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そんなに何回も髪を切れって言わないでよ


 今日も外は雨。

 昨日も雨だった。

 予報では明日も雨らしい。

 ここ数日、青空というものを拝んでいない。

 こう天候の悪い日が続くと、気分もどんよりと沈む。いつもより低くなってしまうテンション。しかし、それはどうやらハイジだけらしい。

「暑苦しいから、切って来い」

「そんなに何回も切れって言わないでよ」

 クロとシロは、いつものようにうるさいくらいのテンションで口ゲンカしていた。



「どうしたんですか?」

 職場に来て早々の揉め事に辟易しながらも、ハイジは訊ねた。

「よぉ、湿気に苦しむ乙女・ハイジ」

「シロさん、ケンカ売ってます?」

 髪型が上手く決まらずに苛立っていたハイジは、睨むような視線をシロに向けた。

「その憎しみに満ち満ちた目で、クロを見てみろ」

「クロさん?」

「なにか思うことはないか?」

 そう問われ、ハイジは考えてみた。

 左手で顔を覆い、右手を斜め上にあげているクロ。そのポーズがなんか腹立つということを除けば、おそらくコレだろう。そう結論付けた答えを、これでいいのかなと若干戸惑いながら、ハイジは答えた。

「髪が、増えている?」

 クロの髪の毛が増えている。

 正確に言うと、クロのクセッ毛が湿気のせいで毛量が増えていると勘違いするくらいに凄いことになっている。

「はい、正解」とシロ。「正解の御褒美に、このバリカンでその毛を刈る権利を与えよう」

「いえ、結構です」

「遠慮するな。この曇り空を晴らすような爽快感を味わえるはずだ、たぶん」

「その後に俺の泣き顔を見て罪悪感も味わえる、コレ絶対」

 クロとシロは、また切れだの切らないだのと口ゲンカを再開した。

 どうやら、今回の問題はクロの髪の毛らしい。

 心底どうでもいいと思いながら、ハイジは、二人の間に割って入った。



 クロは、クセッ毛だ。

 シロも癖のある髪質をしている。だが、彼の場合は、ちゃんと手入れされている。

 クロは違う。クロのは、手入れの行き通っていない、伸び放題で遊び放題の、無造作過ぎる髪型だ。そんな無法地帯とも言えるような頭が、湿気のせいでさらにひどいことになっている。

 これはシロでなくても「髪切れよ」と言いたくなる。

 しかし、

「イヤだ!」

 とクロは、頑なな態度をとり続けていた。

「切って来いよ、さっぱりするぞ」

「考え直せよ、がっかりするぞ」

「しねぇよ!」

 このままではいつまで経っても平行線だ。そう察したハイジは、

「どうしてイヤなんですか?」

 とクロに質問した。

 髪を切るのがイヤな理由を解き明かし、それを取り除くことで、髪を切るよう促すのだ。

 だが、クロの答えは「イヤだから」というなんとも要領を得ないものだった。

「子供ですかっ!」

「自分の気持ちに嘘ついて生きるっていうのが大人なら、俺は一生子供のままでいい」

「なにカッコイイ感じに言って有耶無耶にしようとしているんですか!」

 ハイジはつっこみ、「明確な理由を述べてください」と強めに問うた。

 その威圧感に、子供のクロは勝てなかった。



「だって、暇じゃない」

 クロは答えた。

「暇って、たかが三十分くらいですよね?」

「そんなにしないよ。二十分くらいだ」

「我慢なさい! 私なんて、行けば一時間はかかりますよ」

「え、そんなに?」

「かかる人は二時間以上しますよ」

「え、何してんの?」

「美容院に行って食事しますか?」

「ハイジなら…」

「しませんよ!」

 怒られたクロは、若干しおらしくなった。が、「あ、俺、アレもイヤ」と続けた。

「髪 洗われるの」

 子供かよ!

 とは、いまさらなので誰もつっこまなかった。

「他人に髪を洗われるのも落ち着かないし、あの顔に乗せる紙も意味分からないし」

「いや、意味は解りますよね。顔に水しぶきがかからないようにする為ですよ」

「アレさ、邪魔じゃない?」

「そういう問題ですか?」

「それに、目を開ければいいのか瞑った方がいいのかも悩む。あんな無防備な状態で眼まで瞑れるほど相手を信用できないし、開けていて眼が合ったらそれはそれで気まずいじゃない。それに…」

 そのあとも、クロはぐちぐちとうるさかった。

「わかった? 俺がどれくらい髪切り屋を好きじゃないか」

「ええ、よく伝わってきました。クロさんの幼稚さ が」

 そうハイジに言われ、不貞腐れた子供のようにクロは頬を膨らませた。



「どれくらい切ってないんですか?」

 ハイジは訊いた。

「一週間以上、数年未満」とクロ。

 そんなテキトーな彼の代わりに、

「百八十日とちょっと。約半年だ」

 と、シロが答えた。

「えぇ」驚くハイジ。「男の人って、もう少し頻繁に行きませんか?」

「いや、驚く所違うだろ」気味悪そうに顔をしかめ、クロは「なんでシロが知っているのさ?」と訊ねた。

「た、たしかに…」

 いくらシロの記憶力が優れているといっても、なんでそんなことを覚えているの、とハイジも疑問に感じた。

「俺、他人の散髪事情には詳しい方だから」シレッとした態度でシロは言った。「彼女がセルフカットして失敗した前髪の些細な変化にも気付いて、ちゃんと言ってあげるから」

「そこは触れて上げない方がいいと思いますよ…」

 いちおうといった感じで、ハイジは言った。

「俺、シロのカノジョじゃないよ? もしかしてシロ、俺のファン?」

「付き合うなら、別嬪の方がいいし。ギターも弾けないようなヤツのファンになんて、なる気しねぇし」

「嘘吐きほど饒舌になるからねぇ」何故か嬉しそうな顔をして、クロは「そんな素直じゃないシロには、俺のファンクラブ会員証をあげよう」と言って、どこからか取り出したカードをシロに渡した。「三桁ナンバーなのは許してくれ」

「ハイジ」会員証をもらったシロ。

「は、はい…」

「俺は、どうすればいい? 『こんなものいるか』と怒ればいいのか、それとも『最小でも99人もファンがいるのかよ』とつっこめばいいのか…」

「さ、さあ…? 私には、なんとも」

「笑えばいいと思うよ」クロが言った。「それか、998人も会員がいるかもしれないという可能性に驚け」

 ハイジは、口に出せる言葉を見つけられなかった。

 ただ、無表情に会員証を破くシロが、少し怖かった。



「なんてことするのさ!」

「うるせぇよ!」

「せっかくギャンブル好きのシロの為に、ナンバーは777にしたのに」

「余計な気遣い、クソありがとう」

 いつの間にか、またクロとシロの口ゲンカが始まっていた。

 なんか話が脱線しているような気がする、というか確信を得ているハイジは、呆れた。

 もうどうでもいいや、そんな気分だった。

 しかし、なんだかんだウダウダやっていたら、

「もう、行けばいいんでしょ!」

 と、なんかクロが散髪に行くことを決めた。



「駅前の大通りの交差点にでかい酒屋があるトコあるだろ。その酒屋の隣にあるから行け。カットだけなら千円で安いし、そのぶん洗髪とかもないから早い」

「はいはい…」

 シロに紹介された所へ、クロはしぶしぶ向かった。

 そして三十分後。

 軽くすいてもらっただけで帰ってきたクロを見て、「もっとガッツリ切ってもらって来なさい」とシロが怒った。

 その様子を見て、お母さんか、とハイジは心の中でつっこんだ。


散髪が苦手です

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