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夏期講習

僕は僕が大嫌いだ。

眩しい太陽も、楽しそうにはしゃぐ人の声も、排気ガスを撒き散らしながら進む車も。 そして僕の目の前にだされたサラダも。

「ケリー、 早く食べないと学校遅刻しちゃうでしょ」

「食欲がないんだ」

そう言いながら僕は目の前にあるサラダをフォークで軽く突く。 コロン、 と転がったプチトマトを見て小さな溜息を吐いた。

「学校、もうすぐ夏休みでしょ」

「あぁ、そうだね」

「お友達と夏休みはたくさん遊んだら?」

無言になった僕を見て母は僕の前に座った。

「学校でなにかあったの?」

「別に……特に何も」

下を向いていた顔を母に向け、 両手を広げ何もないよというポーズをとると母は静かに笑った。

「ママ、 今日は仕事で遅くなるから夕飯は一人で食べてね。 これ、 いつものお金よ。 食べたいもの食べてね」

「うん、わかった」

素直に頷く僕に安心したのか、僕にお金を握らせて壁の時計を見ると母は慌てだした。

「あらやだ、もうこんな時間! それじゃ、ケニー! ママ行ってくるわね!」

「うん、行ってらっしゃい」

僕の頬に軽くキスをすると母はソファーにあった鞄を拾いあげそのまま玄関へと急いだ。 そんな母の様子を僕は他人事のような目で見送ると、 フォークを置いて目の前のサラダをゴミ袋へと投げ捨てた。

「こんな世界大嫌いだ」

そう呟いた先に見えたのは、ゴミ箱の中でキラリと光るプチトマトだった。 なんだか、今の僕よりもプチトマトの方が輝いて見えた。

学校にいかなければ。 重たい溜息を一息ついて、 母と同じように鞄を拾い上げると玄関へ向かう。 誰もいない部屋に向かっていってきます、 と伝えると僕の声は誰にも拾われることなく、静かに少し薄暗いうちの中へと落ちていった。外へ出て家の鍵をかける。

さぁ、今日もまた1日が始まる。




「さぁ、この問題がわかる人!」

「はーい!」


学校につくといつものようにHRがあり、 授業が始まる。

頬杖をつきながらも進んでいく授業に取り残されないようノートに黒板の字を写す。 別に授業は嫌いじゃない。 周りのクラスメイトの子たちみたいに積極的にはなれないけれど。

「よくできたね、エリー。 じゃあ、 次の問題は……」

見事先生の出した問題に正解したエリーは少し嬉しそうに席につく。 進んでいく授業、 元気に答えるクラスメイト。どこにでもあるありふれた授業内容だと思う。 でも、 そうじゃない。 授業が終われば僕の憂鬱な時間がやってくるんだ。

「おい、親なしケリー!」

授業が終わり、 帰宅する僕を捕まえていつも意地悪をする奴らがいる。 今日も捕まった。 最悪だ。 本当に。

「……」

「無視すんなよ、 親なし!」

「親なしじゃない、何度言えばわかるんだ。 僕のうちには母がいる」

「父親は?」

「……いないよ」

「ほらみろ! やっぱり親なしじゃねーかよ!」

ケラケラと笑いながら僕を捕まえて離さないこいつはマイク。 その横で僕の鞄をひったくり中身を見てるのがジェイ。 今日の授業で使った教科書や筆箱が地面へと転がっていく。

「あった! 今日もママからこれでご飯食べなさいーって言われてんだろ?」

ジェイが手に持っているのは今朝、 僕の母からもらったお金だ。 帰りに好きな夕ご飯を買って帰れるようにいつもいれてくれているものだ。 こいつらは僕に目をつけてから毎日僕を捕まえてはお金を奪い 殴っていく。

ニタニタ笑うこいつらが大嫌いだ。 でも、それを知ってて何もできない自分が何よりも嫌いだった。 ぐしゃり、 と踏み潰されていく教科書を見た時にこのままでいいのか、このまま馬鹿にされたままでいいのか。 そう思った。

「明日も頼んだぞー、 親なし!」

その瞬間、 目の前が真っ白になって心臓がドクンドクンと脈をうった。

気付いた時には、僕は近くの石を彼らに投げつけていた。

何度も、何度も。 その一つがマイクに当たり倒れたのだ。 しめた、 と思いそのまま石を掴んでジェイにも殴りかかったのだ。 興奮状態とでもいうのだろうか、 感覚がなかった。 殴っている手も痛いはずなのに、 なんの感覚もなかった。 僕はヒーローになった気分で彼らを殴り続けた。

そして女子生徒の悲鳴でようやく我に返ったのだ。


「君! 何をしているんだ!」

女子生徒の悲鳴を聞きつけてやってきた先生に取り押さえられる。

目の前にいるジェイとマイクは血だらけで、 僕の手にも血が滲んでいた。 だんだんと思考が落ち着いてきて、 自分のしてしまった過ちを悔いた。 ただ、 それと同時に悔しさもあった。 僕だって苦しかった、 痛かった。 なのに、 なんでこんな時だけ大人は来るんだよ、 もっと前にわかってくれればこんなことにはならなかったかもしれないのに。

