夜の方が集中力出る気がした
「おい、クロ」
シロが、事務所に入ってきた。
クロとハイジは、事務所のソファーに向かい合って座り、彼の事を出迎えた。
それは、いつもの光景のようだった。
が、この日は少し違った。
ちょっと真面目な感じがするなとハイジは、シロの放つ雰囲気から察した。
「どうした?」
クロも、この場の空気がいつもと違う事を察したようだ。
いつものユルさが、顔から消えていた。
そのクロの変化に、ハイジは若干の戸惑いを感じた。
この事務所が、今まで感じたことの無い、言い知れぬ緊張感に包まれている。そんな気がしたハイジは、背中にスーッと汗が流れるのを感じた。思わずゴクッと喉を鳴らす。
重々しい空気。
それを裂いたのは、シロの声だった。
「あいつが、動くぞ」
「あ、あいつ?」
何のことか分からず、ハイジは首をかしげる。
だが、クロには伝わっているようだ。
「そうか…」
「さっき、ポストにこれが入っていた」
そう言うと、シロは、一通の封筒をクロに向けてシュッと投げた。
『クロ様、シロ様へ』
宛名しか書いていない、差出人不明の封筒を、クロは受け取った。
それをしげしげと見ていて、ハイジは、ある疑問を抱いた。
「ただの悪戯、ってことはないんですか?」
差出人不明の手紙は、ただの悪戯ではないか。そう思ったハイジ。
だが、すぐにその可能性を自分で否定した。
宛名が書いてあるということは、無差別に投函している物ではない。
つまり、この事務所を狙ってのモノである。
わざわざ悪戯で、宛先を調べて手紙を出してくるだろうか?
「悪戯なのか?」
クロが訊くので、思わず「えっ?」とハイジは声を洩らした。
真剣な眼差しで訊ねるクロ。
そんな彼を見ていると、さらにわからなくなりそうだ。
頭がこんがらがりそうになるハイジに、「可能性はゼロじゃないが、それは無いと思う」とシロが言った。
「根拠は?」とクロ。
「この事務所の社長であるクロの名前だけならまだしも、雇われ副社長の俺の名前なんて、そう易々知れるモノじゃない。それなのに、ちゃんと宛名には俺の名前まである。ただの悪戯にしては、少々手が込んである気がしないか?」
「なるほど」
納得してクロは、悪戯の線を捨てた。
悪戯の可能性に最初に思い当ったハイジも、クロに続いてだからだろうか、どこかしっくりこないが納得した。
だが、悪戯の可能性が無くなったということは、誰かがここを狙って手紙を送りつけたということになる。そうであれば、その「誰か」が、ハイジは気になる。
手紙の送り主について心当たりがありそうな二人は、なにやら渋い顔をしている。どう見ても、旧友からの久しぶりの便りを喜ぶような、嬉しそうな感じはしない。どちらかというと、ついに来てしまったか、と苦々しく思っているようだ。
「ふむぅ…」
アゴに手をあて、思案顔をして唸る。
考えてみた。
手紙の送り主は誰なのか、考えてみた。
だが、思い付かなかった。
「あいつって誰?」
クロが訊くと、
「知らなかったんですか!」
ハイジのツッコミが響いた。
「というかクロさん、さっきからシリアスな空気を削るように壊しますよね!」
「あ、ハイジもシリアスムードは苦手?」あっけらかんとした表情をして、クロは言った。「実は、俺も。疲れるよな」
「いや、苦手とかじゃなく…」
ハイジは、これでいいのかと不安に思った。
しかし、クロがシリアスムードをブチ壊し、それに対しシロが文句を言う様子もない。二人とも、ソファーに座って南部せんべいを食べている。
心配するハイジをよそに、すっかり事務所はいつものユルイ空気感に戻っていた。
戻ってしまったのなら、もう仕方ない。そう納得するしかないハイジだが、どうしても「その手紙の送り主は誰なのですか?」という事だけは訊きたかった。
「知らん」ハッキリ、クロは言い放った。
「知らんって…じゃあ、なんで知っている風な感じしてたんですか?」
「だって、シロが当然のことのように話し始めるから。俺を責めるな、シロを責めろ」
