天上の月を食らう時
「ハイジ、月食って何?」
事務所での雑談中に、クロが質問した。
その質問に、ハイジは「月食ですか…?」と首をかしげて考えた。
「月食……は、日食とどう違うんでしたっけ?」
「月食も日食も、よくわからんのだが…」
困った二人は、「シロ」「シロさん」と、シロに助けを求めた。
呆れるように「はぁ~」と溜め息を一つつくと、シロは答えた。
「月食というのは、地球が太陽と月の間に入り、地球の影が月にかかることによって月が欠けて見える現象。ちなみに日食というのは、太陽が月によって覆われ、欠けて見えたりする現象のことを言う」
「「はぁ…」」
当り前のように説明するシロに、クロとハイジは、生返事することしか出来なかった。
「で、月食がどうかしたのか?」
シロが訊くと、ケータイのニュースを見ながらクロは、微笑を浮かべ、言った。
「今晩、その月食だって」
今日の夜、月食という名の天体ショーが起こる。
それを知ったクロとシロは、楽しそうな様子を見せた。
「どうする、シロ?」
「どうするもなにも、見るだろ」
「でも、この事務所からだと見え難くない?」
「あ…」シロは、窓際に寄って外を見上げた。そこから見えたのは、空を隠そうとするビルだった。「たしかに、そうだな…。どっか行くか?」
「出店のあるとこ」
クロは即答した。
が、「ねぇよ」とシロも即答する。
「そんなに祭りめいた行事じゃねぇし」
「どんなに巨大な劇場よりも大きな空のスクリーンでやるショーなのに?」
「そういうこともある」
面倒くさそうにシロは言った。
「じゃあさ」クロが、何かを閃いた。「どこか河川敷とか広い場所に行かない? そこでビニルシートを敷いて、寝っ転がって見るの」
「おっ、いいな」なかなかの好感触を見せるシロは、さらに「飲み物と軽い食いモンも用意して」と提案した。
「いいね」
どんどん盛り上がる二人の計画。
それを傍で聞いていたハイジは、楽しそう、と羨ましく感じていた。
その感情が表に出ていたのか、「ん?」とクロが気付いた。
「ハイジも行く?」
「行きます」
ハイジは、喜んで参加を決めた。
ハイジも加わることが決まると、さらにクロとシロは、何時に集合するかなどの予定を話し合った。クロなんかもう手書きのしおりを作り始める勢いだ。
すると突然、事務所の入口の戸が開き、
「聞きましたよ」
と、ミタラシが入ってきた。
ビックリするクロとハイジ。
シロだけは、苦々しそうに表情を歪めていた。
「いいだろ。じゃあな」
冷たく素っ気ないシロの態度。
ミタラシは、不愉快そうに肩眉を動かした。
だが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「いいの、そんな態度で?」
「あ?」
優位な立場にいることを勝ち誇ったように、ミタラシはフフンと鼻を鳴らした。
そして、睨むようなシロの視線を受けながら、ミタラシは言った。
「軽食の準備、引き受けてあげてもいいですよ」
喫茶店のマスターの娘、ミタラシからの提案。
自分達で用意するよりも確実に良い物が期待できる、ハイジはそう思った。どうするのだろう、とシロのことを見つめ、彼の答えを待つ。
そんなハイジの様子に気付き、クロもシロのことを見つめ、答えを待った。
「……勝手にしろ」
どうでもいい、と投げやりになってシロは答えた。
「やったあ」
「楽しみですね、ミタラシさん」
「うん」
「私、準備手伝いますよ」
「いいよ。でも、ありがとう」ひとしきり喜んだあと、ミタラシは、大体どういう食べ物を用意すればいいか、三人のリクエストをとりながら確認し、空中でそろばんをはじいた。「じゃあ、領収書はシロ宛に送るから」
