第3話 「『イエス』か『はい』で答えてね」
この物語の主人公は脇役です。
大事な事なのでもう一度。
この物語の主人公は脇役です(笑)
いきなりだが、少し昔の話をしよう。
昔――いつからだったかはもう覚えてないけど、俺と和馬、それから朝井の3人は、ほとんどいつも行動を共にしていた。
小学生になってからも、それは変わらずにいた。
あの時の俺は、今よりももう少し活発だったというか……考えなしの行動ばかりしていたと思う。良い意味でも悪い意味でも目立ってたしな。和馬なんか今とは逆で、弱気で俺の後ろに隠れるようなやつだった。人から好かれるのは変わってないけどな。
朝井とも、あの頃はまだ、笑顔で話すことができていたんだ。
そしてあの頃から、朝井は和馬が好きだったし、俺もそれには気づいていた。
だけどそれを知りながらも、当時の俺は朝井のことが好きだったんだ。だから、頑張って振り向かせようとしていたんだと思う。
小学生のくせしてマセてんな、とか言ったらいけない。ま、あの時はなにも考えてなかったしな。今となっては黒歴史だ。
そしてその時、俺は最大の勘違いをしてしまっていた。朝井も俺のことを気にしてくれてるんじゃないか、って。
いや、うん。自分でも矛盾してるってわかってるよ。あいつが好きだったのは昔も今もこれからも、和馬ただ1人だってことぐらい、俺にもわかる。
だけどその時の俺は、そんなことすら忘れて舞い上がってたんだろう。
で、勘違いをした俺は、小学6年生の時に朝井に告白してしまったんだ。わざわざ屋上に呼び出して。それが引き金であんなことになるとは知らずに。
あの時に言われた言葉は、今でも嫌でも覚えてしまっている。
『あたし、あんたのこと大嫌いだもの。笑ってたのだって話してたのだって、和馬の幼馴染だからよ。本当なら顔も見たくないし声さえも聴きたくない』
いつも笑顔だった朝井が、無表情で――いや、俺のことを汚らわしいものを見るかのような目で見て、そう言ってきたのだ。
なにを言われたのか、その時はショックすぎてわからなかった。
その次の日、朝井は何事もなかったかのように笑っていたよ。ただし、俺とは一度も話をしてくれなかったけど。和馬はそれに訝しんではいたけど、首を傾げていただけだった。
これで終わるのなら、まだよかったけど……続きがある。
女子――主に和馬に好意をもつやつらが中心になって、いじめを受けたのだ。
いやまあ……女子にいじめられたってヘタレかよ。とかツッコまないでほしい。ヘタレとか思わないでもないけどそれは心の中にそっとしまってください。
具体的になにをされたかというと……無視は当たり前、靴には画鋲、教科書ノートはグチャグチャに。あとは、なにか先生に怒られるようなことがあると、何でもかんでも俺がやったことになったっけ。
この前まで普通に話せていた人たちから、そんな仕打ちをされてショックだったのは覚えている。で、女子たちがそうやって俺を敵視するわけだから、必然的に男子からもいじめを受けるようになった。先生に助けを願っても、俺は問題児扱いされて聞く耳を持ってもらえなかった。
そんな時、庇ってくれたのは和馬だった。泣きながら、どうしてこんなことをするのかとか、訴えていたと思う。
和馬がそう言ったからなのか、いじめは影をひそめた。
それが、和馬が正義になった瞬間だろう。俺に謝ることはなく、ただ和馬がいじめを止めたとだけ評価された。
心身ともにズタボロだった俺は、しばらく登校拒否していた。
毎日、和馬が見まいにきた。それは嬉しかったけど……そこには朝井も居た。しかも、変わらず笑顔で和馬と話していた。白々しくも、俺を心配している風にみせて。
一度、和馬に言われて登校したこともあった。けど、クラスメイト全員が俺を無視して、いろいろなものがなくなっていった。登校したら机が無かったのは、ショックだったかな。
そう言うことがあって、俺は人間不信になりそうだった。とくに女に対して。笑顔の裏になにを隠しているかわかったものじゃないから。
あの時は、家族にもかなり迷惑をかけてしまった。
妹の小向はまだ小さかったし、親も忙しかったから俺や姉さんが面倒みないといけなかったのに、俺が塞ぎ込んだせいで、傷つけてしまったこともあった。
それが原因で、あまり感情を表に出さない子になってしまった。本当にろくでもないやつだよ、俺は。兄としても、人としても。
