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愛想の無いぬいぐるみ

かなり荒削りですが、よかったら読んでください。


 クロ達は、大学の食堂に来た。

 食事をしに来たのではなく、話があるというカグラに会う為に来たのだ。

 食堂の入り口をくぐり、目当ての人物を見つけると、

「で、何の用だ?」

 面倒くさそうに、シロがそう訊ねた。

「よくもそんな態度をとれるな!」

 怒りに顔を歪めたカグラが、三人を出迎えた。

「お前こそ、助けを請う立場でよくそんな態度をとれるな」とシロ。

「わきまえろ」クロも、シロの反応に乗っかった。

「ぐっ…。だが、そちらにも落ち度はあるだろう!」カグラが言い返した。

「なにぶん俺達も忙しい。今も抱えている案件が多数ある」

「お前にだけ構っていられないってことだ」

「そ、そうか…」

 ハイジは言えない。

 まさかさっきまでオセロをやっていたなんて。

 依頼が全くゼロの状況で、「何か面白いこと無いかな」と社長が愚痴っていたなんて。



「それで?」

 そう問い掛けたシロの言葉には、一からすべて説明しろ、という無言の命令があった。こちらにはモノ覚えが悪いヤツがいるからちゃんと説明しろ、という。

 無言の命令をちゃんと受け取り、カグラは語り出した。

「俺の運営する『悪の組織』が人手不足なのは、御存じの通りだ」

「いや、存じてねぇよ」クロは言った。「てか、まず名乗れ」

「またそこから?」クロの想像以上のモノ覚えの悪さに、カグラの声が高くなる。「話のテンポとか、そういうのはムシか!」

「名乗れ」

 シロが命令するので、しぶしぶカグラは「カグラです」と名乗った。

 そして今度こそと思いを込め、

「俺の運営する『悪の組織』が人手不足なのは、覚えているか?」

 と切り出した。

「ああ、そんなこともあったな」

「よし、続けろ」

 シロからGOサインが出たので、カグラは安心して続ける。

「お前らのお陰というと釈然としないが、それでも実際あの後、人が来た」

「どういたしまして」

「その『どういたしまして』もかなり釈然としないが、まあいい。話というのは他でもない、その来てくれた人についてだ」

「感謝と謝罪の言葉を伝え、丁重にお引き取り願え」

「いや、待ちに待った来訪者だから。つか、なんで謝罪?」

「心にやましい想いがあるだろう」

「ねぇよ!」

 悪の組織のリーダーとしてその返しもどうなの、とハイジは心の中で思った。が、それは口に出さず、「それで、その方がどうかされたのですか?」と話の先を促した。

「…ああ。変わった人というか、気難しいというか、とにかく接し方に困っている」

「男子校卒業したばかりの初恋ボーイか。そんな、彼女が出来たわけでもあるまいし」嘲るようにシロは言った。「どうしようもないアホな男同士だろ、気が合うって」

「どうしようもないアホってなんだ!」一瞬怒ったカグラだが、すぐに落ち着きを見せた。まるで、そのことは問題としていないようだ。そして実際、「それに男同士ではない」と別の大きな問題を投げつけてきた。

「え?」

「は?」

「え?」

「あれ? 言っていなかったか?」

 当然のように思っていた。

 アホな男同士のアホな悩みを聞かされるのだろうと。

 クロもシロも、そしてハイジもそう思っていた。そんな油断し切ったところに突き付けられた、衝撃的な事実。

「来たの、女子だぞ」

 ドガンと大きな衝撃を受けた。

 男子便所で用を足していた所におばちゃんが入ってくる十倍以上の驚き。

 まさか、悪の組織に女子大生がくるなんて!

 悪の組織って、ちょっとアホな男たちが集まる場所じゃないの?

 クロたち三人は、驚いて開いた口がふさがらなかった。



 戸惑うクロ達に、カグラが言った。

「ある日、俺達がまいたビラを持った女子が俺の所を訪れた。入学したばかりの一年生らしいその子は、詳しい理由は言わなかったが、どうやら俺達の組織に入りたいそうだ。俺としては入る理由を知りたいから訊こうとしたのだが、なにせその子、俺とほとんど口をきいてくれないときた。だから、困った俺は、お前らに助けを求めた。特に女子同士なにか通ずるものあるかもしれないということで、ハイジさんの助けを」

 流暢に喋るカグラ。

 だが、どこか不満気だ。

「おい…」眉根を寄せたカグラが続けた。「お前ら、驚き過ぎだろ!」三人そろって何も言ってこないことが、カグラには不満だったようだ。「俺、こんな一気に長々と喋るの 初めてな気がするぞ!何か言ってこないと調子が崩れるだろ!」

