面接は受ける方も緊張するが質問する方もドッキドキ
前回の続きです
「「恥ずかしい…恥ずかしい…」」
クロとシロは、照れて赤くなった顔を両手で隠していた。
ソファーに座る二人の前には、向き合うようにソファーがあり、そこには十代後半の女の子が座っている。
その女こそ、これから二人が事務員募集の件で面接をすることになっていた相手だ。
何も臆することはない相手だ。
しかし、二人には、調子に乗ってふざけていた自己紹介の練習風景を目撃されたという負い目があった。
恥ずかしい。
穴があったら、入りたい。
深くもぐって、どんどん掘り進めて、地球の裏側まで逃げ出したい。
いや、さすがにそこまでの労力を払うのは面倒だ。
が、この場から逃げ出したいというのは事実だ。
「あの…」女が口を開くと、怯える小動物のように、二人の肩が震えた。「私、何も見てませんよ」
「……気を遣われた」
クロが、シロに耳打ちした。
「…そうだな」
「本当に見ていなかったら、『見ていません』なんて言葉出ないよな。見ていたからの『見ていません』だよな」
「ああ。よしんば見ていなくても、声は聞こえていただろうぜ」
「赤っ恥だよ」
「ホント、最初はカッコよく決めるつもりだったのに」
うな垂れていた二人が、さらにうな垂れた。
――なに、この人達?
そう思い、女は、眉をひそめた。
本当に大丈夫なのか、と疑った。
「あの…」
女は、考えた。
この面倒くさい空気を払拭する方法を。
どうやら、恥を晒した気がして、この二人は後悔しているらしい。
そのことに気付き、女は、
「別に、気にしていませんから」
と言った。
「やっぱりばれていたよ、練習していたこと」
「気を遣われた。嘘もつかせた」
激しく後悔するクロとシロ。
気を遣ってやったのに、そんな事を言う二人を見て、女は思った。
――面倒クサッ!
「どうする? シロ」
「どうするか…」
「てか、もう約束の時間なわけ?」
「いや、あと三十分は余裕あるはずだったけど」
「早ぇな」
怪しげなヒソヒソ話が、漏れ聞こえてくる。
どうしたものか、と戸惑う女が考えている間も、ヒソヒソ話は続いた。
「まだ準備できてないぜ」
「今日の所は帰ってもらう?」
「いや、見栄張って、今日のところしか開いてないってことだっただろ」
「ダメじゃん」
「ダメだな」
二人は、解決策を出すことを諦めた。
そして、会話は脱線していく。
「ていうか、本当に来ると思わねぇじゃん」
「まったくだよ」
「広告に『時給は時価』って書いた時は、来るわけねぇって笑ったのになぁ」
「まったくだ。なに書いてんだよ、シロ」
「お前も、『それでいい』って笑いながら賛成しただろうが!」
二人は、一旦冷静になった。
そして、配った広告の原本を見てみた。
『何でも屋。事務員募集。業務時間、応相談。時給、時価』
この内容の広告でよく来たな、と今になって感心する。
「で、どうする?」クロが、シロに耳打ちした。「名前でも訊くか?」
「いや、名前は履歴書に書いてあるだろ」
「でも、話の取っ掛かりにはなるよ」
「……かもな」
ということで、クロは訊いてみた。
「あの、あなたは?」
「はい。今日、面接を希望していた者です」
「だってよ、シロ」
「それぐらい、俺も知っていますけど!」
そうじゃないだろ、とシロは怒りをあらわにした。
「とりあえず、志望動機とか聞いておけよ」
シロが、クロに耳打ちした。
うん、とクロは頷く。
しかし、クロは「でも」と渋った。
「いきなり本題に入る?」
「…それもそうだな」
「趣味とか訊く?」
「お見合いかっ」
「じゃあ、『良い天気ですね』とか?」
「今日、何とも言えない曇り空だけど…」窓の外を見て、シロが言った。
「ほんとだ、何とも言えない曇り空だ。俺が詩人なら、『泣くに泣けない涙顔』とか表現しそうな空だ」
「天気の話題もパスだ。てか、志望動機ならいきなりでもセーフだろ」
「そうは言うけど、どうせ志望動機なんて遊ぶ金欲しさとかが本音だろ?」
「……ん、まぁな」
「『楽して金が稼げそうだからです』『やっぱりね』、こんな不毛な会話もないだろ」