長くなってしまったけど、なにが言いたいのかというと、そういう子供時代があって俺は女性恐怖症になってしまったというわけだ。ただし家族は大丈夫……には一応なっている。
で、どうして今こんな所でそんな話をしたかというと、今朝俺の靴箱の中に入っていた、ピンク色の封筒のせいである。ご丁寧に、封をしているのはハートマークのシールだ。
「はぁ……間違えるなよな」
溜息をついて、俺は隣の和馬の靴箱に放り込んだ。
俺にこんなのが来るなんて、1000%ありえない。断言してやる。
というか、ラブレターなんて主人公にしか似合わんだろう。俺みたいなやつに出すなんて、眼科を紹介したくなるじゃないか。
「えぇっ!?」
そうして和馬の靴箱の中に放り込んですぐに、そんな声が聞こえてきた。
声の方を見ると、目を見開いて俺を見ている女子生徒が居た。
亜麻色の髪にサイドポニー、小柄でそれに似合わない豊満な胸。とはいえぽっちゃりとしている感じはしない。
こいつ……どこかで見たことある気がするな……。
「あ、あの……今の手紙……」
「ん? あぁ、あれあんたのか。入れる場所間違ってたぞ」
おっちょこちょいにもほどがある。俺と和馬は正反対以上にまったく違うってのに。
「あれ、悠斗? こんな所でなにやってんだ?」
と、ここで和馬が登場――もちろん朝井も一緒――して、目の前の少女がさらに目を見開いて驚いていた。
まあ、だろうな。まさかラブレターの相手と鉢合わせるとは、この子も思ってはみなかったろうから。
「いや、1人の少女の恋路に手を差し伸べてたんだよ」
「なんだそれ?」
話しながら、和馬が靴箱を開き、中にあった封筒に気づくと不思議そうな顔をした。そのまま封筒を取り出した。
「ちょっ……和馬、なによそれ!」
「い、いやっ!? なんでもないけど!」
いち早く封筒を発見した朝井が、和馬に詰め寄った。それを隠そうと、和馬は背中に封筒を隠す。
いやいや、それはさすがに無理だぞ和馬。目の前で見られたんだから。
……というか、ラブレターぐらいで目くじら立てんなよな。そんなことしてる暇があったらさっさとくっ付くか、諦めるかどっちかしてくれ。
「いいから貸しなさい!」
「そ、そんな理不尽な!? ゆ、悠斗パスッ!」
「はぁ!?」
不意に、和馬が俺に封筒を投げ渡してきた。
とっさのことに、俺は反応できなかった。というか、この手のものは人に渡すものじゃないだろ。
宙を舞う封筒。それを視線で追う朝井。そして――、
「待ったあああああああっっ!!」
目にも留まらぬ速さでそれをキャッチする、封筒の差出人である女子生徒。
さすがに朝井も驚いていた。なんか、珍しいアホ面が見れてラッキーだ。……そう思うのは、俺が歪んでいるからだろうか?
封筒を手中に収めた少女は、驚いている俺たちを気にもせずに踵を返すと、さっそうと走り去った。
――なぜか俺の手首を掴んで。
「ってなんで俺までええええぇぇぇぇっっ!?」
予想外の展開についていけないからか、それともこの状況に理解が追いつかないのか――同じか。とりあえず、女性恐怖症なのに、女の子に手を掴まれてもなにも感じなかった。
ゾワリと鳥肌が立つような感じや、息ができなくなるような苦しい感じはしない。
女の子の手って、こんなに柔らかいんだなぁ……っていうドキドキすら感じなかった。
「ちょ、まっ、とまっ!?」
「ハッ! ご、ごめんねぇ!!」
「ぶほぁっ!?」
少女が急停止するけど、慣性は止まらずに俺は壁に激突した。これ、コメディーじゃなかったら死んでるよ、俺?
痛む身体に鞭打って、なんとか立ち上がる。どうして朝っぱらからこんな目に遭わないといけないんだろうか。
「お前……どういうつもりだよ……」
「ご、ごめんね。予想外のことが起こりすぎてパニックになっちゃって」
あははー、と笑う少女に、よくわからない怒りが込み上げてきた。
女の子を殴るのはちょっと気が引けるから、デコピンぐらいならいいだろ。俺は壁に叩きつけられたんだから、それぐらいは許されるよな?
「お、怒らないでよ。もとはといえば、キミが瀬野くんの靴箱に封筒を入れたのが原因なんだから」
「は? だってそれ、和馬宛だろ?」
「違うよー。そこまでボクはドジじゃないから」
あ、思い出した。
この子、昨日廊下でぶつかった女の子だ。あの馬鹿力の。
それなら、俺を思い切り引っ張っていけたのも納得できる……か? いや、普通におかしくね?