「………」

「………………っ」

「………ぁ………………」

「ぅおい!」



「アホな事に頭使い過ぎて変なモン見たんじゃねぇの?」

「夢で見た人物を探せというなら、お断りよ」

「ちゃんと現実だ、こら」

 探し人は実在するということなので、とりあえず一行は、カグラの所を訪れたという女子大生を観察することにした。その人がどういう人物なのか人となりを知ることはもちろん、悪の組織に入ったという真偽をあきらかにする為だ。

 しかし、アテがない。

 カグラは、彼女のケータイ番号もメールアドレスも知らないという。今のところ接点は、大学から借りている部室で会っただけらしい。

 仕方がないので、四人はまず、しらみつぶしに大学構内を探すことにした。

 一年生が受けていそうな授業をカグラとハイジが割り出し、そこへ四人がバラバラに向かう方法だ。

「こちらクロ」捜索開始早々、クロが電話をかけた。

「こちらシロ。どうした?」

「よく考えたら、どういう人物なのか見当もつかない。外見的特徴を教えてくれ」

「……俺も知らない」

 そんな二人のやり取りがあり、「最初に言えよ、コラ」とシロに文句を言われたカグラから、件の女子大生に関する人相などの外見の特徴がそれぞれに伝えられた。

「ボーイッシュな雰囲気の、中学生くらいのどこか幼い感じがする人だ」

「おいおい…お前、何に手を出そうとしている」

「なっ! 妙な勘繰り起こすな!」

「…たとえロリコンだとしても、俺は結構お前のこと好きだぜ」

「変な気を遣うな! 俺のことを忘れていたくせに」

 カグラはノーマルだと信じて、件の女子大生の捜索は続けられた。

 しかし、校舎一つを隅から隅まで探すのと比べ物にならない程、中も外もある大学構内で一人の人物を探すのは、骨が折れる。そもそも、高校までと違ってクラスなどの特定の居場所があるワケでもない、決まった時間に何処いるかもわからない、もしかしたら大学の敷地外に居るかもしれないのだ。

 探そうと思うだけで疲れる。

 しかし、ハイジは一生懸命 キャンパス内を探し回った。居るかもしれないと目星をつけた教室を次々回って、教室の外から入口の窓を覗いて探す。二~三回間違えて声をかけてしまったくらいでは諦めない。

 カグラは走った。授業中の教室に突然入っては怒られ、出ても怒られ、それを繰り返し件の女子大生を探し回った。

 シロは座っていた。連絡が入ったら向かうことにして、興味の湧いた授業を聞いていた。

 クロは寝ていた。授業中の教室に入って難しい話を耳にしたら、自然と眠くなったのだ。

 シロとクロは、ハイジに見つかり怒られた。



「ていうか、無理でしょ」真面目に探そうと思ったクロだが、すぐ諦めていた。「こちとらウォー〇ーもまともに探せないのに」

 クロは今、屋外に設置されている掲示板の前にいた。授業変更や試験について、学生生活の諸注意などを書いた紙が貼られている、掲示板の前だ。

 闇雲に探すより、情報が集まりそうな所で待機するつもりのようだ。

「果報は寝て待てとか、昔の人はうまいこと誤魔化したよね」

 呑気な事を言うクロは、人の気配を感じ、不意に隣を見た。

 そこには、肩からカバンを下げた、掲示板を眺めている女子がいた。

 覇気のない目付きをしていて、どこか不貞腐れた中学生のような感じのする、そんな女子だ。

――おお、もしかしたら…

 クロはそう思った。お手柄だ、と。

 物は試しにと早速、声をかけてみた。

「あの、すいません」

「……はい?」

「あなた、もしかして『悪の組織』の方?」

「……はい」

「ビンゴ!」

 やったあ、と手を伸ばしてハイタッチを求めたクロ。

 しかし、その手は悲しく風を撫でた。



 ヴゥー、ヴゥー。

 キャンパス内のベンチに座っていたシロのケータイに、着信があった。

「おう、クロ」

「シロ!」電話口から聞こえるクロの声は、半泣きだった。

「どうした?」

「冷たい! それはもう、人情という言葉を疑う位」

「はぁ?」シロは、顔をしかめた。「意味分かんねぇよ、おい。なんだ、みっけたのか?」

「見つけてしまった、という方が正確な気がする」

 クロの声は、平静さを欠いていた。

 そのせいで、何を言いたいのかわからない。

 仕方ないので「どこに居る?」ということだけを確認し、シロは、他二人に連絡した後、クロの所へ向かった。



 シロがクロの所へ行った時、クロは、落ち込んでいた。

「どうした?」

「この女…」力無く、隣でたたずむ女を指差すクロ。「俺がハイタッチ求めたら、シカトした。話そうとしただけで『なんですか?』って気持ち悪いものを見るような形相でにらまれた。『すいません』って謝ったら、『私に用がないなら近くに来ないでください』って言われた! 俺、すごく落ち込んだ」

