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何事も最初は面倒だったりする

 日本の某所。

 とある雑居ビルの二階にある事務所。

 その部屋の窓から差し込む光を背にして、二十歳前後のクセ毛の男が口を開いた。

「シロ…今日って何か予定あるっけ? 」

 そう訊かれ、ソファーに座っている『シロ』と呼ばれた男が、顔を上げた。

「いや、特に何も…」

 シロは、答えた。

「何も…?」

「ああ。あんたが社長で、俺が副社長。何でも屋まがいの商売やっているウチの事務所に、今日は依頼の一件もありませんよ、社長」

 嫌味を込めて、シロは言った。

 特に何もすることが無い。

 シロのその言葉通り、事務所内にはのんびりとした、のほほんとした空気が流れている。

 のびてきた前髪を無意識にいじってしまう位に退屈だ。

 そして、そんな空気感の中で「おい」と男が言った。

「今、なんか妙に説明口調じゃなかったか?」

「……そうか?」

「ああ。まるで俺をバカにしているか、それか、マンガや小説の第一話冒頭で下手くそな設定の説明をするようだった」

「……たぶん、前者だ」

 なげやりにシロは応えた。

 が、まだ男は、納得していない様子だ。

「俺をバカにするなよ」

「黙れ、バカ」

「いいか」男は、人差し指をシロに向けた。「俺は別に、バカにされたことに不満があるわけじゃないぞ、阿呆シロ」

「じゃあ、何が不満なんだよ?」

「わからないのか?」

「わからねぇよ」

「わからないなら、ここまでを読み返せ」不満そうに男は、どことなく指を差した。「中途半端に設定説明したくせに、俺の名前がまだ出ていないじゃないか」

「お前の不満って、それかよ…?」

 呆れた様子でシロは、男に言った。

「それだよ、これだよ。『男に言った』なんてモブキャラ相手にするような言い回しじゃ、俺のテンションも上がらないでしょう」

「お前、普段からテンション高くないだろ…」

「それは、この物語以前の話だろ。名前を呼んでもらえたら、もしかしたらテンション高めでお送りできていた気がする。いつもの1・2倍は確実だ」

「ショボ」

「ここまで四百字詰め原稿用紙で二枚近い文字数で話が進んでいながら、主要キャラなのに名前も出してもらえず『男A』のままだったら、結構ショックなんだよねぇ。一言目で名前が出たシロにはわからないかもしれないけどさ」

「……めんどくさっ」

 面倒くさいスネ方をしている男・クロ。

 こういう名前の出し方をされても忘れっぽい性格なので、あまり気にしない。



「それで、ホントに今日は予定ないの?」

 蛍光灯以外に何も無い天井をぼんやりと眺めながら、クロが訊いた。

 しかし、シロの答えは変わらない。

「ないよ」

「第一話なのに、か?」

「そう言われても、ないものはない」

「え、第一話なのに?」

「くどい」

 そう言われ、クロは黙った。

 シロは、週刊誌のマンガを読んでいる。

 だから、騒がないように口をつぐむ。

 黙って、何かないか考えた。

 いつもだったら良い。

 しかし、よくわからないが、今日くらいは何かしないといけない気がするのだ。

 苦手だが、『カンガエゴト』というヤツをしてみた。

 灰色の脳を動かし、何かを考える。

 でも、何を?

 というか、灰色の脳って何? 脳の正しい色って何?

 考えてみると、何を考えればいいのかわからなくなる。

 面倒くさいな、そう思った時、ふとシロが読んでいる週刊誌の表紙が目に入った。

「新連載か?」

「…ああ」

 新連載→第一話→旅立ち→面倒だからボツ。

 新連載→第一話→出会い→そういえば…

「そういえば、あれってどうなった?」

 奇跡的に思い出せたので、そう訊ねるクロの声が自然と弾む。

「あれ?」

「あれだよ、事務員募集の話」

「…ああ」

 シロが、マンガ本から目を上げた。

 そういえばそういう話もあったな、とシロは思い出す。

 が、平然として「まだ何も」と返した。

「まだ? 何も?」

「ああ」

「おいおい。それじゃあ、いきなり野郎二人だけで始めろ、っていうのか?」ねちっこく責める様に、クロは言った。「フツー、衝撃的な始まりないし、運命的な出会いから始まるだろうよ。それが、このグダグダな感じ、どうよ?」

「一話目とか、この会話もいい加減どうなのよ?」

 シロは、やんわり突っ込んだ。

 しかし、クロの勢いは止まらない。ゆるむこともない。

「やることなかったら、さっきシロがしたみたいに胡散臭い設定でも喋るか? 川は流れる、火は熱い、そんな常識的な事を細胞レベルでモノ忘れしている人間が、常識にとらわれない能力を身に付けている、そんな世界である。一話目だからってことで、説明口調で進めようか?」

「……そんな不思議能力を身に付けている男・クロが主人公の物語である。これで満足か?」

「……少し不満である」

「なんだよ?」

「もっとカッコいい展開の方が良かったのである」

「…知らないのである」



「それで、募集の件はどうなっている?」

 シロは、訊いた。

 訊かれたことで、クロは思い出した。

 事務員を募集するに当たり、「社長の俺が決める」と気まぐれを見せたクロが、諸々のことを引き受けていた。その中には、当然、募集する広告を出す、ということも含まれている。

 すっかり忘れていた。

 忘れていたことにヤバいなと思いながら、しかし表情は変えず、クロは「俺に訊くか?」と返した。

「お前以外、誰に聞けって言うんだよ?」

「俺じゃなかったら、お前だろ。どうなっている、シロ?」

「知らねぇよ」

「はぁ~」クロが、盛大に溜め息をついた。「シロは、面倒くさいことに記憶力だけは優れたヤツなのである。普段は助かる事もあるからありがとうシロなのであるが、この場合は厄介なのである」

「なに説明口調でやり過ごそうとしてんだよ」次第にイライラしてきて、シロは、語気を強めた。「お前、俺の記憶力の良さを知っているんだよな。じゃあ、この場でどっちが正しいか分かるよな」

「詐欺師が本当のことを言うように、お前だって間違ったことを言うさ」

「どんな例えだよ!」悪びれる素振りもないクロに、シロは怒った。「てゆうか、その例えだと俺、マイナスイメージしか無くないか!」

「詐欺師でも本当のことを言うなら、少しはプラスだろ」

「誰が詐欺師だ!」

「狼少年だって、本当のことを言うぞ」

「最後だけな!」



 最初からこんな調子で大丈夫か、とシロは不安に感じた。

 このままだと話のオチもつけられない。

 悩むシロ。

 そんなシロの想いを知ってか知らずか、「大丈夫だ」とクロが言った。

「困った時は、魔法の一言だ」

「魔法の、一言?」

 なんだそれは、とシロが疑問に思っていると、一度深く呼吸をしたクロが、口を開いた。

「これにて、めでたし、めでたし」

「なにが!」

 事務所に、シロのツッコミが響いた。


途中の「旅立ち」を選択していたらと思うと、ゾッとします。

気楽にやらせてください。


こんな話ですがよろしくお願いします。


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