「金とるのかよ!」
「格安にしとくね」
そう言うと、ミタラシは事務所を出て行った。
「会費制にするか」シロが言った。
「え~、俺も金出すの?」
「だよな、イヤだよな。じゃあ、最年長のミタラシに出してもらうことにするか」
ミタラシのいない所で、勝手に決めた。
いいのかな、っていうかダメだろ、とハイジは思った。
だが、あまり下手なことも言えないので、
「下の喫茶店で準備するなら、シロさんも手伝えば…?」
と言ってみた。
「あ?」何を言っているのだ、と嫌そうな顔をするシロ。
「なにか不都合でも…?」
「ハイジ、プロの殺し屋とただの殺人鬼やチンピラの違いは何だと思う?」
突然の質問に困惑したハイジだが、「報酬…?」と思い付いた事を口にした。
「その通り。誰彼構わず傷付けるなんてこと、プロはしない。『普段やっている事でしょ』『仕事と同じでしょ』なんて、冗談言え。プロを動かすには金がかかるし、オンとオフを区別できるからプロなんだ」
つまり、やりたくないわけだ、とハイジは察した。
「殺し屋だったのか、シロ」
「気付かれちゃあ、しょうがない。お前もここで消しておこう」
「た、助けて…」
「バキュ~ン」
ふざけて遊ぶ二人。
プライベートでも殺しをしようとしているではないか、とハイジはつっこみたかった。
太陽が真上に行き、そして落ちてきた。
もうすぐ太陽は隠れ、外は暗くなるだろう。
月食はまだでも、そろそろ日暮れ。
クロたちは、仕事もなかったので、月食が起きるのを待ち遠しく思いながら待っていた。
そしたら、ちょうど暇を潰してくれそうなカボチャ頭が来た。
「おじゃまします」
「よく来た、パンプ」
突然の訪問を歓迎され、パンプは面食らった。
「ど、どうしたんすか、クロさん?」
「退屈だったのさ。何かして」
「なんすか、その無茶ブリ!」
なにがなんだか分からず、パンプは混乱した。こんな時は、と この事務所の良心的存在に視線を向ける。
「実はですね、今晩起こる月食を楽しみにしていて…」
ハイジは、事情を説明した。
「なるほど、月食ですか…」パンプは、楽しそうにニヤッと笑った。「面白そうですね、それ。どっかに見に行くんすか?」
「空ならどこからでも見えるだろ」
シロは、面倒臭そうにあしらった。
「見えるって、この事務所からだと月は見えにくくないですか?」
「まぁ、な」
「せっかくっすから、どっかに見に行きませんか?」
「月にでも行くか?」
「何を言ってんすか、シロさん。こんな時に月に行ったら、食われちまいますよ」
「お、バカ発言」
「パンプさん…別に月食と言っても、実際に月が何かに食べられるワケじゃないですよ」
バカにしないように気を付けながら、ハイジは言った。
「……あ、そっすよね」パンプも、そりゃあそうだ、と納得した。「月、一個しかないのに、食うのはマズイっすよね」
「お、またバカ発言」
「お、そうだ」クロが、閃いた。「せっかくの天体ショー、ハイジ、知り合いに声掛けたら?」
「そうだな」シロも同意した。「万が一のこともある、会費制になった時のことを考えれば、頭数は多いに越したことはない」
そういう理由? と、どこか釈然としない思いを抱えたハイジだが、せっかくだしアニマちゃんにメールしてみよう、と考えていた。
「じゃあ、俺も参加させてください」
パンプは、勢い良く手を上げた。
「参加費、一万な」
「高っ!」
ハイジからアニマに連絡が行き、悪の組織の二人も来るらしい。
参加費一万円は払えないが、パンプも来るそうだ。
参加人数の増加という連絡は、ちゃんとミタラシにも行った。食べ物も飲み物も、多目に用意してくれるそうだ。
何も問題はない。
地球を巻き込んだ天体ショーの主催者として、クロとシロは、満足感を覚えていた。