「まあ、キミに見つかっちゃったから、もうこれは必要ないんだけどね」
そういうと、少女は封筒をびりびりに破いた。廊下に捨てる気か、と注意していると、ポケットの中にねじ込んだ。
「初めから、俺に用があったのか?」
「そうだよ」
問いかけてみると、即答してくれた。
なんだろう……手紙で呼び出すような内容って……。
まさか告h……はありえないな。こんな廊下のど真ん中でそんなことあるはずないし、なによりも俺に怒るイベントじゃない。
というか、そもそも女性恐怖症の俺には付き合うなんて無理だ。いつかは乗り越えないといけないだろうけど、今じゃなくてもべつにいいだろ?
そう思っていると、少女はもじもじし始めた。頬がほんのり赤い気がする。
え、なに? まさか本当にそういう話なの? マジで!?
こ、断らないといけないけどなんだろう……すげぇドキドキしてきた。
ま、まあ落ち着けよ俺。まだ告白と決まったわけじゃない。もしかしたら、和馬に紹介してくれ。とかそういう話かもしれん。実際、中学の時にあったしな、そういうの。もちろん丁重にお断りしたが。
「去年からずっと……キミのことを見てたんだよ」
「え?」
お、俺を見ていた?
ややっぱり、そういう類の話なのか? ついに俺にも春が来るのか!?
「キミに言いたいことがあったんだ。ずっと」
「あ、あぁ……」
上目づかいで、俺の顔を覗き込んできて、俺は顔が赤くなるのを感じた。
昨日と今日で、俺はこの子と少しの間でも不可抗力だが触れた。だけど、恐怖心はなぜかなかった。
もしかしてもしかすると……この子は運命の相手なんじゃ――、
「ボクと一緒に、部活で青春の汗を流さない?」
「あ、う……ん? は?」
今なんて言った、こいつ?
部活で、青春の汗を、流さないか?
「あー、えっと……ワンモア」
「だーかーらー! ボクが設立した『ボランティア部』に入って、汗と涙を流そうよって言ってるの!」
「さっきよりも言ってる内容濃くなってるよな!? 初耳だぞ、ボランティア部なんか! というか俺のこのドキドキを返せバカヤロー!」
ハッ、わかってたさ。俺にそんな甘いイベントが起こるはずないってなぁコンチクショー!!
すげー恥ずかしいこと言っちゃったじゃん! なにが運命の人だよ柄にもない!
「え? なんで怒ってるの?」
「しかもこいつわかってねぇー!?」
ダメだ……この想い、どこにぶつければいいのかわかんねぇ。
「入ってくれる?」
「うっ……」
だから、そんな上目づかいで見てくるなよ。断りにくいじゃないか。
しかも、ボランティアだ。俺が愛してやまないボランティアだぞ。ここで断るのは……俺のプライドが許してくれそうにない。
「『イエス』か『はい』で答えてね」
「それどっちも肯定だから! 俺に選ばす気ないだろお前!」
「うーん、やっぱりおもしろいなぁキミは」
「面白がるなよっ」
ああ、どうしてこんな目に遭ってるんだろうか。
ある意味、和馬のハーレムよりもめんどうだぞこいつ。
「どうせなにも部活入ってないんでしょ? なら、自分の好きなことができる部活に入ってもいいよね?」
「ぐっ、たしかに……そうだけど……」
「お願い。今部員はボクしかいないんだ。このままじゃ、廃部になっちゃうんだよ」
廃部――そう言われたら、断るに断れなくなった。
まあ、もとから断る理由もないんだ。入ったってべつになにも変わらないだろう。
むしろ、和馬たちと離れるいい口実になる。
「わかった、入るよ。そのボランティア部とやらに」
「やったぁ! ありがとうね!」
俺の両手を取って、ぶんぶん振り回される。
肌が触れ合ってるのに、やっぱり鳥肌もなにも感じない。逆に、さっきは感じなかった手の柔らかさを感じて、少しドキドキしてきた。
「そう言えば、自己紹介がまだだったよね。ボクの名前は楠木詩織。キミと同じ雑用やボランティアが趣味だよ」
「あ、あぁ……そうなんだ」
俺と同じ趣味を持ってるやつが居るとはな。しかも女子で。
「俺は佐々木悠斗。よろしく、楠木」
「うん! よろしくね、悠斗くん!」
こうして、俺は主人公でもないのに出会ってしまったわけだ。
ヒロインに。
巻き込まれ型脇役小説……ですよ?
なんか主人公みたいな出会い(?)になった気がしないわけでもないですが、このままいきますよー(笑)