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第4話 不思議な屋敷の不思議な住人

 さあ、どこに隠れよう……?

 これまでに見てきた光景を思い浮かべながら考える。

 リビング……は、この物置からあまりに近すぎる気がする。

 1階の応接間は、今王子が居る食堂に近すぎる。

 厨房や洗濯室などの使用人スペースには入らないようお願いされたし、やっぱり隠れるなら2階だろう。

 と、なると……

 「書斎? 寝室? 子供部屋?」

 でも、書斎の机の下に隠れるのはあまりにありきたりすぎて面白くない。

 寝室は……ベッドの下は? クローゼットの中は、扉を開けたらすぐ見つかっちゃいそう。

 子供部屋は……どこか隠れられそうな場所はあったっけ?

 考えながら、廊下の端、気分的に壁側にくっついて歩く。

 真ん中より向こう側を歩くと、吹き抜けからホールから見下ろせる。こちらから見える、という事は当然向こうからも見えるだろう。

 まだ、もう少し時間はあるはずだけど……

 ちらりと、バルコニーに面した2階の窓へ視線を上げる。

 あそこは、あまりに見通しが良すぎて、ここを歩いたらあっという間に見つけられてしまって、隠れられそうな場所はなかったし……


 「――何を、やっている? 帰れ、と言ったはずだぞ」


 私の右側には、吹き抜けのホール。

 前は、突き当たりの壁――子供部屋の扉があるそこまで真っ直ぐに伸びる廊下。

 後ろは、たった今歩いてきたばかりの、やっぱり突き当たりの壁まで真っ直ぐ伸びる一本だけの廊下。

 さっき、物置きを出たときに確認した時には右にも左にも誰も居なかったはずなのに。

 階段を上がって来たなら、ここから見えないはずはなく、気づかないはずがない。

 ……なのに。

 突然声がして、後ろから肩を掴まれた。

 でも、その声には覚えがあったから。

 「“理由”を知るまで、帰らないって、私も言ったもん」

 「……ここは、人間にとって危険な場所。それが“理由”だ」

 彼は、苛立ちを滲ませた声で答える。

 「どうして、危ないの? 危ない、ってだけじゃ“理由”にならない。何が、危ないの?」

 「――知りたがり過ぎると、身を滅ぼすぞ。ここが危険なのだと、それだけ知っていればいい。さあ、今すぐ帰れ。あれが、お前を捕らえに来る前に」

 帰れ、と。私が納得出来るだけの理由を教えてくれない彼は、それでもただ、帰れと繰り返しそう言う。

 何故だろう、さっきも今も、どうして理由も分からないのに、彼の言い分に納得してしまいそうになるんだろう?

 だけど、深く考える前に、がたりと階下で音がした。

 ハッとして、私は慌てて一番手近にあった寝室のドアを開け、室内に駆け込む。

 部屋をきょろきょろ見回してから、すぐに出窓のカーテンの裏へ滑り込んだ。

 勢い、彼の手を掴んでかなり強引に引っ張り込んで、私は「しーっ」と人差し指を立てて口に当てて見せた。

 「……おい、お前。俺が言った事を聞いていなかったのか。俺は“帰れ”と言ったんだ、“隠れろ”なんて言っていないぞ」

 怒っているようなのに、それでも声をひそめて彼は私を睨んだ。

 「一つだけ、忠告してやる。これ以上ここに留まって、これ以上知りすぎれば、二度とここを出られなくなるぞ。家族の元に帰りたいと思うなら、早く出て行け」

 カツ、コツ、カツン。

 階段を登ってくる足音が、だんだん近づいてくる。

 それを聞きながら、彼はそれだけ言って――フッと、目の前から、文字通りに――消えた。

 カーテンの裏から出て、部屋を後にしたというのではない。

 一歩も動くことなく、それが幻か霞だったかのように、その場から姿を消した。


 ……そんな、馬鹿な。

 だって、この部屋に引きずり込んだ時。さっき肩を掴まれた時だって、確かに実体の感触があったし、彼の声もこの耳で確かに聞いた。

 なのに、こんなの……もう、人間業じゃない。

 「人間業じゃ……ない? 人間……じゃ、ない?」

 ……まさか。

 ああ、でも。そう言えば、荒れた空き家だったはずのこの屋敷、だけど一歩中に入れば、綺麗な庭付きの豪邸に変貌を遂げた。


 がちゃり、とノブの回る音がして、キィ、と蝶番が軋む。

 カツン、コツン、と足音がこちらへ近づき、まずはベッドの下を覗き、クローゼットの扉を開けて。

 カツン、と、足音が遠ざかり、もう一度蝶番の軋む音が響く。


 ……見つからなかった?

 何故だろう、知らず止めていた息を吐き出し――


 「――見ぃつけた」

 不意に、カーテンが揺れた。


 「きゃっ!」

 サッとカーテンが払われ、私を隠していた物が無くなり、目の前に王子プリンスの姿が現れる。

 ――村では見た事もない程綺麗な王子様。


 「では、鬼役交代だ」

 王子プリンスは、私の手を引いて食堂へ戻ってまた100を数えるように言いながら、一緒に寝室を出る。


 その時、ふと気づく。


 寝室に置かれた、化粧台。それに取り付けられた大きな鏡――。

 ベッドと、窓、カーテン。それに私自身が鮮明に映し出されている。

 なのに、私の手を引いて、私の隣を歩いているはずの王子プリンスの姿だけが、その画の中に無い。

 きっと、何かの見間違い。そう思って目をこするけれど、もう一度それを確かめる前に、寝室の扉が閉まってしまう。


――鏡に映らないものは、この世のものではないと、聞いた事がある。


 「帰れなくなる」

 ようやく、そう言っていた彼の忠告の理由が、朧げながらに理解できた気がした。


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