自己紹介って難しい
「結局、俺がやるハメになるんだよ」
不満気に、シロが言った。
いつもの事務所、事務員募集の広告を出した数日後。
しかし、責められている立場なのに、クロは動じない。
「おかげで、今回はやることが出来たよ」
満足気に、クロが言った。
事務員を募集することになっていた。だが、その広告を出す役を買って出たはずのクロが、その事をすっかり忘れていた。
それが、第一話である。
グダグダだった前回を思い出し、感慨深げに、クロは言う。
「やっと第一話っぽく『出会い』の話を出来るよ」
「…これ、第二話だけどな」
「細かいことはいいだろ」
一か二かなんて些細なことだ、クロは言った。
確かにそうかもしれないな、とシロも思う。
一でも二でもない、三人目がこの事務所に入るかもしれない。
シロが出した広告の連絡先に、先日、電話が入った。
なにやら、間違い電話の類ではなく、本当に面接を希望するらしい。
その電話をもらった時、本当か、と二人は疑った。
本当に来るの? と電話口で戸惑った。
とりあえず、なめられたら負けだということで忙しい雰囲気を出す為に、面接の日時を数日後に決めた。すぐにでも大丈夫なのに、この日のこの時間しか開いていませんが、と申し訳なさそうに言って、はい大丈夫です、と即答された時は、大丈夫なのかよと顔を合わせた。
ということで、今日がその面接の日。
「はじめまして、社長のクロです」
「副社長のシロです」
「……あなたは?」
自身無さ気にクロが訊くので、「あなたは、ってことはないだろう」とシロがつっこんだ。「履歴書持ってくるように言ってあるから、それ見ろよって話だぞ」
「念のために偽名を遣われていたら?」
「ねぇよ、そんな可能性。どうすんだよ? そろそろ来るぞ」
と、責める口調のシロ。
二人は、面接の練習をしていた。
「そうはいうが、自己紹介は大事だろうが。そして、意外と自己紹介って難しい難しいだろうが」
「難しいこと無いだろ? 名乗ればいいだけだよ」
「けど、第一印象で相手の心を掴む為には…」
「気張り過ぎだよ! 心掴む必要ない。もっと楽に行けよ」
「じゃあ、シロが相手役やれよ。シミュレーションな。俺、面接官。ていうか、俺」
クロが言うので、しぶしぶシロはそれに従った。
コンコンッ。
事務所を一度出て、扉をノックする。「どちらさまですか?」と中から声がするので、「今日、面接をしてもらうことになっていた者です」とシロは答えた。
「あ~、どうも。お忙しい所をわざわざ。名前は?」
「シロと言います。中に入ってもよろしいでしょうか?」
「シロさんですか。奇遇ですね、ウチの副社長もシロっていいます」
「あ、そうですか~」
「はい。今は少し用事があって外しているのですが、もう少ししたら来ると思います」
「じゃあ、中で待たせてもらってもよろしいですか?というか、入れろ コラ」
「…………この後、どうすればいい?」
「このダメ社長! とりあえず中通せ!」
シロはつっこみ、自身無さ気に眉尻を下げていた社長の所に戻った。
「というか、相手ってどんな感じの人?」
クロが訊いた。
「いや、俺も会ったこと無いけど」
「でも、電話で話したでしょ? 性別とか年齢とか、自信家だとか臆病者だとか、解らないの?」
「電話で話しただけでしょ? 俺、スパイか何か?」呆れるように、シロは応えた。「あ~、でも、声的に女だったかも」
「年齢は?」
「だから、知るか!」
「役立たず」
カッチーン。
シロの額に青筋が立った。が、なんとか怒りを堪えた。
「とりあえず、年頃の女ってことで」
「年頃って、どの頃だよ?」
「シロ、熟女好き?」
「いや、若い方がいい」
「じゃあ、その頃」
ということで、面接相手のイメージを固めながら、二人はシミュレーションを重ねた。
仕事の依頼も無く、やることもなかったので、二時間近くシミュレーションという悪ふざけを続けた。
「それじゃあ、ドリンクも揃った所で自己紹介でも始めようか?」
「じゃあ、俺。俺は、クロっていいます。まだ無名だけどバンドを組んでいて、そこでドラムやってます。よかったら今度ライブに来てください」
「いかねぇよ。 じゃあ次。俺はシロ。特技も趣味もサッカー。高校の頃は、全国まで行きました。ぶっちゃけ、自慢です」
「全国っていっても国立のピッチは踏んでねぇし、ベンチウォーマーだろ」
「お前、言うなや~。霞むだろ~」
コンコンッ。
「あの~、すみません」
二人のテンションが上がっていた時、知らない女性が、扉をノックし中を覗いた。
その瞬間、場が凍りついた。
合コンのノリで自己紹介の練習をしていたクロとシロは、恥ずかしさで赤く染まった顔を両手でおおって隠していた。
部屋の中央に向き合うように置かれたソファー。
片方に、緊張した面持ちの十代後半の女の子。
もう片方に、バカやっていた現場を目撃され、恥ずかしそうな男二人。
女の子は、緊張していて、どうしたらいいか分からないでいる。
男たちは、恥ずかしさで、どうしたらいいか分からないでいた。
「……あの」
女の子が言うと、まるで怯えるようにビクッと男達の肩が震えた。
恥ずかしい。
その思いから、二人が訊きたい事が偶然にも一致した。
「あの…あなたは…?」何の用で来たのですか?
そして、容赦なく女は答えた。
「今日、面接をしてもらうことになっていた者です」
野球は全国ですぐに『甲子園』という舞台で出来るので羨ましいな、と思ったことがあります。まぁ、私はサッカー部ではなかったけど…。