帰り道は少しセンチになる私
『悪の組織』の存亡について関わった日の夕方。
そう言えば、聞こえも良くなるだろう。
『悪の組織』という名のサークルが人手不足で困っているからと、そこのリーダーでありクロとシロの友人であるカグラに呼ばれ、大学の学生食堂で雑談した後、ゴミと間違われかねない手書きのビラをまき散らし、帰宅している最中。
そう言うと、なんかビミョーだ。
『悪の組織』の存亡について関わったという方が、なんか夕日も綺麗に見える。それがたとえ、『悪の組織』を壊滅させないように動いた後だとしても、眼をつむろう。
ああ、夕日が綺麗だ。
ハイジは、むりやり満足感や達成感を自分に感じさせた。
「くだらない一日だったね」
クロは言ったが、ハイジには聞こえない。
「ほんとになぁ。いっそ壊滅する側にまわれば、俺らも英雄だぜ」
シロも何か言うが、ハイジは聞きたくない。
「いいね、英雄」
「どうする? 今からでもやるか?」
「散らかしたゴミも片付ければ、感謝されるかもだしね」
「俺達が散らかしたゴミだけどな」
あっはっはっ、とクロとシロは笑った。
このまま二人を自由に喋らせているとせっかく無理して上げた気分も、急降下して墜落してしまう。
それを恐れたハイジは、無理を承知で、
「あの、お二人とカグラさんの関係って?」
と話題を振った。
「「……お友達です」」
「なんか変な間がありましたけど…? あ、じゃあ、どういう経緯でお知り合いに?」
きっとテキトーに流されるだろう、そう思っていたハイジ。
だが、意外にも二人は真面目な顔をして、何かを思い出していた。
「あれは、俺とシロが出会って間も無い頃」
「いや、高校を卒業する少し前じゃなかったか?」
「俺達って高校を卒業する少し前に出会った?」
「いや、もっと腐れた縁だよ、俺とお前は」
「…つまり?」
「俺達とカグラが出会ったのは、そう昔の事じゃない」
「じゃあ、数年前の暑い日か寒い日…?」
「いや、暑さも和らいで寒さを感じるようになった日…?」
「特に気候に関しては記憶していない日?」
「ああ、そうだな。それでいこう」
「あの!」
思わずハイジは口を挟んだ。
あまりにも二人の会話が、フワッフワし過ぎていたのだ。
「過ごした時間の長さは、この際どうでもいいです!」
「そうだよな。イイ事言う、ハイジ」感心したクロ。「時間じゃない、密度だ」
「密度もスッカスカな気がしますが…?」
「つまり、エピソードを話せってことだろ?」
シロが言うと、なんで諭される様な感じになっているのか納得できないハイジだが、「…つまり、はいそうです」と頷いた。
「はいはい、エピローグね」
「違います、クロさん。それだと、話が終わります」
「もういいだろ、エピローグで」とシロ。「俺達とふにゃふにゃした関係にあった悪の組織のドンは、ハイジを加えた俺達と出会う事で、組織ごとやられちゃいました」
「勝手にやっつけちゃわないでください! それだと私のせいでカグラさんのサークルが終わったみたいだし、まだまだ『悪の組織』はこれからです」
「打ち切られるマンガみたいだな…」
声を張り上げているハイジに、シロは小声でつっこんだ。
「昔話をしろ、ってことか」
何故か突然納得したクロ。だが、「あいにくと苦手分野だ」と苦い顔をした。
「大丈夫です」ハイジは言った。「ここは記憶力の良いシロさんにお任せです」
「……役立たずだと、クロ」
「しょんぼり…」
「あ、あの…相槌くらいなら…」
気落ちしたクロに、ハイジは気を遣った。
だが、「あれは…」とシロは無視して話し始めた。
ハイジも、クロを無視して話に聞き入った。
「あれは、数年前の蒸し暑い曇り空の下で寒さに震える冬の日の事だったかしら?」
「ふざけるな、シロ!」
「私は、もうそれで信じます。続けてください」
ハイジは、次に語られるエピソードを信じる気でいた。
きっと、不思議な能力を持つ者同士、クロとカグラの間に何かあったのだろう。
「俺達は、ゲーセンにいた」
「ゲイ専門のバー?」顔をしかめたクロ。
「ゲーセンがゲームセンターの略であることは、俺の名誉の為に言わせてもらう」