 なにやら傷付いたらしい。

 クロの肩をポンポンと叩き、ここは俺が、とシロが出た。

「ちょっといいかな?」

「よくないです」

「…カグラって男、知っているよね?」

「仮に知っていたとして、だからなんですか?」

「……ごめんなさい」



 クロからの連絡を受けたハイジが彼の所へ行った時、クロとシロは、落ち込んでいた。

「どうしたんですか?」

 ハイジが訊くと、「「この女…」」と二人は、無関係であるかのようにシレッとしている女を指差した。

「会話をしようとすると心を折ってくる」

「無愛想な顔でポキポキ人の心をへし折る」

「俺達のハートの脆さも知らないで」

 二人が何を言っているのか、いまいち ハイジは理解できなかった。だが、どうやら探していた女子大生が目の前に居る人だろうということは察した。

 話しかけても良いものか、ハイジは悩んだ。

 前例たる二人の様を見れば、触るな 危険、やめておけという意見がハイジの中で激しく主張されている。

 しかし、無視することも出来ない。

「あの…」

 もしかしたら声をかけただけで拒絶されるのかも、そう覚悟したハイジ。

 だが、

「っん…」

 女は、気恥ずかしそうに言葉に詰まっていた。

 一目で照れているとわかるその反応は、ハイジに「この子カワイイ」と思わせ、クロとシロに「「うぉおい!」」と激しいツッコミをさせるほどだった。



 カグラにも連絡をしたのだが、まだこない。

 ということで、ここにいる四人で話を進めることになった。

 しかし、

「…………」

「…………」

 若干二名、ヤル気がない者がいた。

 仕方ないので、

「まずは、自己紹介でもしましょうか?」

 とハイジが提案した。

 だが、

「…………なんで……?」

「…俺達に、その存在を示す名前なんてあるの……」

「あるとしたら…」

「カス」

「クズ」

 心挫けたクロとシロは、もうダメだった。

 どうしよう、と悩むハイジ。相手をするのも面倒くさい。

 早くカグラが来てくれないかなと辺りをキョロキョロ見回すが、遠くを見ても誰かが来る気配すらない。

「えっと…」なんとかしようと思案したハイジは、「なんて呼べばいいですか?」と質問してみた。「あ、私のことはハイジって呼んでください」

 ハイジが言うと、

「そうだよ」

「まず名乗れ」

 心折れたはずの二人が何か言ってきた。

 どうやらほっとかれるのもイヤらしい。

「名前は?」とクロ。

「そういうのって、自分から名乗るものじゃないの?」

「なんて呼べばいい」とシロ。

「別に呼ばなくてイイですよ」

「……俺、クロ」

「カスじゃなかったんですね」

 クロとシロの折れた心は、グシャグシャに踏みつけられた。あの二人 大丈夫かな、とハイジが心配するくらい、地べたに横たわる二人は再起不能に見えた。

 無理そうかもと思いながら二人を見ていたハイジは、クイクイッと腕を引っ張られたことに気付いた。

「どうしたの?」

「私、アニマ」

 女が名乗った。風が吹けばかき消されるような か細い声で、恥ずかしそうに。

 なんで私はいいの? 殉職しかけている上司二人を見ると申し訳なくてそう疑問に思わないではないハイジだが、アニマの仕草が可愛かったし、クロとシロはほぼ死んでいるのでいいかと判断して、

「よろしくね」

 と笑顔で応えた。



 カグラが来た。

「悪い、遅れた」

 来るとすぐ、

「悪いと思っているなら、土下座しろ!」

「どういう教育している、お前は!」

 クロとシロに跳び蹴りされた。

「ぐふっ…」

「まったく…」

「それじゃあ、話を整理してみようか」

 クロが言うと、「そうだな」とシロが首肯した。

 しかし、

「おい…」

「「ん?」」

「部長から降りろ!」横たわるカグラの上に座る二人に、アニマが怒った。「このカスとクズが!」

「あ~ もうダメ。今の で心折れた」

「とてもじゃないが立ち上がれない」

「どけよ! 立たなくていいから、その辺で石ころみたいに転がっていろ!」

「そこまで言うか!」

 敗北感で泣きたくなったクロだった。



 新メンバーのアニマを加えた一行は、とにかく移動することにした。口ゲンカで騒がしくしていたら、人目を引いてしまったのだ。そういうことを気にせず口ゲンカする三人や男二人に座られたまま寝そべっているカグラとは違い、悪目立ちしたくないハイジの提案でどこかへ移動することになったのだ。

