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全ての出来事に理由を求めたくないタイプな人も世の中にはいる


「何が目的ですか?」

 ハイジは、咎めるように訊いた。

 その表情は、理解出来ない、と言っている。

 ハイジの問い掛けに、フッフッと微笑しながら、男は答えた。

「戯れだよ」

「ただの遊びだって言うんですか?」

「そうだ。ただの戯れだ」



 時刻は、数十分前にさかのぼる。

「昨日も一昨日も、コーヒー淹れることしかしていない」

 バイトを始めて三日目、今日は何をさせてもらえるのだろうか、何か新しいことはあるか、それともまたコーヒーを淹れるだけなのかなと思いながら、初日のヤル気はどこへいったのか、ハイジはとぼとぼと歩いていた。

「これなら、コーヒー屋でバイトしたほうが色々なことをさせてもらえるよ」

 とか愚痴ったりもした。

 しかし、まだ三日目。

 雑務を任されるのも当り前、思い描いた『何でも屋』らしく何でもして色々なことを任せられるのは、まだまだ先の事なのだろう。

 そう自分に言い聞かせ、気合を入れ直し、ハイジは職場に向かった。

 そこで待っているモノも知らずに。



「よく来た」

 ハイジが事務所に入ると、ソファーに座った男が言った。

 男は、誰が見ても偉そうな態度をとっている。ハイジにアゴを向け、テーブルの上に組んだ足を乗せ、鼻の穴を広げていた。

「何ですか?」

 ハイジは訊いた。

「何ですか、ということもないだろう」

「では、おはようございます」

「おはよう」

「質問してもよろしいでしょうか?」

「構わん」

「昨日も一昨日も、なんなら面接の日も感じなかったような居心地の悪さを感じるのです」

「だろうな」男は、ニッと口角を上げた。「貴様は今、試されているのだよ」

「何が目的ですか?」

「なに、戯れだよ」

「ただの遊びだって言うんですか?」

「そうだ。ただの戯れだ」

 そう言うと、男は、ジャジャーンと口でファンファーレを鳴らした。

 ハイジに冷めた目で見られているが、気にせず、男は高らかに言った。

「俺は、クロとシロ、どっちでしょうか?」



 男は、ハイジが「クロとシロの見分けがついているか」試していた。

「わかりますよ」

 呆れ顔をして、ハイジは即答した。

「本当か?」

「ええ」

「これ間違えたら、大変なことになるぞ」

「えっ?」

 もしかしてクビになる、とか?

「俺、泣く」

「それだけですか!」

「それだけって…大の大人が泣くなんて、よっぽどだぞ」

「知りませんよ!」

 突き放すように言ったが、しかし、ハイジは考えた。

 目の前の男が泣くことはどうでもいい。

 目の前の男が、本当に自分の思っている人物であっているのか、ハイジは考えた。

 ここ数日、ここの事務所の人間と触れあって、ハイジは感じていた。

――ここの人達は、どうでもいいことに本気を出してくる

 昨日も、甘いモノを食べたいからと言って、突然シュークリームを作り始めた。さらに、カスタードクリームを作る時に余った卵白を泡立て器でかき混ぜてメレンゲにして、そこにさらに卵を加えてフワッフワのオムレツもついでに作っていた。

 二人の力の入れどころが、まだハイジにはイマイチ理解出来ないでいた。

――もしかしたら、変装しているってことも…

 ハイジは、疑いの眼差しを男に向けた。

 何故か得意顔になった男の事を、よぉく観察する。

 髪型は、無造作に遊ばせたクセッ毛。よく見れば、何箇所か寝癖もある。

 どちらかというと整った方に部類される顔立ち。あくびをする顔は、マヌケである。

 すらっとした細身の体型。ハイジが羨むほどに贅肉がない。

 あ、社会の窓が開いている。

「開いてますよ」

「あ、ゴメン」



 ハイジは、観察を続けた。

 目の前にいる男は、ハイジの知っている人物だ。

 しかし、その認識が百パーセントあっているかと問われると、自信がない。

――あの頭、無造作にセットしているのではないか?

――どっちも力の抜けた顔をするからなぁ

――どっちも細身で似たような体型だし!

 考えれば考えるほど、イライラしてきた。



 間違えることは出来ない。

 間違えたら、泣かれる。

 いや、それは別にいいが、なんか悔しい。

 勝ち負けの話じゃないが、なんとなく間違ったら負けの気がする。

 負けは嫌だ。

 普通に考えたら、間違えるような事じゃない。

 アレは、覚えた顔だ。

 でも、その裏を書いてくる可能性も、充分にあり得る。

 以前の会話の内容から二人はスパイ映画が好きそうだし、そこから影響を受けて、特殊メイクを施したマスクを作っていないとも限らない。

 こっちが答えた瞬間、顔を覆っているマスクをバリバリバリと剥ぎ、泣くのではなく大笑いされるかもしれない。

 わかっていますよ、と逆に笑ってやりたい。

 そう思ったハイジは、意地になっていた。



「……何してんだ?」

 ハイジが男の顔と首の境目に不自然な線はないか凝視している所に、もう一人男が現れた。

「ハイジに、『俺は誰でしょうか?』クイズを出していた」男は言った。

「それで、ハイジは何と?」

「……クロさん…」

 状況の変化でわかった悔しさから歯噛みていて答えたハイジに、若干の間を空けて、男が言った。

「正解!」

 謎の男の正体は、やっぱりクロだった。



 ハイジは、よく意味もわからず、どっと疲れた。

「本気で、何がしたかったんですか?」

 ハイジは訊いた。

「戯れだよ」クロは答えた。「俺、他人の顔とか名前を覚えるのが苦手だから、ハイジはどうかなって試しただけよ」

 本当に、ただの戯れだった。

「わかりますよ。たとえば…」

 呆れて溜め息を一つついてから、二人の違いを、事細かにハイジは言おうとした。

 が、いざ言葉にしようとすると、出て来ない。

「……あれ?」

「「あぁ!」」

 責めるような口調で、似た者二人が、声を上げた。


ちょっとした御遊びでした。

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