愛しい君のその仕草
クロとシロが、睨み合っている。
眉間には皺を寄せ、鋭い眼光を放つ目で相手を見ていた。
針が刺すような緊張感の中にいて、ハイジは何も言えず、ただただこの状況を傍観していた。
外は、雨。
まるでこの状況を煽るかのように激しい雨風、そのうえさらに雷も鳴っていた。
「今回だけはいくらクロでも、許すワケにゃぁいかねぇな」
「なんと言われようとも、俺は引く気はないよ」
二人は、静かにだが激しく、互いの意見をぶつけていた。
ことは、少しさかのぼる。
そう、ほんの三十分ほど前だ。
この日も仕事はないし、雨が降っているから外出したくない。
しかし、それなのに腹は減るし喉も渇く。
「忌々しき事態だ」
空の冷蔵庫を見て、クロが言った。
その意見にシロもハイジも同意した。
このままでは餓死する…なんてことはないが、ちょっとツライ。
なにか食料や飲み物が欲しい。
「じゃんけんをして買い出しに行くヤツを決めよう」
このシロの提案をきっかけに、
「じゃんけんで決めると死人が出るぞ。今日の俺の右手は血を欲している」
「じゃあクロさんは左手でやってください」
「あっち向いてホイは?」
「三人だぞ」
「シロとハイジで決めてよ。俺、寝違えた気がする」
「じゃあ、不戦敗でクロな」
「イヤだ!」
なんてやり取りをして、結局じゃんけん勝負が始まった。
全員が右手を前に出す。
勝利を見出そうとしたハイジが、小指を上にして交差した手を内側にひねり、手の中を凝視した。これはマズイと、クロとシロもハイジの仕草をまねした。
全員がフェアな状態になったところで、
「俺、グー出す」
とクロが言った。
「じゃあ、俺パー」
「私もパーで」
「それじゃあ、俺負けるぞ」
「負けろよ」
「イヤだ。『負けるとわかっていて戦いに臨むのは勇敢ではなく愚かである』と、俺は見付ける」
「『勇敢に闘えなくても、愚かだと自分で思っていても、嘘だけはつくな』、俺のおばあちゃんが言っていた気がする」
「私のおばあちゃんも、なんか似たようなこと言っていました」
「嘘つけよ! 俺のおばあちゃんは言ってなかったぞ!」
「クロのおばあちゃんも言っていたって。ついでに、『負ける時も拳は強く握ってほどくな』とも言っていた。『じゃんけんで負けるなら、グーにしろ』とも」
「絶対ウソ!」
クロがうるさいので、「もっかい、各自の手を確認!」とシロが言い、仕切り直した。
そして、勝負の時が来た。
「「「じゃんけん…ポイ!」」」
結果、
「うわぁあ!」
クロのグーが絶望的な敗北を味わった。
コンビニ目指して傘もささず雨の中を走るクロの手は、しっかりと強く握られていた。
コンビニから帰ってきたクロは、ずぶ濡れだった。
「傘くらいさして行けよ」
シロは呆れた。
「水の滴るイイ男になってきた」ブスッとした顔で、クロが言う。
「したたるっていうレベルじゃないですけどね…。というか、コンビニにも迷惑ですよ」
「イイ男は、小さな悪行も大きく見られてしまうからツライよね」
「それ、外見関係ありませんよ。普段の行いがどうかで生まれるギャップです」
「あぁ、耳に水入って聞こえない」
クロは、少し自棄になっていた。
「とりあえず、着替えろよ」全身から水を滴らせているずぶ濡れクロに、迷惑そうな顔をしたシロが言った。「そのままだと風邪ひくぞ。床も濡れる。濡れた床はすべり易い」
「へいへい」
シロがタオルを取りに行ってくれている。その間にクロは、濡れた上着を脱いだ。
「ちょっ、いきなり脱がないでください」ハイジは、とっさに顔を背けた。
「脱ぎましたよ」
「事後報告要りません! 女子の前でいきなり服を脱ぐ、その神経を疑っているのです」