「そうかもしれないけどよぉ…」
クロとシロが、ひそひそ話をし続けていた。
すると、この不足の事態感を漂わせる二人に、心配になった女は、勇気を振り絞り「あの」と声をかけた。
「履歴書、何か不備とかありましたか?」
「いやいや」シロが、はぐらかすように手をヒラヒラと振った。
「むしろ、不備なら俺達にある、みたいな」
「え…?」
クロが言ったことの意味が分からず、女は首をかしげた。
「ほら、最初は緊張するから」とシロ。
「だから、何を喋ったらいいかとか考えて」とクロ。
「そんな…。気を遣って戴かなくても大丈夫です」
女は、恐縮して言った。しかし、
「いや、俺達が」
「もう、ドッキドキ」
「緊張って、あんたらかよ!」
女のツッコミが決まった。
声を張り上げてしまったと恐縮している女は、大学生で、名前は貴子というらしい。履歴書に書いてあった。
「偽名って可能性は?」疑うクロ。
「限りなくゼロに近い数値だと思う、そんな面倒なことするのは」
名前を確認した後、クロとシロは、コソコソと相談した。
「ツッコミは出来る様だ」
「あとは、事務も任せられるような人材なら上々か」
ということで、二人は、貴子さんの人となりを知ることにした。
募集する人達はいい加減、その人たちが出した募集広告もいい加減。
だけど、募集する人達は、ある程度使える人材を求めるワガママ者である。
そんなワガママなヤツ等は、事務仕事を完璧にこなしてくれる、とまでは望まないが、すぐに辞めることなく与えられた職務をこなしてくれる人材を求めていた。
俺達が求めている人材か、それを明確に計る指針はないが、参考にできる質問ならある。
ゴクッと唾を飲み込み、緊張した面持ちのクロが口を開いた。
「無理して答えなくてもいいけど」と前置きをして、「志望動機は?」と訊いた。
「はい」貴子さんは、答えた。「何でも屋、という職種に関心を持ったからです」
「ほう、どう関心を持ったのかね?」シロが、質問した。
「はい、大学生の私には社会的経験がまだまだ未熟だと感じ、この先の人生の為にも幅広い経験を得られるのでは、そういう考えが関心を持つきっかけとなりました」
貴子さんは、言った。
その言葉を聞いて、二人は、
――真面目っ!
と感心した。
感動した、と言ってもいい。
この瞬間、胸のところに受けた衝撃は、「ちょっと、本当にウチでいいの?」という言葉となって、クロの口から出た。
「時給に、時価って書いてあったけど…」
シロが訊くと、
「給料よりも、後学の為に幅広い経験を得られることが、一番の志望動機です」
と、貴子さんは答えた。
「コウガクって、『時価イコール給料がイイ』って期待されているのか?」
クロは、耳打ちしてシロに訊いた。
「バーカ。機械工学とか電子工学の意味だろ。理系なんじゃねぇの?」
勘違いしたシロが、答えた。
どうしようか?
クロとシロの二人は、決断を迫られていた。
魚は釣りたい。けど、面倒くさい。じゃあテキトーにエサをつけた竿を投げておこう。いつか間違っていい魚がかかればいいな。
そういう思いで、二人は、事務員を募集していた。
理想的な人材は、十匹に一匹きたら良い方。その一匹も、エサを勘違いだったと怒るのならば、逃がす事も止むを得ない。
本当に釣りをするより気長に行こうぜ、と二人は思っていた。
しかし、そこにいきなり一発目でヒットがあった。
いいのか、これで?
何かの間違いではないか?
と、二人は疑いたくなる。
だが、間違いではない。
本当に、望むべく人材がこちらの条件をのんで、来てくれた。
「どうしますか、シロさん」
「こういう時だけ、下手に出るなよ!」
シロが冷たいので、決断は、クロに任された。
全ては社長であるクロの一存である。
しかし、クロは決断することを渋った。
「あの…」必死に考えたクロは、「ウチ、そこそこのブラック企業だよ」と言ってみた。
「は?」
「え?」
つい口を衝いて出た言葉でなんかヤバそうな空気になったので、クロは誤魔化した。
「社長のブラックこと、クロといいます」






