秘書という字の頭には美人を付けたい
「それじゃあ、明日から来てもらえるかね?」
そのクロの言葉は、本当に来てくれるの、と疑いを掛けるようだった。
「はい、大丈夫です」
ハイジは、ハッキリと答えた。
これで逃げ道は無くなった、とクロとシロの二人は、ハイジを雇うことを覚悟した。
『時給は時価』というふざけた広告を出した職場の、仮にも社長という立場にあるクロは、もし給料払えなかったら労働法とかに引っ掛かって訴えられるのかな、と怯えていた。
そんな両手で顔を覆ってうな垂れるクロ。
彼を置いといて、シロは「何か質問は?」とハイジに訊いた。
「……あの」恐る恐る、ハイジは訊いた。「服装の指定とかは?」
「特になし。制服もないし、人前に出られる格好ならOK」
「…というのは副社長シロの勘違いで、ミニスカに縁の細い眼鏡」
と、クロがボソッと呟いた。
クロは、シロから脳天に拳骨を落とされた。
「服装は、自由」
「事務員というのは、どういうことをすれば?」
この機会に事前に知っておこう、とハイジは質問した。
しかし、
――どういうこと?
と、クロとシロは、首をかしげた。
「…事務員というとアレだが…つまり、秘書だ」
「え?」
クロが答えると、ハイジはあきらかに戸惑った様子を見せた。
「お、おい!」
「だって事務員よりも秘書の方が響き良いし、『秘書』として雇うと秘書検定を持っていないといけないとか面倒くさいものがあるらしいって聞いたから」
「えっ?」
ハイジは、戸惑いの色を強くした。
これ以上喋らせると面倒なことになりそうなので、「いや、あの…」とシロが口を挟んだ。
「たしかに、秘書の方が響きは良い」
「だろ?」とクロは、得意気に言った。
「ああ。だが、秘書というと社長だけの付き人の印象がある。それは納得いかないし、秘書っていう感じの仕事でもないだろう」
――なんか、言っている事おかしくない?
ハイジは、突っ込みたかったが、堪えた。
「じゃあ、事務員ってどういう仕事なの?」
――社長がそれ訊くの?
「事務員っていうか、雑用だよ。俺等の命令に忠実に従う下僕」
――おいっ、なんか格下げしてないか!
「あの」耐え切れず、「とりあえず私個人の職務内容は置いといて、お二人は何をしているのですか?」とハイジは訊いた。「チラシには『何でも屋』とありましたが」
「何を って…?」
クロは、眉根を寄せた顔をシロに向けた。
「何でも、だよ」少し考えて、シロは答えた。
「具体的には?」
そう問われ、二人は自分の役割を考えてみた。
「二人とも、基本的にやることに区別はしてない」とクロ。
「ああ。だが、性能の差はある」とシロ。
「俺が、主に動く方」
「俺が、主に指示出す方」
「社長交代したら?」
そう言わずにはいられない、ハイジだった。
「社長交代の件については、前向きに検討しよう」
「おいっ!」
クロが、慌ててシロに言った。
「冗談だよ」悪戯っぽい笑みを浮かべ、シロは言った。
「勘弁しろよ、まったく…」
「あの、それで…」
「ああ、服装は自由で良いよ」とクロ。
「いや、服はもうどうでもいいです」
「肩書も、秘書や事務員が嫌だったら、応相談」とシロ。
「いや、あの…」
ここの職場が何をしているのか、職員が何をしているのか、ハイジは知りたかった。
が、なんか疲れた。
また今度で良いか、そういうことにした。
秘書検定について詳しくは知りません。
美人秘書、って四字熟語はスゴイ雰囲気を持っている気がします。
ちなみに、ハイジに美人っていう設定はありません。