初モノは高くつく
何でも屋の事務所に、何でも屋の三人とパンプがいた。
「またいるのか、おまえ…」
飽き飽きした様子でシロが言うと、「いいじゃないっすか」とパンプが応えた。
「暇なの?」クロが訊いた。
「いえ、明日までのレポートが溜まっていて、とてもじゃないけど忙しいっす」
「じゃあ、こんなところ来るなよ」
「物事には優先順位ってモノがあるんすよ」
「お前の順位、ちゃんと並べ変えた方がいいぞ」
クロが言うと、「ははっ」とパンプが笑って誤魔化した。「じゃあ、早速本題に入らせてもらいます」
「なんだよ?」
薄々要件が何かを察したシロだが、念のために訊いた。
ふふん、と得意そうに微笑して、パンプは言った。
「俺を雇ってください」
「却下」
「むり」
シロとクロは、食い気味で答えた。
クロ達のやりとりを見ていたハイジは、いつもの風景だ、と感じていた。
毎朝のあいさつを交わしているようにすら見える。
しかし、この日は違った。
「御二人がそう言うのは、こちらも想定の範囲内です」
「なら、もう諦めてくれない?」迷惑そうに、シロは言った。
「そうはいかないっす」パンプは、声を高くする。「俺の言葉を聞けば、二人は考え直すっすよ、きっと」
「いや、そんなことはなかったよ」
「あ、まだ言ってないっす」話を終わらせようとするクロに、パンプは待ったをかける。「これから、言うところっすよ」
「じゃあ、早く言えよ」
そのシロの言葉に理不尽さを感じたパンプだが、「うっす」と話し始めた。
「実は、今日の俺は依頼人です!」
どおっすか、と得意気なパンプ。
しかし、
「だから?」
「なんだよ?」
クロとシロは相手にしてくれなかった。
「帰れ」
シロが言うと、半泣きのパンプが「そんな寂しいこと言わないで」と食い下がった。
「わかった。じゃあ、お引き取り下さい」
「言い方変えただけっすよね!」
「こちらとしても依頼内容を検討しましたが、当方では御引き受け出来かねます」
「いつ検討したっすか! 一秒たりともしていませんよね」
「そう声を荒げるな、パンプ。クロがやっと形式的な断り方を覚えたんだ」
「あ、おめでとうございます…じゃないっすよ!」
クロとシロは、ぜんぜん相手にしてくれない。
だからパンプは、「ハイジさん」と助けを求めた。
イヤだな、とハイジは苦笑した。しかし、それでも「御二人に会いに来て下さったんですよ。少し話を聞いてあげるくらいしても罰は当たりませんよ」とクロ達を説得した。
「……しかたないねぇ」クロが、しぶしぶ重い腰を上げた。
「話を聞くだけだぞ」とシロも、重い腰を上げる。「俺達は、コンビニに行ってジュースでも買って来るから。話を進めてて」
「逃げるな!」出て行こうとする二人を、ハイジが慌てて止めた。「本当に腰を上げないで、というか私に厄介事をおしつけようとしないでください!」
「……さっきから何気にハイジさんもひどいっすよね」
パンプは、ボソッと呟いた。
話を聞いてもらえることになったので、では、とパンプは口を開いた。
「俺、彼女が欲しいっす」
パンプがそう言うと、クロ達の表情が険しいものになった。
黙ってクロが、シロに目配せする。それを受けてシロは、立てた親指を出口に向けて振った。出ていけ、ということらしい。それを察したパンプは、無言で首を横に振った。だが、すでにクロからの目配せを受けていたハイジが、どうぞとばかりに扉を開いていた。
パンプは、頭を深く下げた。
「空気が重いっすね」努めて明るくパンプは振る舞った。「ここはひとつ、楽しくお喋りでもしましょうよ、ね?」
「……………」「……………」「……………」
「はい、トークテーマ『初恋』」まずは俺から、とパンプは勝手に始めた。「俺は、覚えている限りで一番古いのは、小学校の先生っすかね。玲子先生っす。怒ると怖いけど、優しい人でした。はい、俺のターン終了、次はシロさん!」
「あ?」
「そんな怖い顔しないで、お願いしますよ」
めんどうくせぇな、と嫌がっていたシロだが、しぶしぶ語り始めた。
「俺は、恋に恋する男だった。だから初恋は、恋心を知ったとき、つまり自我の芽生えと共に、だ」
「はい、ハイジさんが若干引いています」その場の空気を読みとった的確なコメントをしたつもりのパンプだったが、シロに尻を蹴られた。痛む尻を抑えながら、「では次、ハイジさんお願いします」と振った。
「え、私もこの茶番に付き合うんですか?」
「ハイジ、業務命令だ」とクロ。
「イヤです。セクハラで訴えますよ」
「いいぞ、別に。全責任はパンプが取ってくれる」
「はい! ハイジさん、ありがとうございました」慌てたパンプは、「最後にトリをクロさん、お願いします」と逃げた。
「俺の初恋は、シロかなぁ」
「アウトぉ!」
話題を出した本人だけが盛り上がり、勝手に慌てふためいて、話を終えた。
夕方になっても、パンプは居た。
「ここでレポートやっていいっすか?」
事務所の机を借りて、わざわざここで課題をやった。
それが終わると、「俺がモテないのは、何でだと思います?」と悩み相談を始めた。
「うるさいから」とクロ。
「人の迷惑を考えられないから」とシロ。
二人はそう答えたが、ハイジは思った。
そんなカボチャのマスクを被っているからじゃない、と。
だが、「ハイジさんは、どう思います?」と訊かれた時、ハイジは「髪型かな?」と心にもないことを言った。
日が暮れたので、釈然としない疲労感を覚えながら、ハイジは帰宅した。
髪型って大切ですよね?




