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第2話 王子様登場

雑草が伸び放題だったはずの庭は、綺麗に手入れされた、緑美しい芝生が敷き詰められ、塀の鉄柵には、赤、白、黄色と色鮮やかなつるバラが美しく咲き誇り、植木も綺麗に整えられている。


 私だって、農家の娘のはしくれ。

 人手の入らない畑が、その後どうなるかくらいは見て知っている。だから、人の手を借りずにこんなに綺麗な庭を維持されているなんてありえないと分かる。


 ――ううん、庭だけない。


 塗装したばかりのように真っ白い外壁。つやつやと美しい玄関扉。輝く窓ガラス。門から玄関まで続くアプローチの石畳も目立った傷みや汚れも見当たらず、馬車のために作られた玄関前のロータリーの中央では、噴水が天へと水を吹き上げ、そこから弧を描いて落ちてきた水しぶきが、水盤の水に波紋を幾重にも広げているではないか。


 人の住まない家は、あっという間に荒れ果て、朽ちていく。

 長い事空き家だったお屋敷が、今もこんなに美しい姿を保っているなんて、ありえない。


 だって、そう。さっき門の外で見たときには確かに、庭もお屋敷も確かに空き家そのものといった風体だったはず。


 なのに……これは……。


 「やあ、お客様……かな?」

 驚いて声も出ない私の後ろから、突然声がして。


 私は、悲鳴を上げることも出来ないまま、飛び上がった。


 「君は……誰だろう?」

 

 ぴょん、と反射的に跳ねた体が、再び地に足をつけて、それからたっぷりひと呼吸分の間を置いてから、私は恐る恐る背後を振り返る。

 「君の名前は?」

 振り返ったその瞬間、キラキラと、視界に幻の星が散った。

 「私は、アン」

 キラキラと眩しい男の人。大人というには早いけれど、もう子どもではない。そういう年の頃のそのお兄さんは、まるでおとぎ話の絵本から抜け出してきたような、金の髪に青い瞳。赤いマントと、かぼちゃパンツに白タイツという出で立ち。

 ……こんな格好をした、こんなにも綺麗な人、私はこれまで一度も見たことがなかった。

 「あなたは、誰……?」

 当然の疑問が浮かんだけれど、でも、今のこの状況……。他人の家に勝手に入っちゃいけないことくらい、私だって分かっている。

 もしかして、門の前には居なかったけれど、この彼が門番なのだろうか?

 すると、私もジャックみたいに首根っこを掴まれてつまみ出されてしまうんだろうか?

 「僕? 僕は――王子プリンス、だよ」

 彼は、私の頭の中に浮かんでいたイメージを言い当てたように、そう答えた。

 「……プリン……?」


 ――確かに、私の村を統治する領主様が仕えるこの国は王国で、今の王様には王子様が4人居るらしい。

 でも、王都まで馬車で何日もかかるようなこんな田舎の、こんな場所に王子様……?


 そんな疑問を私が口に出すより先に、その自称王子様は私の前に跪き、目の高さを合わせて微笑んだ。

 「ようこそ、我が屋敷へ。可愛いレディ」

 畑や水仕事の手伝いで荒れた私の手をとって、その甲に口付ける。

 そう、それはまさに絵本の中の王子様さながらに――。


 そして、彼は私の手をとったまま立ち上がり、私の手を引いて歩き出す。

 ――屋敷の、玄関の方へと。

 「お客様なんて、随分と久しぶりだ。……なあ、そう思うだろう?」

 その途中で彼は噴水の向こうに声をかけた。


 今まで、噴水そのものにばかり気を取られ、その水の幕の向こうにも人影があった事に気付けなかった私は、またしても飛び上がるハメになる。

 「おやおや、確かに。これは実に珍しいお客様でございますね、ご主人様」

 庭のバラの手入れをしていたのか、ハサミを手にした黒の燕尾服姿の男がひょいっと顔をのぞかせた。

 「執事バトラー、お茶の準備を頼むよ」

 「――かしこまりました」


 村の男の人と比べて随分と細身で、背も高い彼は、ほぼ直角に腰を折って頭を下げ、早速庭いじりの道具を置いて先に立ち、玄関の扉を開けてくれる。

 ……これが、王子様同様絵本でしか見たことのない“執事”というものなのだろうか?


 ほんのり焦がした飴色のドアのその向こうは、やはりピカピカに磨かれた、広いホールになっている。お屋敷は2階建てで、ホールは2階の屋根まで吹き抜けになっており、天井から下がる豪華なシャンデリアから降ってくる輝きが眩しいほどだ。

 ここだけで私の家が丸々入ってしまいそうなほどに広いそのホールの左端に、2階へ上がる階段があって、そこからぐるりとホールを囲うように2階の廊下が続いている。


「さあ、姫。こちらへどうぞ」


 手を引かれるまま、ホールを抜け、ホール真正面の壁にある大きな両開きの扉をくぐる。

 ホールだけでも十分すぎるほど広かったのに、それと同じか、それ以上に広いかもしれない、テラス付きの部屋の中央に置かれているのは、大きな食卓。

 横に長い、そのテーブルの両脇にはそれぞれ椅子が6脚ずつ並び、その両端にも一脚ずつ、つまり14人もの人間が一度にかけられるテーブルの、窓際の一番奥の席を引かれ、座らされる。

 私が腰掛けると、すぐさま、さっきの執事バトラーさんがやってきて、見たこともないほど美しい装飾の施されたカップに注がれた香りのいいお茶と、綺麗な食器に盛り付けられた、色とりどりの見るからに美味しそうなお菓子の数々を目の前に並べてくれる。

 「さあ、どうぞ。ご遠慮なさらずお召し上がりくださいませ」

 笑顔で丁寧に勧められ、そのあまりに美味しそうな匂いにつられて、そろそろと手を伸ばした、その時――……

 

 「主、いらっしゃいますか?」


 ドンドン、と、少し乱暴に扉をノックする音が広い部屋の中に響いた。

 「何だ、全く。空気を読まない奴め。しょうもない用事だったら、夕飯抜きの刑だぞ、騎士ナイト?」

 執事バトラーさんがすぐさま扉の前に立ち、それを開けた。

 扉の外で、直立不動の気を付けをして立っていたのは、全身に甲冑をまとった――これまた絵本の中の騎士そのもの、といった出で立ちの――

 「いえッ。実は例の件で、少々問題がッ……!」

 ――男、だった。言葉少なに、しかし声だけはまるで宣誓でもするかのように野太い声を張り上げる。

 「……うるさい、もう少し静かに話せといつも言っているだろう。客人が驚いてしまうではないか」

 「はっ、申し訳ございません! ……ですが、危急の要件だそうで」

 「……仕方ない。分かった、今行く」

 王子プリンスは、騎士ナイトに一度下がるよう指示し、自分も席を立った。

 「さて、客人を残し中座するとは、大変無礼な振る舞いで申し訳なく思うが……、僕はしばし席を外さなければならない。すぐに戻るから、少々お待ちいただいてもよろしいか、レディ・アン?」

 聞きなれない呼び方にびっくりした私は、慌てて頷いた。

 「ありがとう、レディ。お菓子でも食べながら、待っていてくれ」


 部屋を出て行く彼のために、もう一度扉を開けた執事バトラーさんも、王子プリンスと一緒に部屋を出て行ってしまう。


 私は、広すぎる部屋にぽつんと一人、取り残されてしまった。

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