで、 エミーは聞かないだろ? 嘘ばっかりって」
エミーを軽くあしらい、 カーヴィン先生はナタリアと同じ服をエミーに渡す。
「あ、 そういえばみんなまだ靴は履き替えてなかったよね? ここから履き替えていってほしいんだ」
まったく自分が相手にされないことにエミーは諦めたのかカーヴィン先生から服を受け取りトイレへと歩いて行く。
先生はまた胸元のポケットを探し出し、 靴を取り出した
。
「サイズは聞いてるので用意したからね。 さ、 履いた子から荷物を持って外に出て」
僕に渡された靴は真っ黒な普通のスニーカーだった。 今履いてる靴はバスの中に置いておくように言われたから靴をそっとバスの下の網の中に荷物と入れ替わりに入れた。
隣を見るとナタリアも履いたようで一緒に出ようかと言うとうん、 と頷いてくれた。
「僕が先に行くよ」
そういってナタリアの前に出て、 ゆっくりとカーヴィン先生の元へ歩いて行く。そんなに大きくないバスだ。 すぐに、 カーヴィン先生の元へ着いた。
「先生、 僕とナタリアは準備できました」
「早いねー、靴は置いた? なら外に出てうちまで歩いて行って待っててー。 僕は他の子と一緒に行くから」
なにかの書類にサインをしているカーヴィン先生はまるで流れ作業のように僕たちに前に進むようにいった。
バスのドアが開くとそこに道はなく湖が広がっているだけだった。
「カーヴィン先生、これどうやって進むんですか?」
「そのまま渡れるよ! あ、こら、 エミー! トイレに閉じこもるな!」
なにやらまたエミーがしでかしたらしい。 カーヴィン先生はこちらにまで手が回らないようだ。
困った僕は後ろを見るとナタリアが不安げに僕を見つめている。 かっこ悪いところを見せられないなぁ、 と思った。 濡れてもきっとカーヴィン先生が着替えを持ってるだろう。 落ちても大丈夫、 濡れても大丈夫。 そう思いながら足を一歩湖に踏み出した。
するとどうだろうか。 僕の足元が固まって石ができた。 僕はびっくりして足を引っ込めるとすぐに石は溶けて普通の水に戻った。 ナタリアもびっくりしたようで二人で顔を見合わせる。
「すごい、石になるの?」
「そうみたいだ。 普通に歩いていけばあっちまでいけるのかも。 ナタリア、 行こう」
ナタリアより一歩先に踏み出すとやはり水は固まり石になった。
「面白い。 すごい、 なんだこれ」
歩いたところが石になるのが面白くてすこし駆け足で進んでいく。 ナタリアも僕の後をゆっくりとついてくる。
あっという間にうちのある岸までたどり着くことができた。 綺麗な苔に覆われた土地は上からの光に照らされてキラキラと光っている。 上を見上げると遥か遠くに空が見えた。僕たちは一体どこにいるのだろうか。 空を見つめたまま動かない僕をナタリアが心配そうに声をかけた。
「ケリー、 大丈夫? ここはどこなんだろうね。 私こんな場所見たことも聞いたこともないよ」
「僕もない。 でもすごく綺麗な場所ってことはわかる」
「たしかに。すごく綺麗。 素敵な場所だね」
「そう言ってもらえるとありがたいわー」
急に誰かに抱きしめられる。 カーヴィン先生じゃない、 一体誰だ!? 僕は一生懸命引き離そうとするがなかなか離れてくれない。
「やぁ、ロザンナ! 迎えに来てくれたのかい?」
「えぇ、久しぶりの生徒ですものー。 気になっちゃってここまで迎えにきたわ」
だんだん苦しくなってきたところでやっとロザンナという人が僕を離してくれた。 離してもらえたところで僕は精一杯息を吸い込んで吐き出した。 本当に苦しかったのだ。
後ろを見るとカーヴィン先生とアラマンド、 エミー、 ハオユーの姿があった。 エミーは相変わらずムスッとした顔をしている。 そしてよく見るとアラマンドの荷物をハオユーが持っている。 どういうことだろうか。 ハオユーの顔色は前髪のせいで伺えない。
ハオユーの心配をよそにカーヴィン先生は陽気にしゃべる。
「この人はロザンナ・ロベルト。 三週間みんなのお母さん代わりだ」
「なんでもいってちょうだいね、 力になるわ。さて、 疲れたでしょう。 すこし休憩しましょ、 さ、 はいってはいって」
ロザンナは微笑むと古い石の扉を開けた。
「ここが三週間みんなで暮らすうちよ。 男の子三人はあの青い石のついたドアの部屋よ。 女の子はその隣の赤い石のついた部屋」
ロザンナは普通にいってるけど、僕はまた仰天させられた。だってどう考えてもあの古いうちの中とは思えない。 エントランスには大きな丸い水槽が吊るされていて、 中に植えてある植物はまるで宝石のように輝いている。 すこし古めの焦げ茶色の廊下には所々隙間が空いていて光が当たると奥にエメラルドが光って見える。 エントランスから二階に上がる階段が二つ。 その下にリビングルーム、 とかかれた部屋がある。右の廊下には僕たちの部屋とナタリア達の部屋。 左側は、 よくわからないが扉が閉まっている。
「荷物を置いてきたらごはんにしましょ。 今日は腕によりをかけて作ったのよー」
ご機嫌なロザンナははやく荷物を置いてこいとぼくたちにいった。
荷物を置きに青い石のついた部屋の前まできて、ドアノブを回してみるが扉は開かない。 何回やっても開かない。 僕の後ろからついてきたアラマンドとハオユーも不思議そうな目で僕を見た。
「どうした?」
「ドアが開かないんだ」
アラマンドと初めて交わした会話だった。
「貸してみろ」
そういって僕とアラマンドは立ち位置を交換した。しばらくアラマンドがドアノブを回したりしていたが開かないのに苛立ったのか大きな声でロザンナを呼んだ。
「おい、おばさん! 扉が開かねえ。 どうなってんだ?」
ロザンナはすぐこちらに気付いたようで駆け足でこちらへと向かってきた。
「もう、おばさんじゃないわよ! あら、 カーヴィンたらなんの説明もしてないのかしら? これは記憶石といってね貴方達の姿を記憶させてあるの」
記憶石?そんなもの聞いたこともない。 不思議に思っているとロザンナが説明を続けた。
「三回叩いて名前を言うと扉を開けてくれるわよ。 やってごらんなさいな」
さぁ早く、 とロザンナはアラマンドの肩を押した。
アラマンドはすこし困った顔をしたが石を三回叩いた。
「アラマンド・ターニャだ」
アラマンドがそう石に告げると扉が姿を消した。僕はまた驚かされた。扉が消えたのだ。アラマンドとハオユーも驚いているようだった。 三人とも固まっているとロザンナが僕たちを急かした。
「ほら、これで大丈夫。 荷物を置いたらリビングルームに来てね。 ごはんにしましょー」
ヒラヒラと手を振って去っていくロザンナ。 この世界は一体なんなのか、僕たちの夏期講習って一体。
そんなことを考えても何も始まらないのでぐぅ、と鳴いたお腹の悲鳴をどうにかするためにも僕は荷物を持って部屋に入っていった。