と、ハイジの怒りの矛先を変えようとしたクロだが、
「いや、俺は知っているし」
とシロに軽くいなされた。
無駄にシリアスムードにしていたことを、クロはハイジに咎められていた。
「何がしたかったんですか、クロさんは?」
「別に何も」
「じゃあ、ただただ私をからかったんですね!」
「違う。勝手にシリアスしたがったヤツがいて、そいつに合わせた結果こうなった」
「責任転嫁ですか? シロさんは、ちゃんとシリアスしようとしていましたよ」
「いや、シリアスしようとしていたとか、ハッキリ言葉にされると恥ずかしいんだけど…」
「あっ! ハイジがシロを恥ずかしめた」
「いや、別にそういうつもりではなく…」慌ててハイジは訂正しようとするが、「あ~、もう」と面倒くさくなった。「クロさんがふざけるから、こういうことになったんですよ!」
「こういうことって、どういうことよ? 全ては俺のせいか? 今日この日を迎えることになったのも、東からお日様が昇ってしまったのも、俺のせい?」
「ああいえばこういう!」
ハイジが怒った。
どうやら収拾がつかなそうだ。そう察したシロは、パンッと大きく手を叩いて鳴らした。
その音に反応し、ハイジが一瞬黙った。ハイジが黙れば、クロも黙る。
そうすれば、場面の転換もし易い。
「クロは、ちょっと忘れていただけだ」
そうシロがフォローし、ハイジもしぶしぶ納得した。
ここまでのことは一旦リセットされた。
リセットして、手紙が来たというところまで話は戻る。
「とりあえず、開封します?」
ハイジが訊いた。
「とりあえずって…」呆れるクロ。「これが不幸の手紙で、もし開封して呪いが解き放たれたら、どうするつもりだよ?」
「どうしましょうね…チェーンメールなら、鼻で笑い飛ばします。身に覚えがない内容なら無視すればイイだけですよ」
「そういえば、この前、とある芸能人のマネージャーから『最近悩みがちな○○の相談相手になってくれませんか?』ってメールが来たけど、もしかしたらアレも…」
「あぁ、クロ…呪われた」
「うがぁっ……」
「ハサミどこでしたっけ?」
ゾンビごっこを始めたクロを無視して、ハイジはハサミを探し始めた。
ハイジは、封筒とハサミをシロに手渡した。
開けろという事らしい。
無言の指示に従い、シロはハサミを開いた。
だが、その時、
「ちょい待ち」
とクロが口を挟んだ。
「アレあっただろ。あの、ガァーって開けるヤツ」
「ああ、そんなのもあったな」思い出すシロ。「けど、別にいいだろ」
ガァーって開けるヤツ。それが、封筒を開ける時に使う電動のカッターであることを、ハイジは察した。そういえば実家の引き出しにもそんなのがあったな、と思い出す。
ガァーって開けるヤツは、一ミリ間隔で封筒の口を切る文房具で、便利である。
だが、「ハサミがあるからいいだろ」とシロの言うように、必ず無ければならないというモノではない。
「けど、前にハサミでやって、中のモノまで切ったじゃん」
「ちゃんとトントンしてからやるし、別に多少切れても問題無いだろ」
「問題無いかどうかなんて、シロが勝手に決めることじゃないだろ。それに俺、今日は几帳面でありたい気分」
「知るか!」
二人の口ゲンカを聞きながら、ハイジは思い出していた。
封筒の口のギリギリのところをハサミで切っていて、慎重過ぎて道半ばで途切れたこと。逆に大胆にいきすぎて、中のモノまで切ったこと。上手に切れずに紙がささくれ立ち、指先を軽く切ってしまったこと。
たしかに、あのガァーってするやつがあった方がイイ気もする。だが、どうでもいいから、それだけのことでケンカするなよ、と二人を見て疲労感を覚えたハイジだった。
こんな形で終わってすみません。
というか、封筒を開けるガァーってするヤツが何か、伝わったでしょうか?
新キャラ登場の予感です。
なにもなければ次回にでも出てきます。
遠い場所から私も健闘を祈ります。
ハラハラ……ドキドキ……