 そうして何処へともアテなく歩いていると、学食についた。

 ここなら水も飲めるし何か摘まむ物を買うこともできる、良い場所に来たと思ったハイジ。だが、

「俺達がこっち側だ!」

「やだ! あたし、部長かハイジさんの隣って決めたもん」

 何故かどこの席に座るかで揉めていた。

 二人ずつ対面で座る四人掛けのテーブル席だが、椅子をもうひとつ持ってくれば2・2・1で座れないことはない。ただ、誰がその『もうひとり』の席に着くかで揉めていた。

「私がそっちに行きますよ」気を利かせるハイジ。

「ダメです、ハイジさん」

「じゃあ、俺が…」

「部長もダメです!」

「なら、もう決まったな」

「ああ。俺達は二人で一つだからな、シロ」

「なら半人前のどっちか、一人前になる為に一人で座れ」

「「しゅん……」」

「落ち込んでないで移れ 席」

 結局、パーティーの主役みたいだからというムリヤリな理由をつけてカグラを座らせた。



 アニマが水を運んできた。「私がするよ」と申し出たハイジを「いいですから」と座らせ、水の入ったコップをみっつ持ってきた。

「だと思った」

「お約束かよ」

 クロとシロの分はなく、見兼ねたハイジが持って来てくれた。

 さて、と飲み物も揃ったところでアニマが口を開いた。

「ところで、なんの集まりですか?」

 どこか落ち着かずにそわそわしているアニマが、誰にともなく訊ねた。

 そうだ、と思い出す何でも屋の面々。

 カグラが相談したい事があると言うので集まったはずだった、たしか。そうだ、カグラの所を訪れた人が女性だと知って驚き、どんな人物なのか陰から観察しようとしていたのだった、たしか。

 それがなんでこんなことに?