日が暮れ、会場に着く前までは。
「「広っ!」」
待ち合わせ場所として指定した『河川敷』は、想像以上に広かった。
この砂漠で待ち合わせ、と言うのと同じとまでは言わないが、似たようなモノだ。目印も何も無いこの広い河川敷で集合するのは、なかなかに困難だと言わざるを得ない。自分達のように月食を見に来たらしいグループもちらほら見えるし、相手に探してもらうのは難しいかもしれない。
「どうする? シロ」
「どうするか…」
主催者として早目に来ていた二人は、考えた。
そして、同時に「「あっ!」」と閃いた。
「目印がないなら、作ればいい」
「作る?」ハイジは、首をかしげた。
「作るというか、呼ぶ」
クロが、意味深な笑みを浮かべた。
広い砂漠で木が一本立っていれば、それなりに目立つ。遠くからでも眼にとまり、見付けた人は、その下に水があるのではないか、少なくとも日陰はあるから休める、と目指すことだろう。
広い河川敷でも似たような事は言える。平均値を大きく超える身長の男がいれば、遠くからでも容易に見付けられる。たとえ似たようなグループがあったとしても、この目印があれば、心配はない。
「よく来た、アメ助」
「食事を奢ってもらえるって聞いたんすけど…?」
食べ物が何も用意されていないことに、アメ助は不満を募らせた。
「ウソは言ってない」シロは、そう焦るな、と言った。「食べ物は、向こうから来る。だから、食べ物が道に迷わないように、目印が必要なのだ」
「…誰かが弁当か何かを持って来てくれるから、それまで目印として立っていろ、そういうことですね」
「察しがイイね」
クロは、少しでも目立つようにアメ助に直立不動の体勢をとらせた。
大きな目印は人目を引き、クロ達を見付け易くした。
そして、すっかり暗くなった頃。河川敷に、クロ、シロ、ハイジ、ミタラシ、パンプ、アニマ、カグラ、アメ助の八人が集まった。
「ハイジさん、誘ってくれてありがとうございます」アニマは、礼を言った。
「こちらこそ、来てくれてありがとう」
「俺からも礼を言わせてもらう」カボチャ頭の生物や大男との面会の場を用意してもらえた事に、カグラは感激していた。「ありがとう」
「ど、どういたしまして…」愛想笑いで応えたが、この人だれ? とクロは疑問に思った。
「シロ! 運ぶの手伝ってって、メールしたでしょ」重箱に詰めた弁当を持ってきたミタラシは、シロを見付けると、苦言を飛ばした。
「そこのカボチャを遣いに出しただろう」
パンプがミタラシを手伝っているのを見て、シロは言った。
「何言っているんすか、シロさん! これは偶然、俺が困っている女性に手を差し伸べた結果でしょうよ」
「どうでもいいけど、弁当…」
アメ助のお腹が、ぐぅ~と鳴った。
肝心の天体ショーは、というと。
「シロ、まだなの」
「始まっているよ。ほれ、少し欠けてきただろ」
「え、地味」
と、クロは早々に飽きてしまった。
そして、天体ショーもそこそこに楽しく飲み食いをした後、クロは眠ってしまった。
「お~い、起きろ、クロ」
シロが声をかけるが、クロが眼を覚ます気配はない。
結局、月が完全に隠れるのを、クロは見る事が出来なかった。
そして後日、テレビのニュースで完全に月が隠れた幻想的な状態を見たクロは、
「なんで起こしてくれなかったのさ!」
と、シロに怒鳴りかかり、「起こしたっつーの」と逆に怒られてしまう。
「天体ショー」という言葉の響きだけで心動かされます。
ちなみに、軽食などの費用は、会費制にしてピンハネしようと企む男がいたのですが、ある女性がその会費料を格安に設定したため、不足分を会費制を提案した男が責任を取って払わされたそうです。