僕を責める先生の声がどこか遠くに聞こえる。 ジェイとマイクは痛いよ、痛いよと泣いている。

すべてなくなってしまえばいいのに。 僕も、世界も。

そう思った僕が、 空を仰ぐと空は憎いことに快晴で雲一つなかった。




「はい、はい……誠に申し訳ありませんでした。 その件につきましては……」

遠くで母が電話をしている。 あの日、職場に連絡がいったのか母は僕の学校にすっ飛んできて僕を見るなりグーで僕を殴りつけた。


「ケリー!あんたって子はなんてことを!」

「まぁまぁ、お母さん落ち着いてください」

「校長先生……誠に申し訳ありません。 うちのケリーが……」

「相手のお子さんも顔を少々切りましたが、大事には至っておりませんので安心してください」


僕を殴ってから、母は泣きながらずっと校長先生に頭を下げていた。 僕は一言も喋らなかった。 母の殴った頬だけがジンジンと痛くて僕の変わりに泣いているようだった。

何かを失ったように僕は一点を見つめて、失望していた。 誰も僕の話を聞いてくれない。 僕が悪いと決めつけているんだ。 僕は悪くないのに。 そう心の中で一人呟いた。

母の啜り泣く声が聞こえる。


僕の処分は夏休みまでの期間、 自宅謹慎だった。 まぁ夏休みまであと一週間もなかったしあいつらにも会わなくて済むと思うと心なしか重い溜息も出てこなくなった気がする。 今は別の問題で心が重いのだけれども。

「ケリー……」

母が部屋に来る。 僕は寝たふり。 あれから喋ってない。 何を喋っていいのかわからない。 カツアゲされてたこと? 暴力をふるわれてたこと? 今更いっても、 誰も信じてくれない。 僕は今、 加害者側にいるのだから。 もう学校すらいきたくない。 中学生になったばかりだというのに。


「ケリー、ママ……」


母の伸ばした手が僕に触る寸前で止まる。


「お仕事に行ってくるわね」


そういって静かに部屋を出ていく。母は僕になにを伝えたかったのか。僕は何を感じればいい。 もう暗い、 すごく暗い。 まるで鼠色の部屋に閉じ込められたみたい。 静かに目を瞑ると、 僕は夢の中へと逃げ込んだ。










盛大な雷の音で目が覚めた。 窓からは打ち付けられる雨音が聞こえてくる。 スコールだ。 母が選んでくれたインディゴブルーの布団から起き上がり時計を見るとまだ昼の一時を過ぎたところだった。 ぐぅ、 とお腹が腹ペコのサインを僕に送ってきたのでしょうがなくキッチンへと向かう。


冷蔵庫の中にはチーズにハム、 たまごにお肉。 僕の大好きなチョコレートにミルク。 パンにマーガリンでもぬってハムを乗せて食べようかなと後ろを向いた瞬間だった。


窓ガラスに誰か張り付いている。 しかもびしょびしょ。 真っ赤なスパンコールをあしらった長めの燕尾服が水に濡れて重そうだ。 フリルのついたシャツに、真っ黒な帽子。 雨が降っているからといって、さすがに暑すぎではないのか。 そんなことを考えていると、 張り付いている人が窓についている鍵を指差す。 これは……


「開けてくれってこと?」


さすがにそれは無理だろう、 と思っていたが外では雷がゴロゴロ鳴っている。 窓ガラスの近くまで来ると張り付いている人物と目が合う。 エメラルドグリーンの瞳がとても印象的だった。 整った顔立ちの彼は口パクで丁寧に開けてもらえませんか? と僕に言った。


どうして玄関から入らないのか不思議に思ったが、不思議な彼に魅了され窓ガラスの鍵をそっと開けた。


すると彼はすぐに部屋の中へ入ってきて、あろうことかびしょびしょになった服を脱ぎ部屋の中で絞り始めたではないか。 僕は目を見開いて固まってしまい部屋の中はびしょびしょになった。


「あー、 あの……」

「やぁ! 入れてくれてありがとう、 まさか雨が降ってくるとは思わなくてね」

にこやかに僕の手をとって挨拶する謎の人。 いや、 そうじゃなくてソファーとかびしょびしょなんだけれども。


「いや、えっと……」

どうして貴方は人のうちで濡れた服を絞っているのですかって聞こうとしたが、なんだか怖くなって言うのをやめた。

「あぁ、お茶ならお構いなく。 しかしどうしても、 というならば私は紅茶がいいかな。 レモンティーがいいな」


お茶の催促までいただいてしまった。 仕方なく僕は、 謎の人を椅子に座らすとお茶の準備を始めた。


「ところで、 君のお母さんは?」

「……今は仕事にいってていないよ」


お湯を沸かすためにコンロのスイッチに手をかける。 これならすぐに沸くだろう。


「君の……お父さんは?」

「いない。 僕もよくは知らない」


コポコポとお湯の沸騰する音が聞こえる。 母は綺麗好きだからキッチンはいつも綺麗。 僕が、 昔貼ったシールが所々に残っててそれがいい味を出してる。 シールをなぞりながらお湯が沸くのを待った。 謎の人は、どうやら僕のうちを見渡している。