 あ、そうだ。勝手に接触したクロのせいだ、とシロとハイジは一瞬で理解した。

 しかし、本人に自覚はない。

「なんの集まりだっけ?」

 クロも、疑問を投げかけていた。

「まさか」イヤな予感がしたアニマ。「この人達も悪の組織のメンバーなんですか? ハイジさんは良いけど…」

「けど、なんだよ?」

「言ってみな。俺達の心はもうすでに砕けているから」

「かわいそうだから言わないであげる」

 同情。

 それは二人の粉々に砕かれた心を吹き散らす、残酷な風となった。

「それで?」

 アニマは、再び問いかけた。

 しかし、ハイジは、言っていいものかと しりごむ。

 シロも、お前が言えよとカグラに目配せしていて、答える気はないようだ。

 が、そのカグラも何故か黙っている。

「あ、思い出した」そして何故か、一番厄介そうなヤツが口を開いた。「俺たち、こいつに呼ばれたんだよ。あんたと気不味いから助けてくれって」

「あ…!」

「バカ!」

 ハイジとシロがクロを止めようとした時には、すでに遅かった。

 沈黙という怪物がこの場を支配しているように、ハイジとシロは感じていた。クロとカグラは気付いていないのだろうが、凍りつくような空気を感じる。

 沈黙怪獣を生み出したきっかけは、クロの不用意な発言。

 おそらく生み出したのは、アニマ。

 そして、それを暴れさせるのは ――。

「私…といて、困っているんですか? 部長…」

 そう問い掛ける声が震えているのに、ハイジとシロは気付いていた。しかし、それが怒りなのか悲しみなのか、どういう感情から来る震えなのかまではわからない。

 どう応えるつもりなのだ? と、恐る恐るカグラに視線を向ける。

 カグラは、ずっと何か考えているようだった。が、ついに口を開いた。

「そうだな。困っている」

「――――っ…」

 カグラの言葉が耳から入って頭で理解すると、すぐさま勢いよく立ちあがり、アニマは、その場から立ち去った。

 悲しそうな顔をしていたのは、気のせいではないだろう。

 アニマが、どこかへ行ってしまった。

 一瞬の静寂、のち、

「アホか!」

 シロがカグラを殴った。

 ハイジも、カグラの足を蹴った。

 クロもカグラを叩いたが、「お前も だ!」とシロに叩かれた。

 状況がわからない二人に、

「バカですか!」

 ハイジが説教した。



「はいはい、バカでアホですよ 俺は」

 クロとカグラは、ハイジから説教を受けた。

 たとえ事実だとしても、それを全て口にすることはないでしょう。

 あんな言い方、傷つけるだけです。

 そんな感じのことを言われた。「さっさと後を追いなさい! 特にカグラさん! ついでにクロさんも。ちゃんと謝ってください」

 ということで今また、散り散りになってアニマのことを探していた。

「ついでって、なにさ」

 クロが愚痴っていると、隣を走っていたシロが「黙って探せ」と言った。

「…シロ、怒ってる?」

「どっちかというと呆れている」

「やっぱり?」

「泣きっ面でどっか行かれたままほっといたら、寝起き悪いだろ。それに…」

「大切な居場所を奪ったとしたら俺達サイテーだよな」

「分かっているなら真面目に探せ。場合が場合だ、多少目立っても良いから、能力使えよ」

「へ~い」

 そう言うと、シロの隣を走っていたクロが消えた。



「バカだ」

 短い時計の針が下に傾き始めると、次第に太陽も沈んでいく。そんな気がする。

 赤く綺麗に輝きだした夕日は、まるで自分のことを笑っている。そんな気がする。

「ほんとにバカみたい」

 そんな気ではなく、本当にそう思った。

 人文棟二号館の屋上にいたアニマは、零れる前に眼に溜まったものを拭きとった。

「あたし、どうかしてた」

 夕日に照らされたアニマの顔。少し俯くだけで、顔に暗い影を作る。

 気持ちも一緒に暗くなる。

 それに俯くと、眼から零れそうになるものがある。

 眼下に聞こえる楽しそうな声も、今はツライ。

 いいかな?

 ちょっとくらい、いいかな…。

 もうダメかも……。

 そう思った時、

「見つけた」

 アニマの耳に声が届いた。



 アニマが振り返ると、そこにはカグラがいた。

「どうして…」どうしてここが分かったの? とアニマは訊きたかった。

「どうしてって…」アニマを見つけたらカグラに報告するようにハイジから命令されていたクロから聞いた、という答えは頭になく、カグラは「探していたから」と言った。みつけたことをどう思っているのか、よくわからない表情をして。

「なんで…?」

 アニマは、訊きたい事がいっぱいだった。

――なんで探してくれたの? なんで来てくれたの?

――あたしいると迷惑?

――あたし、いちゃダメ?

 訊きたいけど、聞きたくなかった。

 だから、たった一言だけ。

 何も見えない暗闇の中で足を一歩踏み出すみたいに、怖いけど、このままじゃいけない気がするから、少し勇気を出して。

「なんで…?」

「ごめん」カグラは、頭を下げた。そして、そのままの姿勢で続けた。「ハイジさんに怒られた。それで、気付いた。傷つけてしまった、と…」

 カグラは、頭を上げた。

 正面には、泣きそうな顔をしたアニマの顔があった。

 その顔を、眼をまっすぐ見て、カグラは言った。

「困っていたのは、本当だ」

「…やっぱり」

「だが、イヤだとか迷惑だとかなんて、微塵も思っていない。 俺は、今まで男しか周りに居なかったし、高校でも後輩という後輩はいなかった。だから、初めての後輩でしかも女性で、どう接すればいいのかわからなかった。それで、困っていた」

「じゃあ、あの人達は…?」

「相談に乗ってもらっていた」あの男達は友人だから、とカグラは説明した。「せっかくだからアニマには楽しく過ごしてもらいたかった、来てくれて嬉しかった、そういう思いを伝える為にも、俺が積極的に動かなければならないと思っていた」そう言うと、カグラが微笑し、「俺、バカだから…」と自嘲して笑った。「勘違いしていた。どうやら少し焦っていたようだ」

「焦り…」

 その言葉の意味は、アニマ自身、よくわかっていた。

 大学生にもなって独りでいることが良くないことのように思え、焦りを感じていた。

 でも、人が多い所は避けてしまう。

 イヤだから。怖いから。よくわからないから。

 そんな時、アニマが出会ったのが『悪の組織』だった。

 きっかけは、足下に落ちていた一枚のチラシだった。

『存続の危機! さあ、悪の組織を救うのはキミだ!』

 見ると、そこは人が少なそうで、でも出会いはありそうだった。

 ここならいいかも、そう思って『悪の組織』を訪ねた。

 そして、カグラと出会った。

「すっかり忘れていた」カグラが言った。「ゆっくり、少しずつでも、ちゃんと相手をわかっていくことがいくことが大切だと。知っていたはずなのに…。それには時間がかかるということも」自分のバカさが嫌になり、カグラはガシガシと頭をかきむしった。「アニマが何を思って俺達の『悪の組織』に入ろうと思ったのかは、今は知らない。だから、言えることなんて無いのかもしれない」

