チラシや号外を宙に投げるのって本当にやるの?
前回はただ食事をして終わりました。
今回は、少し話が進みます。
ハイジが、大盛りの肉うどんを完食した。
カグラが、醤油ラーメンをスープまで飲み干した。
シロが、空になったカレー皿にスプーンをカランっと放った。
最後に食べ終わったクロが、紙ナプキンで口の周りを綺麗に拭いた。
クロが食べ終えるまでの口寂しさを紛らわすためにカグラが買ってきたフライドポテトを貰って食べていたハイジが、クロさん食べるの 遅いな、と思いながら指先についた塩を舐めった。
そんなハイジを男三人は、よく食うな、と感心していた。
「さて」
シロが言うと、隣に座っているクロが、何やら感心した様子で口を挟んだ。
「『さて』というフレーズは、たった二文字なのに、なんて会話を切り出すのにピッタリなんだろう」
「そう思うなら、邪魔をしないでくれ」
シロに言われ、クロは「邪魔をするつもりはない」と反論し、「彼が喋り易い空気を作りたかっただけだ。さて」と話を振った。
「『さて』の使い方、下手くそかっ!」
今度こそ「さて、話せ」とクロが話を振った。
もはや『さて』というフレーズの存在価値が分からなくなってきた。が、「では、さて」とカグラが話し始めた。
「シロさん、つっこんでいいですか?」
「やっと話が進むみたいだから我慢しろ」
ハイジは、黙って聞くことにした。
「どこから話そうか…?」
「用件だけでいいぞ」
と面倒くさそうにシロは言うが、クロが「まず名乗れ」と命令した。
さっき名乗ったけど、とカグラは不愉快そうに眉をひそめた。
だが、いちいちつっこむのも面倒だから言う通りにしろ、とでも言いたそうにシロが顎をしゃくった。
「…カグラ」
「では、カグラさん。何用?」
クロは訊いた。
しかし、「手紙に書いてあったじゃないですか」とハイジがこっそり教えた。
「再戦がどうとか…。雰囲気的にも、あまりふざけない方が…」
「再戦?」首をかしげるクロ。「悪いが、弱い相手はいちいち覚えていない」
クロの物言いに、ハイジはぞっとした。
だが、
「だったら、この前の賭けポーカーの件は覚えているな」
「シロ、うるさい」
と普通に会話を続けているし、カグラも不愉快そうな顔をしているが、
「再戦の話は、事のついで だ」
と言っている。
「え、ついでなの? こっちは、肩あっためてきたけど」
「クロさん、黙りましょうか」
ハイジが、会話の邪魔者を排除しにかかった。
邪魔者は、不貞腐れてフライドポテトを煙草のようにくわえた。
ようやくスムーズに話が進むようになったところで、「それで?」とシロが訊いた。
カグラは、苦い顔をして答える。
「実は、この春、所属していた四年生が卒業していなくなり、メンバーが俺一人になってしまったのだ」
「あら、たいへん」とクロ。
「このままでは存続の危機だ」
「まぁ、たいへん」
興味無さ気に相槌を打つクロを無視して、三人は話を進めた。
「部活ですか?」
ハイジが訊いた。
「いや、サークルだ」
「何の、ですか?」
「悪の組織だ」
スムーズになったはずの会話が、また止まった。
ハイジが耳を疑った。またクロさんが口を挟んで来たのではないか、と。
しかし、
「え?」
と訊ねると、もう一度、
「悪の組織だ」
と確かにカグラが答えた。
「なんのサークルですか?」
そう質問すると、やはり「悪の組織だ」という答えが返ってくる。
「今となっては同好会の方が近いかもしれん」
「…いえ、現状が部活でもサークルでも同好会でも、どうでもいいです」
ハイジは、『悪の組織』という存在が気になってしょうがなかった。
それがどういうモノなのか、詳しく訊きたかった。
だが、「たしかに、困っているのなら細かいことはどうでもいいな」とクロが言った。
「いえ、細かくありませんよ。飲み込もうとすると間違いなく喉につっかかるサイズの問題点です」
「喉に刺さったら、白米を噛まずに飲み込め」
魚の小骨が喉に刺さった時の対処法を言うシロに、「そう飲み込める事態ではないのだ」とカグラが続け、ハイジを置き去りにして話が進んでしまった。
「さっきも言ったが、このままでは存続の危機だ」
「さぁ、大変」
「昨年、大学側に申請して見事 旗揚げした我が『悪の組織』は、その構成員のほとんどが就職先を決めた四年生であった。そうして、なんとか船出を決めた一年目であったが、今春、俺以外の構成員がいなくなってしまうという窮地に遭ってしまう」
「それは、また…」
と、あらゆる想いを含有したハイジの相槌。
大変ですね、とか。よく大学側も認めたな、とか。ていうか悪の組織って何、とか。
その他もろもろ。
「パチンコと一緒だ」シロが言った。「はじめに当たりが出たからって調子に乗るな、って。確変も期待と違ってすぐに終わるぞ」
「あそこで止めておけばよかった、よくシロが言うよね」
クロが言うと、シロが横目で睨んだ。
しかし、睨むシロに気付かず、クロは続ける。
「ここらがやめ時かもしれないな。じゃないと、あとでもっと後悔するよ」
「おい、誰のことを言っている?」とシロ。
「シロさんって、ギャンブルとかするんですね」どこか冷たい目をするハイジ。
「ていうか、続けたいって言うヤツに死刑宣告するな!」
カグラが怒鳴るので、面倒くさそうにクロは目を逸らした。
やれやれといった感じで、シロは言った。
「お前、人を惹きつけるのは得意のはずだろ?」
「そうそう、よく人が引いていた。それはもう、嵐の前の引き潮のように」
クロが言うと、
「『ひく』の意味が違う!」
と、カグラがつっこんだ。
「ドン引きされているだろ、それ。ていうか、お前、俺の事を忘れているんだよな?」
「見ず知らずの人でも、その力になりたいと俺は常々思っている」
「だから見ず知らずの他人じゃないんだよ。お前、ただただ俺に精神的ダメージを与えているだけだからな」
「それは、ごめん」
「……そんな正々堂々謝られたら、もう何も言えねぇ」
終着点の見えないグダグダなクロ達のやり取りを見て、ハイジは思った。
――『悪の組織』というサークルもある時代だ。バイト選びの教訓も活かして、せめて部活やサークルくらいはイイ所に入ろう
悪の組織…。
ちょっといいな、と憧れます。