表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/46

一段落とは心地いいモノだ


「ハイジの面接は、何事もなく終わった」

 クロが言った。

 社長のクロが言うので、そういうことにした。

 ハイジが帰った後、クロとシロは、いつもの事務所なのに、なんだかいつもは感じることの無い居心地の良さを感じていた。

 緊張の糸が解けた、そんな感じだ。

「しかし、来たな」

 グダァッと過熱し過ぎたモチのようにだらしなくソファーに座るシロが言った。

「ほんと、来たな」

 シロと同じような態度で、クロが答えた。

「まさか来るとはなぁ」

「よもや来るとはなぁ」

「いやはや、来るとは」

「いやもう、来るとは」

「「…………はぁ…」」

 現実を疑いたい、そんな気持ちのクロとシロだった。



 しかし、現実を疑ってもしょうがない。

 それに、誰かを雇おうとしていたところに、ちょうど人が来たのだ。しかも、それが理想的な人物である。

 文句は、ない。

 が、やっぱり気になるのは『時給は時価』ということで問題はないのか、ということだ。

「……いつまでも気にしていてもしょうがないし、とりあえずなんか飲むか」

 クロが言った。

 それに、

「それじゃあ、コーヒー」

 と、シロは答えた。

 この瞬間、いつものような落ち着きを見せ始めていた空気が、またざわついた。



「あれ? 俺のことをアゴで使う気?」

 クロが、不満気に言った。

「あ?」

「俺、社長よ」

 クロが言うと、不愉快そうにシロが眉根を寄せた。

「だから、なんだよ」

「なんだってことはないが、シロは副社長、俺は社長」

「で?」

「コーヒーは?」

「クリープと砂糖を一つずつ頼む」

「そういうことじゃないでしょうよ」

 クロは言った。

 シロは、クロの言わんとしている事を理解した。

 クロは、自分が社長だという事を思い出して偉ぶっている、と。

 コーヒーを入れろ、クロはそう言いたいのだとシロは察した。



 一段落ついた。

 しかし、いつもの日常に戻って心地好さを感じたのも、一時であった。

 突如として、どちらがコーヒーを入れるかという争いが生じた。

「言い出しっぺがやるのが普通だろ」

 というのが、シロの言い分で、

「いや、俺社長だし」

 というのが、クロの言い分だった。

「社長は、副社長よりも偉いわけで…」

「けど、いままではフェアな関係でやってきたわけで…」

「でも、新しく部下も加わることだし、上下関係はハッキリさせた方がいいと思うし…」

「上下関係をハッキリさせるというと聞こえはいいけど、ワンマンになるのは違うと思うし…」

「コーヒーひとつでワンマンな社風にする程、傲慢じゃないつもりだけど…」

「社長という肩書を思い出してイイ気になるやつの言葉なんて、信用できないけど…」

「イイ気になんてなっていません」

「なっています」

 クロとシロは、ムキになって言葉をぶつけ合った。



 本当はもう、コーヒーなんてどうでもいい。

 この不毛な言い争いを終わらせたい。

 一杯の水が飲みたい。

 長々とした言い争いの末に、二人は、そう思っていた。

 コーヒーなんてどうでもいいから、さっさといつもの日常に戻ろうよ。

 だが、互いにそれを言い出すことは出来ない。

 それを口にしたら、すなわち負け。

 二人とも、負けたくはないのだ。

「ブラックでも良いよ」

 と、少しでも手間を省かせようとする、甘党のクロ。

「ホットミルクでも良いぜ」

 と、コーヒーを飲みたかったはずのシロ。



 お互いに、譲れないモノがある。

 ないかもしれない。

 いや、ないことはないはずだ。

 たぶん、あるはずだ。

 だから、こうやって言い合っているのだ。

 でも、二人とも、相手を言い負かしたいワケではない。

 勝ちたいなんて思っていない。

 なんなら、コーヒーもどうでもいい。

 ただ、なんとなく、相手の言いなりになって負けたくない、そういう想いが、二人の胸の内にあった。

「じゃあ、じゃんけんするか?」とシロ。

「いや、そこまでして飲みたいワケでもないのよ」とクロ。

「負けるのが怖いか?」

「こういうのって、たいがい言い出しっぺが負けるよね」

「そうならないこともあるって、ここで証明してやるよ」

「だから、証明するとか言っている時点で気持ちが萎えるのよ。ギスギスした気持ちはなしで、もっと穏やかに和やかにコーヒータイムを愉しめないのか、ってね」

「お望みなら、自分の力でそういう空気を作ってみろよ」

「いや、俺には荷が重い」

「簡単だって。湯を沸かして、インスタントコーヒーが入ったカップに湯を注いで、『どうぞ、シロ様』って出すだけだから。たった3工程だ」

「湯を沸かして、『どうぞシロ様』?」

「違ぇよ!風呂にでも入れ、ってか?」

「俺、モノ覚え悪いっていう設定だから」

「その設定を口に出来るだけの覚えの良さはある。レッツ、トライ」

「……あれ? ここは、どこ? 俺は誰?」

「…ここは、喫茶店。お前は、世界一のコーヒーを淹れる男だ」

「シロの嘘つき」

「記憶喪失を演じるやつに言われたくねぇよ」



「何しているの、この人達?」

 ハイジは、気持ち悪く感じた。

 面接が終わった後、一段落ついて気持ちに余裕が生じたハイジは、これから自分も働くことになるかもしれない職場の環境について、直に見て知っておこうと思った。

 そういうことでドアの隙間からのぞき見た光景は、どっちがコーヒーを淹れるかというくだらなくも激しい論争だった。

「ハイジがこの光景見たら、どう思うか考えてみなよ『ここの副社長は、コーヒーも淹れないのか』って愕然するよ、きっと」とクロ。「どうかね。『コーヒー一杯でグダグダ言う社長なんて嫌だ』って呆れるぜ、きっと」とシロ。

 ハイジは、思った。

―― インスタントのコーヒーくらい…

 自分が淹れてあげるよ、と。


面接は終わっていました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