「それで?」
ハイジは、話の先を促した。
「俺とクロは、とあるぬいぐるみのゲットに執念を燃やしていた―――」
「シロ。コレ、シロが欲しいって言ってたヤツ。一回百円だけど、二百円で三回だって」
「一回やれば充分だろ」
「いや、普通免許も持っていないシロじゃ、一回は無理」
「余裕だって。俺 ガキの頃、クレーン車のおもちゃで遊んだことあるし」
チャリーン。
ウィーン。
ガッ。
……ボトッ。
「ほら、だから『二百円入れろ』って言ったじゃない」
「言ってねぇよ! てか、もう百円入れて取れたら、『三回目いらねぇじゃん』ってなるから!」
チャリーン。
ウィーン。
ガッ。
……ポロ。
「……三回目いらねぇじゃん、てかぁ」
「うっせぇよ!」
「…あの、話の入りはそれくらいで、ぼちぼちカグラさんを登場させてあげてください」
話がなかなか先に進まないので、ハイジは言った。
「だってシロ、なかなかゲットできないのだもの」
「うっせぇよ。てか、余計なことだけ覚えてんじゃねぇよ」
「それで?」
「ああ、シロは結局、二百円を投入することになった。けど、それでも全然取れない」
「アームがクソだったんだよ」
「そうは言うけど、少しずつ動いていたワケだし、最初から俺の指示を聞いていれば…」
「あの!」ハイジは、声を張った。「先をお願いします」
「あ、ああ…。横で口うるさいヤツのせいで苦戦をしいられた俺は、手持ちの小銭を失くしてしまった」
「両替してくる」
「場所分かる?」
「探しゃあ あるだろ」
「そんなことしている間に、誰かが横取りするかもよ」クロは言うと、「俺、さっき見た」とシロを案内した。
まさか、その一瞬の油断が命取りになるとは気付きもせず、シロはクロの後を追った。
「分かるか、ハイジ? 黙っていりゃあいいのに、どっかのバカが台から離れるから、俺はみすみす獲物を逃がしてしまった」
「分かるか、ハイジ? 俺は、恩を仇で返されている気分だ」
なんとなく状況を察したハイジがこの時点で分かったのは、なんてくだらないのだろう、ということだった。
話を聞くと、シロが両替している間に、それまでのシロの苦戦を知らないカグラがふらっと来て、UFOキャッチャーの景品を横取りしてしまったことが、そもそもの始まりらしい。何も知らずにカグラが横取りしてしまい、しかもそれも一回で余裕のゲットだったから、シロの怒りに火がついた。「普通の良識ある人間だったら、こんなことはしないぞ」と怒るシロ。まさかそんなことをしてしまっていたとは、と慌てたカグラは、「あ、すいません」と謝り、景品をシロに譲った。「え、いや、タダじゃ貰えないし。そうだ、二百円で買うよ。それで三回出来るぜ」と、そうして、シロは景品をゲットした。その後、カグラは、三回やって二個の景品をゲットした。カグラの背中を見送る二人の背中が寂しいものだっただろうことは、ハイジも容易に想像できた。
カグラが登場してからの話は、思いのほか短かった。
「それから、俺たちの友情は始まった」とシロ。
「どこから? 何が?」
「宿命付けられた出会い、熱い友情」とクロ。
「それら全て忘れちゃっていましたよね?」
本当に友人なのとか、というかホント何言っているのとか、ハイジは色々と疑問に思った。
――ただの顔見知りじゃないの?
――わかったことと言えば、シロさんの人間の小ささくらいだけど…
くだらないな、とハイジは呆れた。
くだらない昔話を聞いた、そのすぐ後。
「お、メール」シロのケータイに着信があった。「カグラからだ」
『ビラを見たって人が来た』
その文面をシロが読むと「えーっ!」とハイジは驚愕した。
しかし、クロとシロは、ほくそ 笑んでいた。
「普段は敵対しているように見えても、有事の際は協力し合える」
「普段知りませんけど?」
「なんだかんだで 友達、ってかぁ」
クロとシロは得意気に言った。カグラからのメールの『追伸。だけど、変わった人だ。助力求む』という部分には気付かずに。
両替に行っている間に横取りするのは『悪』だと思いました。
UFOキャッチャーが上手な人がうらやましいです。




