悪のスカウト
ハイジが一人で事務所の留守番をしていると、来客があった。
一瞬戸惑ったハイジだが、相手を確認すると冷静に対応する。
「なかにどうぞ」
依頼人であればクロやシロがいないから困るが、どうやら依頼人ではないらしい。
来た客は、カグラだった。
「失礼します。あの、クロ達は…?」事務所の敷居をまたぐなり、カグラは訊いた。
「すいません、いま留守にしていて…」
「どこに行っているか分かります?」
「さあ? 『風が呼んでいる』と言っていたので、いつ帰ってくるかもちょっと…」
ハイジは、申し訳なく感じた。
だが、あまり問題はないらしい。
「じゃあ、あいつらじゃなくていいや」
中に通されたカグラは、来客用のソファーに座った。
用件はハイジ相手でも事足りるらしい。
「どうぞ」ハイジは、コーヒーを出した。
「どうも」
「あの…どんな御用件で…?」
コーヒーを一口すすったカグラは、「実は…」と口を開いた。
「紹介してほしい人がいて」
「紹介?」
女の子かな、とハイジは思った。が、違った。
「この前 俺の所に来た男ですよ」
「……男の人を紹介する…」
ハイジは、いきなり不慣れな授業について質問された様な、居心地の悪さを感じた。
紹介できる程に男の知り合いは多くない。そもそも、男の人が男を紹介してくれと女の自分に頼みにくること自体、不思議な感覚だ。
私じゃない方がいいのでは、そう言いたかった。
しかし、どうやら私でもいいらしい。
「乳歯を抜いてくれと言いに来た男だよ」
「…ああ」
そんな人物、一人しか心当たりがない。大学生になってもまだ歯が生えかわっていない、いつもアメを舐めている子供のような、それでいてガタイの良い大男。
アメ助だ。
「どうしてまた…?」
悪の組織のリーダー、カグラが紹介を求めている。
理由が気になる。何か悪い予感がしないでもない、少なくとも良い予感はしない。
「会いたい」カグラは真剣な面持ちで言った。「会って話がしたい」
「話?」
「ああ。是非とも我が悪の組織に入ってもらうのだ」
「ああ、そうですか…」
ハイジは、まだ何もしていないのに、どっと疲れた気がした。
どうでもいいや、くだらない、そう口にしないようにだけ注意を払った。
「アメ助さんは…」
「アメ助というのか、彼は」
名前も知らないレベルの間柄か、とハイジは呆れた。その程度でよく悪の組織に誘おうと思ったな…。
「はい。アメ助さんは、クロさん達の後輩らしいです。私も詳しい事はよく知りません」
「なるほど、クロ達の後輩か…」
「たぶん、お二人に聞けば連絡先くらいは教えてくれるかと…」
「……結局あいつら待ちか…」
面倒だな、とカグラは顔をしかめた。
顔をしかめたいのは、ハイジも一緒だ。こんな事に付き合わされるなんて、と面倒くさく感じる。しかし、それを我慢して、「どうしてアメ助さんを?」と勧誘理由を訊いた。
きっと悪の組織のリーダーにしか感じ取れないような素質があるに違いない。
そう思ったのだが、カグラは「でかいからだ」と即答した。
「え?」
「でかいというだけで、即戦力だ」
まるで運動部の新入部員を選ぶ理由のようだ、とハイジは思った。
「それだけですか?何かもっと理由が…?」
「いや、ない」カグラは断言する。「理由なんてひとつあればいい」
「いいんですか?」
「勧誘するのに理由が一つもあれば多過ぎるくらいだ」
「はあ…」
ハイジは言葉を失った。
だが、なんかすごいな、とは思った。
ハイジに器の大きさのようなモノを感じさせた男は、コーヒーを飲み干した。
クロとシロが後どれくらいで来るかわからない、おかわりを出した方がいいだろうか、ハイジは考えた。
だが、その必要はなかった。
「なんでカグラがいる?」
シロの声がした。出入り口を見ると、二人が帰ってきた。
「クロさん、シロさん」
「よお、ハイジ。今日は早いな」
「なに言っているんですか、クロさん。今日もう一度会ったでしょ。『ようやく来た』って愚痴をこぼして出て行ったくせに」
「そうだっけ?」
「『緊急の依頼が来ないとも限らないから留守を任せる』って言っていました」
「そんなこと忘れるくらい楽しかったから」
「遊んできたんですか!」
ハイジが責めるような口調で言うと、シロが「どうでもいいけど、何故こいつがここに?」とカグラを指差し、ハイジに訊いた。
「実は…」ハイジは、事の経緯を話した。
「なるほど、かくかくしかじかね」
「クロさん、それ、説明する側が使うヤツ」
「どうでもいい」シロが語気を強くして言った。「問題は、アメ助の個人情報の取り扱いについてだ」
「教えろ」カグラが、よこせとばかりの手振りをして、言った。
「それが人に物を頼む態度か?」
「電話番号だけでいい」
「超重要情報だ、ボケ」冷たい態度のシロは、「学生名簿でも何でも見てろ」とカグラをあしらった。
「学生名簿って…」カグラは気付いたようだ。「あの男、大学生か?」
「お前のトコの一年だよ」
「なんと!」灯台下暗し、カグラは驚き、「こうしてはおれん」と言ってすぐに帰った。
「シロさん…」カグラがいなくなると、ハイジは恐る恐る言った。「学生名簿って、卒業生のアルバムはありますが在学生の物は…。そもそも、個人情報は載ってないかと…」
「だろうな」
シレッとシロは言った。
悪いな、この人。ハイジは思った。
大きいだけで即戦力とは、うらやましい話です。




