どっちが言い出すかで揉めることなんてざらにある
「すごいこと言っていい?」
クロが言うので、シロは思わず「ダメ」と答えた。
「じゃあ、言わない」不貞腐れるクロ。
「……言えよ」
面倒くさそうに、シロは言った。
「言わない」
「言えよ」
「言わない」
「言え」
「ノー」
「じゃあいい」
「……仕方ないから、教えてやるよ」
聞かれないと、それはそれで寂しいクロだった。
「で?」シロが訊いた。
「その前に確認だけど、バイトの面接があったはずだ。それは、何日前?」
「一週間、日で言うと七日」
「時間で言うと?」
「百六十八時間強」
「なんと!」クロは、声を高くした。「それだけの時間を経て、俺は面接があったことを思い出しました」
すげぇ、とクロは感心した。
「…いや、面接したこと忘れていたのかよ!」
「違う、思い出したの」
怒りを露わにするシロに、平然とクロは答える。
「じゃあ…」嫌な予感がした。「ハイジに合否の連絡も…」
「……ハイジって、誰だっけ?」
「面接相手だよ!」
「……あ~、はい はい…アルプスの」
「しっかりしてくれよ、社長…」
こいつに任せるんじゃなかった、とシロは後悔した。
「お前が言えよ」
「お前が言えよ」
「じゃあ、最初だけシロが言って」
「こんにちは、って?」
「『こんにちは。面接のことをうっかり忘れていた者ですが、その件について思い出せたので、連絡しました』って」
「俺だけ泥かぶり過ぎじゃない?」
あきらかに不満げなシロに、そんなことはない、とクロは主張した。
「その後は俺が引き継ぐから、俺がちゃんと謝罪してあげるから」
「してあげる、って何だよ?」
「俺達二人の失態を、ちゃんと詫びるから」
「俺に落ち度なくない?」
どうしても納得できないシロは、さっさと電話しろ、とケータイをクロに投げて渡した。
クロは、それを一瞬受け取り、すぐにポイと捨てた。
シロのケータイが、事務所の床に転がった。
クロは、自分のケータイで電話をかけるか、また悩み始めた。
「ていうか、一週間くらい空くのは普通じゃない?」ケータイをポケットにしまい、クロが何か言い始めた。「熟考すれば時間もかかる、むしろ一週間なら早い方じゃない?」
「どうだろうな」投げ捨てられたケータイを拾い、どこか怒った口調でシロは答えた。「時間の流れは一定でも、感じ方はそれぞれ主観が伴うから。待たされた一週間と忘れていた一週間、それを同じ一週間というのは難しいだろうよ」
「…空白の時があっても思い出せた俺はすごい、ってこと?」
「そう思うなら、自信を持ってお前が連絡しろよ」
シロが冷たく突き放すように言うので、クロは「すぐそういうこと言う」とすねた。
「そういうことだろうよ。自分が悪くないと思うなら、何も躊躇うことはない」
「なら、躊躇なく出来るヤツがやればいいじゃない。シロやれよ」
「お前、言っている事メチャクチャだな!」
「履歴書、電話番号ちゃんと書いてある?」
「もうバッチリ」
「あ、そう」
電話が出来ない理由を、クロは探した。
しかし、相手の連絡先が手元の資料にあって分かって、フル充電されたケータイが手元にあれば、電波障害でも起きない限り、電話が出来ない理由を見出せない。
電波障害が起きていないか、と微かな希望にすがって、もしそれで電話がかかってしまったらアウトだ。
「いい加減、覚悟を決めろよ」シロ、ではなくクロが言った。「なんとか言い訳すれば、怒られなくて済むかもよ?」
もしかしたらの奇跡に掛けて誤魔化そうとしたクロだが、シロは、
「俺に怒られたくなかったら、さっさと電話しろ」
と、騙されなかった。
「社長命令」
「却下」
副社長が『社長命令』を断ったので、社長自ら面接相手に電話することになった。
「でも…」
「しつこい!」
ウダウダ言うクロに、シロが一喝した。
仕方ないので、クロは、ケータイを開いた。
ピ、ポ、パ、ポと躊躇いながら、キーを打ちこむ。
全て打ち終え、発信ボタンを押す。
一瞬の間があり、プルルルとダイヤル音がした。
この瞬間、クロは「繋がらなかった」と電話を切ろうとした。
「繋がらないのだから、しょうがないじゃないか」
そう口先をすぼめて目尻に皺を寄せ、モノマネの一つでも交えて言えば、許される様な気がした。
しかし、
「遅い!」
と、ワン切りする間もない位に早く、そして予想外のところから、声が飛び込んできた。
クロとシロは、驚いて、声のした方を見た。
事務所の入り口、そこに、そのドアを力強く開け、ケータイ電話を強く握りしめたハイジの姿があった。
――なんでそこに居るの?
唖然とするクロとシロが訊く前に、
「忘れていたのかよ!」
と、面接直後から、どういう職場でどういう事をしているのか、そこに居る人達ごと観察していたハイジが、ためこんでいたモノを吐き出すようにツッコんだ。
クロとシロは、驚きのあまり、目を丸くして何も言えないでいた。
しかし、何か言わないとならない空気が、この場にあった。
ぜぇぜぇと肩で息をするハイジだが、それが息切れから来るものではなく、怒りから来るものだろうことは容易に想像できた。まだ肺活量に余裕ありそうなのに、あえて何も言わないでいる感じが、二人にひしひしと伝わってくる。
何かを言おうとするシロ。
何か言えよ、とシロに目で合図を送るクロ。
何で俺だよ、とシロは眉間に皺を寄せて応える。
知らんのプイ、とクロはそっぽを向いた。
おい! と怒鳴りかかりたいシロ。
しかし、この場で一番怒っているのは、シロではなかった。
もちろん、クロでもない。
「すいません!」声に怒りを滲ませ、ハイジが言った。「なんとなく今がそんな気がしたので伺ったのですが、私の面接結果を聞くことは出来ますでしょうか?」
追いつめられたクロとシロ。
追い詰められた状況で、しかし「はい」と答えるだけで自分はセーフな気がしたシロは、「あ」と口を開いた。
だが、とにかく修羅場が嫌なクロは、
「追って連絡します」
と言って、無駄に修羅場が長く続く方を選んでしまった。
「いつ頃になるでしょうか?」
ハイジが訊いた。
「今日の夕方にでも間に合うかと…はい」
「すいません、今何時ですか?」
「午後三時過ぎです」シロが答えた。「ボク、三時のおやつにプリン買ってきます」
「プリンなら冷蔵庫にストックあるぞ」
シロを逃がさないようにとクロが、すかさず言った。
「プリンも新鮮な方がいいだろ」
「大丈夫、焼きプリンもあるから」
「焼きプリン…?」
それ、御馳走して貰えるの? とハイジは食いついた。
――ここだ!
勝機を見出してクロは言った。
「結果は合格です。お祝いに焼きプリンを一緒に食べましょう」
焼きプリンが美味しいんだもの…。