「貴方は泥棒なの? うちには盗めるものなんてなにもないよ」

お湯が沸いた。 紅茶のパックを取り出して適当なカップに入れるとお湯を注ぐ。 紅茶のパックはレモンティーではなかったが別にいいだろう。 ティーカップにも注いでないけど。 とてもお客さんに出すようなものではないが、 しょうがない。 あちらが催促してきたのだ。


「はい、 どうぞ」

「おぉ、 ありがとう。 んー、 いい香りだ。 やはり食べ物は地球のが美味しいね」

「何言ってるの?地球じゃないところの食べ物でも食べたことあるの?」

彼はスーッと静かに紅茶を飲むと、上を見上げ味わうように首や横に振り笑みを浮かべた。そして僕の質問を無視して質問を返してきた。


「君はどうしてこの時間にうちにいるの?学校は?」

「今は自宅謹慎中」

「何かしたのかい?」

「……同級生をボコボコに」

「同級生をボコボコに!? 逞しいじゃないか」

大きな声で笑った彼を僕は目を丸くして見た。 何を言っているんだ、 この人は。

「何かされたんだろう?」

紅茶をまた一口飲む彼はとても優しい口調で僕に話しかけた。 その瞬間なんだか嬉しくなってこの人は味方なのかなって期待した自分がいた。


「何をされたんだ? 彼女でもとられたか? バカにされたか? カツアゲされたか? ゴミをぶつけられたか?」


「…カツアゲと殴られた」


小さな声で答えるとまた彼は笑った。


「小さい、実に小さいぞ。 少年よ。 そんなことで自分を傷つけるなんてだめだ」


彼は僕をバカにしたように笑った。 さっきまではこの人は味方なんじゃないかって期待してた自分が恥ずかしくて悲しくて下を向いて唇を噛み締めた。

すると彼は立ち上がり近寄って僕の肩を叩いて目線を僕に合わせた。


「少年、世界は広いんだ。 君が思ってるよりずっともっと広くて偉大なんだよ。 だから知らなけらばいけない。 この世界を、 偉大なことを。 そうすれば君は変われる」


妙に説得力のある言葉を残して彼はまた元いた場所に座り直した。


「ここからが本題だ。 ケリー・ホワイトくん」

「僕の名前知ってたの?」

「あぁ、そうだよ。 当たり前じゃないか。 私の生徒になる子の名前だよ。 知らなくてどうするんだ」

「生徒? 貴方は先生なの?」

「おおっと、紹介が遅れたね。私はカーヴィン。 カーヴィン・カーターだ」


濡れていたはずの帽子や服はいつのまにか乾いていて帽子をかぶり直して、 僕に挨拶をした彼はカーヴィン・カーター。


「僕の学校に貴方はくるの?」

「ん?違う違う。 夏期講習だよ、 夏期講習」

「夏期講習?」

「そうだよ、夏休みの間みんなに遅れないように塾に行ったりするだろう?あれ、こんなかんじだっけ?夏期講習って」

「悪いけどとてもじゃないけどうちにそんなお金はないよ」

「まぁまぁ、とりあえず私の方は採用だから。 お母さんにこれ、見せといてね」


採用ってなんだ? と思いながら、 カーヴィンが茶色の旅行鞄から出したのは一枚のチラシ。 僕に手渡すと僕はチラシを覗き込んだ。 そこにはこう書かれていた。



ーーこれで貴方の子供もハッピー人生ーー

不良、問題児、引きこもり、家庭での困ったちゃんも我が学校のカリキュラムに三週間参加するだけであら不思議! 真面目な優等生へと早変わり! もしお困りの保護者様がいらっしゃいましたら是非ご連絡を。

今なら受講費用は全額不要!お試しあれ❤︎


「全額不要、ハッピーチェンジ……はぁ? なんだよ、 こ……れ……」



チラシを見終わり前を向くともうカーヴィンの姿はなくなっていた。 あたりを見回しても人の気配もせず、先程カーヴィンが服を絞って水たまりができていたはずの床も乾いている。 ただ目の前にあった紅茶のカップだけがカーヴィンがそこにたという証拠になった。 でなければ夢を見ていたのだろうか、 一瞬で人が消えたのだ。


「……夏期講習かぁ」


そう呟いた僕の手にはカーヴィンからもらったチラシが強く握られていた。






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