 ううん、そんなことない。

 アニマは、黙って首を横に振った。

「けど、言う」

 アニマが欲しかった言葉は、ぶっきらぼうだったが、たしかにもらえた。

「もしも居たいと思うなら、俺は歓迎する。居てくれると嬉しい」

嬉しくて、アニマは顔を覆った。

「だが、慣れないから、たぶん困った態度をする。それは許して欲しい」

 カグラが言うと、うんうん、とアニマは頷いた。

「あたし…」

 カグラから嬉しい言葉をもらった。

 それに応えようと、アニマは、震えそうになるのを必死に隠し、声を出した。

「あたし…。実験や発明が好きで…高校まであまりクラスにもなじめなくて…それに、あたまおかしいんじゃないかって…変な目で見られていた。それに…ちょっと口も悪いから…いつも独りだった。でも、そんな自分を変えたくて…状況とかも…だから…でも、人付き合いも苦手で…」

「そうか…」

 カグラは少しアゴを引いた。

 いろいろと想像し、自分なりに理解した。

「頑張ってくれたんだな」

 カグラが言うと、ううん、とアニマは首を横に振った。

 でも、今この瞬間だけは頑張ろうと思い、ずっと訊きたかった疑問を口にした。

「あたし、居てもイイですか…?」

「もちろん」

「………えへへっ」

 嬉しそうに笑ったアニマの眼には、夕日に照らされて光るものがあった。



 アニマの頭を、クシャクシャとなでるカグラ。

 二つの影が、一つにかさなる。

 その影が伸びる方向に、もうひとつ、大きな影が伸びていた。

 それは、物陰に隠れるクロとシロ、ハイジの三人が作るものだった。

「なんかあの二人、良い雰囲気じゃないですか?」ときめくハイジ。

 だが、

「面白くないな、邪魔してやろうか」

「俺も、ラブコメ的展開は納得がいかない」

 と、シロとクロは不満気であった。

「やめてくださいよ、いい大人が」

「俺達、心は少年だから」

「ま、それを言うなら覗きもいかがなものか、って話だけどな」

「あ…」

 そう言われると、ハイジも何も言い返せない。

 それに、なんか力が抜ける。

 何をしているのだ 自分、という思いが張り詰めていた身体を突いて穴を開けてしまったように、力が抜けた。

 すると、三人を支えていた絶妙な力関係が崩れた。

 バタバタと音を立てて倒れる三人がカグラとアニマに見つかるのは、避けられなかった。



 なんか気不味いな…。

 そう思うのは女子だけだった。

 男共は、

「さっさと帰ろうぜ」とシロ。

「あ、俺 部室に忘れ物したかも」大学に来る前に買った雑誌がないことに気付いたクロ。

「なんでそんなことが起こる! また部室に勝手に入ったな!」と怒るカグラ。

 何かを気にするそぶりもなく、普通に歩いていた。

 あ、そう…、と女子チームも気にしないことにした。

 だから、この時は誰一人 想像すらしていなかった。

 これから行こうとする部室が乗っ取られているなんて。



 五人が部室棟の一室にある『悪の組織』の部室に来て、その扉を開けると、そこには見知らぬ顔が並んでいた。

「あ、間違えました」

 すいませんと、開けた扉をまた閉めるクロ。そして、扉の上に付けられた『悪の組織』と書かれたプレートを確認し、もう一度 扉を開ける。

 そこには、先程と同じ光景があった。

「あ、間違えました」

 開けた扉をまた閉めようとしたクロ。だが、

「同じことやってんな!」

 とシロがつっこんだので、話が進んだ。

「どういうこと?」

 アニマは、目の前に広がる光景に感じた疑問を口にした。

「知らない人がいっぱい。俺だけ?」クロは、シロに訊いた。

「いや、俺も知らん」

 知らない顔の人は、こちらの倍以上いる。

 何かイヤな予感を察したハイジは、とっさにクロとシロに背後に隠れた。

「知らないのも無理はありません」ニタニタと笑っていた男達の一人が、口を開いた。「俺達、この部屋をもらいに来ました」

「え?」

「は?」

 マジか、と耳を疑う面々。

「『悪の組織』のアジトが乗っ取られる、くだらない冗談みたいだ」

 ははっ、と おかしそうに笑うクロ。

 すると、乗っ取ろうとする方々の放つ空気がピリついた。

 挑発するのは やめてください、と慌ててハイジはクロの口を塞いだ。

「冗談じゃないから」少し顔を強張らせ、男の一人が言った。「俺達、大学内にだべったりする場所が欲しいわけ、仲間内で気軽に集まれる場所が。で、部室棟の一部屋を借りられればいいんだけど、大学側を納得させられるこれといった理由も思い付かないし、申請の手続きとか面倒くさいだろ。だから『そうだ、既存の潰れそうな部を貰い受けよう』って考えたわけ」