「俺だって羞恥心はある。俺のパンツは、そう簡単に拝めると思うな」
「見たくもありません!」
怒るハイジ。
そんな彼女を面白おかしくからかっていると、クロの頭にタオルがかけられた。
フワッとではなく、ガバッと。
なんならちょっと痛いと思うくらいの勢いで、タオルが飛んできた。
「なにするの、シロ!」
文句を言ってやろうとしたクロだった。
が、「おい…」と凄むシロの迫力に気圧された。
「なに、俺の半裸がそんなに問題?それとも…」女性になんてマネをする、とか言う紳士じゃないよね、シロは…と言いたそうなクロは、悪戯っぽく微笑した。
「お前、今何した?」
冗談そうな雰囲気が微塵もないシロからの質問に、クロは、
「服を脱いだ」
と、恐る恐る答えた。
「……………」
「いや、上だけよ。下は守るから」
クロは、必死に弁解した。
ハイジも、この状況の変化におろおろと戸惑っている。
「……どうやって脱いだ?」
「いつも通り、普通に…」
「お前…」
シロが、俯いて黙ってしまった。
クロとハイジが、どうした? と心配していると、シロの怒りが爆発した。
「X脱ぎしてんじゃねぇよ!」
シロは、クロの服の脱ぎ方が不満だった。
そして物語は、冒頭に戻る。
X脱ぎ。交差脱ぎともいう。手を交差させて服の裾を掴み、一気に上に持ち上げて服を脱ぐ方法。そのままだと服が裏返ってしまうという欠点もあるが、勢いよく脱ぐことが出来るという点は大きく、その快感を求めてこの脱ぎ方に固執する者も少なくない。
「X脱ぎは、限られたイケメンと女子にしか許されない脱ぎ方だろ!」シロの主張。
「じゃあ、水の滴った今の俺ならセーフだろ!」クロの主張。
「どの口が! おいおい、わかってんのか、その脱ぎ方のロマンが。脱いでいる途中に顔の前でストップした時、女子の可愛さは三割増しになんだよ!」
「そんな目で俺の事を見ていたのか!」
「見てねぇよ!」
クロとシロは、怒りのボルテージを上げ、激しく意見をぶつけ合わせた。
「今回だけはいくらクロでも、許すワケにゃぁいかねぇな」
「なんと言われようとも、俺は引く気はないよ」
火花散る両者。
そこに割って入っても良いのかなと恐れながら、それでもハイジは「フェチの話なら、男同士の所でお願いします」と言っておいた。
「フェチじゃない、ロマンだ」とはシロの意見。
「フェチじゃない、らしいよ」とはクロが言ったこと。
「笑われたってイイ。けど、踏みにじられたら腹が立つ。クロ、お前はやってはいけないことをした」シロは、熱弁をふるった。「ハイジもあるだろ? 頭ポンポンされるとか後ろからギュッと抱き締められるとか、そういうロマンが」
「…んまぁ、ないといったらウソになりますけど…」
「だろ? そのロマンを憧れとは違う形でやられて侮辱されたらどうだ?」
「侮辱はしてないだろ」異議を唱えるクロ。「ちょ、ハイジ。頭ポンポンしてみるから、感想教えて。本当にムカつくか、こんなにシロみたいに」
「やめてください。セクハラで訴えますよ」
「クロ、お前はやってはいけないことをしようとした」
「もう、なんなんだよ!」
ロマンの話は、白熱した。
というより、ロマンから始まった話が、あれよ あれよとただの口ゲンカになった。
うるさい二人から目を逸らすと、外が明るくなってきていることに気が付いた。
今もうるさいのはクロとシロだけで、いつの間にか雨は上がっていた。
ハイジは、うるさい二人を放っておいて帰った。少し湿っぽい空気だが、大きく伸びをして肺にいっぱい空気を入れる。
「わぁあ」
空を見上げると、虹がかかっていた。
さっきまでのくだらないやり取りを忘れられるくらいに、綺麗な虹が。
濡れたコンクリートの匂いは好きです。