「なるほど…」

 シロが、アゴを引いた。

「ちょ…」なに言っているの、と ハイジがシロの後ろで短い声を上げた。

 口を挟もうとするハイジをスッと手を上げて黙らせ、シロは続けた。

「たしかに、悪くない考えだ。おもちゃ箱が欲しいというわがままな子供にお古のおもちゃ箱を与える。大切な中身を汚されたくなければ、それもやむなし」

「ちっ」

 男達の方から、舌打ちが聞こえた。

 なに怒らせているんですか、とハイジは、シロの腕を引っ張った。

「大切なモノは俺達で埋めるので、大人しく箱を開け渡してくださいよ」そう言った男の口元はニヤついていたが、声には先程よりも力んだ感じがあり、苛立っているのが伝わってきた。「お互いに面倒事は避けたいでしょ。俺たちだって、大学生にもなってまでケンカとかしたくないし」

 おどしてきている、というのは容易に伝わってきた。

 マズイよ、と焦りと恐怖で鼓動を速くするハイジ。

 だが、クロとシロは余裕そうに微笑した。

「あんまり調子に乗るなよ。怒らせると怖いぞ、こいつは」

「おまえらなんて まとめてぶっ飛ばすぞ、カグラが」

「人任せかよ!」

 思わずハイジは、つっこんだ。

「カスとクズ…」小声でアニマが、悪態ついた。そして、クロとシロに向けていた侮蔑するような眼を心配の眼差しに変えて、カグラに向けた。「部長…」

「ん? …ああ」

 クロとシロよりも一歩下がって状況を見ていたカグラが、俺も喋って良いか、と問い掛けるような視線を二人に向けた。

 その視線に気付いたシロが、早くしろよ、とでもいうようにアゴをしゃくった。

 カグラは、数歩前に出ると、周囲の視線を集めながら、言った。

「俺は、きみたちが入りたいと言うのなら、拒みはしない」

「あ? 誰が…」

「もちろん、このまま『はい、そうですか』と開け渡す気は、毛頭ない。だから、話し合いで解決するなら、それが一番良いと思う」

 カグラが言うと、「っああ!」と怒りの声が上がった。

 直後、ガァンという激しい音。

 苛立った男がその怒りをぶつけ、パイプ椅子を蹴った。

「ひいっ」ハイジは驚き、悲鳴を上げた。

「ずいぶん余裕だな、おい!」

 部屋の空気が、一触即発のピリついたものになった。

 このままでは乱闘が起こる。

 そう察したハイジは、どうするべきか必死に頭を働かせた。

 カグラは、きっと大丈夫だろう。クロとシロから太鼓判を押されているし、不思議な力を持っているのをハイジも見て知っている。ちょっとやそっとじゃ、やられやしないはずだ。クロとシロは、知らないが、何があっても自業自得、勝手になんとかするのだろう。

 そうだ! ハイジは気付いた。

「アニマちゃん…!」

 この場で自分が出来ること、それは、自分の身とアニマを護ることだ。

 アニマの小さな身体では、騒動に直接巻き込まれなくてもその余波で怪我をしてしまう。

 ハイジは、アニマの手を掴んでこの場から逃げ出そうとした。

 しかし、アニマは、カグラの側に歩み寄り離れてしまった。

「部長…」アニマは、カグラに声をかけた。

「ん?」

「あたし、ここをなくしたくないです。だから…ちょっと迷惑かけます…」

 そう言ったアニマの顔は、何かを決意したようで、どこか寂しそうだった。

 アニマは、持っていたカバンから何かを取り出した。

 そして、部室の隅で長いこと眠っていた埃をむりやり叩き起こすような、乱闘が起きた。



 誰かが言った。

「シロクマだ!」

 その声は、本当に野生のシロクマに遭遇したような悲鳴に近かった。

 アニマが、カバンから何かを取り出した。

それは、白いパーカーだった。良く見ると、フードの所にリアルな熊の顔がある。

「モード・ポーラ」

 そのパーカーを、アニマは袖を通さずにフードを頭にかけ、見に着けた。

「おらぁっ!」

 男の一人が、カグラに殴りかかってきた。

 しかし、男は返り討ちにあった。

 窓ガラスを破って外に飛び出すくらいの力で、アニマに殴り飛ばされた。

「……え?」

 小さな身体のどこからそんな力が湧いてくるのだと、クロやシロを含め全員が驚いた。しかし、クロ達と違って、部室を乗っ取ろうとした男達は、いつまでも唖然としていられない。

「うぅ…」

 唸り声を上げる小さな獣が、こちらに狙いを定めている。

 動物としての本能が、男たちに危険だと告げていた。

 だが、ここは狭い部室の中。

 出入り口には、クロ達がいる。

「ビビってんじゃねぇ!」

 恐怖を払拭するために、男が声を荒げた。

 だが、声を荒げたからといって、どうなるものでもない。

 野生の熊に遭遇した時、死んだふりをすればいいと言うが、アレは間違いだ。死んだふりをしていると、熊がかえって興味を持ち、じゃれついてくる危険があるそうだ。では、どうすればいいのか。眼を逸らさず、そのままの姿勢で後ずさりすればいいそうだ。そうやって熊の襲いかかってくる領域から静かに出るのが、正しい対処法らしい。ちなみに、背を向けて逃げたり大声を出したりするのは、自殺行為に等しい。熊の本能や恐怖心を刺激してしまうかららしい。

 つまり何が言いたいかというと、男達のとった行動は間違いだったのだ。

 アニマに立ち向かおうとした者は、簡単に返り討ちにあった。窓から逃げようとした者も、アニマに投げ飛ばされた。

 傷を負わなかったのはクロ達と、何も出来ず隅でうずくまっていた者だけだ。

 ただ、彼も「シロクマだ!」と恐怖がつい口をついて出てしまい、やられてしまう。



 ひとときの騒乱の後、部室内は静かだった。

 まるで台風でも通ったかのように、室内は荒れている。

 しかし、幸いにも、クロ達の中にケガ人は出なかった。

「はぁ…はぁ…」

 アニマの乱れた息遣いが、聞こえる。

 四人は、その小さな獣が先程見せたパワフルな振る舞いを忘れられず、唖然としている。

 アニマは、頭に掛けていたパーカーをとった。そして、

「すいませんでした」

 と、頭を下げた。

 アニマは、ただこの場所を護りたかった。しかし、その護りたかったものを、自ら傷つけてしまった。その罪悪感は、アニマの心にズキズキと突き刺さった。

 とてもじゃないがカグラにあわせられる顔がなく、アニマは、下を向いたまま眼をギュッと瞑った。

「アニマちゃん…」アニマのことを思うと、ハイジも胸が痛くなった。そして、いてもたってもいられず、「カグラさん…! アニマちゃんは…」と前に出た。

 だが、後ろからシロに手を掴まれ、止められた。

「シロさん…」なんで?

「安心しろ」悲しそうな眼をしたハイジに、シロはニッと笑いかけた。「あのバカを見くびるな」

「え…?」

 どういう意味か、すぐには理解できなかった。

 だが、何かに喜ぶような、嬉しそうなカグラの顔をみて、納得した。

「なんだ、今の?」

 興味津々といった感じで、アニマの肩を掴んで訊ねるカグラ。

 その彼の勢いに面食らって言葉に詰まるアニマだったが、答えた。

「あ、あたしの発明した物です…」

「発明品!」

「は、はい。脳に作用して通常の力以上のモノを出す電磁波装置を組み込んだ、アニマル柄のパーカーです」

「おお! なんかよくわからんが、スゴイな!」その眼は、未知のモノに触れる少年のように輝いていた。「スゴイ…いいな、発明品とか『悪の組織』っぽくて」

「え…」

 カグラの言葉を、頭の中で復唱する。

 もしかしてと、アニマは恐る恐る口にした。

「……じゃあ、あたし、ここにいてもいいですか?」

「もちろん!」

「――――っ!」

 アニマはまた、うつむいた。

 泣き出しそうになるのを、必死に堪えた。

 何か言いたいが、口をギュッと結んでいないと、泣いてしまう。

――私の小さな身体が少し震えているのを、肩を掴んでいるあなたは、気付いただろうか?

――いや、きっと気付いていないだろう

――でも、それでいい

――氷のように冷えた心をあたためようと思うけど、みんながいる太陽の下は怖かった私を、その大きくてあたたかい心で受け入れてくれた、あなたが笑っている

――それだけでいい

 アニマは、初めて『悪の組織』を訪れた時のことを思い出していた。

 その時、嬉しそうにカグラは言った。

「入ってくれるのか?」

 そして、今も言った。

「っと、まず俺達の居場所を護ってくれたことにお礼を言わないと」

 アニマが自分の居場所を感じられた言葉――。

 アニマの心をあたためてくれる言葉――。

「ありがとう」

 嬉しくて、アニマの眼から涙が零れた。



 事態が落ち着くと、大変な時は存在感を消していたヤツらが現れた。

「終わったみたいだな…」とクロ。

「やれやれだ」とシロ。

「…私も『悪の組織』に入ろうかな…」

 二人の情けない姿に、ハイジは考えた。

「やめとけ。アホがうつるぞ」

「週三くらいは、こっちに顔 出してね」

 ほんとに入ってやろうかな、とハイジは思った。


荒削りな話で失礼しました。重ねてお詫び申し上げます。




新しいキャラクター、アニマです。

少し面倒くさい子ですが、よろしくお願いします。

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